高級肉に誘われて
昨日までの雨もすっかり止み、今日は雲一つない青空だ。
俺達パーティーはアステカ大陸にあるガイア教会本部のアース・プレイヤ教会へ行くためワンドナを更に南下し、同じ大陸にある港町ヤードを目指して今は深い森を歩いている最中だ。
「それにしてもさぁ、間抜けな話だよな〜」
俺は秋留に話し掛けた。
「ん? 何が?」
秋留が黒い瞳で俺を見つめながら答えた。
俺は少し照れながら言った。
「だってさ、この世界のどこに、禍禍しい呪われた剣を装備した勇者がいると思う?」
俺達はカリューの剣の呪いを解くために、アース・プレイヤ教会を目指しているのだ。
ワンドナを出発してから、今、俺達が歩いている森に到着するまで、半月程かかってしまった。
カリューの持つ魔剣の効果で呼び寄せられたモンスターを倒しつつ旅を続けていたからだ。
前を黙々と歩いていたカリューが振り向いた。
「元はと言えば、ブレイブ! お前が暗黒騎士ケルベロスからこんな剣を盗むからいけないんだろう?」
確かに剣を拝借したのは俺だったが、カリューが俺から剣を奪い取らなければ呪われる事もなかったはずだ。
反論しようとした俺を隣の秋留が眼で制した。今はカリューに口答えしない方が良さそうだ。
それから特に話す事もなく黙々と歩いていると、いつの間にか森の中は薄暗くなって来ていた。
さっきまで空には太陽が出ており暖かな空気が流れていたのが、今は涼しげな空気へと変わっている。
その時、前方を先行して探索していたジェットが銀星に乗って戻ってきた。
「まだまだ森は抜けられそうにありませんな。少々危険ですが、今日はこの辺で野宿しといた方が良さそうですぞ」
俺達は早速、野営の準備を始めた。
この森に入る事が決まった時に馬車は売り払っていた。今は銀星とアルフレッドにテントや雑貨等を紐でくくり付けている状態だ。
不思議な事に森を歩いていた時に獣に襲われたりしなかったため、今日のメニューは木に生っている果物を食べる事になった。
モンスターの一匹や二匹位襲って来てくれれば、その場で捌いて今夜のおかずになったのだが……。育ち盛りの俺としては肉を食べたかったが我慢するしかなさそうだ。
今日のメニューは森に必ずと言っていい程生息している野イチゴと、高い木に生っているリンゴに似た果物、ワッカだ。
ワッカは見た目こそリンゴのようだが、その果汁はトロリと甘く疲れを癒してくれる。
俺は適当なサイズの小石を探し、木の上の方に生っているワッカ目掛けて投げた。
普段ネカー&ネマーで慣らしているだけあって、小石は百発百中でワッカに命中した。
俺は落ちてくるワッカをキャッチし、調理担当の秋留へ渡した。
飛び道具が得意ではないカリューはチマチマと茂みを漁り、野イチゴを採っていた。
念のためキャンプの周りを探索しつつ、獲物も探していたジェットが戻ってきた。
「この周辺には、獣の気配すらありません。森深くにいるとは思えませんな」
秋留が果物の皮をナイフで剥きながら言った。
「おかしいのは、この周辺だけじゃないよ。この森に入ってから一度も襲われてない。いつもならカリューの放つ魔剣ケルベラーの殺気に誘われて、モンスターが集まってくるのに……」
結局その日は一人ずつ見張りを立てて交代で寝る事にした。始めに秋留が見張りに立ち、ジェットが見張りに立ち、三人目で俺が見張りに立つ事になった。
「ふぁ〜〜〜〜〜、早く交代の時間が来ないかなぁ……。ってか何で死人のジェットは眠るんだろうなぁ。死んでんだから睡眠なんて必要ないんじゃないかなぁ……」
俺は一人、文句を言いながら辺りを見回した。いくら昼間に獣に襲われなかったからと言っても気を抜くわけにはいかないし、俺は肉を喰いたい。
その時、右前方の茂みでガサガサと音が聞こえた。
俺はホルスターから素早くネカーとネマーを取り出し構えた。既に硬貨はセットされている。
荒い息を立てながら茂みから出てきたのは……、大型の狼ワイルド・ウルフだ!
俺は生唾を飲み込んだ。こいつの後ろ足は筋肉が発達しており、焼いて食べると大変な美味なのだ。
ワイルドウルフのステーキは美食家である俺の大好物のうちの一つなのだが、貴重品のため数える程しか食べた事はない。市場では大体片足一本十万カリムで売られている超高級品だ。
俺が今、正に、口からよだれが垂れるのを我慢しつつトリガーを引こうとした瞬間、後方でもガサガサと音が聞こえた。
俺はとっさに、左手に持ったネカーをワイルド・ウルフに構えながら、右手に持ったネマーを後方に向けた。
二本の張りのある後ろ足……なんと、後方から現れたのもワイルド・ウルフだった。貴重品であるワイルド・ウルフの足に一晩で二度もお目にかかれるとは、俺はなんて幸せ者なんだ。
俺はとっさに考えた。二匹で後足が四本分という事は、10万カリム×4=40万カリム、という事だ。俺が一人で二本分を食べたとしても、残りの二本を市場で売れば、20万カリムになる。
いやいや、貴重なワイルド・ウルフの肉を苦労もしていない下民共に食わしてやる必要はない。俺がこの場で四本分食い尽くしてくれようか……。
俺が錯乱していると、目の前の茂みから唸り声と共に、蛙と熊を足して二で割ったような外見のモンスター、ポイズンベアが現れた。
身長はカリューよりも高く、大きく開かれた口からは涎を垂らしている。こいつは狙った獲物に対して毒液を吐く事で有名だ。
ポイズンベアの口から垂れた涎が、地面に落ちる度にシューシューと煙が上がっているのが見える。
奴の眼には、ワイルド・ウルフの後ろ足のように、俺の身体が旨そうに見えているのだろう。
俺は、素早い動きでワイルド・ウルフ二匹に構えた銃をポイズンベアに向け、ネカー&ネマーのトリガーを同時に引き、ポイズンベアの眉間と心臓に硬貨を打ち込んだ。
戦闘では、特殊能力を持ったモンスターを真っ先に倒すのが常識だ。
硬貨が命中し、ポイズンベアが断末魔の叫び声を上げる前に、俺は既にワイルド・ウルフ二匹にそれぞれ一発ずつネカーとネマーの硬貨を眉間に打ち込んでいた。
その戦闘が合図となったのだろうか。俺達のキャンプの周りの茂みから一斉に獣の唸り声が聞こえ始めた。
「おい! みんな起きてくれ! モンスターに囲まれちまった!」
俺は次々に茂みの中から飛び出してくるモンスターを倒しながら、仲間が装備を整え終わるのを待った。
「な、なんだこりゃ? なんでこんなに沢山のモンスターに囲まれてるんだよ? ブレイブ! てめぇ、見張りをサボって居眠りしてたんじゃないだろうなぁ?」
テントから装備を整え終えたカリューが出てきてののしった。カリューは早速、襲い来るモンスターを魔剣ケルベラーで切り倒している。
昨日寝る前に一通りタオルで磨いたカリューの装備一式が、あっという間にモンスターの血で汚れていった。
カリューの隣ではジェットがレイピアで華麗にモンスターを捌いている。さすが英雄とされるだけあって、その動きには無駄がない。
それにしても、ここまでモンスターに囲まれていたのに気付かなかったのはおかしい。
盗賊である俺は、常人よりも五感が発達しており、モンスターの息遣いなら25メートル離れていても察知出来る自信がある。
ちなみに敵との距離やモンスターの大きさなどの目方が正確なのも、盗賊としての特徴のひとつだ。もちろん俺は、その辺にも自信がある。
「これは……、悪意の霧!」
テントから準備を終えた秋留が出てきた。寝起きの悪い秋留の眼は、市場でいつまでも売れない魚のような濁った眼をしていたが、頭は働いているようだ。
秋留の隣には銀星とアルフレッドが寄り添っており、時折カリューとジェットの嵐のような攻撃を擦り抜けたモンスターを、強靭な後ろ足で蹴り飛ばしている。
「悪意の霧ですと? 霧に包まれている者の五感を下げる魔術師の技でしたな?」
さすが年長者のジェットというところか。悪意の霧なんていう技は俺は初耳だ。
その霧のせいで、俺は近づくモンスターの気配を察知する事が出来なかったのだろう。
俺がなまけていたのではない事が、これで判明した。
「とりあえず悪意の霧の有効範囲内にいたら駄目! 一点突破でこの場を逃げるよ!」
秋留の指示に従って俺達は荷物をまとめ、モンスターの群れから逃げ出した。
しかし、いつまで走っても悪意の霧の有効範囲から出る事は出来ずに、ただひたすら森を抜けるまで走りつづける事になったのだった……。