氷の権能 その1
本作では、シーンによって登場人物の視点が変化します。
毎話の始まりや話数の途中で視点が切り替わりますので、何卒ご了承ください。
物語には一部、暴力的・性的な要素や、精神的に不安を感じる場面が含まれることがあります。ご自身のペースでお楽しみいただければ幸いです。
2000年7月19日。
ここは某県南部、神流街。
私がいるのは、商店街の一角にある、バイト先の古びた本屋の裏口。
……寒い。
季節は真夏なのに、アスファルトが足裏から身体を貫くように冷たかった。
立ちすくむ私の前には、背丈175センチメートルほどの男が仁王立ちして、私を冷たく睨みつける。
この男は超能力者か何かなの…?
それにしても、一体私が何をしたって言うのよ。
逃げ出そうにも、体が悴んで動かない。
目の前に立ち塞がる男の斜め後ろから、女の子が下卑た笑いとともに語り掛ける。
「ねぇ、萌々奈ちゃーん?言ってごらんよ。『私は、嘘を、つきました』ってさ!ね、噂好きの、日下 萌々奈ちゃーん。」
あの金髪ショートヘアの子は、猫崎 唯。私が通っている、県立神流高校のクラスメイトだ。
クラスにいるときも、取っ付きにくくてちょっと……いや、かなり苦手。嫌いってわけじゃなかったのよ!仲良くするつもりはあった。
……でも、こんなことになるなんて。私、そこまで嫌われることしたかな……?
下唇を噛んだ。
「なにー?寒さで震えて動けないのかな~?哀れだね~!バ・カ・お・ん・な!」
なにか喚いているが、正直それどころじゃない。寒すぎる。耳の先端から、まるで鼓膜の奥までが凍るような感覚があった。
「唯ちゃん、こいつ、そろそろマズいんじゃないのか?病院って、あそこいつまでやってる?」
眼前の男が口を開く。下手くそなダジャレも、いかにもヤンキー上がりといった風貌もダサい。唯の6代目くらいの年上彼氏なのかな。あの子はこういうワルそうな男が好きらしい。
……なんてこと考えてる場合じゃない!どうにかしないと、このフザけた男に殺されるかもしれない!
「だいたい、このバカ女が『唯が万引きしてる』〜とか、変なデマ流したからこうなってるんでしょ!
全部こいつのせいよ!!
あっくん、まだお願いね。
氷漬けにしちゃってもいいから。あたしのこと嫌って、地味な嫌がらせしてたのもこいつなわけだし。相応の報いよ。」
……え? 何それ。そんなの知らない。私は言ってない。嘘。違う。私は、そんなデマがあることさえ知らなかった。
嫌がらせについては……そんなつもりなかったけど、私に非があれば謝るつもり。
非があれば、そのうち。
「……ちが……う!……たし、しらない!!」
肺から咳き込むような声が出ていた。
あっくん、と呼ばれた大男には聞こえていたようだ。
「違うって言ってるぞ?認めないと血が膿んじまうぞ。なんつって。」
凍結した皮膚の裂け目から血が滲む。痛い。その血が凍って、瘡蓋のように覆い、患部にズキズキと響く。
「寒いダジャレはもういいわ。てか、こいつ以外に誰がいんのよ。」
「それもそうか。なあ、ところでもういいか。この力…結構疲れんだよなぁ。」
「はぁ?かわいいかわいい彼女の名誉が傷つけられてんのよ? 踏ん張りなさいよ冷田!」
猫崎 唯が早口でまくし立てる。
「ああ。まったく、怒るお前もかわいいよ。」
男は私に向かって右手を振りかざす。
冷気が、来る……!
身構えたその一瞬だった。
不思議な感覚が、私の横を通りすぎていった。そよ風じゃない。それは神秘的、とでも言うような感覚だった。
「……」
男は突き出した手をズボンのポケットに入れると、ただ棒立ちしていた。
興醒めといった様子で、猫崎 唯が口を開く。
「……ねぇ、場所を変えない?この女におあつらえ向きの場所があるわ。」
私は寒さで硬直した足でよろよろと立ち上がり、その冷田とかいう男にもたれかかって歩き出した。
凍った血が融けて、地面に流れ出していた。
私、日下 萌々奈は、冷田とかいう男に連れられて、歩く。
とはいっても、この遅い歩きで3分くらいだから、それほど遠くないだろう。
凍傷に侵された脚の痛みは、慣れのせいか不思議と和らいでいた。
猫崎 唯が私の方を振り返って嬉しそうに言う。
「じゃじゃーん!ほら、あたしじゃなくて、あんたが好きそうなのがあるよ~」
重い足取りで着いたのは、町役場前の……アレだった。
確か、いきなり現れたのは1週間前。
バイト先の書店から先端が見えるくらいの距離だ。
別に好きじゃないし。そういう発想に至るアンタが気持ちわるい。名称は知らないけど、どこからどう見てもソレだ。女子高校生の私よりも、男子中学生が好きそう。
そういえば、このキモいオブジェを近くで見たことなんてなかった。
神聖?とは真逆の、確かな禍々しさを感じる。
人が寄り付かないだろうな、と容易に想像がつく。
実際、あそこに人がいるのを見たことない気がする。
「俺も前に来たことあるんだけどよぉ、チン……だよな、これ。なあ、カチンコチンの日下 萌々奈さんよぉ!」
寒いギャグとともに、冷田は再び私に強烈な冷気を浴びせる。あまりの寒さにその場にへたり込んでしまった。
「ハハッ!またあっくん寒~いダジャレ言ってる!そんな寒いのも、あたし大好きだからね!」
猫崎 唯は上機嫌になった。
「あっくんはね、このアレ像の近くで、氷?の超能力を手に入れたんだよね!なんかウケるよね~」
猫崎が私の頬を人差し指でつついて続ける。
「でも、アンタみたいなデマ女は、ダメだよ。そういう力は、あっくんみたいな素敵な人が持たないと。」
いつまで勘違いしてんのよ。私がデマ流すなんて、そんな陰湿なことするわけないでしょ、このバカ。
私、日下 萌々奈は、高校でも性格が良い子として知られているし、学級委員としての人望も多少はある。うっすら疎まれている猫崎 唯とも、私はクラスでは仲良くやってきた。表面上は。
「だから!聞いて!私はそんな嘘言いふらしてない!」
堰を切るように叫んだ。
「はぁ?コイツこの期に及んでまだ……あっくん、頼むわ。殺しちゃダメだからね。」
また一段と、冷気が強くなった。
なんで私が……こんな目に?
はじめまして、混川いさおと申します。
群馬県の神流町とは一切関係ありません。
タイトルは「はいしん」と読みます。(はいしんが登場するのはまだまだ先です)
(大規模更新) 25/8/11 「氷の権能その1」及び「氷の権能その2」の内容を大幅に入れ替えました。これにより健之助→萌々奈→萌々奈→健之助と視点が移り変わっていましたが、萌々奈→健之助の視点で進行するようになります。
25/11/18〜終了時期未定「氷の権能」〜「綿の権能」圧倒的描写不足が否めないので、大規模な加筆修正を随時行います。
伏線を置くべき場所に置いたり、根本を改善します。
大まかな流れは変わりません。




