氷の権能 その2
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
2000年7月19日。
そういえば、ノストラダムスは世界滅亡の予言を的中させなかった。今となってはあんなものはデタラメだって、誰もがそう言うだろう。
しかしここ神流町に限って、僕にはどうにもそう思えなかった。
不自然な隕石の落下。
夏なのに凍結したセミの幼虫。
人が歩いていると、突如透明人間から暴行を受ける現象。
僕はオカルトは好きじゃないが……ある町民は、怪物を見たとも言っていた。
とにかく、この街では世界の終わりの予兆ともいえるような、奇妙な出来事が起こっている。
ここ神流町はきっと今、この国で最も危険な街の1つだ。
それも全て、1週間前に、珍妙な形の塔が突如現れてからというもの。そう僕は考えている。
なんだか、そんな気がしてならないのだ。
塔が建っているこの辺りは、神流町でもそれなりに建物が多いエリアだ。それでも、神流駅から離れた町役場前の広場にそびえるそれは、高さ6、7メートルあって、遠くからでも結構目立つ。
目立つし、どこからどう見てもアレだ。
そんな猥褻物だが、間抜けな見た目の割に誰かが寄り付くのを見たことがない。
たまに近隣の苦情を受けて、役場の職員が視察に来るくらいだ。いったい、こういうのを撤去するのに何か月くらいかかるんだろうか。
……なんてくだらないことを、僕、伊勢 健之助は最近、事あるごとに考えてしまう。
その塔には、ただの悪ふざけとは思えないような……この世のものとは思えない、確かな威圧感があった。
考えすぎだろうか?
いや……近頃、僕の勘は何故かよく当たる。
そんな僕は神流大学文学部社会学科の2年生だ。去年の春から、地元を離れて一人暮らししている。いまは夏休み期間。
自分がどんな人物か、言葉で表すようなことは上手くできないが、きっと、好奇心が旺盛な方なんだと思う。
コンビニで買い物をするついでに、そのチン……
いや、「珍能像」といったか。を、見てみることにした。
ん?「珍能像」って言うのか??
……もう少し、近くに寄ってみよう。
突然のことだった……その一瞬、不思議な感覚が僕から発せられるのを感じた。神秘的、とでも言うような感覚。
なんなんだ、これは……?こんなのは初めてだ。
不思議に思いながらも、僕は歩いた。
そして……僕、伊勢 健之助は、道路を挟んで珍能像が見えるところに来た。
その珍能像の傍では、奇妙な3人組を見つけた。
まず高校生くらいの、金髪ショートヘアの高慢そうな少女と、角刈りで青いレザージャケットを着た、ガラの悪い男がいる。そしてその男には、赤み掛かった黒髪の、ピンクのTシャツを着た少女が腕を押さえられて、虚ろな目をしてへたり込んでいる。
見るからにヤバい状況じゃないか。それに、周囲の空気が冷やされて霧が見える。今は真夏なのに。
多分、あの男が最近あった凍結現象の犯人だろう。未知の特殊能力……ああ、「権能」というのか。いや、そもそも僕はなぜそんなことを知っている?
それはともかく、正直怖い。だが、恐怖よりも先に体が動いていた。ひたすら走る。
「あの〜、一体どなたですか?私たち、今忙しいのでぇ。」
高慢そうな女に見つかった。一目で苦手なタイプだとわかる。
「状況はよくわかりませんが、やめませんか?彼女、危険な状態ですよ」
僕が言ったところ、冷気を発している男が
「それもそうだ。クリームソーダ。」
と同調した。よっぽどクリームソーダが飲みたかったのだろう。こんな時にふざけやがって。
高慢そうな女の子が、その男を一瞥した。
「あっくん、なにそれ寒~い。とにかく、私たちはこいつに理解らせないといけないんですぅ。警察よびますよ。」
呼ばれて困るのは君の方じゃないか、と内心思いつつ、凍えている少女に目をやった。
「お、お心遣い、ありが、と……ござい、ます、でも、ほんと、だいじょぶ……ですから。お引き取り、願います…」
丁寧な口ぶりで目を逸らす。僕は身を屈め、そんな少女の耳元に近づいた。
「あ、おいおい何やってんだお前は」
少女の近くにいる男が僕の肩に触れ、制止しようとする。
その時、僕の口をついて出たのは、自分でも思いもよらない言葉だった。
「……今、君の欲しいものはなんだ。
君は一体どんな人なんだ。
つらいだろうが立つんだ、立ってその像に触れるんだ。」
僕は言い終えると、少女の手を取って立ち上がらせるやいなや、少女に襲いかかる男を力いっぱい押さえつけた。
おぼつかない足取りで、少女は一心不乱にその像へ駆け寄った。
いざ構想段階のお話を書き起こしてみると、話が意外に長くなってしまいます。すみません。
チ…もとい珍能像の下で、無実の罪によって追いつめられる高校生の萌々奈と、そこに居合わせた大学生の健之助。この出会いから、二人は壮大な戦いに巻き込まれていく。




