刃の権能 その4 (R15該当)
当エピソードでは、希死念慮やそれに伴う自殺、自傷行為に関する、刺激の強い表現が含まれます。
精神的に不調な方、現在深刻な悩みを抱えている方は、閲覧を控えていただくよう、心よりお願い申し上げます。
登場人物の心情理解、動機付けに必要な表現であると認識しておりますが、回想であり物語には直接関係ありません。
また、次のエピソードにて、当エピソードを読み飛ばしていただいた方に向けたあらすじを掲載いたします。
問題なく以降のエピソードをご覧になれますので、どうかご安心ください。
(閲覧によって生じた不都合につきましては、一切の責任を負いかねます。)
(注意:必ず前書きをお読みください。)
……羨ましかった。あたしも、あんな風に笑いたかった。
日下 萌々奈……あたしは、あんたになりたかったんだ。別にモテるわけでも、頭がいいわけでもない。でも、あたしはそうはなれない。学校でも腫物扱いされてばかりだし。
誰にでも優しくて明るい子。そりゃあ、無神経なところ、腹黒いところもあるかもしれない。でも、あたしにとっては、ようやく素敵な友達ができそうだと思った!
……それなのに、あたし、たまらなくムカついた。
なんで?……なんで、嬉しいはずなのに!こんなにもムカつくの!?
気持ち悪い。こんなの、最低だ。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!
……あたしは、あの子に出会った日から、そんなクソみたいな自分を許せなかった。
なんで!!死ねばいいのに!
アパートの壁や、分厚いタンスを殴りつけた。死ね!
最低だ。こんな気持ち悪いあたし……邪魔だよ。
いつだって自分の思いに目を向ければ、涙が溢れた。
そんなことを思うあたしがあたしだってことすら、認めたくなかった。
最低なあたしは、誰からも愛されない。
あの子を、愛することができなかったように。
ふと、今日言い寄ってきた男を思い出した。
男なんてのは、媚びればあたしに優しい言葉をくれる。でも、満たされることはなかった。既にあたしは、猫崎 唯である必要がなくなっていたからだ。
この潤んだ瞳と、この胸さえあれば、それはあたしじゃなくてもいい。
……穢らわしい。こんなの、淫売のメス豚と何が違うのよ。
気持ち悪い。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!
思い返せば冷田 篤志だって……どうせ、あたしの体にしか興味がないと自分に言い聞かせて、あたしが拒んだ。
本当はそれ以上に、愛されることに耐えられなかった、それだけなのに。
こんなあたしじゃ……愛される資格なんてないんだ。
本当に、身勝手だ。
それにアイツは、萌々奈との戦闘で負けた。あたしのせいで。それなのにあたしは、彼を支えることをしなかった。あたしが別れを切り出した。
……ううん、結局はアイツが萌々奈より弱かったからだ。あたしはずる賢い。
……いや、本当はずる賢くなんかなれないのに……他人をことごとく利用しては、踏みにじってきた。
それも、愛されたくなんかないのに、愛を欲しがったからだ。こんなのって、最低だ。
こんな化け物、生きてちゃいけないんだ。
もう、頭の中がぐちゃぐちゃだった。息が苦しくなって、鏡に向かっては顔を搔きむしった。
7月29日の夜だった。窓の外を見ると、そこには長いロープが落ちていた。
これで首を吊れ、というメッセージに違いない。さっさと、猫崎 唯というゴミクズとおさらばしてやる。
そう考えたら、急に爽やかな気分になった。外に出る勇気が沸いてきて、ロープを拾った。
欄干にロープをぐるぐると巻き、三重に固く結ぶ。そして頭が入るくらいの輪っかを作って、首にかけ、紐を2巻きした。
簡単だ。このまま、身を屈めて窓から外に飛び出せばいい。そうすれば……
そう思っていた。さよなら……
あれ?なんで??
なんで、身を乗り出して窓枠を掴むこの両手が、こんなに震えるの?
なんで、涙が溢れて前が見えないの?
なにもわからなかった。
……あたしは死にたいの!!早く楽にさせて!
ねえ、教えて……あたしなんかが、生きて何をしようっての?なにを躊躇ってるの?
もう一度窓枠に身を乗り出す。踏み出した脚から一気に力が抜けて、後ろに転げ落ちた。
逝けると思ったのに、ダメだった。なんで、なんで……
そして、なんで……なんでこの期に及んで安心してるんだよ……本当に、心底気持ち悪い。
「ムカつく!死ねよ!なんでだよ!なんで……」
死ねなかった。でも、諦めたくなくて、目の前にあったカッターナイフを手に取る。カチカチと伸ばした長い刃を、首元に当てた。
肌に冷たい直線を当てがって、滑らかに引く。すると、傷口の空気の摩擦、甘い痺れ、痛みの流れ、うるさい脈動が、刃先から体内を巡る。
急に、頭が冴えてくるのを感じた。
……こんなんじゃ、死ねない。
翌日も、あたしは独りだった。死にたいと思わない時はない。でも、今じゃないって思った。
カッターナイフの刃を伸ばし、左腕に当てる。
青白い腕。カッターの直線を、強く垂直に当てる。肌に食い込んで一つになった気分。そして、右手を滑らかに引く。
「…っ!!!……いやああああ!!!!」
痛い!肉にまで冷たい刃が入ってくる。赤い血が傷の後からじわりと浮かび、流れる。その痕には空気が伝う感覚と、あの、自分の思考が痛みによって冴えわたる感覚。
これは、小さな罰だ……そう思うと、どこか自分の存在が肯定されるような気がした。あたしの罪を、この痛みが和らげてくれるような気がしたから。
痛かった。たくさん血が流れた。
あたし、生きたくないけど、生きてるんだって思わされた。
……明日は、もうちょっと深く切ってみようか。
そんな日々だった。
日は流れ、2000年8月2日の朝。
眠れなかった。
そんなあたしは今日も起きてしまった。ただ汚い血液をまき散らすだけの存在。顔を洗うより前に、カッターナイフを取り出す。
あたしは今日も小さな罰で、今日の命を始める。不健康だって、わかってはいるけど。
何故か元気が湧いて、久々に外に出た。暑いけど、半袖はやめておこう。
ふらふらと彷徨ってたどり着いたのは……あの、チ○チン像だった。
遠いことじゃないのに懐かしい。あたしと元カレが、あの「熱」に敗れた場所だ。
あたしにも、力があれば……変わってたのかな?
その像に触れてみる。
その瞬間だった。
「願いは聞かれた。邪神が権能を、神に代わって授けん。」
男でも女でもないような声。邪神……?
……え?あたし??なによ、急に。
その瞬間、遠くの方……図書館かな?そっちから、爆発音のようなものが聞こえた。
「ああ、権能の戦いは始まっているのだ。これは『音』と、『熱』だ。お前もじきにわかる。」
邪悪な雰囲気の人物がいきなり現れた。その金髪と黒いマントが、風に揺れる。「熱」……間違いない、アイツだ。
「さて……そんなことよりも、だ。お前は今、命を願った。違うか?」
急に何を言ってるの?この人は……あたしは、死にたかったのに。
今さら、命なんて……
命、なんて。
「我の贈り物は……お前には扱えなかったようだな。つまり、お前はまだその時ではないということだ。」
もしかしてあの時のロープ!?なぜそんなことを……?
「そして、命を捨てられなかった自身を罰せずにはいられなかった。違うか?」
……違わない。あたしは死ねなかった。どこかで命に縋る自分が嫌いだった。
「その腕を、我に見せてみよ。」
袖をまくって、腕の包帯を解く。邪神は微笑んで言った。
「……気は、済んだか?」
首を横に振る。
「まあよい。我はお前に、罰の権能を授けた。あれを見よ。」
その像には、水面の波紋に突き立てられた、一本の剣の紋章。それを見て、あたしが授かった力が「刃」であるとわかった。
「出してみよ。その刃は……生から逃れられぬお前が背負った、贖罪の姿だ。」
右手を振ると、思い浮かべた通りの短刀が飛び出た。
「試せ。その右手で刻むがいい。」
左腕に刃を押し当てようとして近づける。
……すると、右手の短刀から左腕を守るように、皮膚から頑丈なブレードが生えてきていた。
「なに……これ??」
「ハハ!!よき罰であろう!
お前がお前自身を罰するとき、権能がその罰からお前を守る!つまり、自らを痛めつけることも、自らを殺すことも、我が「刃」の権能が許さぬ!
それが、お前への罰なのだ!」
はあ?要は「自動防御装置」ってこと……?
「いらない……」
余計なモンつけてんじゃねぇよ……
「愚かな娘よ。自罰によって少しでも、罪の意識から逃れられるとでも思ったか?
……否!お前は罪をも糧として喰らえ!選択権などない!
邪神が統べる世では、罪の意識に苛まれる暇などない!
その刃で!悪を!正義を!愛を!!全てを刻むまではな!」
……ふざっけんな、クソが!
あたしは死にたかった!
なのに、なんで見ず知らずのあんたに好き勝手決められなきゃいけないんだ!
邪神の野郎……絶対に!ぶっ殺してやる!!
「死んでしまいたい」「消えたい」そう思うことは、絶対に変なことではないです。それでいて、誰かと比べることもできない、その人だけの大切な気持ちです。
そのつらい思いや、そう思うご自身のことを、どうか嫌いにならないで欲しいのです。
しかし、だからと言って、その思いを普通の人間が抱え続けるのは、重すぎると私は考えています。
僭越ながら……もし苦しい思いをしているなら、少しだけ「頑張って」、誰かに相談してみるのもいいのではないでしょうか。
たとえ解決はできなくても、あなたの悩みを聞いたり、一緒に泣いたり。そんな、あなたの「仲間になれたら嬉しい」なんて密かに思っている人は、自信を持って言いますが、私も含め結構います。
あなたが誰かなんて、そこには関係ありません。
いま苦しんでいる人も、そうでない人も、「まもろうよ こころ」で検索してみることをお勧めします。




