刃の権能 その6
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
2000年8月2日。
僕、伊勢 健之助と、日下 萌々奈。そしてなぜか鉢合わせた猫崎 唯、宮島 瑠美。
僕達4人の前には、邪神の仲間と思しきエーデルワイスと呼ばれた少女と、4体の綿でできた熊。
……ここは、4基の珍能像がなす領域。
2体以上の熊を同時に相手することがあれば、棚の間が狭い店内では分が悪い。僕らは散開して戦うべきだ。
だが今、戦力となるのは猫崎と萌々奈の2人だけ。僕と宮島さんは逃げに徹するしかない。
僕は黄色い腕輪の熊と対峙する萌々奈から離れ、ひときわ強い殺気を放つ、緑の腕輪の熊に目をつけた。
その熊にペンギンのぬいぐるみを投げつけて注意を引くと、棚の陰に隠れた。
……この熊は強い。一撃が致命傷になるし、僕の権能はおそらく通じない。
この時、僕の体から不思議な感覚が発せられるのを感じた。神秘的、とでも言うような感覚。
対象は、エーデルワイス。
ヤツは必ず、レジの裏に隠れている。
……これは仮説だが、僕の権能は、対象者が考え得る選択肢に、僕の予測が存在した時のみ発揮される。
例えるなら、対象者が柏餅を食べるか、お萩を食べるか、どら焼きを食べるかで迷うとしよう。
僕はお萩が好きだ。僕の権能は、この3択で迷っている相手に100%、お萩を選ばせることができる。択が100個あっても同じだ。
逆に、必ず柏餅を食べると強く決めた相手にお萩を選ばせることはできないし、選択肢に浮かぶはずもないパンナコッタを選ばせることもできない。
……もしそれが可能なら、全人類が僕の傀儡になってしまうだろう。
エーデルワイスの中には、僕を見逃す選択肢も、僕達の目の前に堂々と姿を現す選択肢もない。しかし、レジに隠れてくれれば都合がいい。
……仕掛けはほぼ十分。次に位置関係を整理しよう。
前提として、僕達は珍能像の領域から出られない。出ればどうなるかわからない以上、リスクを冒せないのだ。
正方形の珍能像領域において、入口を手前、レジを最奥として……。
レジの前方右側。先陣を切って飛び出した猫崎と、赤い腕輪の熊が対峙している。
店内の中央には、萌々奈と黄色い腕輪の熊が睨み合う。
レジから離れた左側入口付近は、青い腕輪の熊がうろついている。宮島さんは壁沿いの辺りに隠れているのだろう。
そして僕は右側の入り口付近。一段と殺気立った緑の熊を誘き出し、逃げ回っている。
……さあ、信じよう!
僕を護る、あの大いなる力を……!時が来るまで、待てばいい、忍べばいい。
「ぐま……ぐま……!」
目の前の熊が、闘志を剥き出しにした。
……その時、不思議な感覚が僕を包んだ。神秘的、とでもいうような感覚。
緑の腕輪の熊は、両腕をぶん回して僕を殴り飛ばそうとした。
だが、余りにも単調。動き出すのを見てから、回避することも容易だった。
強力な左側からの打撃。
右腕の振り下ろし。
体当たり。
まさかのローキック。
……これもまた、僕の権能だ。当たらなければ、意味がない!
あえて商品棚に近づき、そこから動きを読んで、避ける。背の高い棚を倒してもらい、他の3人の状況を把握するためだ。
図鑑が入った棚が、バターン!!と音を立てて倒れる。
その時、黄色い腕輪の熊と、萌々奈の姿が見えた。
黄色い腕輪の熊が萌々奈に殴りかかった直後、その左腕がボロボロと崩れ落ちた。
……そして次の一瞬、萌々奈に覆い被さると、その熊は巨大な炎に包まれ、ただの灰になっていた。
萌々奈……禍々しいほどに、圧倒的な力。
それでも僕にはその小さな背中が、何よりも頼もしく、美しく思えた。
……いやいや、こんな時だってのに、何考えてんだ!
萌々奈は僕の視線に気づくと、照れくさそうに、小首をかしげて笑った。
やばい、可愛い……じゃなくて!
僕は大きく手を振って、左側壁沿いの方を指差す。
……僕は僕の権能を信じている。必ず避けられると。
だから、萌々奈はそんな僕のことより、権能がない宮島さんを助けに行くべきだ。
……アイコンタクト。
萌々奈は、青い腕輪の熊の方へと向かった。
再び、背後から緑の腕輪の熊が殴りかかる。
ガシャーン!!と、熊が缶入りお菓子の棚をなぎ倒す音が、頭のてっぺんまで響く。その音で振り返ると、豪速の右ストレートが襲ってくる。避ける。
「ぐま、ぐーま!」
苛立っているのがよく分かった。
さらに店舗の中を見回すと……猫崎がいた。熊の残骸と思しき綿で、体を隠して縮こまっている。
……さては、全身の服を破って刃を出したせいで、服がボロボロになっているんだな。
僕は地面に落ちていたパーカーを拾うと、タグに「Edle→レジ」とだけ書いてそっちに投げてやった。それを受け取った彼女は伏せ目がちに僕をみて、サッと目を逸らす。
ついでに、その時まで隠れるよう権能をかけた。
再び、背後から襲いかかる熊の蹴りを躱す。
さて、宮島さんは……そういえば、青い腕輪の熊が見当たらない。この一瞬のうちに、一体なにが?
僕と萌々奈は、レジの方を見た。
すると、俯せで床に拘束された宮島さんと……しゃがみ込むエーデルワイス。
綿に包まれた宮島さんは、僕を見つけては顔を下向きにして、
「んん!んんー!」
と唸っていた。
宮島さんの僅かなジェスチャーは、間違いなく僕へのヒントだ。
「……ねえ萌々奈。綿の権能を見た時、どうだった?」
「どうって言われても……一面が綿だらけで、すごかったよ?……それどういう質問?」
「一面が綿……。そうか、ありがとう!やっぱり君に聞いて良かった!」
「へ?あぁ、どーも。」
「登ろう!」
僕は萌々奈の手を引くと、倒れた棚の上に飛び乗った。
その瞬間、薄い綿の膜で覆われた狭い床から、まるで触手や蔦のような、無数の綿の束が飛び出てきた!
「健之助さん!」
驚いた萌々奈が、僕の手をもっと強く握る。心臓の音が、すごく近かった。不安そうな、小さい肩。
……それはさておき。
そのヒント、受け取った!
まず、エーデルワイスの目的は、間違いなく僕。確実に捕らえるため、動きの単純な熊よりも自身の権能を使う。
しかし、近距離で捕獲することは現実的じゃない。僕には萌々奈がついてるからだ。
だから、遠隔操作で僕を捕まえる必要があった。そのために、権能の綿を事前に敷き詰めておかないといけない。
熊は場を整えるための時間稼ぎ、陽動に過ぎなかったということだ。
「カズオ、サンスケ、ヨンタ……。残ったのは、ジロウだけか。みんな、頑張ったよ。」
エーデルワイスは店内を見回した。
……さて、では今、宮島さんを助けるには……?
エーデルワイスが彼女を捕まえる理由は……おそらく邪神の目的とは何ら関係ない。それなら、今となってはどうでもいいはずだ。
それなら……!
僕の体から不思議な感覚が発せられるのを感じた。神秘的、とでも言うような感覚。
自分のしていることを省みるがいい。
「……ねえ、ナツキ?私……なにをしてるんだろうね。」
エーデルワイスは遠い目で呟く。すると、宮島さんを床に抑え込んでいた綿は、床へと戻っていった。
……ナツキって?
すると、またも緑の腕輪の熊が背後から殴りかかってきた。
ああー!鬱陶しい!
「萌々奈、頼んだ!」
僕は親指で、後ろを差す。
「あいよっ!」
するとすぐ背後に、圧倒的な、禍々しい灼熱。
大量の黒い灰が舞った。
ついに、熊は一体も残っていなかった。
「ジロウも、やられちゃったか……そう、邪神さまが興味あるのは、『奇跡』。それに、あなたなら知ってるんでしょう?ナツキのことも。」
「僕は知らない!」
「……嘘つき!!」
エーデルワイスは語気を強めて言うと、綿で覆われた床に対し、力強く両手を振り下ろす。
僕達の足元からは、無数の綿の束。そのどれもが天井まで届くほどの高さだった。周りが見えない。
うごめく膨大な綿の束は、僕と、萌々奈と、宮島さんを瞬く間に拘束した。
「ナツキぃ……?関係ないわ!クソ邪神はどこよ!」
その声とともに……エーデルワイスの首元にナイフを突き立てたのは、猫崎 唯だった。
セイウチの顔が描かれた、ダサいパーカー。今の一瞬で、綿の猛攻を掻い潜ったのだろう。
その時だった。
「邪神様は来ない!猫崎 唯!」
珍能像領域の外から、男の声。
宮島さんによると、
「……めっちゃイケメンだった!」
とのこと。
自らの権能を信じる健之助は、エーデルワイスをレジに留めつつも、緑の腕輪の熊の猛攻を躱し続けた。
どさくさ紛れに、健之助と萌々奈の距離はまた縮まっていく。
熊たちを失ったエーデルワイスは、ついに用意が整った権能で一行を拘束するが、そこに王手をかけたのは唯だった。
すると珍能像領域の外から、美形の男が現れる。
ほぼ前回の振り返り回となりました。
さて、健之助の権能については、まだまだ機能が増える予定です。現時点で、
1.権能や珍能像あたりの、邪神関連システムの把握
2.短い将来の予測
3.遠い将来の予測(受動)
4.自身の行動を決定(受動)
5.対象の行動を決定
6.簡易的な自己治癒能力(受動)
7.一時的に対象の権能を封印する
という、一部自分の意思で発動できないものがあるものの、戦闘以外なら何でもできるてんこ盛り仕様です。
この話で話題に上がった「行動の決定」は、「相手が想定しうる行動」の中から、「健之助とその背後にいる存在にとって、都合の良い行動を選ばせる」というシステムです。
多数の最適解、選択肢が考えられる状況において、相手の選択を縛ることができます。つまり、対戦ゲームにおいては降参以外の全ての択が考えられる訳ですから、本人が普段しないプレイングミスを誘うこともできるのです。
……まだ難しいですね。
突然ですがコードギアスの話をさせてください。
回数や、肉眼による目視といった制限がない代わりに、強制力が弱く、「絶対やりたくないこと」はさせられない、ルルーシュのギアスといったところでしょうか。こういう仕組みなら、イレブンとブリタニアの融和を望むユーフェミア皇女殿下が、イレブンを虐殺することはありませんでしたね。
つまるところ、論外ではない選択という制限付きで、相手を服従させるギアスがこの権能です。




