新しいお母様ですって!
「お母様!」
病弱だったお母様が亡くなり、たまにしか帰ってこなかったお父様が帰ってきた。
「イリア。新しいお母様を明日連れてくる。待っているように」
「は、はい」
新しいお母様? 不倫相手でもいたわけ? 不倫相手って?
そう思った瞬間、記憶が流れ込んできて、わたくしは倒れた。
「イリア・フォーマード。君に捧げる愛の歌のヒロイン。ドアマットヒロイン。お母様が亡くなって、継母に虐め抜かれる……それならば!」
倒れて一時間程度で目を覚ましたわたくし。執事やメイドたちに心配されたが、笑みを浮かべて伝えた。
「せっかく新しいお義母様がいらっしゃるのですから、歓迎の準備をいたしましょう。新しいお義母様がお好きなものを教えてちょうだい」
成人は十四歳。今のわたくしは十歳。あと四年。虐められるつもりなんてないわ。生き抜いて見せましょう。
「ようこそいらっしゃいました」
お父様に連れられて入ってきた新しいお義母様と義妹。
メイド服姿のわたくしは、新しいお義母様に駆け寄ります。
「お義母様! わたくし、イリアと申します! まぁ! なんてかわいらしいの! こんなにも可愛い子がわたくしの義妹になってくれるなんて! とっても嬉しいわ! お名前は?」
「……ミリアよ!」
新しいお義母様に抱きついた後、新しい義妹を抱き上げます。七歳くらいでしょうか。上手く洗脳できたらいいのですが。
「イリア……その格好はなんだ?」
「この家の新しい女主人は、新しいお義母様ですわ。新しいお義母様と血の繋がりのないわたくしが、暮らしていくためには仕事をすることは当然ですわ!」
「まぁ!」
新しいお義母様は、元男爵令嬢です。伯爵令嬢のお母様に劣等感をひどく抱いていたのです。わたくしが身分にふさわしい動きをすると、劣等感が刺激されるでしょう。あえて、市井の少女やメイドの行動を真似ているのです。
「ミリア。とってもかわいいわね! わたくし、妹が欲しかったの! お父様! ミリアのドレスを仕立ててもいいかしら? わたくし、義妹に着せたいデザインをたくさん考えておいたのよ! もちろん、センスのいいお義母様にも確認していただきたいわ!」
貴族令嬢ならはしたなくてやらないように、くるくると回って、満面の笑みを浮かべます。
「わ、わたくしのセンスがいいですって! この子、あの女の娘と思えないくらいわかっているじゃない?」
お父様にそう言ったお義母様は、嬉しそうに笑っていました。
「お義母様! お義母様に似合いそうな宝石を、昨日のうちに頼んでおきましたの! 一緒にご覧になって? あと、お義母様のお好きなデザートも頼んでおいたわ! ミリアも好きでしょう? ふふ、楽しみね!」
ミリアを連れて、わたくしの部屋に行き、次々と美しい布を当てて、褒め称えた。
「さすがわたくしの義妹! とってもとってもかわいいわ!」
「お、お、お義姉様」
わたくしは、普段しない三つ編みにそばかすのメイクをしていた。少しでも劣って見えるように。害する必要がないくらいに可愛がられるように。
ーーー
「お父様はまたお出かけかしら?」
「えぇ、そうよ」
「……そう、ですか、」
しばらく経って、お義母様からある程度の信用を得たところだ。そろそろ作戦を進めていくべきだろう。現状この家はわたくしが継ぐことになっているが、あと四年のうちに義弟ができでもしたら、奪われてしまう。
「あら? お父様がいなくて寂しいの?」
「いえ、な、なんでもありませんわ! お義母様に心配させたくないですもの……」
「何を隠しているの?」
あえて気を引けるように、隠します。
「お父様には絶対におっしゃらないでくださいね?」
そう言って、お義母様の耳にこっそりと話します。
「わたくしの母が言っていたのですが、お義母様以外にも囲っている女性がいる、と」
「なんですって!?」
学生時代からの恋人同士のお義母様とお父様。他の女がいるなんて聞いたら、子作りどころではないだろう。
「誰? どこの誰なの?!」
「詳しくは……ただ、わたくしの母よりも高位のお方だとか……。前にお父様が言っておりました。高位の女性との付き合いは、自尊心が高まるな、と」
嘘は言っておりません。物語で知りましたが、お父様は幼い頃の許嫁のお母様、学生時代の恋人のお義母様以外にも、幼馴染の侯爵令嬢とそういう関係だと書いてありました。幼馴染の侯爵令嬢は、実家を継いでいて入婿とするにはお父様の頭が残念すぎたので諦めた、という……。
「なんですって!? 学生時代からわたくしを騙していたの!?」
「お、お義母様。わたくし、お父様のことは人間のクズだと思いますの。こんなにも美しいお義母様を裏切るだなんて……。わたくしが男だったら、お義母様のような女性と結婚したいですもの!」
「イリア……」
「……お義母様。わたくし、お父様を許せませんわ。わたくし、わたくし、お父様から全てを奪い取ってやりたいですわ」
「まぁ……それはどんな?」
自尊心の高いお義母様。お父様の裏切りを許せるはずがないでしょう。前夫人が見つけたという証拠、気になっていたようなので、物語の情報を元に、幼馴染と密会する日を教えたら顔を真っ赤にして帰っていらっしゃいました。使用人たちは、かわいそうなわたくしの味方です。お義母様も“必要ない”とはおっしゃらないので、わたくしはいつもメイド姿で雑用をこなしています。ただ、食事は普通のものを与えられて、物語のわたくしよりかは遥かに恵まれています。
「わたくしが成人する前にわたくしが伯爵位を引き継ぎます。その、後見人にお義母様がなってくださいませ。そうしたら、幼馴染の方との間に子が産まれたとしても我が家にはなんの問題も起こりませんわ!」
お義母様の手を取り、心底心配した表情を浮かべ、提案します。
「実は、執務はほとんど覚えさせられておりますの。ですから、お義母様は今まで通り女主人として腕を振るっていてくだされば、問題ありませんわ」
「あの女と……子供……」
「先日、医者が侯爵家に入るのを目撃しましたわ……あと、幼い子を連れた女性も」
「許さない! イリア! そうね! あの男から全て奪ってやりましょう!!!」
伯爵位を奪われたお父様。いえ、仕事をしなくていいと囁いたら、あっさりと譲ってくださったわ。できた時間で女漁りをしているようです。もちろん、お父様の子種はできないように薬を服薬させています。毎晩お父様にお茶を淹れてあげるお義母様の手によって。服薬させたのをわたくしもきちんと確認しておりますわ。
さぁ、今日は成人の儀です。朝から陛下に謁見し、正式な伯爵として認められました。婚約者も内定しております。
「お母様……待っていて。お母様の無念、晴らすわ!」
最後までお父様とあの女とあの義妹に苦しめられていたお母様。日に日にやつれていくその原因は、お父様とあの女たち。さぁ、地獄へ落としてあげましょう。
「お父様、お義母様、ミリア。そして、皆様のおかげで無事成人を迎え、伯爵として独り立ちすることになりました。感謝の意を示して、領地に邸宅を建てましたの」
「あら? 誰をそこに送るのかしら?」
自分は含まれていないと思い込んでいるお義母様。もうすでにお父様への愛は失われていて、ただただ復讐相手と思っているでしょう。
「もちろん、お父様、……そして、お義母様とミリアですわ」
「なんですって!?」
「わたくしのお母様は、とても苦しみました。あなたたちのせいで。それに、わたくしのことも都合のいい使用人扱いしていたではありませんか。平民として生きるのに困らないように、畑もつけてあげましたのよ?」
「騙したのね!?」
「何を言っているのだ! イリア!」
「ミリア、あなたをあちらに送るのは少し心苦しいわ。でもね、大丈夫。お父様とお義母様は認めなかった結婚を、わたくしは伯爵として、義姉として認めて差し上げるわ」
「本当ですか!? お義姉様」
ミリアは、執事見習いの少年と許されない恋に落ち、玉の輿に乗らせたい両親の期待を裏切ったのだ。遠方へと追いやられそうだった彼を救い、領地に住まわせた。敷地内同居ではあるが、領地で信頼を獲得している彼に何かしたら、痛い目を見るのは二人である。欲をかかなければ、きっと幸せな家庭を築けるはずだわ。
ギャーギャー騒ぐ二人を馬車に詰め込み、ミリアを見送る。
「たまには、手紙を待っているわ」
「えぇ、お義姉様。本当にありがとう」
「さて。もう一人、残っているわね」
わたくしは、夜会に参加して証拠を掴んだ。そして、陛下に謁見の許可を取って今面前にいる。
「フォーマード伯爵。伝えたいことがある、とな?」
「申し上げます! ツェツィー侯爵様は、色を好み、他者と婚姻したわたくしの父と姦通しておりました」
「ふむ、確かによくないが、それだけか? ならば、」
「いえ。わたくしが申し上げたいのは、第三王女殿下の婚約者であるシュナイザー公爵令息とのご関係です!!」
「なに!?」
末っ子である第三王女を溺愛している国王陛下。第三王女の婚約者に手を出したとなれば、黙っていられないだろう。
「シュナイザー公爵令息を騙し、関係を持った後、脅迫し、その関係を維持しているようです。証拠はこちらに」
「なんだと……。当事者二人を呼べ! 今すぐに、だ! 姫には知らせるな! ……フォーマード伯爵。情報提供に感謝する」
「もったいなきお言葉にございます」
侯爵は、毒杯を賜ったらしい。そして、侯爵の弟が跡を継いだとか。
「お母様。あなたを苦しめた者は、娘であるわたくしが全てやり返しましたわ。お母様。どうかそちらで幸せに過ごしてくださいませ」