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2君の血を吸いたい(イオ視点)

 その少女に出会ったのは、九歳くらいの頃だったろうか。その日はケインの婚約者との顔合わせのお茶会だったが、始まる前から俺は居心地が悪くて庭園の外れに隠れて時間をつぶしていた。

 兄弟の中で俺だけが異母兄弟で、しかも俺は四番目。大人たちからは少し距離を置かれていたように思う。兄たちは優しく接してくれていたが、大人たちの言う陰口を聞いていると、兄たちのことでさえ本気で信用することができなかった。


「あ……れ?あなた、ここで何をしているの?」


 庭園の外れで一人うずくまっていると、見知らぬ少女がひょっこりと顔をのぞかせた。歳は同じくらいに見える。大きなリボンと白いレースのついたふんわりとしたAラインの紺色のドレスに身を包み、陶器のような真っ白い肌、真っ黒で艶のある長い髪の毛を風になびかせ、瞳は鮮血のように真っ赤だ。その瞳を見たとき、なぜか純粋に綺麗だなと思った。


「……かくれんぼ」

「かくれんぼ!いいなぁ、楽しそう」


 俺の隣に座りこみ、うふふ、と嬉しそうに笑う。突然やってきてこいつは一体なんなんだろうか、と冷ややかな視線を向けるが、少女は気にしていないようだ。


「嘘だよ、かくれんぼなんかしてない。みんな僕のことなんかいらない子だって思っているから、みんなの前からいなくなってるだけ」

「あなた、いらない子なの?なぜ?」


 きょとんとした顔でこちらを見る。めんどくさいな、と思いながらも理由を言うと、その子は目を丸くした。


「そっかぁ。私もね、実は他の子たちから気持ちの悪い子って言われてるの」


 ほら!と口をニッとして歯を見せてくる。その歯は一部が少し尖っている。まるで吸血鬼だ。そういえば、この国には吸血鬼の血筋をひく伯爵家があると聞いたことがある。

 遠い昔、国が窮地に立たされた時、吸血鬼が国に手を貸したという。難を逃れた国は、お礼として伯爵家から一人の娘を差し出し吸血鬼とその娘は結婚した。その末裔が現在の吸血鬼伯爵家だと伝わっている。


「私の祖先は吸血鬼だったんだって。だから、学校でみんなが気持ち悪いって、近づかないでって言ってくるの。でもね」


 そう言って空を見上げて嬉しそうに笑う。


「私のこと、こんやくしゃにしてくれるって。今日、その人に会いに来たの。こんな私のことをこんやくしゃにしてくれるんだもの、きっと素敵な人にちがいないわ!だから、私、その人にふさわしいご令嬢になるためにこれからがんばろうと思うの」


 えへへ、と嬉しそうに笑うその子の笑顔は、太陽の光に照らされて眩しかった。よくわからないけれど、なぜかすごく胸がドキドキする。そうか、この子がケインの……。


「だったら、なんでこんなところにいるのさ。ここは庭園の外れだよ」

「あっ、えっと、私、迷ってしまったみたいで……」


 今度はてへへ、と申し訳なさそうに笑う。全く、顔合わせの日に庭園内で迷うだなんて。


「ついてきなよ。案内してあげる」


 そう言って手を差し出すと、その子は少し顔を赤らめて手をつないだ。


「もしかして、あなたが私のこんやくしゃ?」

「違うよ、君のこんやくしゃは、僕の兄」

「そっかぁ、違うんだ……でも、だったら、私たちいつかは姉弟になるのね!嬉しい、よろしくね」


 少し残念そうだったが、すぐにふわっと嬉しそうに笑ってそう言うその子に、当時の俺は照れてしまって何も言えなかった。思えば、きっとあの時から好きになっていたんだと思う。



◆◇



「ニーナを側妃にする?」


 ケインとその隣にいるご令嬢、セラを俺は冷ややかな瞳で見ていた。ニーナがもうすぐ成人するというタイミングで、ケインはセラと恋仲になり、あろうことかセラを正妃にしようとしているのだ。


「ニーナは第二王子の妃としてよく勉強しているし、家柄も申し分ないご令嬢だよ。でも、いくら王家と古くから縁のある伯爵家といえど、セラの方が家柄の身分は上だ。……なによりも俺はセラを愛してしまったんだ。ニーナではなくセラを正妃にしたい」


 ケインの言葉を聞いて、俺はセラを睨みつける。するとセラは怯えてケインの腕にしがみついた。


「ニーナはこのことを?」

「側妃のことはまだ話していないが、俺とセラのことは知っている。セラとは仲がいいみたいだ」


 ため息が出る。あろうことか婚約者を横取りするような相手と仲良くしているだなんて、お人よしにもほどがあるだろう。……いや、あいつはそういう子だ。純粋で真っすぐで、どんな人間にもきっといいところがあるはずだと思っているのだ。


 ニーナを側妃にする?側妃になったとして、もしニーナに子供ができたら。俺や俺の母のように、肩身の狭い思いをして生きていかなきゃいけないかもしれない。ニーナとニーナの子供に、そんな思いをさせるなんて絶対に許せない。


「……だったら、ニーナと婚約をとりやめてくれ。おれがニーナと婚約する」


 俺の言葉を聞いて、ケインは目を輝かせた。


「もしかして、イオはニーナのことを……?ははは、そうか、そうだったのか!そういえば、俺とニーナの顔合わせの時に、迷子になったニーナを連れてきてくれたのはイオだったな。そうか、あの時から……」


 嬉しそうに言うケインに、セラはホッとした表情になる。まるで自分たちの罪は消えたかのように思っているみたいで、胸クソ悪い。


「イオがニーナの相手なら、俺も大賛成だよ。わかった、婚約はすぐにとりやめよう」

「……あぁ」




◆◇


 俺がニーナに執着するのにはもうひとつ理由がある。それは、突然訪れた。ケインに会いに来たニーナを見かけたその瞬間、心臓が異常な鼓動をして苦しくなる。それに、ニーナとの距離はとても離れているのに、ニーナからとてもいい香りが漂ってくるのだ。そして、ニーナの真っ白な肌に釘付けになる。


(あの美しい白い肌に、かぶりつきたい。かぶりついて、血を吸いたい。……血を、吸いたい?)


 突拍子もない自分の思考に驚いてしまう。だが、その衝動はとどまることを知らず、衝動を抑えるためには視界からニーナを消さなければならなかった。


(せっかくニーナに会えたのに、挨拶もできないままだ……しかし、この衝動は一体?血を吸いたいだなんておかしいだろう。吸血鬼じゃあるまいし)


 胸をおさえながら鏡を見つめる。そういえば、小さいころからなぜか一部の歯が鋭くとがっていた。大人になるにつれてその尖りは小さくなっていったが、まさか。


 だが、ニーナ以外の人間には衝動は起こらない。いい香りも全くしないし、血を吸いたいと思わないのだ。ニーナを見た時だけ、突然その衝動が起こるようになっていた。


 不思議に思い、王城の図書館で歴史書を読み漁った。吸血鬼に関することは何でもいい、どんなに小さな情報でもいいから知りたかったのだ。そんな中、一冊の古びた歴史書を手にする。そこには、吸血鬼の歴史とこの国との関係性、吸血鬼の特性が詳しく書かれていた。


(この国にははるか昔から吸血鬼が存在していたのか。レタリア伯爵家との血筋以外にも、それ以前から『突然変異で吸血鬼の子供が生まれることがある、その子供は、成人と共に吸血鬼としての特性が顕著になる』か。……だとすれば俺はもしかするとそうなのかもしれないな)


 歴史書を読み進めるうちに、一つの文に目が留まる。その一文によって、ニーナに対する衝動の理由がはっきりとした。


(なるほど、そういうことか。それならニーナに対してあんな風になってしまうのも納得だ)


 思わず笑みがこぼれてしまう。こうして、俺はケインとニーナの婚約解消の日を待ち望むことになった。





 

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