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ロゼッタ・マーティンは悪役令嬢を楽しみたい  作者: ゆっけ太郎マーフィー
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ロゼッタ・マーティンの世界


 ロゼッタ・マーティン、5歳。ウィンチェスター伯領、マーティン家の次女。これが今世の私である。どうやら異世界に転生してしまったらしい。

 家名からして前世の世界でもありそうなものだが、私が住む大陸はユーラシア大陸ではなく、カミラ大陸と言う。現在船舶の発展でこれまで行き来のなかった国々とも国交を結んでいる。その中には日本のような諸島もあるらしく、どうなっているか興味深い。太陽や月は変わらずひとつずつであり、人名など名前に関して類似する点が多いことから、並行世界の可能性もあった。

 前世の生活を思い出しても、5歳までに学んだことは身についている。ロゼッタ・マーティン5歳がこれまでに習ったこの世界についてを思い出すと、中世のようで、発展している部分も少なくない。

 例えば明かりは油ではなく、特殊な鉱石によってつけることができるし、火もまた同様だ。詳しい仕組みは不明だが、鉱石によって何かしらの働きが起こって使用することができるのだろう。下水道が完備されているからか部屋に備え付けのトイレも水洗で臭わない。バスルームまである。前世の築50年のボロアパートよりも広くて清潔で快適だ。

 アンヌにせがんで聞いた外の世界の話では、鉱石を動力にした馬が要らない馬車の開発が進んでいるらしい。自動車ではないか。

 どのような仕組みかはわからぬが、この世界では鉱石が石油や石炭などの燃料となっているのだ。

 謎鉱石のおかげで発達しているとは言え、医学などはまだ解明されていないことも多く、呪術や神頼みになるのだろう。私のブルネットの髪は生まれてから今まで切ったことがなく、背丈ほどもあるものをきつく1本に編んでいる。これは丈夫に育つようにという願掛けで、この国の風習である。あまりに多毛なので切りたいとお姉様に軽くお願いしたら、三日三晩に渡り切らぬようにと説得された。

 信仰はあるが一神教ではなく、どうやら自然神を含む多神教のようだ。リリアンお姉様が呪う寸前だったのは、人間の生死を司る神である。他にも窯の神やご不浄の神、火や水の神などがいるとメイドの寝かしつけの物語で聞いた。あらゆる物質に神が宿るという考えは日本で生まれ育った記憶を持つ私には馴染みやすい。死ぬ瞬間にうっかり転生を何かの神様に願って通じてしまったのだろうか。

 それにしても不健康である。謎鉱石のおかげでインフラが整備されているから部屋の中でも不自由なく暮らすことができるが、日本で5歳といえば好奇心が服を着ているような生き物だ。目に映るすべてが新しいもので、ちょこまかと動き回る生き物であるはずだが、私はというとベッドの上で一日の大半を過ごす。何かと用があれば使用人が手を貸し、抱き上げ、身の回りの世話をする。部屋の中に風呂とトイレがあり、食事などは使用人毎度運んでくる。だから私は歩くこともなく部屋の中だけで過ごすことができるのだ。

 5歳にしてはか細く、一見すると3歳前後に見えるのは、まったく外に出ない為だろう。走ることはおろか、歩くこともないせいで足は小鹿のように細い。

「アンヌ、大丈夫。歩ける。歩きたい」

「いいえ。いけません。奥様が心配されますよ」

 真面目を擬人化したようなメイドはアレクサンダーの娘のアンヌ。数少ない使用人のうちの庭師の娘だが、勤勉で読み書き四則演算も不自由なくできる。今は病弱な私につきっきりだが、リリアンお姉様と同年代で、年の離れた私よりもずっと長く共に過ごしていたようだ。ずっと見張られているのは困るのだが、紺色のロング丈のワンピースに白い前掛けといかにもなメイドスタイルが嬉しい。

「どうして? 熱は下がったのに」

「……無理をされては、またぶり返してしまいます」

 もうこれを何度も繰り返している。

 ロゼッタ・マーティンとして育った5年間を振り返ると、確かにベッドに伏せている時のほうが長い。しかしロゼッタの不健康は、太陽の下で体を動かすことがないからではないかと現代日本を知る私は思ってしまう。歩かなくては筋力は衰えてしまうし、日光に当たらなくてはビタミンDが生成できずに骨がもろくなり、免役も落ちてしまうらしい。日照時間が短いと鬱にもなりやすいと聞く。

 生まれつきの弱さを危ぶみ、神経を尖らせているのだろうが行き過ぎてはいないか。前世はアクティブに出歩く方だったから、この外出制限はきつい。これでは筋力は衰え、ますます不健康になってしまう。私はこのごろ、隙を見ては足パカ運動や寝ながらできるストレッチとベッドの上でもできる運動に勤しんでいる。

 ロゼッタとしての記憶はこの部屋の中だけだ。5歳児の子供部屋にしては広いが、5歳児の行動範囲としては狭すぎる。それに、私の興味は至る所へ向かっているのだ。

「ねえ、アンヌ。あの鏡が見たいの。だから」

「いけません」

 すべて言う前にぴしゃりと跳ね返される。

 アンヌはサイドテーブルの引き出しから手鏡を取り出し、私に差し出した。

「鏡であればこちらでよろしいではありませんか」

「そうじゃない~!」

 私はあの鏡が見たいのだ。

 部屋全体は清潔が保たれているのに、その姿見だけはうっすらと埃を被っており、使用人の誰も触れることはない。ビクトリア朝のような装飾がされた木枠はまるで窓だ。

「あの鏡が見たいの!」

 5歳児のように駄々をこねると(実際肉体は5歳なのだが)、アンヌは眉を寄せ、声を潜めて私に耳打ちする。

「……あの鏡の中には悪魔が住んでいるんですよ。お嬢様のような愛らしい方が近づいては、悪魔に気に入られて連れ去られてしまいます」

 低く落ち着いた声が耳朶をくすぐり、ぞわりと怖気立つ。

「……本当に、悪魔が住んでいるの?」

 つられて私も声を潜める。アンヌは鏡から見えぬように身を屈め、私に頷いた。そして口を開く。

 小さな赤い唇が、暗がりの中でも綺麗だった。

「これは私の父から聞いた話です」


鏡の中には悪魔がいるって、小さい頃母から聞いてから鏡を表にしたまま眠れないんだよなぁ。

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