悦の権能 その11
※違法薬物、ドラッグに関する記述がありますが、決して犯罪行為を助長する意図はございません。
あらゆる違法行為に対して、いかなる理由があろうと絶対反対の立場を表明します。
物語で運勢の項目がかなりたくさん出てきますが、「金運」「健康運」と違い、ソレ自体には全く意味がないです。全部覚えようとしたら頭がパンクするので、雰囲気で読み流していただけると幸いです。
4段階の運勢があって、勝ち、負け、引き分けがあることだけ覚えれば十分です。
試合の流れを全部ノートに書いて記録している作者でも、読みながらついていくのは無理です。
薄暗い部屋で、4人の参加者が丸いテーブルを囲む。
僕、伊勢 健之助と、
左隣には主催者、麻谷 杏子と、
その左に三春 風香と、
その左……つまり僕の右隣に、邪神。
全員、手元には「ぷちぷち占いチョコ」。
「……さあ皆様。始めに1つ、チョコを食べましょうか。」
麻谷 杏子の一言で、僕たちは同時にシートの穴を一つ、指で押した。
僕が選んだのは……
「『冒険』。 」
麻谷 杏子、三春 風香、邪神も続く。
「わたくしは『買い物』ですわ。 」
「……『イメチェン』にしたわ。 」
「我は『贈り物』だ。 」
全員、現在残されたチョコは17個。
取り出したチョコを一つ口に放り込むと、イチゴの風味の後に脳の奥がピリっと痺れた。
形を変えようと、これは麻薬そのものだ。甘くて辛い渇きを、脳の使っていない部分が悦んでいるようで……抗いがたい中毒性があるのがわかる。
この酩酊が、すぐに耐えがたい苦痛や吐き気に代わるのが容易に想像できた。
開けられたシートの、アルミ箔を摘まんで引き延ばした。
僕の「冒険」運は……
△(ふつう)。
「さあ皆様。親を決めますわよ。」
一斉に手を繰り出す。
「じゃんけん、ポン!」
一発。僕が親か。
「では伊勢様。もう1つ占いをして、わたくしの運勢を選んでくださいまし。
尤も、まだ駆け引きなどできませんけど。」
自分の手番には、左隣の参加者から運勢を一つ選んで比べる。
運勢比べをするには、僕のシートに追加で穴を開けて、占いをしなければいけない。
1つ、指でチョコを押し出して、口に放り込んだ。眩暈。
「……『恋愛』だ。」
結果は、○だった。
残りは既に16個。手番が早いということは、その分チョコの消費が早い。当然僕は不利なポジションにある。
僕が顔を顰めていると、麻谷が声をかけた。
「そうそう。大事なことを申し遅れましたわ。
親の伊勢様は、2つ穴が空いていますわね。
早く穴が空く初回の親と、次の参加者は、特別にどちらの占いで比べるか、ご自分で選べますわ。
さあ、どうなさいます?」
そこに割って入るのは三春だ。
「ちょっと!そんなの後出しルールじゃない!」
邪神がなだめる。
「まあ落ち着け。健之助にとっても悪い話ではなかろう。」
「でも……」
言いたいことはわかる。主催の匙加減でゲームが変わるのが許せないのだろう。
僕は麻谷の方を見て尋ねた。
「他に、言い忘れたルールは?」
「そうですわね……穴が空いておらず、選べる穴がない場合の特別ルールですわ。」
「選べる穴がない?」
「ええ。運勢を比べられるお方から、選べる穴がなければ、そもそもゲームになりませんわ。
その場合、指定される側が1つ穴を開ける。謂わば、有利な参加者へのハンデですわね。」
そのような状況は、ごく珍しいパターンだろう。
ともかく。
今は少しでも、敵である麻谷に多く穴を開けさせるべきだ。
このゲームに大逆転はない。初回から敗北するのは避けたい。
となれば、僕は少しでも運勢が良いほう……○である「恋愛」を出すのが無難だ。
そこに突如、三春の声が僕の脳内に響いた。
『健之助くん、聞こえる?……今は焦らないで。少しでも安全な策を。』
わかっている。
どの道、選ぶしかないんだ。
「……では麻谷 杏子。僕の『恋愛』と、あなたの『買い物』を。」
麻谷はシートのアルミ箔を摘まんで、一つ伸ばした。
「わたくしは……ふふ。△ですわ。……伊勢様、運勢は?」
「○だ。」
2、3秒間の沈黙。
「……わたくしの負け。2つ、開けますわね。」
僕の○は麻谷の△に勝ったということか。ここだけ見れば、なんて味気ない勝負だろう。
いや、僕のもう一方の択、「冒険」は△。ここで「冒険」を出していれば、運勢が同じだった。その場合、麻谷に3つ開けさせることができたのか。
『健之助くん、もう一つは?』
三春の声だ。なにか、合図するべきか。
『×?』
…… 。
『△?』
……僕は人差し指で、テーブルをトン、と叩いた。
『了解。リスクを取るべきだったわね。でも悔やんだって仕方ない。切り替えて次に行くべきよ。』
最善ではないにしても、まずまず良いと思うが。
麻谷がチョコを2つ食べ、ゲームは進行する。
「最高のお味……心地よくて堪りませんわ。では、お次はわたくしが。」
麻谷のシートは、「お出かけ」、「遊び」、使用済みの「買い物」の3つが空いている。さらにもう1つ開けるというと、かなりのハンデを背負っているようだ。
「では、わたくしは『メル友』を開けて……運勢比べには『遊び』を使いますわ。
三春様、『イメチェン』を教えてくださいまし。」
親とその次……つまり僕と麻谷は初回だけ、開いている穴から選んで運勢比べを仕掛けられる。それが先行不利を埋める僅かなハンデだ。
俯いていた三春が、重々しく口を開く。
「私の『イメチェン』は…… ×。」
×を引くということは、運勢比べを受ける場合において最悪だ。
敗北による2失点または、被りによる3失点。いずれにせよ失点は逃れられない。
ゲーム開始時点で、三春の不利は確定していたといえる。
そこに麻谷が嗤う。
「いいですわね、勝てないことを悟った、その顔!わたくしのは○。ではおふたつどうぞ、三春様?」
麻谷を一瞥した三春は2つの穴を開け、チョコを食べた。
「『メルトモ』と『ご飯』を開けたわ。 ……チョコは美味しい。ドブ臭い混ぜ物がなければ。」
そう言って悔しそうな、しかし苦しくも心地よさそうな表情で、僕の脳内に語った。
『……間違いない。麻谷は、私のイカサマを見抜いている!』
イカサマ?それっていったいどんな……
僕の脳内に話しかけることとは違うのだろうか。
『気になるって顔ね。でも言わないわ。あなた顔に出るタイプだし。』
なんだよそれ。僕ってそうなのかな。
三春は薬物による動悸を抑え込み、呼吸を整えた。
「……さて、私の番ね。次に『遊び』を開ける。…… 邪神、あなたの『贈り物』を見せて頂戴。」
勝負は淡々と進む。
「ほう。では比べようじゃないか。」
「宣言する。私はあなたに、3つ、開けさせる。」
宣言……!?
相手と運勢が被る確率は、せいぜい25%。
偶然当てられないこともないが、狙って当てられるとは思えない。
「予告か、面白い。……我の『贈り物』は◎だ。敗れることはなかろう。」
僅かな沈黙の末、三春はほくそ笑んで言う。
「……◎。同じねっ!私の『遊び』も。
さあ、予告通り3つよ!……お願いね、じゃ、し、ん、さ、ま。」
「……笑止!よかろう、3つ、開ければよいのだな。」
運勢が同じなら、当てられた方は3つ開ける。邪神にとっては、最大損失だ。
本当に、予告の通りだ。
まさか、三春は本当にイカサマを……?
あの邪神に、勝てる。そんな予感があった。確証は無い。
問題は、麻谷が三春のイカサマに気づいている……ということだろう。
邪神は渋々3つ、チョコを取り出す。
「では我は、『恋愛』『運動』『旅行』を開けるとするかな。フッ、致し方ない。では次だ。」
チョコを3つ食べ、邪神はご機嫌な声色で言った。
「では健之助よ。我は『休憩』を開けよう。……さて、お前は『冒険』だったか?」
「ああ。△だ。」
邪神が1つチョコを食べながら、高らかに言い放つ。
「我は○だ!2つ食らうがよい!!」
『仕方ないわね。』
「ああ。」
三春の声をよそに、僕は『カラオケ』『出会い』を開けた。チョコを2つ食べると、鮮烈な頭痛が襲う。
不思議とその不快感を脳が欲しているようで、気味が悪い。
こうして4人の手番が終わり、一周した。残りのチョコは……
僕は14個、
麻谷 杏子は14個、
三春 風香も14個で、
邪神だけ13個。
ほぼ互角といったところか。
そこに麻谷が言う。
「さて皆様。ルールはお分かりで?
次の2周目からは、運勢比べを受ける側が交渉できますわ。では、手始めに伊勢様からどうぞ。」
促されて、僕はシートを取った。
「では、次の番を始める。僕が開けるのは『ご飯』だ。」
僕はそのチョコに指を押し当て、1つ食べた。吐き気を抑えながらアルミ箔を伸ばす。
……×。
僕に残された可能性は、75%の敗北と、25%の大勝利だけ。
「わたくしは、『お出かけ』『メルトモ』が開いていますわ?さて、どちらに?」
……そもそも、この2択に、勝ち目などないのかもしれない。
「おや?伊勢様、そのお顔はもしや、×ですわね?」
しまった……!まさか本当に、顔に出ているのか……!?
麻谷の目を見る。が、表情は読めない。
いったい、どうすれば……!
『健之助くん、ただの二択よ!この勝負……勝ち目はある!』
勝ち目はある、だと……!?
三春 風香は、何を知っているんだ!?
「どちらを選んでも、勝ち目などありませんわ。」
目の前から、凄まじい圧。
そして、麻谷はニヤリと冷たく笑い、囁いた。
「……『メルトモ』の方が、いいのではなくって?」
あらすじ:
悦の権能を仕込んだ占いチョコによる、狂気のゲームが始まった。淡々と進む1周目では、邪神が少し不利となった。
イカサマを仕掛けたという三春 風香と、考えていることが悉く顔に出るチョロい健之助。
ゲームは1周目を終え、2週目が始まる。麻谷 杏子に運勢比べを挑む健之助は、その凄まじい圧に翻弄されるのだった。
Tips:
すごく小さいこだわりを込めたところがありますが、絶対に伝わらないのでここで言ってしまいます。4人の参加者が、初めになんの運勢を占ったか宣言するところです。占いチョコを用いた一番の理由で、最初だけ、それぞれのこだわりや想いを表現しています。
健之助は「冒険」。この街での出来事が彼にとって、未知の戦いの連続であることを示しています。そこには恐怖があり、成長があり、ロマンスがあります。
次に杏子は「買い物」です。自らの権能を商品として、急激に経済圏と権力を手に入れた今の彼女にとっては、このゲームが「買い物」した娯楽の1つであることを象徴しています。
風香は「イメチェン」で、「恋愛」ではないです。彼女が権能を得たきっかけは、誰からも認識されない程に影が薄かった、過去からの「イメチェン」です。この章でも、戦いを通して彼女は少しずつ成長していきます。人として、またヤバめの変態として。
邪神は「贈り物」です。これは言わずもがなお分かりかと思います。邪神の権能ですね。
補足: 各参加者の手番では、
攻撃側が一つ穴を開ける→交渉して防御側に開示させる占い結果を決定→防御側の開示→攻撃側の開示→結果に従いチョコを食べる処理
の流れで進行しています。文章だと読むの大変ですよね。
補足2: ここでは、占いチョコの4つの運勢が出る確率が「同様に等しい」として確率計算を行っています。場合の数や確率の問題がたくさん出てきますね。確率計算を元にプロットを書く、世にも珍しいなろう作家です。




