綿の権能 その3
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
私に……出会うため……?
「邪神」……?
どこかで聞いたことがある名前。
ああ、そうか。あの日珍能像で私に権能を授けたという、あの声の主のこと?
エーデルワイスは邪神という存在を知っているの?この子は一体何者?
私、日下 萌々奈は考えた。
「邪神……もしかして、珍能像で権能を授ける、あの……」
エーデルワイスは笑顔で答えた。
「そう、その邪神さまだよ。やっぱり、萌々奈ちゃんも知ってるのね。」
私は、権能者がこれ以上増えることは危険だと思っている。私も例外じゃない。
だから、邪神は……みんなが安心して暮らすために、必ず倒さなければいけない存在だ。
「ねえ。イーディーは、その邪神サマとはどういう関係なの?」
「邪神さまはね、私の恩人で、お父さんみたいな人なのよ。」
なんだか、ムカついてきた。邪神のせいで。私たち権能者のせいで。傷つく人たちは今までも、これからも後を絶たないのに。
「そう。で。」
心なしか表情が硬くなる。握りこぶしが、得体のしれない怒りで熱を帯びてきた。
「ん~?萌々奈ちゃん、もしかして怒ってるの?邪神さまは優しいんだよ?」
エーデルワイスはとぼけた顔をして答えた。
「それで、さ。私を監視して、邪神サマとあなたはどうするつもり?」
「監視だなんて、人聞きが悪……」
「質問に答えなさいよエーデルワイス!!あんたは私の友達でしょ!!」
「……どうもしないわよ。」
「……はぁ?」
「萌々奈ちゃんには関係ないでしょ!!」
「……」
「それに……友達の胸ぐら掴んで服まで焦がす奴が、一体どこにいるのよ。」
私は怒りに任せて、灼熱の右手でエーデルワイスの胸ぐらを掴んで脅してしまったようだ。
床からは高密度の綿の束が5、6本生え、私の両手首と足首をガッチリと締めている。ふと目を落とすと、彼女の胸元には焦げ跡ができていた。
「イーディー、ごめん……私、なんて謝っていいか……」
「いいのよ。きっと仕方ないことよ。」
綿の束は私の腕から拘束を解き、シュルシュルと縮んで綿の床に戻っていった。
呼吸を落ち着かせて、変な気を起こさないよう、静かに問いかけた。
「教えてくれる?邪神は、私のことを、知ってるの?」
エーデルワイスは答えた。さっきよりも、慎重な話し方。
「うん。萌々奈ちゃんのこと、知ってるって。私にそういった。」
「そうなんだ。具体的に、どれくらい。」
「たぶん、結構知ってるんだと思う。萌々奈ちゃんの権能が『熱』だということ。あと、2日前に、速水 龍太って人を倒したこと。」
「結構知ってるのね。」
驚いた。まるで邪神に監視されているみたい。
でも、それならエーデルワイスを遣わす理由は、私の監視ではないのかな。
「邪神さまは、本屋さんで萌々奈ちゃんが速水って人に会ったその時から、戦いになれば萌々奈ちゃんが勝つって見抜いていたの。」
「見抜いていたというより、予想が当たっただけなんじゃない?」
「いいえ、それはないはずだわ。邪神さまは、権能者それぞれを監視するようなことはしない。それでも、権能者同士が関わるとき、その様子がわかるって言ってた。」
「見えているのね。」
「権能者同士の力が波のように重なって、邪神さまのもとに伝わる……そう言っていたわ。」
「でもね。」
「ん?」
「萌々奈ちゃんと速水って人の戦いのとき、邪神さまはもう一人いたんじゃないか、と見ているらしいの。」
エーデルワイスはさらに続ける。
「萌々奈ちゃんが、誰かの陰に隠れながら戦ったり、その誰かを守るように動いたりするのを感じた、と邪神さまは言ってたわ。」
「あ、ああ、そうね!一般人を人質にとっていた…?みたいだから……」
慌てて誤魔化したけど、ちょっと苦しかったかな。
「萌々奈ちゃんがそう言うなら、そうよね!でも、邪神さまは、その誰かのことを知らないみたい。」
健之助さんのことは、邪神にはバレてない。
伊勢 健之助……権能者でありながら、邪神の目を掻い潜る存在。
それでいて、彼が持つのは「奇跡」とかいう、正直、ご都合主義の体現ともいえる謎めいた権能だ。
彼は一体、何者なのか。
きっと、邪神がエーデルワイスを遣わした本当の狙いは、健之助さんだろう。
綿の結界騒動は、その点では失敗だったというわけね。
「邪神は、ほかには私について何か言ってなかった?」
エーデルワイスはすこし考えこんで、嬉しそうな顔をして言った。
「年が近いし、きっといい友達になれるに違いない、私と萌々奈ちゃんのこと、そんな風に言ってたよ。」
なんだか、少し照れくさい気がした。
私たちは、顔を見合わせて笑った。
「邪神には、お見通しみたいだね。私、なんかちょっと誤解してたかも。」
「ね!邪神さまは喋り方がエラソーだけど、いつも私のこと理解して、気遣ってくれるんだ!」
そっか。
ああ、大事なこと言うの忘れてた。
「ところでさ、このあたりの綿……そろそろ解除してもらえない?車とか通れなくて大変なことになってるみたいだし。」
「そうだった!私ったらこんなにいろいろな人に迷惑かけてしまって……どう謝ればいいのかしら。」
無自覚でやっていたことに驚いた。
「とにかく、綿の権能はすぐ解除できるから、2分待ってね。」
綿でできた球体の部屋は、天井から崩れ、地面を覆う綿の海に吸い込まれていった。
そして、空を覆っていた薄い膜を分厚い壁も、空中に浮かんだ綿のクッションや、綿の山もまた、みるみるうちに地面に吸い込まれていく。
そして、地面を覆う綿の海は一瞬にして蒸発し、無数の綿毛になった。
エーデルワイスを目掛け、その無数の綿毛が吸い寄せられるように集まってきた。
……そして、私の家の近所は以前の姿を取り戻した。
「ありがとう、イーディー。」
「ええ。楽しかったね!」
「あなたは、これから邪神のところに帰るの?」
「そうだよ。でも今日はお出かけする用事があって、お家には居ないんだってさ。」
「そうなんだ。イーディーのお家って、どの辺りなの?」
「神流町6丁目にあるアパートだよ。だいたい、ここから歩いて12分。」
神流町6丁目……普段行く用事がない場所だ。
「そうなのね!近いうちそっちに行ってみたいな。今度連れてってよ。」
「うん!待ってるね!私携帯持ってないけど。」
エーデルワイスは私に大きく手を振った。
「それじゃあ、バイバイ!萌々奈ちゃん。」
「またね!楽しかったよ!」
私たちはそれぞれの家に向かって歩き出した。
女の子二人の会話だけで話が進む回でした。邪神ってどんな存在なのでしょうか。
次回、エーデルワイスという謎多き少女と、謎多き邪神との、出会いの物語。
クソ長い前書きはまだ変えないでおきます。




