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盾の権能 その1

 2000年8月6日。少し遡る。


 私は、伊勢(いせ) 健之助(けんのすけ)さんの運転する車を降り、あのコンビニから家に向かっていた。

 時刻は、16時40分。

 灼熱だった神流町(かんながちょう)も、この時間にもなれば日が傾き、暑さが和らぐ。


 また()()()に襲われるかもしれないし、帰り道でも気を抜けないけど……


 コーヒーの香りと共に、また思い返す。

 「悦」の権能との戦いを前に、伊勢 健之助さんが私に言いかけた言葉を。

 いつもは真っ直ぐものを言う彼の、よそよそしい態度を。


「今日呼んだのは、別れを言うためじゃない。

 僕の気持ちを、ちゃんと伝えるためなんだ。」


 嬉しかった。

 彼がこんな時に、私のことを思ってくれていることが。

 その言葉はきっと、いや多分、()()()()()()()()()


 わかっていたのに、私はその言葉から逃げようとした。

 彼がそれを言葉にすれば……そのまま、私の前から消えてしまう気がしたから。


 言葉が欲しければ、「あの時なんて言おうとしたの?」と後で尋ねてもよかった。

 ……(もっと)も、健之助さんが答えるかは別として。

 欲しい言葉が、欲しくなかった。


 私の欲しかった言葉じゃない、そんな可能性が見えたから。


 なぜなら、そこには「三春(みはる) 風香(ふうか)」という女の存在。

 彼の心は、あの女には動かない。

 そんなことわかってる。わかってるのに……!


 彼の心を。

 彼の頭に浮かぶ言葉を。

 私は、私の願望を()()したかった。


 彼の視線に、私以外が入るのなら……その目を塞ぎたかった。

  

 喫茶店を出たあと。

 深緑の眩しい木洩れ日から、身を隠すように。

 車に乗り込んだ私は、こう言った。


 「今度は、私の方から言わせて欲しいな。」


 そして強引に、彼の頬に身勝手なキスをした。

 

 ……私って、最低だ。


 あの時の唇の感触を、まだ覚えている。


 それは今まで私に見せなかった、孤独な感触。

 大きな恐怖に立ち向かう、小さな勇気を。

 ……なんて、私は何を考えてるんだろう。

 顔が熱い。

 勝手に盛り上がって、こんな妄想。馬鹿みたい。


 ……別に、そもそも、私が彼のことを好きだなんて。

 まだ完全に決まったわけじゃないし!うん!()()ってやつだよ……!

 ただの妄想。気にするだけ無駄。


 ……


 あー、もう!なんなのよ!

 くっだらない!

 過ぎたことでしょ!忘れなさいよ!


 反射的に、顔を手で覆う。

 ため息をつき、さらに歩く。


 ……もう家だ。

 今日のこと、ママになんて言おう。

 絶対。しつこく聞いてくる。


 玄関を開ける。

 「おかえりー。」

 母、日下(くさか) 奈緒美(なおみ)の声だ。

 「……ただいま。」

 私は小さく返すと、靴を脱ぎ棄てて、居間に上がった。

 

 居間にいる母の後ろを通り過ぎ、階段を上がるとすぐ、私は自室のベッドに飛び込む。


 「なに萌々奈、不貞寝(ふてね)?」

 ……ああもう、いいでしょ別に!

 階下からまた、声が聞こえた。

 「今日、パパ帰り早いんだって。」

 へえ。


 私は再び、唇に手を当てる。

 ……健之助さんから確かに感じた、孤独と、勇気の感触。

 それは、自己中な私の妄想。私には、()()()なんかないから。

 

 でも、たとえ妄想だとしても、彼が孤独を抱えるなら、勇気を振り絞るなら……

 せめて私なりに、本気で向き合いたいと思った。


 爽やかな木洩れ日の記憶を掻き消すように、日が落ちる。

 そろそろ、彼の言ってた……()()が開演する。


 「また会おうね、健之助さん。」


 小さく呟いた時、下の階から玄関の音が聞こえた。

 父、日下(くさか) 勇次(ゆうじ)が帰宅したらしい。

 「ただいま。あれ、萌々奈は。」

 「さあ。上に居るけど、そっとしといてあげて。」

 そんな会話が聞こえた。


 枕を殴ってみる。

 彼が必死で戦っているのに。


 私だって戦えるのに、何もできない。

 私が、子供だから?


 そして私は眠り、一時間ほど経った。


 ベッドに放り投げていた携帯に、着信が入る。

 画面を開くと液晶には、「宮嶋(みやじま) 瑠美(るみ)」の名前が。


 ……どうせ、大した内容じゃない。()()()()()は、瑠美(るみ)に話してなかったし。


 受話ボタンを押し、耳に当てた。

 「もしもし?瑠美?」

 「……ザ、ザ」

 繋がりが悪い。

 よくあることだけど、何故か少しだけ、嫌な予感がした。


 「あ、萌々奈~!えへへ、元気~?」

 瑠美の声だ。でも少しだけ様子が異なる。

 どこか、()()が回っていないような。

 元からこうだっけ?

 「……もちろん元気だけど、どうしたの?」


 「そうなんだ~、私もめっちゃ、元気だよ!!元気ぃ元気ぃ。」

 なんか、テンションおかしくない?

 「……いいことでもあった?」

 瑠美の周囲が騒がしいらいい。

 「なにもない!萌々奈に電話して、一発でつながったからかなー!」

 注意深く耳を傾けた。


 やっぱり、何かが変だ。


 「ねえ、瑠美?……そこはどこ?」

 何か恐ろしいことが起きている。そんな予感がした。


 「ここー?()()()だよ!」

 呑気な声で、そう言った。

 ……町役場?とっくに閉庁してる時間なのに?


 町役場にあるものと言えば、庁舎の他には()()くらいしかない。


 珍能像(ちんのうぞう)

 瑠美のヤツ、そんなところで一体何を!?


 「瑠美!なにしてるの!?もしや……()()()から離れて!危険なのよ!それは!!」

 どう危険なのかは、正直わからない。

 でも、避けた方がいいものだって、この街の誰もがわかっている。

 もちろん、瑠美もその一人だった。

 

 「危険~?とっても、えへ、()()()()んだよ?

 街のみんなも集まってて、盛り上がってるし。」


 寒気がした。

 「……何が、そんなに楽しいの?」

 助けに行った方がいい。

 「んー、楽しくて気持ちいいよ。()()()()も、すっごく喜んでるよ。」

 

 ……()()()()

 死んだはずの、瑠美の愛犬の名前だ。


 一週間前、鬼怒川という男の権能によって、ゾンビに取り込まれた。

 その後、健之助さんと瑠美に見守られながら、死んでいった……はずなのに。


 瑠美には今、見えないものが見えているんだ。

 あんなに悲しんだのに、忘れてしまっているんだ。


 これが、「悦」の権能……ということ?


 電話口からは再び、瑠美の呑気な声。

 「あ、人増えてきた!何がはじまるんだろ~!あ、萌々奈も来る~?」


 共に育ったラッセルの死に、瑠美が向き合ってきたことを知ってる。


 あの子が現実と向き合うのに、どれほど辛い思いをしたか!

 それを思うだけで、私まで胸が苦しいのに!

 ようやく、歩き出せたように思ったのに!


 どうして、そんな夢を見せるの!?

 瑠美にとっては、その方が良いのかもしれない。

 現実を見ても、良いことなんてないのかもしれない。

 だけど、こんなの、あんまりだよ……!


 強制的に快楽を与える、玩具の銃(サイケシューター)

 幻覚を見せ、人を狂わせる。

 それは、瑠美の気持ちも、町の人たちの気持ちも、何もかも踏み躙る権能。


 ……許せない!

 顎が軋むほど、歯を食いしばった。

 「ねえ、萌々奈ー?おーい、聞いてるー?」


 掌が、熱を帯びてくる。

 ……おっと、携帯は壊しちゃいけない。

 ふと我に返った私は、噛みしめるように言った。

 「……助けるから。」

 「へぇ?」


 「今行くから!じっとしてて!」

 「わあ~、うれし」

 ピッ。

 

 電話をしても、埒が明かない。

 さて、町役場まで遠い。

 街の非常事態に、バスは出てないし……そうなると。


 部屋を出た。

 「お願い!車出して!」

 階段を駆け下りて、開口一番。

 「どうしたんだ急に!」

 「そうよ、何かあったの?」

 パパとママに、説明してる暇はない。

 「そんな場合じゃないの!今すぐ!」


 ママは、そんな私の言葉に被せて言った。

 「言いなさい!何があったか!この街で訳もなく、車なんか出せるわけないでしょ!」

 「そうだぞ萌々奈。夜は特に、()()()が多いし……」


 言って伝わるとは思えない。

 でも、助けが要る。


 「瑠美(るみ)が、変なの……!」


 「美容室の娘の、瑠美ちゃん?変って言うのは?」

 ママは声のトーンを下げて尋ねた。パパも私の方を静かに見つめる。

 「うん、例の玩具の銃。」

 「ニュースにも出てたアレね。それで、場所は?」

 「町役場。()()()だよ。」


 二人は一瞬、顔を見合わせた。

 するとパパは席を立ち、玄関に置いた車のカギを取る。

 「……パパ?」

 「前に言ってた、邪神って奴か?」

 「そう……かも。」

 「そうか。」

 

 私も共に玄関に行き、靴を履いた。

 後ろから、ママが言う。

 「例の銃があるなら、傘と合羽でも持っていったら?」

 防げずとも、気休めくらいにはなりそう。

 「うん。パパ、ママ、ありがとう。」


 「ママは家で待ってるね。

 パパは無理せず、車で待機!

 でも萌々奈に何かあったら……

 ()()()()連れて帰ってくること!」


 「……ああ。俺は、やれることをやるよ。」

 そう背中で返事をすると、パパは勢いよく玄関を開けた。


 私は、ママの方を振り返った。


 「あなたが、向き合うって決めたんだから。

 まずは瑠美ちゃんを助けてあげて。あなたならできる。」

 そう言うママの目は潤んでいた。



 健之助さん、瑠美、パパ、ママ。


 私だって、何もできないわけがない。

 最強の、「熱」の権能者なんだから。

 独りじゃないから。

 向き合うしかない。


 「……行ってきます!すぐ帰るから!」 

あらすじ:

パラディーソでの戦い(悦の権能編)より、少し間のこと。山中のカフェで勢いに任せて健之助にアプローチした萌々奈は、悶えながら帰宅していた。

 そんなところに舞い込んだのが、様子のおかしい親友、宮嶋 瑠美からの電話。なんと瑠美は、愛犬ラッセルを亡くしたこと(屍の権能編)すらも忘れ、珍能像の前に集まって「楽しんで」いるという。

 邪悪な権能に支配された瑠美を救うべく、萌々奈は両親に協力を求める。


Tips:

 時系列としては、悦の権能編と同時進行といったところです。健之助が風香を拾いに行こうと思ったら自宅にいた場面、映画館で邪神と合流する場面、つまんないエロ映画を観終わっている場面……までがここの話数です。プチプチ占いは話数としては長いですが、時間経過としてはそれほどでもないです。


補足:

 唇の感触から彼の秘めた思いが……みたいなのは、ジョジョの「嘘をついてる味だぜ」みたいな話をどうしてもやりたかったからです。ブローノ・萌々奈・ブチャラティさん……

 こういう感情の読み取り方に、理屈っぽい根拠を並べるのは、野暮だと思っています。


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