珍能像 その2
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
冷田とかいう男に連れられて、歩く。
とはいっても、この遅い歩きで3分くらいだから、それほど遠くないだろう。
凍傷に侵された脚の痛みは、不思議と和らいでいた。
猫崎 唯が私の方を振り返って嬉しそうに言う。
「じゃじゃーん!ほら、あたしじゃなくて、あんたが好きそうなのがあるよ~」
重い足取りで着いたのは、町役場前の…アレだった。
別に好きじゃないし。そういう発想に至るあんたが気持ちわるい。名称は知らないけど、どこからどう見てもソレだ。女子高校生の私よりも、男子中学生が好きそう。
そういえば、このキモいオブジェを近くで見たことなんてなかった。
神聖?とは真逆の、確かな禍々しさを感じる。人が寄り付かないだろうな、と容易に想像がつく。
「俺も前に来たことあるんだけどよぉ、チン…だよな、これ。なあ、カチンコチンの日下 萌々奈さんよぉ!」
寒いギャグとともに、冷田は再び私に強烈な冷気を浴びせる。あまりの寒さにその場にへたり込んでしまった。
「ハハッ!またあっくん寒~いダジャレ言ってる!そんな寒いのも、あたし大好きだからね!」
猫崎 唯は上機嫌になった。
「あっくんはね、このアレ像の近くで、氷?の超能力を手に入れたんだよね!なんかウケるよね~」
猫崎が私の頬を人差し指でつついて続ける。
「でも、アンタみたいなデマ女は、ダメだよ。あっくんみたいな素敵な人じゃないと。」
いつまで勘違いしてんのよ。私がデマ流すなんて、そんな陰湿なことするわけないでしょ。
私、日下 萌々奈は、高校でも性格が良い子として知られているし、学級委員としての人望も多少はある。うっすら疎まれている猫崎 唯とも、私はクラスでは仲良くやってきた。表面上は。
「だから!聞いて!私はそんな嘘言いふらしてない!」
堰を切るように叫んだ。
「はぁ?こいつこの期に及んでまだ…あっくん、頼むわ。殺しちゃダメだからね。」
また一段と冷気が強くなった。
僕、伊勢 健之助は、道路を挟んで珍能像が見えるところに来た。珍能像の傍で、奇妙な3人組を見つけた。
まず高校生くらいの、金髪ショートヘアの高慢そうな少女と、角刈りで青いレザージャケットを着た、ガラの悪い男がいる。そしてその男には、赤み掛かった黒髪の、ピンクのベストを着た少女が腕を押さえられて、虚ろな目をしてへたり込んでいる。
見るからにヤバい状況じゃないか。それに、周囲の空気が冷やされて霧が見える。今は真夏なのに。
多分、あの男が最近あった凍結現象の犯人だろう。未知の特殊能力…ああ、「権能」というのか。いや、そもそも僕はなぜそんなことを知っている?
とにかく、正直怖い。だが、恐怖よりも先に体が動いていた。ひたすら走る。
「あの、一体どなたですか?私たち、今忙しいのでぇ。」
高慢そうな女に見つかった。一目で苦手なタイプだとわかる。
「状況はよくわかりませんが、やめませんか?彼女、危険な状態ですよ」
僕が言ったところ、冷気を発している男が
「それもそうだ。クリームソーダ。」
と同調した。よっぽどクリームソーダが飲みたかったのだろう。こんな時にふざけやがって。
高慢そうな女の子が、その男を一瞥した。
「あっくん、なにそれ寒~い。とにかく、私たちはこいつに理解らせないといけないんですぅ。警察よびますよ。」
呼ばれて困るのは君の方じゃないか、と内心思いつつ、凍えている少女に目をやった。
「お、お心遣い、ありが、と…ござい、ます、でも、ほんと、だいじょぶ…ですから。お引き取り、願います…」
丁寧な口ぶりで目を逸らす。僕は身を屈め、そんな少女の耳元に近づいた。
「あ、おいおい何やってんだお前は」
少女の近くにいる男が僕の方に触れ、制止しようとする。
その時、僕の口をついて出たのは、自分でも思いもよらない言葉だった。
「…今、君の欲しいものはなんだ。君は一体どんな人なんだ。つらいだろうが立つんだ、立ってその像に触れるんだ。」
僕は言い終えると、少女の手を取って立ち上がらせるやいなや、男を力いっぱい押さえつけた。
おぼつかない足取りで、少女は一心不乱にその像へ駆け寄った。
いざ構想段階のお話を書き起こしてみると、話が意外に長くなってしまいます。すみません。
チ…もとい珍能像の下で、無実の罪によって追いつめられる高校生の萌々奈と、そこに居合わせた大学生の健之助。この出会いから、二人は壮大な戦いに巻き込まれていく。