珍能像 その3
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
私の、欲しいもの……
私が、どんな人かだって……?
私、日下 萌々奈は、凍傷で痛む身体を押して、走り出した。
これは私の意思かもしれないし、この真面目そうな、謎の男の人が、私に何かしたのかもしれない。
魔法……そんなものがあっても、もう驚かない。
とにかく、行かなきゃ。そして、欲しいもの…
……昔から、私は明るい子だと言われて育ってきた。
勿論、人の噂話なんかはしない。もっとも、小さい時にはしたのかもしれないけど。
……そうだ、私は温かみのある人でありたいと願ってた。
ああ、寒いな。
優しさを与える、朝日の輝き。
安心を与える、お母さんの手の温もり。
私の欲しいもの。
大好きなもの。
そんな、美しい概念みたいな人になれたら、なんて考えたりもしたっけ。
でもやっぱり寒い。
そもそも、まずはこの氷を融かさなきゃいけないよね。
いま欲しいもの。
とりあえず、この寒さから抜け出せればそれでいい。
そしたらまずお風呂に入って……
そして私は今日を乗り越えて、明るく温かい人間として過ごしたい。
輝きに満ちた日々を送りたい。
……うう……寒い。
寒すぎる!!
そうだ。熱だ。私は今までも、今も、温かい、優しい熱を渇望している。
そして私は、ソレに……触れた。硬くて冷たい。なんか、やっぱりキモい。
同時に、もう引き返せないような気もした。
静かな安堵感と、威圧感にも似た緊張が一瞬のうちに駆け巡る。私の中に不思議な声が響く。これは、男性?女性?周りには聞こえていないらしい。
「願いは聞かれた。邪神が権能を、神に代わって授けん。」
チン…アレ像の右側のタマに、紋章のようなものが浮かび上がってくるのを見た。そこには、太陽の光の輪に囲まれた、薔薇の花びらのような紋章があった。
この紋章を見て、それが「熱」の力であることを、私はなぜか瞬時に理解できた。
このとき、私の全身が黒い靄に包まれ、体はふわりと中に浮いた。体の内側が熱い。
痛みは残るけど、もう寒くない。急に血が巡って皮膚が痒い。でも、そんなことはどうでもいい。
力がみなぎる。掌が熱い。私を縛り付けていた鋭い冷気が、空気に散り、熱に吸い込まれていくのを肌で感じる。
私は手を振りかざした。そして、煮えたぎるような熱を放出した。
そこから先は、あまり覚えていない。
僕、伊勢 健之助は、今なにを見ているのだろうか。さっき僕の口をついて出た言葉も意味が分からないが、彼女はその通りに動いて、その像から不思議な力を得た。
珍能像が纏うオーラにも似た、禍々しい力だ。きっとこれが……この熱が、彼女の「権能」なのだろう。
みるみるうちに周囲の氷を溶かしていく。暑い…いや、熱い。これほどの暑さを感じたことは一度だってない。
「……なんだってんだよ!俺の氷が解けていくじゃねえか!」
「こいつも超能力がつかえるの?マジわけわかんないんだけど!ねね、あっくん、早くあのバカ女をやっつけて!お願いっ!」
「おうよ!」
男の周囲から冷気が漂う。女の期待に応えたい、そんな気概をその男から感じた一方、得体のしれない脅威に足がすくんでいるように見えた。
熱を帯びた少女は、はかなげで、それでいて静かな怒りを湛えた表情をしている。先ほどまでとはうって変わって……危険な圧。
熱気と冷気の間。空気中の水分が急激に冷やされ、息もできないほどの霧がかかる。
8秒ほど過ぎただろうか。膨れ上がる熱を抑えきれず、男は満身創痍だ。男は幽かに揺れる弱い冷気に包まれながら、その肌には汗を浮かべている。地面に滴り落ちた汗は、ジュウと音を立てて蒸発した。
少女は手を振りかざす。
「……ーっ!」
金髪の女が、喚き散らしていた。
「……おいこのクソ女ァァ!!あたしの!あたしのあっくんに、な、なにするつもりだよ!!やめろ!離れろよ!!死ね!死ね!!」
その掌が放つ灼熱は、その場にいた全員に底しれぬ恐怖を植え付け、正気を失わせていた。
……あ、これ僕もヤバいかもしれないな。
少女の手が、男の足元に向かってゆっくりと、しかし力強く振り下ろされた。
「……私、寒いの、嫌い。」
少女が静かに呟く。
その一瞬、時が止まった気がした。
ついに、 萌々奈は珍能像に宿る謎の人物から「熱」の権能を与えられ、強力な氷の権能をもつ 冷田を圧倒する。戦いの行く末はいかに。