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盾の権能 その4

 2000年8月6日。少し遡る。


 電灯が明滅する、暗く細い路地。

 ここを抜けた先に、神流(かんなが)町役場の裏手に続く道がある。


 俺は小さな商工会議所の駐車場に、コンパクトカーを停めた。

 ここはどうせ、誰も使ってない。ほんの少し借りるだけだ。


 エンジンはつけておこう。冷房がないと堪えるからな。

 特に、ウチの娘は()()()()し。


 助手席に乗せた娘は、シートベルトの留め具を外しながら言った。


 「じゃあ、またね。ありがとうパパ。」


 俺の目を見るでもない。いつものことだ。


 「パパ」……そう呼ばれること自体は、特に珍しいことじゃない。

 だが今日は、何かが違った。


 萌々奈(ももな)は自慢の娘だ。

 別に何か賞を取ったわけでも、成績が良いわけでもない。

 普通。

 それは、1人の娘を持つ父親として、俺にはこの上なく誇らしいことだ。

 優しい子に、育ってくれた。


 そんな萌々奈(ももな)が、突如現れた像と、

 謎の男、伊勢(いせ) 健之助(けんのすけ)のせいで……大変なことに巻き込まれている。

 そうして特別な力、「熱」の権能を手にした。

 

 それからというもの……邪神?珍能像?

 我が家では、耳を疑うような話題で持ち切りになった。


 なぜ、よりによってうちの娘なんだ?

 なぜ、妻の奈緒美は、あんなに冷静でいられる?

 なぜ、妻も娘も、その男(伊勢 健之助)を信じられる?


 愛する娘が、訳のわからん力で殺されるかもしれないのに!


 俺はただ、嘆くばかりだ。

 こんな危険な所、連れてくるんじゃなかった。

 わかってる。


 だが俺は、娘を止めなかった。


 嘆いたって、何も変わらない。

 娘を止めたって、俺に何かできるわけでもない。

 警察だって、この街ではほぼ無力。

 それも、わかってるから。

 

 ならばもしも……もしも、権能を与えられたのが娘ではなく、父親である俺だったら?


 ……そんなのは愚問だ。

 日下(くさか) 勇次(ゆうじ)の答えは、既に決まっていた。


 俺ならきっと、与えられた力を使って抵抗するに違いない。

 たとえ周りを悲しませる結果になっても、やれることをやらず、指を咥えて見ていられる訳がない。


 ましてや萌々奈は、親友を人質に取られている。

 「放っておけばいい」、そんな言葉を掛けられるほど、俺は冷静になれなかった。

 

 俺だって、そうする。

 考えることは、同じなのだろうか。


 感慨に耽っている場合じゃない。

 ドアハンドルに手を掛けた娘の姿を横目に、俺は用意してきた言葉を発した。


 「必ず戻るんだぞ。10分だ。来なかったら捜しに行く。」

 

 「心配しすぎだよ。15分。」

 すぐ時間を延ばそうとするのは、奈緒美(なおみ)譲りだ。

 だが、今回ばかりはダメだ。

 「いいや、10分だ。いいね?」


 萌々奈はドアを開け、外に飛び出た。




 次の一瞬。 地に足をつけると、そのまま立ち眩みのように、ふらつく萌々奈。

 「萌々奈!?どうした!?何があった!!」


 その声で我に帰ったのか、萌々奈は体制を立て直して言った。

 「パパ!もうドア開けちゃだめ!外の空気が危ないの!」


 空気?毒ガス?

 いや、なにかの権能か?

 「空気……?おい萌……」

 萌々奈はバタン、とドアを閉めると、ふらふら歩き出した。



 遠ざかる娘の背中が……涙で霞んで、よく見えなかった。


 その背中は……あの子が初めて三輪車に乗った日から、何も変わっていなかったから。


 ……おぼつかないペダル。されど自信満々に、揚々と漕いでいた。

 すぐに転んで、大泣きする萌々奈を抱え……三輪車を引いて家に連れ帰ったっけ。

 

 あの子には遠い昔だ。覚えているわけないか。



 さて。

 「権能の毒ガス、か。」

 突破口はあるはず。


 物は試し、ダメで元々だ。

 俺はハンカチを取り出して鼻口に当てると、ドアハンドルに手を掛けた。

 そして、ドアを開ける。


 車から身を乗り出した瞬間、耐えがたい酩酊感が襲った。


 俺は酒に強い方じゃないが……まるでビールジョッキを3杯飲んだ後の酔い。

 それほどの酩酊感が、ほんの2秒で一気に押し寄せてくる。


 それでいて、どこか心地いい。

 立って歩けるわけもない。

 萌々奈は、これに耐えているのか?


 ……いや、俺はあの子の父親だ!

 これしきの事、耐えて見せる!


 しかし、足腰に力が入らなかった。

 全身の筋肉が、緩みそうになる。

 

 一旦立て直そう。

 へたり込むように運転席に座ると、僅かな力を振り絞り、ドアを閉めた。


 ガスというよりも、車体を透過しない電磁波のようなものなのか?

 わからない。だが、どうにか萌々奈のもとに行かなくては。


 身体を休めると、強烈な酩酊感が少しずつ和らいできた。


 その時だった。

 これはきっと、毒ガスではない。違う感覚だ。


 ……初めて感じる。

 安らかで、それでいて、心が躍るような感覚。


 不思議な感覚に包まれるのを感じた。神秘的、とでもいうような感覚。


 これは……?

 一体、どういうことなんだ?

 この不思議な感覚は、どこから来るんだ?


 何もわからない。

 だが、珍能像で何かが始まる。


 確信した。「奇跡」が起こると。




 そうして俺は、約束した時間まで、待つことにした。

 ……が、いてもたってもいられなかった。


 再びあの酩酊感に襲われたら、などと考えたが、まだ時間はある。


 ドアを開けた。

 やはり車を出た瞬間、襲い来る快楽。

 しかし奇妙なことに、十分耐えられる。


 あの神秘的な()()が、俺の体に何をしたと考えるほかない。



 多少はふらつくが、歩ける。

 俺は車のドアを閉めると鍵を掛け、細い路地を進んだ。


 町役場の方向からは、演説のような声が響いていた。


 「神こそが、このご神体こそが!

 皆様の愛であり、幸せなのです!」 


 どこか外国人訛りの、勇ましい声。

 それに続いて、歓声が沸き起こる。


 萌々奈は、無事なのか……?

 薄暗い路地を抜け、階段を駆け上っていく。

 ほどなくして、町役場の敷地内に入った。

 庁舎の裏手から、壁伝いに進んでいく。


 角に潜み、30メートル前方に珍能像を捉えた。

 ライトアップされた珍能像の周りには、騒がしい人だかりができている。


 これなら、群衆に気づかれず近づけそうだ。

 さて、萌々奈を探しに……


 ん?

 足が、動かない!!


 足元を見ると、綿のようなものが絡みついていた。

 綿……()()()の権能だろうか。


 背後から聞こえたのは、少女の声。

 「……誰?」


 俺はゆっくりと振り返った。

 背中には、硬い感触があった。


 庁舎の窓からは、非常誘導灯の緑色が周囲を妖しく照らしていた。

 中学生くらいの少女の手には、玩具の銃。


 黒い石を嵌め込んだ、奇妙な髪飾り。

 この子供が、あの日近所一体を閉じ込めた、強力な「綿」の権能者だろう。

 


 目の前の少女が放つ禍々しさは、どこか萌々奈が持つ力にも似ていた。

 これが……権能者。


 声の震えを押し殺した。

 「……帰ったらどうだ。ご両親も心配しているだろう。」


 「両親?知らない。」

 その少女は無表情で、淡々と言う。


 「おじさんはな、娘を探しに来たんだよ。君より少し年上だ。」

 

 「ふうん。」

 

 居心地が悪かった。

 ふと俺は、率直な疑問を投げかけた。

 「どうして裏口に?」


 その子は、俺に銃口を向けたまま答えた。

 「広場はうるさいから。もうやることも終わったし。」


 「そうだな。 ……やること?」

 

 「ごえい……?をするように言われてて。

集会に権能者が来ないようにって。」


 「もしかして、『熱』か?」


 食い気味に畳みかけると、少女は引き気味に言った。

 「うん。日下(くさか) 萌々奈(ももな)ちゃん。おじさんの娘って……」


 「無事なのか!?」

 「無事……ではないと思う。」

 クソっ!

 「今どこに!?」

 

 「真ん中。」

 少女が指差したのは、珍能像を囲み熱狂する群衆だった。

 

 「助ける方法は?」

 少女は、既に銃口を降ろしていた。

 「わからない。おじさんに何ができるの?」


 「ああ。うまくいくかわからないが、珍能像に行きたい。」

 足元にあった綿は、いつの間にか消えていた。


 「珍能像に?

 ……権能者には、なれないと思うけど。」

 

 「だけどな、『奇跡』を信じてるんだ。」


 全く、いい大人が、恥ずかしい言葉を吐いたものだ。


 少女は嘲笑うでもなく、

 「奇跡、ね。」

 とだけ呟くと、珍能像の方を見ていた。


 歓声は鳴り止まない。

 

 40秒後、少女は俺に言った。

 「壁を作ったよ。隠れて。」


 庁舎の角を見ると、高さ80センチほどの、綿の壁ができていた。

 珍能像のすぐ近くまで続いている。


 「ありがとう……でも一体どうして?」

 誰にも気付かれず、これ程の壁を?


 少女は小さく笑った。

 「権能者を止めろとは言われたけど、おじさんは違うでしょ?

 それに私だって、これ以上友達に意地悪したくない。」


 俺は早速、綿の壁に隠れた。

 背後から少女が呼び止める。


 「珍能像の、裏の扉を開けて。

 多分、何かある。」

 

 「ああ……扉だな!本当にありがとう!」

 

 「建炫(ジャンシュアン)さんに気づかれる前に。」

 

 間近に歓声を聞きながら、庁舎と綿の間を、懸命に這って進む。

 

 やがて珍能像まで、5メートルの場所に来た。

 群衆が突如静まり返ったのは、その時だった。


 「神から授かったその銃で!(はら)うのです!」


 壁越しに伝わる、熱狂的な、静寂。


あらすじ:

父親としての葛藤を抱えながらも、娘萌々奈を戦いへ送り出す日下 勇次。

悦の権能に身動きが取れない彼を後押ししたのは、健之助の奇跡だった。

しかし萌々奈救出に向かう勇次の前には、邪神の仲間、エーデルワイスが立ちはだかる。

そして思いがけない協力を得た勇次は、不穏な静寂の中、珍能像に辿り着いた。


補足:

 萌々奈の父、勇次は権能について、萌々奈の母、奈緒美が萌々奈から聴いた話でしか知りません。エーデルワイスとも面識がありません。


Tips:

 萌々奈ちゃんは反抗期とかないみたいですね。お父さんとそれほど喋るってわけでもないらしいですが。

 だからどうってことはありません。他所は他所、うちはうち!です。

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