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刃の権能 その5

(前回のエピソードを読み飛ばした方向けに、あらすじを掲載いたします。)

 エーデルワイスとの戦いの中で、萌々奈との日々を振り返る猫崎 唯。唯は萌々奈に対し、嫉妬や敵意にも似た複雑な感情を募らせる。そして珍能像での一件以来、唯はそんな自分自身をひどく嫌悪していた。

 愛せないし、愛されない。愛されたくはない、それなのに、どこかで愛を渇望してしまう。そんな矛盾に追い込まれた唯は、ある日邪神が用意したロープで首吊り自殺を企てる。

 しかし、それは未遂に終わった。行き場のない思いで自らに刃を突き立てた唯であったが、数日後、珍能像で邪神に出会い、権能を授かる。それは彼女の自責の念を形にした「刃」であり、同時に強制的に彼女を生かす「呪い」でもあった。

 邪神に弄ばれ、自らの命を奪う権利すらも奪われた……その怒りが、彼女の心に火をつけたのだった。


 いま、猫崎 唯の「刃」が覚醒する。

 2000年8月2日。

 私、日下(くさか) 萌々奈(ももな)は、商品棚の陰から見ていた。


 ……猫崎(ねこざき) (ゆい)の目の前には、赤い腕輪の熊。あれは、私を押さえつけた黄色い腕輪の熊とは別の熊だ。

 熊からは綿の素早い打撃が繰り出される。


 ……あんなの、躱せるわけない!!

「唯……っ!!」

 私は駆け寄ろうとした。その一瞬……唯の脇腹に、鋭い煌めきが見えた。


 服を突き破って表れた、肋骨のような刃は、その熊の拳……いや掌を八つ裂きにした。

 その衝撃で唯は商品棚にふっ飛ばされたけれど、無傷だった。


「ぐ、ぐま……!」

 野太いうめき声が響く。唯の肋骨に表れた刃は、彼女の皮膚に戻っていった。


「おいクソ熊!!テメェの()()()が邪神の何かなんて、アタシに関係ない!」

 その声には、何かが吹っ切れたような、確かな潔さがあった。

 熊は立ち上がった唯を見据えて仁王立ちする。しかし、熊の左腕は修復が間に合わっていなかった。

「でもね!!邪魔するんなら!!」

 唯の両手、指の付け根から、長さ20センチの鉤爪が繰り出される。珍能像にも似た、禍々しいオーラが発せられる。

()()()の……時間よ!!」

 唯は、赤い腕輪の熊へと飛び込んでいった。



 ……その瞬間だった。私の背後に異様な気配。

 いけない!!私としたことが、よそ見をしていた。

 振り返るとそこには、黄色い腕輪の、熊。


「私の相手は、あくまであなたってことね……。」

 この熊を倒すには、長い腕を躱して胴体に熱を叩き込まなきゃいけない。でも、私の身体能力では勿論そんなことはできない。

 それに、下手に燃やせば火災事故を起こしてしまう。ある意味難しい戦いだった。


 私は龍が巻き付いた剣のキーホルダーを掴むと、熱を込めて燃やし、その熊に投げつける。

 熊は目にも留まらぬ速さでそのキーホルダーを叩きつけると、その風圧で消火した。

 そう、それほどまでに……大きくて、速い。


 私は全身に熱を纏う。商品を並べたアルミ棚が歪んだ。

 黄色い腕輪の熊は、左側の腕を振り上げる。この熱さを、まるで何とも思っていないかのように。


 ……左側、来る!

 私は右の掌を体の左に据えて、巨大な拳の打撃に備えた。


 速い。でも、あまりにも単純!


 熊の重すぎる打撃を右手が受け止める。同時に、熊の拳は徐々に焼け焦げ、ボロボロと崩れ落ちていった。

 それでも、熊の腕は崩れ落ちながら私に向かってくる。

 私の掌から放たれる熱が、綿の再生よりも速く、熊の腕を焦がしては崩す。


 密度の高い綿がその勢いのまま当たれば、私は肩から思い切り吹っ飛んでしまうだろう。

 一瞬たりとも、気が抜けなかった。


 右手で受けながら、綿の勢いを殺す。姿勢を整え、呼吸を整え……左手を、整える。敵を見据える。熊の左腕は、みるみるうちに熱で焼け落ち、短くなっていく。


 ……私の権能は、手から放出する熱が最大出力だ。集中こそが、熱の強さを生み出す。


 熊の左腕はほとんどが焼け落ちた。肩が近づき、胴体が近づく。

 ……この時を、待っていた!!


 私の左手は、最高出力。集中。再生より速く、床への延焼より速く……焼き消すだけ!

 熊の胸が近づいた。そして触れる!集中!



 一瞬だった。その綿の塊は約3秒間、巨大な炎に包まれた。この戦場を埋め尽くす程の熱気。


 ……そして、黄色い腕輪の熊がいたそこには、大きな熊の足と、山のような黒い灰だけが残った。


 ふと唯のほうに目をやると、切り刻まれた綿が舞う中で、唯は裸同然の破れた服を着ては、縮こまって辺りを見回していた。




 2000年8月2日。

 日下 萌々奈と伊勢 健之助さんを尾行して、アクアリウム神流(かんなが)にきたけれど……猫崎 唯ちゃんと私、宮島(みやじま) 瑠美(るみ)の4人は、綿できた4体の熊に襲われていた。

 ……私はただ、幸せなカップル成立を見届けたかっただけなのに!


 私は、大きい棚の陰に隠れていた。周囲の皆の様子は、よくわからない。そして棚の向こうには、青い腕輪をつけた熊が、のっそのっそと歩いている。


 私には権能がないし、戦うことはできない。

 ここで声を出して目立ってしまえば、皆は私を助けにくるだろう。そうなれば、私をかばいながら青い熊と戦うことになる……

 私にだってわかる。綿でできた熊はどれも、破茶滅茶に強い。本物の熊以上に。


 でも、足手まといになんて、なりたくない……!!私にできそうなことは……


 ……そうだ、エーデルワイスよ!

 あの子を探せばいい。話の通じない相手じゃない。どの熊にも見つかっていない、私がやるんだ!


 物音を立てないよう、這って進む。斜めに倒れた商品棚の隙間をくぐる。

 すると、床のタイルの上を、薄い綿の膜が覆っているのに気づいた。

 この綿の膜はお店の奥から、少しずつ流れてきている。きっと、この先にいる!

 すると目の前の棚の向こうで何かがぶつかり、壁に向かって倒れてきた。

 これは……?倒れた棚の裏を覗き込むと、脇腹に刃を纏った唯ちゃんが。

 大丈夫……なの?

 心配していると、唯ちゃんはすぐに起き上がり、右腕がズタボロになった赤い腕輪の熊に向かっていった。


 ……唯ちゃん、タフすぎるよ!!


 なんて、感心してる場合じゃない。背後には、青い腕輪の熊がいるんだから。店の奥へと、さらに這って進む。


 そしてレジカウンターの、スイングドアの隙間……見えた!エーデルワイス!

 陰に隠れて、地面に綿を敷き詰めているのが見えた。

 ……やっぱり!


 あと3メートル先にいる!私は体を起こして、一気にレジへと駆け込んでいった。


 次の一瞬……辺りはものすごい熱気に包まれた。間違いない、萌々奈の権能だ。

 この時……エーデルワイスは、熱源の方向を見ていた。


 そそれと同時に、私を追っていた青い腕輪の熊に見つかった。

 ……でも、構わない!私が、エーデルワイスを捕まえるんだ!



「……で。えーと、なんなの?あなた……暑苦しいよ?」

 あ〜、なんか、小さくて、いいな。いい匂いがする。心が洗われる。

 ちょうどいい抱き心地。うん。連れて帰りたい。

 ……って、いけない!私はエーデルワイスに近づくやいなや、つい我慢できなくなって抱きついていた。


「あ、ごめんなさい!あなたが余りにも可愛くて、つい……」

「え……?」

 めっちゃ引いてる。私……バカだ。


 熊が私の近くに来る。

 「青い熊!いま私を殴れば、あなたのご主人も吹き飛ぶわよ!大人しく消えなさい!」

 私は、エーデルワイスの髪を撫でながら言った。

 「ぐまま……」

 青い腕輪の熊は、たじろいでいた。主人を人質に取られた今、あれだけ強力な打撃を繰り出せるわけがない。

 「ねえ、離して……?」

 エーデルワイスが、床に綿を敷き詰めながら言う。その権能で私を振りほどくことなんて、簡単なはずなのに。

 「離さない!私の妹になると言うまで!」

 「……そう。」


 すると、青い綿の熊は一瞬で崩れ落ち、床に敷き詰められた綿の膜に吸い込まれていった。

 その時だった。


 しまった!床から綿が出て、私の身体はそのままレジの床に拘束された。エーデルワイスからも、一瞬のうちに引き剥がされてしまった。

 「んー!……んーんん!んー!」

 口がふさがれて、声が出せない。

 「……やめてよ。()()のお姉ちゃん。私、知ってるんだよ。あなたには、権能がないってこと。」

 「んー!んー!」


 ……だけど、この子の権能についていろいろ分かった。

 1つは、使える綿の総量に限りがあること。おそらく、高密度の綿を使った巨大な熊は、一体作り出すのにかなりの綿を要する。

 もう1つは、彼女が遠隔で干渉するためには、綿のフィールドを作らないといけないこと。そのために、隠れて綿を敷き詰めている。

 つまり、4体の熊は……ただの陽動!

 本当の目的は、直々に伊勢さんを捕縛すること。


 伊勢さん……一体どこに!?


 「んんん!!んーんー!んー!!」

地面の綿に声が吸収されて、響かない。お願い!気づいて……!

 うまく息ができない。だんだん意識が弱まってきた……


 エーデルワイスは辺りを見回した。

 「カズオ、サンスケ、ヨンタ……。残ったのは、ジロウだけか。みんな、頑張ったよ。」


 エーデルワイスは足元で藻掻く私を一瞥し、顔を上げてその熱源の方を見つめていた。


 そこには沈黙が流れる。


 「……ねえ、ナツキ?私……なにをしてるんだろうね。」


 エーデルワイスは小さく笑う。その声は、どこか憂いを帯びていた。 

 まるで、何かに気がついたかのように。

 複雑な思いと向き合った唯は、目覚めた刃の権能によって赤い腕輪の熊を圧倒する。一方で、萌々奈は熱の権能で黄色い腕輪の熊を消し炭にするのだった。

 権能を持たない瑠美は、決死の覚悟でエーデルワイスに突撃する。エーデルワイスの可愛さを前に我を忘れる瑠美であったが、青い腕輪の熊を消滅させ、自身は捕縛されてしまう。

 さて、健之助はこんな時に一体なにを……?


補足すると、猫崎 唯の戦闘スタイルはX-MENのウルヴァリンのようなものです。X-MEN第一作の日本での公開は2000年10月7日(米国では7月14日)なので、タイミング的に萌々奈は予告編でしか見れていないということになります。コミックスで読んでいたとは考えにくいです。

 廃神の作中(8月2日)で例えに使っていいかどうか、微妙なラインですね。

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― 新着の感想 ―
いいぞ!唯ちゃん!戦え!生きろ!生きてほしい!! 前話の辛い彼女の過去を読んだからこそここの場での唯ちゃんの生き様に目の奥が熱くなりました。
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