表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/66

盾の権能 その2

 

 外はもう暗い。今は8時半くらい。

 親友の宮嶋(みやじま) 瑠美(るみ)が待つ町役場へと、パパの運転する車に乗っていた。


 神流町(かんながちょう)のメインストリートは、先週と見違えるほど閑散としている。

 歩道沿いに点々と、魂の抜けた人々が彷徨う、異様な街。


 通行人の1人が、あの銃を持っていた。

 私は、ママから渡された合羽(かっぱ)を羽織る。


 車内には、隣町にある局のラジオが、虚しく響く。

 思えば、父、日下 勇次とこうして二人になることは、何年振りだろう。

 

 「えー、視聴者からのお便りの時間です。

 本日ハガキを送ってくださったのは、神流町(かんながちょう)にお住まいのP・N(ペンネーム)”みてん”さん。

 神流町と言えば、今大変なことになっていますね。皆様の無事をお祈りしますと共に、えー。お便りのほうを。」


 いつもなら聞き流すけれど、「みてん」のお便りが気になって耳を傾けてみた。

 「私は高校一年生です。不登校です。

 5月から学校には行ってなくて、夏休みがあることも知りません。

 学校に行きたいという気持ちはあるんです。でも9月になっても行ける気がしません。

 DJ山西さんなら、どうすればいいと思いますか?」


 「えー、なるほどなるほど。

 僕としては答えを出さなくていいんじゃないかな~、と思いますけどね。

 でもこれだけ言わせて。

 こうしてラジオにお便り送ってくれた時点で、ちゃんと外と繋がろうとしてるんですよね。

 そこが本当に偉いな、って思うんですよ。

 

 んで、行きたいって気持ちもあるんですよね。

 9月じゃなくたって、10月でも、11月でもいいんです。

 学校って逃げないですし。


 えー、朝起きること、玄関を出ること。コンビニ行くことから始めたらどうでしょ。

 行くか行かないかじゃない。

 少しずつ世界が広がるのを楽しんでくださいね。

 応援してますよ、みてんさん。」


 外の世界……ねえ。

 きっと「DJ山西」も、「みてん」も知らない。

 現実の神流町(この街)なんか、繋がらない方が賢明だ。

 

 パパが重々しく口を開いた。

 「その子が出てくる頃には、この街はどうなっているんだろうな。」

 「うーん、さあね。」

 聴いていたらしい。


 珍能像。「悦」の権能。邪神。

 先のことなんてわからない。


 でも私は、今怒っている。

 「……なあ萌々奈、車が熱くなっちゃうから、ちょっと落ち着いて。もうすぐだから。」

 「あ、ごめん。」


 町役場が近い。

 ほとんど閉店している商店街に、多くの人が行き交う。

 「町役場だろ?少し離れたところで良いか?」

 「うん、人に見つからないように。」

 「ああ。」


 例の像も見えた。

 これから何かイベントでも開催されるかのように、像の周りには人、人。

 瑠美もあの中にいるのかな。


 車は町役場の敷地周辺をぐるっと回り、裏手にある商工会議所。

 がら空きの駐車場に停まった。


 壊れかけた街灯が点滅する、細い路地。

 ここをまっすぐ進んで、左に曲がると、町役場の敷地に入れる。


 「じゃあ、またね。ありがとうパパ。」

 「必ず戻るんだぞ。

 10分だ。来なかったら捜しに行く。」

 パパは私に念押しして、ドアロックを解除した。


 「心配しすぎだよ。15分。」

 「いいや、10分だ。いいね?」


 心配してくれる気持ちはわかる。

 でも、10分後にパパが来たところで……。


 私一人で、やるんだ。

 パパを危険な目に遭わせる前に、瑠美を救け出せばいい。

 今は8時32分。

 ドアを開けた。


 「……!?」

 瞬間に、漂ってくる。

 これは、臭気でも、熱気でもない……!

 

 「萌々奈!?どうした!?何があった!!」

 

 ……少しの酩酊感。

 どことなく()()()()

 一度(ひとたび)意識が途切れれば、この感覚に呑まれてしまうとわかる。


 点滅する電灯が、僅かに歪んで見える。

 「パパ!もうドア開けちゃだめ!外の空気が危ないの!」

 「空気……?おい萌……」


 私は力を込めて、バタン!と後部のドアを閉めた。

 確かこの路地を2分ほど歩けば、町役場の裏口に出る……

 そこから珍能像がある広場は、町役場の裏手を回ってすぐだったはず。


 できれば、人目につかない方向から入りたい。


 わずかなふらつきを感じながら、進んだ。

 ここは町役場の裏口。ここには誰もいないらしい。


 庁舎の壁に沿って、ゆっくり進む。

 ここから30メートルほど先に、珍能像を囲む人だかりができていた。


 さらなる酩酊感が、襲う。

 

 ヤバい。この感覚が、()()()()()()()()()。耐えなくちゃ。


 そうして、あの人集りがよく見えるところに来た。

 どう近づこう。

 あまり堂々と入っても目立つ。

 かと言って正気を失ったように装って近づけば……装うのではなく本当に、呑まれてしまう気がする。


 私は無数の蛾が飛び交う電灯の下を避け、木の陰に隠れた。

 広場までは10メートル。

 少なくとも、子供からお年寄りまで、100人程度は集まっているし、どんどん人が吸い寄せられている。

 騒ぎ立てる人々のうるさい声が、ハッキリ聞こえた。

 人の頭は、広場前の大通りまで続いていた。


 その中には、例の玩具(サイケシューター)を持った人もいる。

 さて、瑠美はいったいどこに……


 ……あ、珍能像の直ぐ側。

 人混みの隙間から、見慣れたアホ面が見えた。宮嶋 瑠美だ。


 助けなきゃ。そして、ここで何が起こっているのか、確かめる。

 ……あと6分じゃ、足りそうにない。ごめんね、パパ。


 私は木陰を出て、ゆっくり、騒がしい群衆に歩み寄った。

 臆することなく。装うことなく。ただ、真っ直ぐ。


 目立つ?そんなこと気にしてられなかった。

 だんだん強くなる酩酊感に、耐えるしかない。


 人混みには、例の玩具(サイケシューター)を握る人々。

 

 恐る恐る人混みをかき分け、ようやくたどり着いた。

 「……瑠美!」

 珍能像を見上げる瑠美の肩に触れる。


 「ふへ、ふへへ、どなた様~、ですか?アハハハハ!!!」


 瑠美は口元を歪ませて、甲高い声で笑った。

 その異様な光景を、群衆は気にも留めない。

 私の首筋に、嫌な汗が伝った。


 「……ちょっと、え?どういうこと?瑠美!しっかり!私だよ!」

 私は瑠美の両肩を揺すった。


 すると、瑠美の奇声には気にも留めなかった周囲の視線が、私に集まってくる。

 まずい。このままじゃ……!


 瑠美は呂律の回らない声で、私にを見た。

 「()()、貸してもらったんだけどぉ。

 ()()()()()んじゃない?」

 ……その右手に握られていたのは、例の銃だった。


 やめて、瑠美……!

 私がわからないの!?


 瑠美は屈託のない笑顔で、私の胸に銃口を突きつけた。

 

 銃は、服の上からでも効く。

 ましてやこの至近距離。今の瑠美に説得なんて無駄。


 ……終わった。

 瑠美の銃1つを破壊することは簡単。

 でもそんなことをしたら、待っているのは集中砲火。


 一気に、体の力が抜ける。

 すると、より一層濃い、快楽が、狂気が。体に流れ込んでくる。

 さっきまでより、ずっと強い。


 ……抵抗できない!


 ついに私は、足腰に力が入らなくなっていた。

 銃口を向けられたまま、膝を折り、崩れ落ちる。


 ()()()()()

 「……アハハ。なんだか、楽しいよねえ、瑠美!」

 私はそんな言葉を吐き、友達の幸せそうな表情を、ただ見上げていた。


 「幸せ」。


 「そうだね!楽しいね!アハハ!さ、立って~、ほら!」

 ()()()が私に、手を差し出す。


 この一体感。

 与えられた幸福感。

 ()()()の下に集まった私たちは、満ち足りている。


 「珍能……像?」

 不意に私が発した言葉。

 その単語が持つ違和感に、悪寒がした。


 銃を握る手を掴み、立ち上がる。


 襲い来る多幸感を堪えながら、私は瑠美の耳元に、問いかけた。


 「……この感覚は、なに?

 瑠美、私たちはなぜ、"幸せ"なの?」


 歪んだ笑顔のまま、瑠美が即答する。

 「神様の、祝福だよ。」

 神様……?

 瑠美が指差したのは、そびえるあの像。


 珍能像が、「悦」をばら撒いている。

 薄々そんな気はしていた。

 

 「()()が?」

 「そう。ご神体は、皆に幸せを与えてくださる。」

 そう語る目は、焦点が合っていない。

 

 熱狂する群衆と、鎮座する禍々しい像。

 思い出したのは、その像に対する、底知れぬ嫌悪感だ。


 「待って……こんなの、()()じゃないよ!」


 再び群衆の視線が集まり、私たち二人を囲む空白ができた。

 「幸せの珍能像……ふふ。神様……」


 ここは珍能像から4メートルの、まさに直下。

 相変わらず、少しの油断で()()()()()()()なほどの、快楽が充満する。


 天を見上げ、立ち尽くす親友。

 私を取り囲む、無数の銃口。

 足下に張り巡らされた、照明やスピーカー類の配線。


 さらに目を凝らすと、

 ブロック舗装を覆う、幽かな綿()埃。

 嫌な予感がした。



 薄暗い庁舎の陰に、2つの人影を見た。

 (ウー) 建炫(ジャンシュアン)と、エーデルワイス。


 2人が珍能像の前に進み出ると、マイクを持った(ウー) 建炫(ジャンシュアン)は腕を拡げて語った。


 「お集まりの皆様。

 偉大なる神は、この街に()()()を遣わしました。

 神の救いに感謝し、礼拝を捧げましょう。

 本日の宣教を執り行うのは、私、(ウー) 建炫(ジャンシュアン)と……」


 (ウー) 建炫(ジャンシュアン)が、エーデルワイスを肘で小突く。

 「あ、えと、(ウー) 雪瑶(シャオユエ)です。」


 雲間の月明りが、珍能像を照らす。

あらすじ:

 親友の宮嶋 瑠美を救出するため、萌々奈は父勇次と共に珍能像に向かう。

 町役場周辺は、「悦」の権能が空間を支配する領域だった。

 珍能像に呼び寄せられた、正気を失った群衆。萌々奈は、その中に瑠美の姿を見る。

 絶望的な状況に陥る萌々奈の前に、邪神の仲間、呉 建炫とエーデルワイスが現れる。


Tips:

 ラジオの場面は、盾の権能編では全く関係ないので忘れていただいて構いません。

 ただ、「見たことがない人」というのは、その恐ろしさを語る上で必要な視点だと思うのです。


補足:

 呉 建炫は「権能の流れを操る」という謎の能力で、エーデルワイスは「綿で拘束したり、綿人形を出したりする(ただし、事前に綿の領域を展開しておく必要あり)」能力でした。

 詳しくは「刃の権能」編で。

 ……「領域展開」?はて、なんのことやら。イチャモンなら呪術高専に通ってからにしてください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ