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宙の権能 その2

本作はフィクションです。

登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。


物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。

 2000年8月2日。

 私、エーデルワイス……って、いうんだっけ。

 とにかく、やたら私を触りたがる()()から逃れ、早めに水族館から帰宅すると、四畳半の和室で夕方までしばらく寝ていた。

  「エーデルワイス、もう帰ってるか?」

 日が暮れると、疲労困憊の執事……じゃなかった。芸術家、(ウー) 建炫(ジャンシュアン)さんが帰宅した。

「おかえりなさい。ご飯にする?お風呂にする?それとも……」

「どこで覚えたんだそんなの。どうせ俺がやるんだろ。」

「そうね。いつもありがと、建炫さん。」

 彼はため息をついて言った。

「……まったく、あの方が甘やかすからって図に乗るな。」

 彼は洗面所で手を洗うとすぐ、台所に立った。


「……あのね建炫さん。」

「せめて起き上がってから言え。」

「私、エーデルワイス……なんだよね?ホントは違う名前だったりして。」

 畳の目をなぞりながら言うと、彼はそっぽを向いて答えた。

「知らん。岩茨(いわいばら)岬に現れたあの日、お前には既に記憶がなかった。それ以上知りようがない。」

「……いじわる。」

「そういうのは邪神様に聞け。」


「でも私、ナツキのことだけは覚えてる。絶対、私の大事な人だよ。」

「またその話か。名前以外に、なにか思い出せるか、ええ?思い出せないならやめておけ、虚しいだけだ。」

「でも……!」

「思春期特有の妄想だ。それこそ芸じゅ……」

「馬鹿にしないでっ!」

 芸術とでも言うつもり!?

 鍋のお湯が沸く音に背を向け、私は部屋の隅でうずくまった。


 ふと、首筋に触れてみる。

 思い出すのは……あの瞬間の、猫崎(ねこざき) (ゆい)の刃。首筋が冷たくヒリついて、死ぬんだと思った。

 だから伊勢 健之助に関係あるのかは知らないけど……建炫さんに救われた私は、「奇跡」を信じてる。


 それに、あの時……ナツキが私を呼ぶ声を聞いた。

 その女の子の声で、確信した。


 ……日下 萌々奈は、間違いなくナツキと関係ある。

 だから萌々奈ちゃんに、会いに行かなきゃ。


「ねえ建炫さん!明日すぐにでも、萌々奈ちゃんに会いに行きたい!車出して!」

「不貞腐れたり騒いだり忙しいな。やめとけ。奴はお前の手に余る。」

「戦わないから!」

「じき邪神様がお戻りになる。そこで話せ。」


 私がしょんぼりしていると、ガチャン、と玄関が開いた。

「我がァ!帰ったァ!ぞ!フハハハハハ!!」

 帰ってきた邪神さまは、気持ち悪いくらい上機嫌だった。

「おかえりなさいませ。まさか酒を……?」

「呉 建炫!コレを見よ!」

 邪神さまは、大声でそう言うと玩具のピストルを取り出した。


「……なんですか?これ。」

「ピストルの玩具だが、これはまさに()()。試しに撃ってやろうか〜?」

 邪神さまは、パスタを鍋に入れる建炫さんの頭に、その銃口を向けた。

「……遠慮しておきます。」

「そうか。では我が。」

 邪神様は、銃口を自分のこめかみに当てて……


 パァン、と弱いバネの弾ける音。

 自分で自分を撃って、へらへら笑ってるなんて、なんだか気でも狂ったみたい。


 邪神さまはピストルを、そのこめかみにグリグリ押しつけながら言った。

「……最高に『ハイ!』ってヤツだアアアアアアハハ」

 らしくないほどの大声。

 ……この人、やっぱりヤバい人なの?

 

「邪神様、遊んでないで席についてください。」

 建炫さんがそう言うと、オリーブオイルとニンニク、少しの唐辛子が、こんがりとベーコンと玉ねぎを焼く匂い。

 香ばしい脂の香りがふわりと鼻をくすぐって、私は何も言われずとも、フォークとスプーン、粉チーズをテーブルに並べていた。

 

 建炫さんが茹で上がった麺をフライパンに投入して混ぜる。それから少し多めの塩と、粗挽き胡椒を振ると、ペペロンチーノが完成した。

「簡単なものですが、邪神様もどうぞ。」

「おお、ありがとう。」

 あんなに(はしゃ)いでいたとは思えないほど、邪神さまは元通りになった。


「いただきます。」

 スプーンでパスタを掬っては、フォークを挿して麺をくるくる回す。ベーコンがなかなか絡んでくれなくて、 フォークの先で突く。

 パスタとベーコン。大きめの塊を、口にめいっぱい詰め込むと……オリーブとニンニクの旨味を吸い込んだパスタが、これでもかと口を埋め尽くした。香ばしさの奥に、少しの優しい辛味。

「……美味しい!」

 ペペロンチーノを味わっていると、建炫さんが口を開く。

「それで邪神様、今日はどちらへ?あとその玩具は片付けてください。」

「おっと失礼。」

 邪神さまが席を立って言う。

「近頃、珍能像に選ばれる者も多い。今日はちょうど、新たな権能者に巡り合ったのだ。」

「それで、そのおもちゃと関係が?」

「まあ聞け。そうだ、これは、『サイケシューター』。権能によって(もたら)された……」

「齎された……?」


「麻薬だ。」

 麻薬……?持ってると警察に捕まるヤツだよね?そんな権能が??

「お見事です、邪神様。」

「ああ!まさに()()!素晴らしい権能だ!邪神が統べる新たな世は、また大きな歩みを遂げた!」


「しかし邪神様、その権能で、何をなさるおつもりでしょう。」

 邪神さまはパスタをフォークで絡めながら言った。

「混沌だ。我は混沌を欲する!屍、綿、音、刃……そのどれよりも、混沌を齎す権能!その名は……」


 邪神さまはパスタを巻いた。

「……『(えつ)』。」

 ……それが、麻薬と混沌の権能。

「我はこれで、10人目の権能者を生み出したということだ。」

「以前、12人の使徒が必要と……そう仰いましたね。」

「左様。12人いることに意味がある。新世界の救世主(メシア)となるは、()()()()()()()ではない。我、邪神なのだからな。」

「おっしゃる通りです。それを見届ける為に私は、あなたについてきました。」

「そういうお前も、エーデルワイスも、珍能像の()()を世に()べ伝える、邪神の12使徒だ。」

 邪神さまを支える、12人の権能者……?


「それで、『悦』の権能者は、如何でしたか。」

「強欲、とでも言うべきか。奴は混沌までをも欲し、我の期待に沿う働きをしておる。愚かな『熱』の小娘とは大違いだ。」

「熱……日下 萌々奈ですね。冷田(ひえだ) 篤志(あつし)速水(はやみ) 龍太(りゅうた)、そして三春(みはる) 風香(ふうか)。既に3人の権能者に戦いを挑み、勝利している。」

「それでも、奴にはどうすることもできん。それほどまでに『悦』は強大な力だ。来週には、この街を偉大なる混沌の()()が包むだろう。」

「それは何よりです。それで、今日のご報告をさせてください。」

「おお、そうだったな。2人ともご苦労だった!水族館の『奇跡』はどうだ?」


 建炫さんがひと息つくと、重々しく話し始めた。

「はい、伊勢 健之助の権能……『奇跡』の()()を見ました。ついでに、『熱』、『刃』も。

 まずはごく短期間の予知能力。綿熊の猛攻を躱し続けていました。

 もう一つは……詳しくは分かりませんが、対象に何らかの行動を強いる力。まるでその行動が、奴と対峙する()()()()()()()()()かのようでした。

 そして、私の権能では、奴の権能の流れを読むことはできても、干渉することまではできません。」


「よくやってくれた、それで十分だ。……「奇跡」、やはりその男こそ、我が宿敵……我が権能の、及ばぬ領域!実に面白く、それでいて腹立たしい!」

 邪神さまはほくそ笑んで続けた。


「……だが!12人の使徒を集めるまで、絶対に奴を殺すな!新たな神が、その力で討ち滅ぼすまで!世界を始める礎を打ち立てるのだ!」


「はい。報告は以上です。それで、水族館での損害ですが……」

「ああ、()()()()()で誤魔化せたか?」

「いえ、それが誤魔化せず。協議の結果、邪神様宛の請求書が。」

 邪神さまは、テーブルの上の書類を一瞥(いちべつ)した。

「……嫌だ、と言ったら?」

「払ってもらいます。元はあなた様の指示ですから。」


「……おい呉 建炫!1500万だと!!払わん、払わんぞ!()()()()を以てしても逃げ切る!!」

 邪神さまは残ったパスタを一気にかきこんで、席を立った。

「邪神様!どちらへ!!刑事訴訟にならなかっただけでも……」

「視察だ!もうじき『(ちゅう)』の権能者に会っておかねばな!」


 ……私、この人を信じていいのかな?

 ねえ、ナツキ。あなたは、どこに……?

あらすじ: アクアリウムかんながでの一件の後、エーデルワイスは記憶の奥底に眠る、ナツキという人物に思いを馳せていた。

 その時邪神は、「悦」の権能者の覚醒に立ち会っていた。3人が食卓を囲んでいると、邪神は「悦」の危険な快楽とその媒体「サイケシューター」、そして主イエスに倣い12人の使徒を集めるという自身の野望について語るのだった。

 そんな中、呉 建炫が水族館での損害の弁償について触れると、邪神は「宙」の権能者を言い訳に逃亡を図る。


Tips: 3人が住んでいる安アパートには漫画は置いてありません。裏設定ですが、邪神は宮島 瑠美の自宅である美容院「ガーベラかんなが」に定期的に来ては、置いてある歯抜けのジョジョ単行本を読んでいました。邪神はDIOのようなポジションの人物ですから、真似したくなるのも当然かと。

 ちなみに、邪神は投資とギャンブルの天才なので弁償額はなんだかんだ払えます。一方、逃亡の天才でもあるので払わないと決めれば逃げます。


補足: 珍能像から力を与えられた邪神の10使徒(10/12)……権能の発現順で、

呉 建炫(?)

鬼怒川 真吾(屍)

冷田 篤志(氷)

?(宙)

エーデルワイス(綿)

日下 萌々奈(熱)

速水 龍太(瞬)

三春 風香(音)

猫崎 唯(刃)

?(悦)

だったと思います。間違ってたらごめんなさい。

伊勢健之助(奇跡)は珍能像の力ではないので違います。それが何かってのは隠しておきます。

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