3 吸血鬼の初恋
今、私の目の前にはギラギラした目で私の首筋を見ながら舌なめずりをしているイオ様がいます。一体、どういうことでしょうか。イオ様が吸血鬼だったなんて、今まで全く気が付きませんでした。
そもそも、レタリア伯爵家の血筋以外にも吸血鬼がいただなんて聞いたことがありません。しかも、イオ様は第四王子です。なぜ王家に吸血鬼がいるのでしょうか?
「意味が分からない、という顔をしているな。それもそうだろう」
よいしょ、と私から体を離し、イオ様はソファに座りなおします。あぁ、よかった、あのままぱっくりと食べられてしまうんじゃないかと思いました!
「どうして俺が吸血鬼なのか、そこから説明しよう」
そう言って、イオ様はなぜ自分が吸血鬼なのか、なぜ私を婚約者にしたのかを話はじめました。
イオ様の話を聞いて、ケイン様との顔合わせの日のことを思い出しました。あの時のイオ様は、少し寂しそうで、でもとてもしっかりしてらして、私にとってはなんといいますか、ヒーローのように思えたのです。
イオ様はあの時から私のことを思ってくださっていたのだと……。それを聞いた瞬間、とても嬉しくて胸が張り裂けそうでした。なぜなら、私の初恋も実はイオ様だったからです。
イオ様に手をつながれながらケイン様の元へ行った時、どうして私の婚約者はイオ様ではないのだろうと、ほんの少しがっかりしてしまったことを今でもはっきりと覚えています。この気持ちは持つべきではないと幼心にわかっていたので、ケイン様との婚約が決まってからはそっと胸の奥にしまいこんでいました。
それなのに、イオ様は今、私の目の前で私をずっと好きだったと言ってくださるのです。こんな奇跡が起こるなんて信じられません。
「それから、俺はニーナにだけ血を吸いたいという衝動が起こるんだ」
イオ様は自分の両手をじっと見つめながら、そう言いました。イオ様は突然変異の吸血鬼だとおっしゃっていましたが、なぜ私にだけそうなるのでしょうか?
「ニーナは吸血鬼の血が薄まっているから吸血鬼の特性が出にくいんだと思う。突然変異の俺は、血が薄まっているわけではないから衝動が出やすい。そして、その衝動というのは、愛する相手の血を飲みたいという吸血鬼の特性なんだそうだ。相手からとてもいい香りがして引き寄せられてしまう」
その血を自分の中にいれて、相手を自分のものにしてしまいたい。自分の中で、相手の血液と自分の血液が混ざり合い、ひとつになりたい、そう思う。吸血鬼の特性として、確かに幼少期に家庭教師から学んだ気がします。ただ、自分にはそういう衝動が起きないので現実にあるものだとは思ってもみませんでした。
そして、イオ様は私にその衝動を向けてくれている。その事実に、私の心臓は高鳴って仕方ありません。
「ニーナが俺に対してその衝動が起こらないのは悲しいけれど……仕方ないよな。ニーナは吸血鬼の血が薄まっているし、そもそも俺のことなんて別に好きじゃないだろうし」
フッと悲しげに微笑むイオ様。そんな、私だってイオ様のことを……そう言いかけて、ふと重大なことに気が付きます。
「あの、イオ様、実は、イオ様とこうして隣同士でソファに座っているとイオ様からとてもいい香りがするんです。それに、その、先程イオ様が首筋を見せてくださったときに、ついかぶりつきたいなどと思ってしまって……今まで誰かにそんなことを思ったことがなかったのですが、これってつまり……」
そっとイオ様をうかがうように見ると、イオ様はとても驚いた表情をして、その顔はどんどんと赤くなっていきます。
「私も、実ははじめてイオ様にお会いした時に、どうして婚約者がイオ様ではないのかとがっかりしたのです。でも、そんなことを思ってはいけないと、その思いはずっと隠してきました。でも、イオ様が私のことをずっと好きでいてくださったと聞いて、とても嬉しくて」
そこまで言うと、イオ様は突然私の両肩をぐっと掴み、顔をのぞき込みます。ち、近い!国宝級のイケメンの顔が!目の前に!
「本当に?ニーナもあの時から俺のことを思ってくれていたのか?」
そう聞かれ、ゆっくりとうなずくとイオ様は私を抱きしめました。一見細身でいらっしゃるのに、とても男らしくてしっかりしてらっしゃる……。自分の鼓動が速すぎてうるさいし恥ずかしいと思っていたら、イオ様の鼓動もとても速い!
「嬉しい、とても嬉しい。ずっと片思いだと思ってた。それでも婚約者にすれば、いつか俺のことをみてくれるんじゃないかって思ってたけど、そっか。両想いだったのか」
イオ様は私を抱きしめながらくっくっくっと嬉しそうに笑っています。そして静かに体を離して、私の顔をじっと見つめました。
「血を、吸ってもいいか?」
その瞳の奥にはとても熱いものが揺れているようで、思わず吸い込まれてて溶けてしまいそうです。
「お好きなだけ、どうぞ」
そう答えると、イオ様はごくり、と喉を鳴らして私の首筋に歯を当てます。一瞬だけピリッとした痛みを感じ体が震えましたが、それはすぐに心地よい快感に変わっていきました。頭の中がふわふわとして体は暖かく、視界もぼんやりとしています。
どのくらい吸われていたのでしょうか、実際はそんなに長くはなかったのでしょうが、とにかく頭がふわふわしていて体感時間はとても長く感じられました。
首筋からイオ様の口が離れ、舌でペロリ、と舐められます。思わず身震いすると、イオ様が心配そうに声をかけてくれました。
「ニーナ、大丈夫か?」
そう言って私の顔を覗き込んだイオ様は、ハッとして次第に顔を赤らめ、何とも言えないような複雑な顔をしました。一体、どうしたというのでしょうか。
「そんな顔されたら、別な意味でも君を食べたくなるだろ」
「はえ?」
まだぼうっとしていて、イオ様の言っている意味がわかりません。イオ様はしずかにため息をつき、頭をブンブンと振っています。そうして、そっと優しく私を抱きしめました。
「血を吸う前に、先にこっちを聞くべきだった。……俺と結婚してくれますか」
「……もちろんです」
私の返事に、イオ様が私を抱きしめる力がほんの少し強くなりました。
◆◇
「そういえば、出会ってすぐの頃は敬語じゃなかったよな」
「え、えぇ~と、あの頃はまだ幼かったので……!第四王子にため口だなんて、今は無理です」
「夫婦になるんだからいいだろ。あと、様もなしな」
「えっ、う……うぅ、善処します」
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