瞬の権能 その3
本作はフィクションです。
登場する人物、団体、事件などはすべて架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
また、一部に宗教的なモチーフが登場しますが、特定の宗教・信仰を肯定または否定する意図はありません。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
昼寝から目覚めたのは夜だった。
その時放送されたニュースでは、物騒な事件が報道されていた。
神流町役場前の「いっしき書店」にて、意識不明、重体の男性が発見された。
身元不明の被害男性は病院に搬送された後、出血多量により息を引き取ったらしい。
男性の遺体には複数人から同時に殴られた痕と、皮膚には擦り切れたような裂傷多数。
事件を目撃した、いっしき書店で働くアルバイト店員K・Mさん(18・女性)の証言によると、「ハヤミ リュウタ」を名乗るリーダー格の人物は、目撃者であるK・Mさんを脅迫したのち、現在も徒歩で逃走中とのこと。
黒のTシャツ、身長170~180 cm、長髪、30代後半~40代前半。
警察は殺人事件として捜査を開始した……
K・Mさんによる犯人の似顔絵が一度だけ放送されたが、髭が生えている、ということはわかる程度で、人間かどうかまではよくわからない似顔絵だった。
K・M……間違いなく知ってる人だろう。
ちょうもその時、僕のフィーチャーホンに一本の電話がかかってきた。
大学の友達はほとんど作れなかった。考えられるとしたら、車で3時間ほどの青柳市に住んでいる両親と弟か、あと一人くらいだろう。
日下 萌々奈からの電話だった。
「はい、伊勢です―」
「健之助さん!!助けてください!権能者です!」
まず、名前で呼ばれたことに少しだけ驚いた。
「もしかして、ニュースに出てたあの件ですか?」
「はい、その件です。それで、今は警察に保護してもらっています。」
「脅されてるとか。」
「はい。おそらく、目的は私たちのような、権能者です。」
「それは困りましたね……とにかく、日下さんが無事で何よりです。」
「そうなんです……はい…」
電話越しに、すすり泣く声が聞こえた。よほど怖い思いをしたのだろう。
「その、ハヤミは自分の権能について、何か言ってましたか?」
「ええ。『またたき』の力、とか言ってました。」
「じゃあ、亡くなった男性が襲われた時は、どうでした?」
「もうほんとに、一瞬、でした。一瞬で、その万引き犯が倒れたんです。速すぎてよく見えなかった、というべきでしょうか……速水の姿をちゃんと見たのはその後なんです。それについては警察にも信じてもらえなくて。」
「瞬」の権能……
証言から察するに、ハヤミがという男が持つ「瞬」は、
短距離を超高速で動くという極めてシンプルな権能だ。
複数人から殴られたような痕跡も、目にも止まらぬ速さで往復しながら殴った、と考えれば納得だ。
もしそうなら、とても警察の手に負えるような相手ではない。包囲することは勿論、最悪、発砲することも敵わないからだ。
状況から察するに。
ガラス戸を開け放った書店の外の、レジからの死角に潜み、
万引きを行った被害者を襲い、
本棚を蹴って方向転換しつつめった打ちにして、
少し遠くの日下 萌々奈の権能が届く範囲にまで動きつつ、転回。
また被害者を殴り、
再び死角に戻る。
……という業をやってのけたのだろう。「よく見えなかった」という証言から、少しは動きが見えていたに違いない。
つまり、時間を止めた……という権能とは考えづらい。
それに、瞬時に移動できる距離や、その権能の連続使用についても、おそらく何らかの制限があるに違いない。
そこはハヤミと戦う中で見つけるしかないが。
とにかく、まともに戦えるのは日下 萌々奈の権能くらいだろう。
ヤツに勝つには他の情報も必要だ。電話口で尋ねる。
「ハヤミの目的はわかりますか?」
「よくわからないんですけど……私みたいな、力を持ちながらも正しく使わない者を殺す、とか言ってました。あとは、卑劣な悪人を殺す、みたいなことを。」
「なるほど、よくわかりました。日下さんも狙われているんですよね。」
正義感で動くタイプなのだろう。
「それで、日下さんが権能者だと、ハヤミは知ってたんですよね?それについて、ヤツは何か言ってましたか?」
「私の能力によって、アイツ自身が殺されるかも、みたいなことは言ってました。他人は躊躇なく殺すくせに、自分の命が惜しいようにも見えましたね。」
……なるほど。
シンプルに早く動くだけなら、日下 萌々奈の権能はヤツにとってあまりにも分が悪い。
「熱」の権能が途切れず発動され続けている限り、近接戦闘を得意とする「瞬」では、近づくだけで焼け死ぬことも考えられるからだ。
ヤツはそれを理解している。
加えて、日下 萌々奈が人殺しという異質な存在を前に、権能のリミッターを外す可能性は、僅かながら存在する。
命が惜しいという見方からも、ヤツが今日、その場で日下 萌々奈を殺さなかったことには納得がいく。
それに、権能者狩りがヤツの目的だとしても、あえて死ぬリスクがある相手から攻める必要はない。
となると、ヤツが狙うのは……
他の権能者だ。
僕の見立て通りなら、入院している冷田 篤志ではないだろう。 全身の火傷で動かない彼が権能者と見なされるとは考え難い。
とはいえ、僕は僕たち以外の権能者のことを全く知らない。追うにしても、手がかりがないのだ。
どうすればいい……
「……さん!健之助さん!」
日下 萌々奈の呼びかける声が聞こえた。
「あのー、こっちから電話していてアレなんですけど……通話料が痛いんでそろそろ切っていいですか?」
「ああ、そうですね。でも、ちょっと待ってください。」
その時、不思議な感覚が僕を包んだ。神秘的、とでも言うような感覚。
深く息を吸う。
「日下さん……明日……戦えますか?」
「………はい。」
彼女の声は震えていたが、使命感に満ちているようにも聞こえた。
再び、不思議な感覚が、今度は僕から放出されるのを感じた。
その標的は……速水 龍太。
明日、必ずヤツは現れる。
萌々奈を守るため、健之助はその権能を使う。
凶暴な「瞬」の権能者、速水 龍太とは一体何者なのか。
説明回になってしまいました。
物語に限らず、全ての人間には戦うための理由が必要です。




