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ロゼッタ・マーティンは悪役令嬢を楽しみたい  作者: ゆっけ太郎マーフィー
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健康第一〈2〉

そういうのがねぇ、大好きなんですよ。

「ロゼ、随分顔色も良くなったね」

 ベッドサイドのスツールに座り、微笑むのは私の義兄であるアイザック・マーティン。つまり現ウィンチェスター伯爵である。姉よりも十歳上だから二十七歳だ。色白で麦色の髪をした美丈夫である。金色が滲む碧眼が美しい。イギリスの有名俳優にこんな顔をしたひとがいたが、日常的に拝める顔ではない。

「はい、お義兄様」

 首肯すれば義兄は笑みを深くし、背後に立つ従者に促した。

「君に友達を紹介しよう。仲良くして欲しいな」

 そう示したのは従者が差し出した横長の箱だった。木製で、細工が施されている。

 従者の男がそっと箱に触れると、上下に分かれた。上部が蓋になっていたのだ。そしてよく見ると、下の部分はベッドになっており、中には女の子の人形が入っていた。なんとかちゃん人形みたいなものより大きく、今の私では抱えるほどだ。

「わぁ、すごい」

 思わず声が出る。陶器だろうか。ほのかに赤みがかった頬はなめらかで、小さな唇もつややかだ。ピンク色の髪の毛は綺麗に巻かれており、真紅のベルベットのドレスを身にまとっている。パニエがふわふわで、よく出来たブーツを履いていた。こういう人形は前世でも見たことがあるが、手を出してはいけない沼のひとつだった。それにこんな人形にはひとつふたついわくがあるものだ。見た感じ新品ではあるがワクワクしてしまうではないか。これから伝説が始まりそうだ。

「お義兄様、彼女のお名前は?」

「ロジーナだよ」

 前世ではバラを意味する言葉だったか。赤い唇とドレスに似合いである。

「最近君が元気にしていると聞いてね。そろそろ友達が欲しいんじゃないかと思ったんだよ」

 ほら、と義兄は足元に置いていた大きな箱を開いて見せる。中には小さな藤でできたカバンが入っており、私が座るベッドに置く。彼は開けるように笑みで促した。

 カバンを開くとまた歓声を上げる。

 本物よりも小さく作られたティーセットがきちんと収まっている。素材自体は本物と同じで、繊細な絵付が見事なものだ。

「これは私の古い友人が是非君にと贈ってくれたんだ。そのうち彼の息子も紹介しようね。君よりひとつ上で、優しい子だと聞いているからきっと仲良くなれるね」

「本当! 嬉しい。早く紹介してください!」

 ようやく生きている人間の話が出た。しかも歳が近い。ロゼッタの記憶ではこれまで自分以外の生きた子供を見たことがなかった。絵本の中でしか見たことがないから、もしかしたら自分以外の子供はみな何かの原因で滅びてしまったのではないかとすら考えていた。だからみな、子供部屋から出そうとしないのだと。

「ふふ、慌てないで。そのときが来たらすぐに会わせよう。そのときまでもっと元気になるんだよ、ロゼ」

「はい、お義兄様。ですから……」

 正直なところ、もう少し行動範囲を拡大したい。いくら子供部屋にしては広いとはいえ、同じ場所を歩くのはいい加減飽きてくる。しかし子供部屋から出ると、すぐに誰かしら使用人に咎められるのだ。音を立てぬようにしても誰かが駆けつけるから、監視カメラでもあるんじゃないかと思った。まだ私はこの世界の技術に疎いから、どんなシステムなのかわからない。だから下手に動けないのだ。

 頑張って人目を盗んでも良いのだが、お姉様や義兄をはじめ、私に顔を見せてくれる人々がみな私を心配してくれていることが理解できるから彼らを裏切る真似はしたくない。誤魔化したり、嘘をつくのではなく許可を得たかった。

「外に出たいです。せっかく起き上がれるようになったのに、寝ているばかりでは退屈です。それにお日様の光は健康に良いと本に書いてありました。私、男の子に負けないくらい元気になりたいのです」

 本に書いてあるうんぬんはでっち上げだが、もっと歩く距離を伸ばし体を動かしたほうが健康に良いに決まってる。それにストレッチやスクワット、プランクと部屋の中でできる運動は一通りやった。前世の記憶をフル活用しても飽きていた。

 ロゼッタの経験だけであれば子供部屋だけでも受け入れていたかもしれないが、私はもっと広い世界を知っていた。そして子供らしい欲求が私に訴えかける。

 窓から見える庭に咲くバラのなんと見事なことか。空は相変わらず青くて、たなびく薄雲が太陽の光を和らげる。窓辺のレースのカーテンが落とす影の濃さが、外の世界の朗らかさを雄弁に語っていた。

 それから、屋敷のどこかにあるという入ってはいけない部屋や、描かれた貴婦人と目が合うと不幸が訪れる呪いの絵画、身につける者を魅了させ狂死させてしまうネックレス……。そんなブツがごろごろあるらしい我が家を自由に歩き回りたいのだ!

 悪魔が棲んでいる鏡とにらめっこをするのも楽しいのだが、アンヌ達から聞いた我が家の『本当にあった怖い話』を検証したい欲が、筋トレをする度に湧き上がる。

 前世でも心霊スポット突撃系が好きだった。特に百物語を彷彿とさせる構成の怪談実話集の現場となった土地を物好きな大人達が訪れるシリーズは繰り返し見たし、いわゆる読者投稿をもとに取材をした撮影班が怪奇現象に見舞われるモキュメンタリードラマのシリーズは映画館にも足を運んだ。

 そういうのが大好きなのだ。



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