奇跡の権能 その2
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
「こんな気分じゃなければ……」
あ……
二人で同じ言葉を発しようとして、止まった。
それがこの上なく気まずいのは、痛いほどわかる。
日下 萌々奈と猫崎 唯。
再び病室は凍りつき、暗雲が立ち込める。
巻き込まれた女性、佐藤さんの横に座った僕は、2人の少女が放つ重圧に耐えかねて震えていた。
……それでも僕は、この場を納めなければ。
男・伊勢 健之助、この戦場で、筋を通すべきだ。
とはいえ、方法なんて思いつかない。
……ああ、もう、どうにでもなれ。当たって砕けろ、だ。
僕には帰り道に手に入れた、アレがあるじゃないか。
僕の権能の賜物。
まずは猫崎に、灰色ハムスターの君ストラップをあげてみよう。
ガタッと音を立て、佐藤さんの隣の椅子から立ち上がる。
2方向から、冷たい視線が集まった。
足が竦む。
それでも真っ直ぐ進み出て、猫崎に近寄った。
殺意、敵意にも似たその表情は、すぐさま困惑の色に変わる。
「あっ……これ、さ、さ、さっき取れたんで、もしよかったら。」
猫崎が目を見開く。
「え!灰色君だ!あなた……伊勢さんって言ったっけ、伊勢さんもこの子好き!?」
そんなに喜んでくれるなんて。
「ま、まあ、そこそこ……」
我ながら無難な返答だ。じつはそうでもない。
「伊勢さんにも良さがわかるなんてね。見る目あるわー。
てか、あたしこれで4つ目だけど。
でも、すごいうれしい!ありがと。」
……4つも持ってるのかよ。ともかく、喜んでもらえて良かった。
たかが灰色ハムスターで小躍りしている猫崎を後目に、再びプリンを食べてご機嫌そうな日下に目をやる。
本当に、何も考えていなさそうな顔だ。
やっぱり、何かをやらかしそうな予感がする。
折角2つあるんだ。とりあえず渡しておこう。
お揃い……?いやいや、余計なことを考えるな。これが贔屓しないという平等だ。
佐藤さん、僕を助けてください……そう思いながら、僕は病室の対角に進んだ。
「ハ○太郎の……灰色のやつ、2匹出たんだけど。
日下さんもよかったらどうですか?」
「私毎週ハ○太郎観てて、私も大好きなんです!
嬉しいです!ありがとうございます!」
僕は胸を撫でおろした。
そして、日下 萌々奈は言った。
「灰色のこの子って、なんか妙に見ててイライラするんですよね!!伊勢さんもわかります?そこがまた可愛くて……」
ごめん、わかる……
しかし日下 萌々奈。
僕の予感は当たった。当たってしまった。
「明日はもっといい日になるよ。」
……なんて、言えるわけがない。
「おい、クソ女……テメェ、今、なんて……!」
病室の反対側では、猫崎が顔色を変えた。
流石の日下も、自身が失言したことには気づいているようだ。
理不尽だ、そう言わんばかりに、焦って言った。
「……は、はぁ?別に悪く言ってはないでしょ?
そこがまた可愛いって言ってんのよ、このバカ!!
私、なんか変なこと言った!?ねえ!!」
弁明どころか、火に油を注ぐようなセリフが次々と流れ出てくる。
日下 萌々奈。もう君は、黙っていてくれ。
お願いだ。
「……ふっざけんなよ!」
猫崎 唯は掛け布団を跳ね上げ、病床の上に仁王立ちした。
そうして、病人らしからぬ身のこなしで、ベッドの柵を越え、飛び降りる。
僕は通路に立ち、飛び出してきた猫崎を制止しようとした。
「邪魔!」
「お願いだ!僕から謝るから!」
「……どいて。」
そう言って猫崎は、使い込まれたカッターナイフを、ギリギリと繰出して僕を威嚇した。
一瞬、怯んだ。
僕を横に押し飛ばして、猫崎は進む。
「やっぱぶっ殺す!日下ァァ!!」
猫崎は日下の病床に片足を乗せ、カッターナイフを構えた。
日下は布団を寄せ集めて小さくなりながら、猫崎を睨みつけた。
この病室、なんだか……冷房の効きが悪いな。
「何なのよ!私がどう思おうと、私の勝手でしょ!!」
「ハァ!?テメェ一体、何様のつもりだよ!!」
猫崎は日下の胸ぐらをつかむ。
「そっちこそこの子の何なのよ!いきなりそんなもの振り回して!危ないでしょ!」
日下のどこかズレた応答に、猫崎は殺気を強めた。
「……うるせぇよ、クソ女。」
猫崎は日下の眼前に、刃をかざして言う。
「あんたなんかに、それを使いこなせるの?唯ちゃん。」
「……調子乗んなよ。」
猫崎はそう言って、カッターを握り直す。
そして日下の左脚、患者衣から見える足首を切りつけた。
猫崎の背中を追う。
「……いや、っああ!!!!」
日下の悲痛な叫びが鋭く響いた。
また、病室の気温が上がる。
「ダメだ!もうやめろ!」
僕はカッターを握る猫崎を羽交い締めして、後ろの床に倒れ込んだ。
「離せよ!キメぇんだよ!!」
僕の上で、カッターを握った猫崎がジタバタと暴れる。
「早まるな!」
日下の足首から流れ出た血液が、ベッドに染みを作った。
病室の気温は、最早外気よりも高い。
「そこ!他の患者さんに迷惑でしょう!病室ではお静かに!!
……って、ここ暑くない?」
突如、看護婦長さんが入ってきた。
これだけの騒ぎになれば無理もない。
僕は猫崎に掛けた拘束を解いて、そそくさと立ち去ろうとした。
「あなた……ここの患者さんに、なにしたんですか!?
自分の病室に戻りなさい!」
……え?僕?
「あ、はい……」
任せられるなら任せたい。
ありがとうございます、看護婦長さん。
僕は帰ります。
立ち上がると、日下に声をかけられた。
「待って、伊勢さん!!唯ちゃんを止めてください!!」
猫崎は日下の前に立ち、睨みつける。
日下の周囲から強い熱が放たれ、また病室の温度が上がった。
「ねえ!あっちいってよ!!」
布団を盾にした日下は、汗だくのまま猫崎を見つめた。
「……アンタは、あたしがブチのめす!」
猫崎も滝のような汗を流しながら、再びカッターを日下に向けた。
この部屋の暑さに、誰も耐えられない。
佐藤さんは状況が飲み込めないようで、ただ呆然としていた。
その時、猫崎が悲鳴を上げた。
「ひっ!!な、なんなのよ、これは!!」
猫崎が日下に近づた刃が、曲がっていた。
熱で溶けたプラスチックの持ち手から、猫崎は手を離す。
「アンタ、な、なんなのよ!バカ萌々奈ァァ!!!!」
猫崎の金切り声に、日下は顔を顰めて言った。
「……本当、しつこいのよ!
私があなたに、何をしたっていうの?
あなた、私に何をしたか知ってる?
……もう、許さない!」
まずい。
邪悪さを帯びた熱が、高まる。
こうならないように、プリンを買ってきたというのに!
そうだ、これは……3日前にも感じた、あの感覚。
あれだけは避けねば。
この病室で、爆発事故なんて、起こってなるものか。
あの規模の爆発が起きれば、必ず夥しい数の犠牲者が出る。
僕は声を上げた。
「日下さん!権能を解いて!」
まるで、その権能とやらが制御できるものだと、知っているかのように。
その声は届いていないようだ。
地面には、灼熱でひしゃげたカッターナイフと、尻餅をついて怯える猫崎 唯の姿があった。
外で見ていた看護婦長は、病室の非常ベルを押した。
「これは非常事態よ!原因は不明!患者を避難させて!」
そうして、人を呼びに行った。
この病室には、もう近づけないと判断したのだろう。
僕は、佐藤さんの前に立って熱源から庇う。
「……反省しなさい!!猫崎 唯!!!!」
日下は、猫崎に右手を向ける。
「あ、あたしが!アンタに、何をしたっていうのよ……!!」
猫崎の声が震える。
圧倒的で邪悪な熱を前に、猫崎の威勢は、微塵も残っていなかった。
「……死ぬ?」
ぼそり、猫崎の呟く声が聞こえた。
「もう、私に関わらないで!」
日下 萌々奈が言い放った。
その一瞬、不思議な感覚が僕を包む。
神秘的、とでも言うような感覚。
「すみません。すぐ止めますから。」
僕は背後の佐藤さんに言うと、目の前の日下 萌々奈の方へ踏み出した。
一歩踏み出す。
不思議な力が湧く。
熱い。
だがそれ以上に、僕は使命に燃えていた。
熱を帯びる日下 萌々奈に手を差し伸べる。
すごく熱い。それでも、身体は動く。
一歩。
「……やめて!私に近づかないで!
あなたには関係ない!来ないで!」
「復讐は、あなたの権能ではない。」
僕が発した言葉は、僕のものではないようだった。
「……どういうこと?」
この権能が、彼女を救えと僕に言う。
信じて、もう一歩。
灼熱の少女に歩み寄った。
「……私、止められないの!あなたが死んじゃう!」
暴走する、邪悪な気配。
僕を見つめる瞳は潤んでいた。
「……大丈夫だ。」
僕は、その少女の肩に手を触れ、そっと抱き寄せた。
「っっぐあああっっ!!!!」
声を上げずにはいられない。
掌が灼ける。
胸が灼ける。
「……なんで、そこまで……?」
涙に濡れた声とともに、その熱は急激に収まっていった。
日下 萌々奈は、爆発……しなかったのだ。
県立神流町中央病院は、こうして火災事故を免れた。
僕は、大火傷を負った。
緊張が走る病室。日下 萌々奈は、こうし君の悪口を言ってしまい、猫崎 唯をキレさせてしまう。
萌々奈に襲いかかる唯。それに呼応するように、萌々奈の熱が暴走する。
健之助に与えられた未知の権能は、彼を突き動かす。熱の権能の暴走は、強引に鎮められた。
(改稿記録)爆発オチなんてサイテー!と言わせたかったのですが、そのためだけに死に設定を2つ3つつけなきゃいけないのが余りにもしんどかったので、そのくだりを削除しました。
以下補足です。
「看護師」と呼ぶことが正式に法律で決められたのは2002年3月以降ですので、2000年時点では「看護婦」呼びでもダメじゃないです。
また、アニメとっとこハム太郎の記念すべき第1話の放送日が2000年の7月7日なので、すごくタイムリーですね。時期で言うと、ちょうど21日…この話の前日の夕方に、萌々奈が病室で第3話をリアタイ視聴してます。ちなみにグッズ展開はそれより前にされていたようです。
加えて、「爆発オチなんてサイテー!」の初出はFate/Stay night(2006)らしいです。すげー、未来だー(遠い目)




