奇跡の権能 その3
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
2000年7月25日。
知ってる天井だ。
と、言ってみたくなった。
病床は4つ。僕は扉を入って右側手前に居る。その奥には榎本さんという人が寝ている。
僕、伊勢 健之助はまだまだ、ここ県立神流町中央病院に入院していた。
あの日、僕は愚かにも、まるでステーキの鉄板皿のように熱を帯びた日下 萌々奈を抱きしめてしまった…
いや、咄嗟に抱きついてしまった、の方が正しいか。
両腕と胸部を火傷してしまったのだ。「自業自得だ、変態め」、という人もいるだろう。
……そういうことにしておこう。
ただ、彼女は柔らかかった…なんて気色悪い感想を述べるまでもなく、ひたすらに熱かった。
その証拠に僕の患者服は焼け焦げ、僕はおそらく完治しない火傷を負った。
そういうわけで、ここまでの経緯を一旦整理しておきたい。メタ的な話、モノローグというものだ。
まず結論として、これは仮説にすぎないが、僕は何かの「権能」…常人が持たない特殊能力を持つ者である。
これを便宜上「権能者」と呼ぼう。
それは日下 萌々奈の「熱」や冷田 篤志の「氷」といった他の権能者のように、物理現象を操るほどの強力なものではない。
しかし、僕の権能が具体的にどんなものか全くわかっていない以上、順を追って考えるほかない。
まず、この特殊能力のことを「権能」と呼ぶこと、僕は何故か知っていた。
これは単なる思い込みというには、余りにも唐突すぎる。
権能者を見たとき、「権能」という言葉が直感的に頭の中に浮かんだのだ。
つまりこれは「知っていた」からであって、事象と単語が結びつくプロセスにおいて、ある種の歪みによって結論が生まれた、所謂「思い込み」ではない。
この時点で僕が普通の人間では持ち得ない能力を持っているのは明らかだ。
これと同様に、神流町役場前に現れた猥褻物が、「珍能像」という名称であることを直感的に知っていたのだ。
これが権能だとしたら、僕のは余りにもショボい。
だが、考え方を変えれば、この権能には2つの可能性が考えられる。
1つ目は、限定的な状況で、テレパシー、つまり他人の心を読む能力が芽生えるという可能性。
2つ目は、権能を与える「珍能像」を作り出した、もしくは管理している人物と繋がっている可能性だ。
現状、他人の考えなんかは、たとえ近くにいてもさっぱりわからない。わかった例がない。2つ目の方が現実的だ。
……もしそのような権能だとしたら、これはここ神流町での異変解決にあたって大きな糸口になるに違いない。
そして、この権能について考える上で重要なこと。
僕から発せられるのを感じた、「不思議な感覚」。
「神秘的、とでも言うような感覚」だ。この力が発揮される時、僕は必ず何かに突き動かされるし、誰かを突き動かしている気がする。
それは僕の意思ではない…と言うと語弊があるかもしれないが、確かに僕はこの力を自由にコントロールできない。
ハ◯太郎のカプセルトイを回した時もそうだ。
また、その後に病室にいた人たちが、2000年現在にはない「未来の言葉」を発した時にも、僕からその権能が発揮されるのを感じた。
遡れば、珍能像に近寄ったあの日…猫崎 唯と冷田 篤志に対しても、確かにこの力を使った。いや、使わされた気がした。
そして、その日何故か珍能像に日下 萌々奈を導き、彼女の権能を発現させた。
病室で爆発しそうになったときは、僕は咄嗟に彼女を抱きしめていた。
これも、おそらく何かに突き動かされたからだ。
そのとき僕は「不思議な感覚」を感じる程の余裕はなかったが、きっとそうなのだろう。
つまるところ、僕の権能は、何か大きな力を持つ存在が、僕または誰かの行動に干渉する力……と考えるのが自然だろう。
その力の影響で、物事が都合良く…いや良くない状況もあったか。奇妙な出来事が起こっている。
そしてここまでで気がついたことだが…
この権能は…
おそらく、何故か日下 萌々奈にだけは発動したことがないのだ。
もちろん、本当にそうなのか、もしそうだとしても、それがいったいなにを意味するのか、僕には皆目見当がつかない。
とにかく、「珍能像」が生み出した権能者は他にも存在するし、「珍能像」はこれからも危険な権能者を生み出し続ける。
それがこの街にとって良くない影響を及ぼすことは想像に難くない。
それに、珍能像がアレの形をしていることにも、おそらく理由がある。
…我々への挑発。権能を授ける者からの宣戦布告。つまるところ…
世界の終わり。
珍能像が単なる下劣なユーモアでなく、それを告げるものだとしたら…
いや、流石に考えすぎだろうか。
「珍能像…厄介な存在だ。」
ぼんやりと天井を見て呟く。
すると、看護婦から声が掛かった。
「伊勢さん、日下さん、という方が面会希望とのことです。」
…さて、何から話そうか。
いつもより少し長めです。
今回は解説回です。まだまだ納得いかないところもあるかと存じますが要点をまとめると、
・健之助は権能者である。
・それは、権能や珍能像といったシステムを認知したり、誰かの行動に干渉する力(自分の意志で扱えない)
・(たぶん)日下萌々奈にはその権能が作用しない(かわりに自身に対して作用する)
といったところです。
…しばらくお付き合い願います。