刃の権能 その2
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
ええっと……誰だっけ……
イルカショーの席で、その女の子が囁いた。
「まあ、知らないよね、クラス別で話したこともないし。私、宮島 瑠美。萌々奈の友達。」
「あ、よろしくね、瑠美。」
「萌々奈から話は聞いてたわ。私はね、あなたのこと怒ってるから。それが今日は尾行だなんて、いったいどういう風の吹き回し?……あ、私は萌々奈の保護者としての義務ね!」
いきなりズケズケと……めんどくさい奴。
「あの件は、悪かったと思ってる!本当に……。ええと……まあ、たまたまよ、たまたま。やっぱり、あたしも気になっちゃってさ。」
「ふふーん、そっかぁ~。でも、萌々奈と健之助さんのことは、私の方がよく知ってるんだから!」
瑠美は得意げに言った。
「へえ、そうなんだ。」
まあ、あたしは確かにそこまでだな。でも、萌々奈のことはもっと知らなきゃいけないと思ってる。
前方を見ると、二人は食い入るようにイルカショーを見ていた。そしてイルカが大きくジャンプすると、すかさず伊勢さんはパンフレットをかざして萌々奈を水しぶきから守る。
無駄にすごいけど、割と目立ってるぞ、あれ……
でもよく見ると、二人の距離が少しずつ縮まっているような。
「気づいた?」
瑠美が私に問いかける。
「ええ。近づいている。」
「そう、着実に、ね。唯ちゃんあなた、見えているのね。」
小さな進歩。それを見守るあたしと瑠美は互いに見合わせて、小さく拳をぶつけ合った。
「……あたしたち、バカみたい。」
私たちは笑っていた。なんか馬鹿馬鹿しくて、久々に笑顔になった気がする。
「ね。ほら見て、あの二人……どう思う?またちょっと近づいてない?」
「そうね……爆発すればいいのに!」
「あはははは!何それ!でもちょっとわかるかも!」
そして、総勢4頭のイルカの大ジャンプで、フィナーレ。
萌々奈と伊勢さんを見ると……肩が、触れ合っている!?
「おおおおーーーー!!!!」
観客席からは拍手喝采が沸き起こる。
あたしたちバカ二人も、精一杯の拍手をしていた。多分対象が違うけど。
……そんなこんなで、イルカショーは終わった。ぎこちない例のカップルが、こちらの方へやってくる。まずい!バレないように隠れなきゃ!
「唯ちゃん!こっち!」
「うん!」
隣の大学生の集団に潜んで、私たちは会場を後にした。
「ありがと。助かったよ、瑠美」
「まあ、楽勝ですよ!萌々奈から今日のことは聞いているから、この水族館のマップは既に把握済みよ!」
うーん、瑠美、厄介な奴ね。
「ところでさ、唯ちゃん、あなたも……」
あまりに突然だったけど、何を言おうとしているかはわかった。この子、知っているのね。
「ええ、そうよ。あんたは……?瑠美。」
「私にはね、何もないの。」
嘘はついてないみたい。
「ああ!お二人、行っちゃうよ!!」
「見失うと面倒ね。次どこに行きそうかわかる?」
瑠美は少し考えこんだ。
「ペンギンやアザラシがいる海獣エリア、その先のお土産コーナーくらいかな。」
「行くよ!あたしたちが見届ける!」
そうは言っても、見晴らしがいい海獣エリアに隠れる場所はない。距離を取らないと見つかりそうだ。
「瑠美、ちょっと遠いけど、ここの柱の陰にいよう。」
あの二人は確実に急接近した。何より、二人の笑顔が増えた。なんなんだ、急に。
……!?アレは!!ボディタッチ!!なに?伊勢さんは冗談を言ったの?それに萌々奈がツッコミ……ということ?
「ねえ瑠美!」
「うん、見たよ……萌々奈、アイツ……」
「「恐ろしい子……!!」」
ま、眩しい!!どこかスれてしまったあたしには耐えられない!!
「唯ちゃん!しっかり!大丈夫!!まだ大丈夫だから!」
そうよ……そういう経験なら萌々奈よりも圧倒的にあたしの方が上なんだから!!負けない!!
「次は……お土産コーナーだね。」
「もうちょっと近くに寄るわよ。棚が高いから隠れられる。」
二人の話声が聞こえる。そういえば、お土産ショップだというのに、やけに人が少ないような。店員も、なぜか今はいないみたい。気のせいかな。
「見て見て!コレ健之助さんになんか似てない?このエイのぬいぐるみ!」
「ええ~、僕の方が目元がくっきりしてるけど……?」
「もう、何それ!健之助さんそれほどくっきりしてないよ!ほら見て、私の方が!!」
……ええ……何やってんの?
「お、どうしたの?ドライアイ?」
「違うって~!お目目ぱちくりで可愛いでしょ!ってこと!」
「あははは、そうだねー。」
「あ、ほら、この白熊のぬいぐるみなんて、私に似てない?……って、あれ?」
萌々奈は少し喋って、やめた。
「……ねえ健之助さん、白熊なんて、いたっけ?」
「……あのさ瑠美、白熊の展示なんて、なかったわよね。」
「まあ、水族館ではあるあるだよー。恐竜の玩具とか謎に売ってるし。」
その瞬間。
「萌々奈!危ない!!」
その白熊のぬいぐるみのうちの一つは、他のぬいぐるみを吹き飛ばして一気に膨張した。
「この熊……綿……!?もしかして……」
黄色い腕輪をつけた高さ2メートルの熊は、萌々奈の体を後ろからガッチリと抑え込んだ!!
萌々奈は熱の権能でその腕を焼き切ろうとする。
「再生が……速い!?」
萌々奈は、あの権能と一度遭遇したことがあるみたい。どうやら、その時より強くなっている。
「まさか!エーデルワイスっ!!あなた、一体何を!?ううっ!」
白熊が萌々奈の口を塞ぐ。あたしが、助けに行かなきゃ!考える間もなく、駆け出していた。
「猫崎 唯……!どうして!」
伊勢さんに気付かれた。
「今はどうだっていいでしょ!あたしに力を貸して、伊勢さん!」
「ああ、萌々奈が、あの熊に……」
「わかってる!だからあたしの権能で助ける!」
彼は少し戸惑っていた……
「権能……そうか、君も……あと、周囲に小型の珍能像がある!気をつけろ!」
珍能像……いったい、なぜ?周囲を見回すと、お土産コーナーの奥に2本、左右の入口に2本の珍能像を見つけた。
珍能像が囲む領域には、あたしたち4人と、エーデルワイスって敵だけがいる。
「瑠美!この白熊は何体いる!?」
「うん!えーっと、今巨大化している1体を含めて、4体いる!」
つまりあたしたちは、4人で、4体いる綿の熊を狩らなきゃいけない。萌々奈は拘束されているし、瑠美に権能はない。伊勢さんの権能は、多分だけど今は役に立たない。
……あたしがやらなきゃ!
この権能は、こんなあたしにはハズレだった。
これ以上、人を傷つけたくないのに。
傷つくべきなのは、あたしなのに!
その力は……「刃」。
人を傷つけて殺すためだけの、最低の権能。
でも今は……バカ萌々奈、あんたの為に!
左腕から袖を破って、湾曲したブレードが飛び出す。あたしの体が一つの機械になったように、正確な筋で熊の片腕を斬った。
「ぐま……!!」
熊の鳴き声が聞こえると、瞬時に斬ったはずの断面が再生し始める。その前に、もう一度……!!体を旋回させ、もう一度同じ姿勢で斬りこむ。
よし斬れた!素早く、2回斬撃を叩き込めばいい!あたしならこの熊を斬れる!
熊の腕が片方、地面に落ちた。萌々奈を解放するには、もう片方も……
その時、レジの奥から透き通るような声が聞こえた。
まさにその名が似合うような、生成りのワンピースを纏った不思議な少女。
「あら、別にモモちゃんを捕まえたいわけじゃないの。ねえヨンタ、モモちゃんを離してあげて。」
「ぐま。」
「ぐはあっ!!ハァ、ハァ……イーディー、あ……あなた、一体……」
「ねえ、この刀のお姉ちゃんは、モモちゃんの友達な……」
「違う!」
あたしが反射で否定した。
「邪神さまが探しているのは……『奇跡』の権能者。言ってたわ。奇跡なんて権能は知らないって。
……いるんでしょ?ここに。」
邪神……その名前には、邪悪な何かが宿る。この場に冷たい緊張が走った。
「あんた……邪神の仲間ってこと?」
そいつを睨みつけて尋ねる。
「邪神さまは、恩人。そしてここを囲む珍能像は、その彼を異物として認識している。そう、あなたが、『奇跡』ね……。」
「だから、なんだってのよ!邪魔すんなクソガキ!」
「……構わない。『奇跡』を捕まえて。カズオ、ジロウ、サンスケ、ヨンタ。」
その声で、残る3体の熊も巨大化する。
怖い。でも、やらなきゃ……
この、「刃」の権能で!
イルカショーの最中、急接近する健之助を萌々奈をニヤニヤしながら見守る唯と瑠美。
しかし、突如無人となったお土産コーナーでは、邪神の命で健之助を捕らえるべく現れた、エーデルワイス率いる綿の白熊軍団が襲来する。




