宙の権能 その6
(閲覧注意) 本エピソードには、読む人によっては強い不快感を抱きかねない描写が含まれます。
閲覧にあたっての不都合については、当方一切の責任を負いかねますので、何卒ご了承ください。
刺激が強い話は読みたくない、そんな気分の方は……ネタバレになってしまうのですが、「宙の権能 その2」で邪神が持っていたアレが出てきたら、このエピソードを飛ばすようにお願いいたします。
作者は薬物と一切の関係を持っていません。
また、違法薬物の使用について、断固反対の立場をとっております。
(必ず前書きをご覧ください。)
空を翔ける。
岬に発生した地上の星雲から、一つ図地、高速の星が打ち出される。
夜風を切りながら。恒星のような灼熱を避けながら、空を舞う。
50メートル以上は距離を取ろう。オレは海上へと飛ぶ。
邪神は陸にどっしりと構えて、こう言った。
「なぜ挑む。お前に勝機があるとでも?」
不思議だ。オレはそいつを見下ろしている。それなのに、巨人を相手にしているような……むしろ自分が見下ろされているような気になっていたのだ。
それほどまでに、オレは……いや、弱気になんかなるな!!一発食らえば即敗北……そんなの、当たり前じゃないか!
邪神の「星」は飛翔物だ。それなら、さっきみたいに軌道を変えて撃ち返すことだってできるはずだ!
星雲から、マシンガンのように星の束が飛び出す。曲がりくねった軌跡を描く、5つの星々。
急旋回。見える。一つの星が遠い空へと消える。
真横からくる星を、体を宙でグルンと回転させ、躱す。
3つ目の星。オレは急落下して避けた。……胃が気持ち悪い。だが、関係ない!
次は後方に宙返り。眼前に星の熱気を浴びながら、夜風の中へ逃げる。
5つめの星を上に飛び上がって避ける。オレはその星を視界にとらえ、回転の中心と軌道をイメージした。
……イメージするんだ。星を掴んで、小さい円の軌道で向きを変える。次に大きな円の軌道で、撃ち出す。
その星は向きを変え、邪神の所へと飛んで行った。避けられないはずだ。
宙の権能で加速した。これは、遠心力だ。
「……やれる!」
目にも止まらぬ速さで、その星が邪神のところへ……
鳴り響く爆発音。邪神の周辺には煙が立ち込めていた。
同時に、オレとは関係ない真上の方向に、いくつもの星が打ち出されたのを見逃さなかった。
またも多くの星が、オレに向かってくる。10……いや、数えきれない!
光の筋がオレの周囲の空気を切り裂く。避けるので精いっぱいだ。
最大の円軌道。最高速度で、逃げる。その星々は、遠方へと消えた。
邪神を覆っていた煙が晴れる。あの小さな星雲は、より大きく、より多くの星を蓄えている。
邪神は肩から血を流し、僅かに姿勢を崩しているようにも見えた。
「…………!」
なにか言っている。だが聞こえない。かなり、遠くに来たようだ。
この戦闘では、距離が離れるほどオレが有利だ。星の動きを見るだけの時間が稼げるし、軌道をコントロールできる以上、距離が離れても当てられる。
夥しい数の星が、前方より襲い来る。さっきまでより、複雑な軌道。それでいて数も多い。
直後、辺り一面が無数の光の筋で明るくなった。
当てるための狙撃、ではない。囲い込むための物量。
……だが、速さも向きも同じだ!それなら4つくらいだろうか、同時に意識を向けられるのは。
星が過ぎ去っていく。すかさず、次の星の群れが襲い来る。
……今だ!星を掴んで、加速して撃つ!今度は、着弾の直前に回転させ、軌道を読まれにくくする!
星を撃ち返した、その時だった。
オレの背後には、雨のように落ちていく無数の星。
星雲からの流星とは違う、ただの岩だ。それでも、地球の重力を目一杯込めた自由落下は、人を殺すには十分すぎる威力だ。
……上にも警戒を強めながら、前方の光の筋を躱し……撃ち出した4つの隕石の軌道を描く。あまりにも忙しい。
それほどまでに、物量が違う!
広い空中はオレの領域……それでも、前方、頭上と、星々が埋め尽くして眩しい!
避けきれるか……!?
前方の光の筋を予測。その間を縫うような無数の円軌道。頭上の落石を、飛んでくる隕石をぶつけて凌ぐ。
その時、4つの隕石が全て邪神に命中した。
再び煙が舞うが、風圧ですぐに散ったらしい。
……なぜだ!当たったはずなのに、なぜヤツはまだ立っている!
そして前方からは、無数の星と、ひときわ大きな星が。
軌道は読みやすい。
その、一瞬。
目の前が、真っ白に……
これは……
閃光!?
何も見えない!!
だが、さっき定めた軌道に沿って、星を避けることはできる。
「がはぁあああっ!!」
ああああ!!背中か!?猛烈に痛い!!!!内臓の全てが焼け焦げるようだ!
当たってしまった。あまりの痛みに意識が保てない。
オレは、もう……終わるのか?
なあ、星梨花……
せめて、陸に近いところで……視界が徐々に戻る。オレは何とか生きながらえようと、陸地へと軌道を描いた。
これが、最後になるかもな。
目を覚ますと、そこは岩肌の上だった。オレの生暖かい血が、ドクドクと脈打って流れる。
「素晴らしいな、田代 雅樹よ。」
邪神の声だ。
「クソ……クソォ!!星梨花、オレ……」
「やめておけ。起き上がれるわけなかろう。」
邪神は肩や脚から血を流し、満身創痍といった様子だ。
「お前は素晴らしい権能者だ。まさか、我が奥の手を使うことになろうとはな。」
「ハハッ。でも結局、人間のガキじゃあ及ばないってことか。」
「否、お前の権能は、確かに我に届いた。だが、我は……」
「……憤怒だ。お前がお前たちの運命を憎む以上に、我はこの世界の神を憎んでおる。それが上回った、ただそれだけのことだ。」
神の敵……悪魔か何かなのか?でも、そんなことどうでもいい。
「邪神……その権能で、星を……打ち上げることはできるのか?」
邪神は微笑んで言った。
「ああ、可能だ。ただし、紛い物だがな。」
「オレが欲しかったのは、アンタの権能だったのかもな。」
「ハッ!欲深い奴め。しかし、願いは叶えられずとも、我にできることをしよう。」
「邪神……アイツの、星梨花の星を。この空に打ち上げてくれないか。」
「いいのか。所詮紛い物だ。」
「ああ。」
邪神は赤く輝く星を作り出して空にかざすと、勢いよく宇宙へ飛ばした。
「……ありがとう。」
「朽ち果てるだけの石ころに、なんの意味がある。」
「見えなくったって、消えたって、オレは構わない。アイツを思って生まれた星が、この宇宙に存在している……そう思えるだけで、この地球が、星梨花を忘れないでいられると思うんだ。」
「人間とは、やはりよくわからぬ。」
「いいや、ただの自己満足だよ。」
「……哀れ。叶えられぬ願いと知り、虚構の星に縋るというのか。」
体が痛くて、何も考えられない。意識が、遠のいていく。
どうして、オレはここまで……アイツに執着してきたんだろうな。
「田代 雅樹よ。体が痛むだろう、正気ではいられぬはずだ。」
返事をすることもできない。
「哀れ……それでいて、逞しき少年よ。」
そう言って、遠のく視界の端で邪神が取り出したのは……銃だった。
BB弾を込めて使う、玩具の銃だ。
「相応しき権能と偽りの星を得たお前に、もう一つ、相応しき夢と快楽を授けよう。」
薄気味悪く、ニヤリと笑うのがわかった。
「……やめ、ろ!……なにを!」
「サイケシューターだ。眠れ、そして生きろ。」
パァン。
オレの額に、球が当たった。
全身を、鳥肌が立つ感覚が撫でる。神経が高まっていく。気持ちいい。何もかもが、どうでもよくなる。体の痛みは、もう感じなかった。
ここは……どこ?わからない。空、虹色。溶ける。
気持ちいい感覚が、溢れる。幸せな、あたたかさ。
ああ、きもちいい。堕ちていく。昇っていく?
痺れる。意識が遠のいて、空中に浮く。
いやなことなんて、なにも。
全身が毛羽立つ。 もう わからない
あ ああ あ
虹色が、晴れて……きれいな、星空。
わからない。 ここに、女の子。ほわほわする、ドキドキ。
頭が くらくら
その子は、はっきり、いった。
「なあ、雅樹。しっかりしい!雅樹!!」
……星梨花?
「……久しぶりやな。雅樹。なんや、大人みたいになったな。」
星梨花は、ずっと星梨花だ。
「うう、うう。」
「泣くな!みっともあらへん。でもな……よう頑張ってくれたんやな。」
「うん、オレ……」
「こうして……アンタが、ウチのこと……見つけてくれたんやな。」
「アンタが、ウチを想って、星にしてくれたんや。……アンタだけの星に。」
星梨花は、オレの頬にキスをした。心臓が跳ね上がり、体が熱い。
「……なんや嬉しそうやな。アンタは4年経ってても、ウチは10歳のままなんやで?」
「……会いたかった!ずっと!」
オレはその細い体を抱きしめる。
「……ええよ。来て、雅樹。『愛してる』。」
借り物みたいな言葉が、脳の奥を甘く刺激する。
この景色を覆いつくすほどの幸福感が、快楽となって一身に押し寄せた。
「ねえ、星梨花。『愛してる』『愛してる』『愛してる』『愛してる』『愛してる』『愛してる』『愛してる』『愛してる』……」
「ちょ、雅樹……!?もうええって……」
「『愛してる』『愛してる』『愛してる』。」
「あのな雅樹。よく聞いてな?」
求めるように抱きしめるオレに、星梨花は耳元で悪戯っぽく笑った。
「ウチもな、『愛してる。』」
「……せやさかい、『もう、離さない。』」
離さない。
星梨花。オレと、この永遠に……溺れていよう。
なあ、喜んでくれてる……よな?
あらすじ: 邪神との戦闘に突入した雅樹は、星の軌道を操る能力で、圧倒的に思えた邪神を追い込む。しかし邪神の奥の手により視界を奪われた雅樹は、戦いに敗れる。
雅樹は邪神に対して、星梨花を記念する星を飛ばすよう頼む。そうして形は違えど、願いを果たす雅樹。彼を哀れんだ邪神は、サイケシューターによって雅樹にとどめを刺す。
「悦」の権能の毒牙にかかった雅樹は、その幻覚の中で亡き星梨花に再会する。ついに再開した紛い物の星梨花と、雅樹は借り物のような愛の言葉を交わし、永遠の底へと沈むのだった。
tips: だいぶ後味悪く仕上がっているかと思います。混川はこの話書きながら胃もたれして、ヤケ酒しました。
宙の権能編、これにて完結です。完結ですよ。救い?ないみたいですね。
補足: 雅樹の視点からは良く見えていませんが、雅樹が撃ち返した星に、邪神は作り出したばかりの星を当てて防いでいました。それでも爆発はするので、多少ダメージは出ますが、ほぼ無傷なのはそのためです。




