綿の権能 その2
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
2000年7月30日。
日下 萌々奈は朝6時に起きた。綿の様子が気になったからだ。
昨日から私の家の周囲一帯には、おそらく権能者による、奇妙な綿が出現した。
朝になると、地面どころか、空までもが綿に覆われている。
空には太陽の光が通る、透き通った薄い綿。
辺り一帯の幻想的な白い綿。天国というものは、こんな見た目をしているんじゃないか、とも思えた。
玄関を開けて、向かいの公園にある大きな綿の塊を見た。
ああ、ああいう綿に包まれて眠ってみたいな。気持ちいいんだろうな。
綿の塊の中に、人影が見えたような気がした。
まだ朝は早い。私は空中に浮いた綿を玄関横に敷いて、その上で二度寝することにした。
……落ち着かない。家に戻ろう。
綿の塊の中から、見られているような気がした。
朝7時30分。家を出たパパは2分ほどで家に帰ってきた。
パパは、会社に遅刻するとの連絡を入れていた。
「どうしよう!綿に覆われて外に出れない!」
パパは電話で、綿の影響で会社に遅刻しそうだと連絡を入れていた。
「そうだパパ、私と一緒に行こう。」
私とパパは、駅の方向へと歩いた。すぐに、綿がそびえ立つ壁に当たった。
「萌々奈……どうだい?」
見たところ、その綿はかなり分厚い。
「……やってみる。」
私は両手に熱を込め、その綿に触れた。
手の周辺にある綿はすぐに焼け焦げ、黒い炭の粉になってボロボロと崩れ落ちた。
綿の壁に空いた穴。その周囲からは、モコモコと綿が集まり、壁に空いた穴を塞ごうとしている。
パパは私より背が高いので、私はぐっと背伸びして壁に手をつき、さらに大きく穴を開けた。
壁が再生するスピードは意外と速い。
「すごいな……大丈夫か?」
「うん……でもすぐ塞がっちゃうから、行くなら急いで!」
「おう、ありがとう萌々奈!お礼に欲しがってたあれ、ちゃんと買ってくるからな!」
「いってらっしゃい!」
パパはその穴を少し押し広げて、壁の外に出た。
綿の壁の外には、綿が現れる前と変わらない景色が見えた。
3秒ほどで、綿の壁に空いた穴は塞がった。
この綿の結界は範囲が狭く、駅前までは影響がなかったらしい。パパは始業時刻に遅刻しなかった。
ちなみに、隣町の建設会社で現場監督として働いている。
改めて、家に帰って三度寝した。
11時に電話の音で起きた。
健之助さんからだ。
もう一度みた。やっぱり健之助さんだ。
あ、寝癖とか付いてないかな……?いや、電話だから関係ないか!
お誘いとかだったら、いま近所が綿に覆われて動けないしなぁ。
「はい〜、日下です〜!」
声が上擦ってしまった。
「萌々奈さん!いま化け物が!」
「『さん』はやめてくだ……ええ?」
ちょっとがっかりした。でも「化け物」って……?
「おそらく、キメラとか、ゾンビとか、そういうのを作り出す権能者がいる!萌々奈さんは、いまどこにいるの?」
彼の声には焦りと恐怖心が見えて、深刻そうにしていた。こんな大変な時に彼の力になれないのが、すごく歯痒かった。
「綿の中です。多分出れません……」
「やっぱりその中にいたんだ。了解!こっちは何とかするから、この件が終わったらまた会おう!」
「あっ、ちょっと待っ……」
プツッ。
もうちょっと話したかったけど、彼はきっとそれどころじゃない。
だから、綿を抜け出して、少しでも早く彼のもとに行かなきゃ。
綿の壁のところまで来た。熱で穴を開ける。
やはり、自分が穴に入ろうとするとすぐ塞がってしまう。それに、私が出ようとする時は、3秒どころか1秒以内に穴が塞がっている気がする。
その綿の壁からは、絶対に私を外に出さないという意思さえ感じられた。
となると、やはり公園の……
巨大な綿の塊に行くしかない。
純白の綿からわずかな植木が覗く公園。
ひときわ大きな綿の塊は直径7メートルほどの球体だった。球の下部分は、地面を覆う綿に埋まっている。
裏側に回り込むと、四角い切れ込みと……ドアノブのようなものがあった。
ノックしてみる。もちろん綿なのだから、叩いても音は出ない。
「ピンポーン」とインターホンのような音が聞こえた。
いったいどこから出てるんだろう、この音は。
「あのー、ごめんくださーい。」
3秒後に、
「はーい、しばしお待ちを〜」
透き通るような女の子の声が聞こえた。
ガチャ……と音はしないけど、「ガチャ」と言いながら住民が中から出てきた。
「お客さん?あがってくださいな。」
白と生成りの軽やかな、涼しげな服に身を包んだ、どこか儚げな雰囲気を漂わせる茶髪の少女だった。年は、私と同じか少し下くらい。
その髪には、真鍮のような金属のブローチがあった。3つの膨らみを額と茎によって支えられた、綿花の紋章。中心には、ぽっかりと四角形の枠が描かれていた。
その紋章を見て、それが「綿」の権能だと、なぜか瞬時に理解できた。
「どうも、お邪魔します。私、日下って言います。」
その穏やかそうな少女は私の目を見て一瞬、何かハッとしたような表情を見せた。
部屋に上げてもらうと、床も壁も綿でできた室内には、綿でできたテーブルと、その上の食べかけのコンビニ弁当以外には何もなかった。
メルヘンチックでありながら、どこか殺風景な白い部屋。
……この子は権能者だ。しかし、敵意は感じられない。
「挨拶がまだでしたね。私、エーデルワイスって言います。」
エーデルワイス?珍しい名前だとは思ったが、彼女を言い表すのに相応しすぎる言葉だと思った。
「私、日下 萌々奈。ええと、失礼ですが、エーデルワイスさんは……本名ですか?」
いきなりマズかったかな。
「正式な名前は、呉 雪瑤って言います。エーデルワイスは、私を拾ってくれた方がつけてくれた大事な名前なんです。」
「ああ、そっちから来られた方なんですね!すごく日本語お上手ですね!」
「えへへ、どうもー。それで、突然なんですが……ナツキちゃんって子、知りませんか?」
ナツキ……聞いたことない名前だな。
「知りませんが……その方と何かあったんですか?」
「いえ、たぶん私の友達なんですが、萌々奈ちゃんに雰囲気が似てるなって。あ、萌々奈ちゃんって呼んでいい……ですか?」
たぶん……?
「もちろん!!よろしくね!エーデルワイスちゃんのことは……」
「イーディーでいいわ。」
「よろしくね、イーディー。」
「ありがとう!萌々奈ちゃん!」
不思議な友達ができたこと、なんだか新鮮で、胸が温かくなった。
「それで、この街の綿はイーディーが?」
「そうだよ。」
「なんで?」
「私が、ただ公園で遊びたかったからだよ。それにほら、近所の子どもたちも、この綿で遊びに来てるよ。」
外を見ると、小学生くらいの子どもたちが、綿の上に飛び込んで遊んでいた。
「ええ、すてきね。あなたのつくる綿ってとても柔らかくて、なんというか、優しい。」
「ありがとう!そう言ってもらえて嬉しいな!」
「じゃあ、この近所の人だけ、綿の中に閉じ込めたのは?」
「それはね。」
エーデルワイスは、私を静かに見つめた。吸い込まれそうな眼差し。
「……萌々奈ちゃん、あなたに出会うためだよ。」
エーデルワイスの裏にいる、もっと大きな存在。私の勘が働いた。
「ねえイーディー、あなたに、その名前をくれたのは……誰?」
エーデルワイスは、ゆっくりと口を開いた。
「……邪神さまだよ。」
次回、「綿」の権能者、エーデルワイスと邪神の繋がりとは。
Edelweissの略称だから、Edieなんです。さすがChatGPT、お洒落なことを思いつきますね。
音の響きと花のビジュアルと漢字の雰囲気で彼女の持つ存在感をそのまま表してるから、雪瑤なんです。さすが混川いさお、お洒落なことを思いつきますね。正しくは火绒草または雪绒花らしいです。
そういえば、このしばらく役に立たない前書きを全話一括で変えたいという気持ちと、いちいち変えるのがめんどくさいという気持ちがあります。こころがふたつある~




