出来心で大変な事になりました
今は春だったが、サイバーの小屋の裏にある洞窟の中は冬のようにヒンヤリとしている。
俺達は、残党がいる可能性があるため慎重に行動していたが、特に敵は襲ってこなかった。
目の前にはサイバーの作成した武具が収められていると思われる倉庫の扉がある。
俺は何があるか分からない扉を丹念に確認して、鍵を開けた。
「おお……」
俺は思わず声を上げてしまった。倉庫の中には、これから魔族に手渡される予定であろう武器や防具がぎっしりと詰まっていたからだ。
俺は眼を輝かしながら、沢山の武器・防具を眺めていた。
「これらの武具は処分しなくちゃ駄目だね」
秋留が信じられない事を言った。
「な、なんでだよ? そんなの勿体ないってば!」
俺は必死に訴えかけたが「魔族お抱えの鍛冶屋サイバーを倒し、魔族の戦力を削ぐ事」が依頼の内容だから、サイバーが作成した武具も処分する必要があると言うのだ。
「なぁ〜、頼むよ。一本くらい、いいじゃんかぁ〜?」
俺は秋留の傍にひざまづいて懇願した。
「ブレイブ! てめぇ、また金のために眼が眩んでやがるなぁ!」
カリューは顔を赤くして怒ったが、物を粗末にしたら罰が当たると子供の頃から教育されてきた俺には、処分なんて勿体ない事が出来るはずもない。
10分程粘ったすえ、呆れ返ったカリューと秋留が一本だけ拝借する事を許してくれた。
俺が剣を物色している間は、秋留の持つインスペクターには違う方向を向いてもらう。
どれもこれも逸品揃いだ。中には黄金色に輝く剣もあって迷ってしまうが、俺は一本だけ赤い台座の上に置かれていた真っ黒な剣を選んだ。
俺が選んだ黒い剣以外の武具はカリューとジェットが倉庫から運びだし、サイバーの小屋で未だに熱せられている炉の中に放り込んでいった。
サイバーの倉庫は綺麗さっぱり、武具が片付けられてしまった。
サイバーの小屋の煙突から出ている煙だろう。カリュー達が鍛冶屋の真っ赤に燃え盛る炉につっこんだ武具が溶かされている最中だ。
今から戻れば間に合うかもしれないが、俺が変な気を起さないように、秋留に忠実なジェットがしっかりと見守っている。
俺達はサイバーの小屋近くの広場でドル村へ戻るための準備を始めた。
村長のダイツにも仇を取った事を伝えなくてはならない。もしかしたらお礼をくれるかもしれないが、あの寂れた村には何もないだろう。
準備を終えた俺は、今回の戦利品である黒い剣を取り出し眺めた。
俺が唯一手に入れる事に成功した黒い剣は、重さがほとんどなく、太陽の光を浴びて刀身が光り輝いている。
しかし見た目の美しさとは裏腹に、どこか禍々しい感じがするのは気のせいだろうか。
俺が惚れ惚れと剣を眺めていると、突然目の前の剣を誰かに取り上げられた。
「ちょっと貸せ、ブレイブ!」
俺から剣を奪い取ったのはカリューだった。
剣士としての血が騒いだのだろうか。カリューは眼の色を変えながら、両手で奪い取った黒い剣を構えて、その場で素振りを始めた。
剣士としての腕はかなり高いカリューの素振りは、その禍々しい剣とは裏腹に神秘的な感じがする。
カリューが剣を振るう度に、空気を切り裂く乾いた音が聞こえる。
その時、俺はカリューの握る剣の柄の部分にプレートが貼ってあるのに気付いた。
「おい、カリュー。その柄についているプレートには何て書いてあるんだ?」
カリューは剣を振り回すのを止めて、柄のプレートを見つめた。
「ん……、暗黒騎士ケルベロス様・魔剣ケルベラー……」
カリューが言い終えた瞬間、その名前を呼ばれる事を待っていたかのように、黒い剣から今までとは比べ物にならない程の異様な空気が流れ出てきた。
「だめ! カリュー! その剣を早く捨てて!」
今まで黙って俺とカリューのやりとりを見ていた秋留が、突然叫んだが既に遅かった。
剣を取り上げようと飛び出した秋留の眼の前で、カリューは闇に包まれていった。
「カ、カリュー……」
俺はあまりのショックに言葉が出なかった。だが次の瞬間には闇も晴れ、何事もなかったかのようにカリューが平然と立っていた。
右手には異様な気を発している剣をしっかりと握りながら……。
「全く、信じられねぇよ!」
前を歩くカリューは先程から文句ばかり言っている。
俺達はダイツのいるドル村に向かって歩いていた。
林の中は夕暮れの光に照らされて木々の葉が赤く輝いているが、カリューの持つ魔剣の周辺は太陽の光を吸収してしまっているかのように薄暗い。
カリューは俺がサイバーの倉庫で手に入れた魔剣ケルベラーに呪われたのだ。
一般的な呪いの効果と同様、カリューは魔剣を身体から離す事が出来なくなってしまった。
色々と試した結果、魔剣を身体のどこかに装備しておけば問題ないが、魔剣以外の剣を握る事は出来ない事が判明した。
予備の剣を握ろうとすると、見えない力にカリューの手が弾かれてしまうのだ。
「落ち着けよ、カリュー。その剣、結構似合ってるぜ」
青色の聖なる装備に身を包み、右手に真っ黒な剣を装備しているカリューに向かって言った。
「ブレイブ! カリューをからかわないの! 元はと言えば、あなたが奇妙な剣を倉庫から持ち出したのが悪いんでしょ?」
怒りに顔を真っ赤にし始めているカリューに代わって、銀星に乗って隣を歩いている秋留が静かに言った。
「それにしてもサイバーは性質の悪い剣を作りましたな」
ジェットが銀星の手綱を引きながら言った。
「元々呪われた剣を作るなど……。一体どういう目的で作ったんじゃろうか」
ジェットの言う通りだった。
普通、呪われた装備というのは、主人の悲惨な死により怨念が武具に伝わって作られる。
初めから呪われているのでは、誰も装備したがらないのではないだろうか……。
それからドルの村を目指して歩いていたが、行きと比べてモンスターの出現率が高かった。夜遅くなってきたからだろうと判断した俺達は、特に気にすることもなく襲い来るモンスターを討ち倒していった。
カリューの持つ魔剣は見た目は禍々しかったが、その威力は凄まじく、実体のないゴーストのようにモンスターを軽々と切り裂いていった。
ドルの村に着いたのは、初めてこの村に来た時と同じ深夜だった。
ダイツのいる宿屋の扉の取っ手は、俺達が壊したままとなっている。
ジェットが木の扉に手を掛けた時、またしても中から銃身が姿を現した。
「あ、あのジジィ! ボケてんのか!」
俺は叫んだが、遅かった。
ショットガンの威圧感のある発砲音と共に、ジェットがうめき声を上げて吹き飛んだ。
俺は木の扉を蹴って開けると、ネマーをホルスターから抜いてダイツの顔の目の前に構えた。
「おい! ジジィ! どういうつもりだ!」
俺はキョトンとしているダイツの目の前で聞いた。
「あ、あんたらだったのか……。あまりにも妖しい気を感じたんで、つい魔族かと……」
俺は無言でカリューの持つ魔剣ケルベラーを見つめた。
翌日も雲一つない青空だった。
「さて、次はどこに向かう?」
カリューが地図を広げてメンバーに問いかける。今は宿屋の部屋で作戦会議を行っている所だ。
「ちょっと良いですかな?」
パーティーの作戦会議にダイツが口を挟んできた。全く、これだから素人は困る。
「何です?」
カリューが顔を上げてダイツを見る。若干、非難の色が浮かんでいるのは呪われて色々イライラしているためかもしれない。
「い、いや、差し出がましいとは思うのですが……」
「気にしなくていいですよ」
秋留が優しく言った。秋留は本当に優しいな。
「カリューさんのその剣……。どうするおつもりですか?」
俺たちパーティーが怖くて敢えて触れていなかった話題にダイツは触れた。それはそれで助かったかもしれない。
「その辺の村にいる司祭にでも頼んで呪いを解いてもらうさ」
カリューはぶっきらぼうに答えた。
「もし司祭でも呪いを解く事が出来ないようなら、アステカ大陸にあるガイア教会本部を目指した方がいいでしょう」
「……大陸中央に位置するアース・プレイヤ教会ね?」
秋留がマップも見ずに言った。一度行った事があるのだろうか?
「ふ〜む……それなら船に乗ることになりますかな? まずは港町を目指して進みますかのぉ」
カリューが再び地図を覗き込んだ。
「それじゃあ、街道を港町ヤードに向けて進もう……そうすると次の目的地はワンドナだな」
俺達は早速ドルの村を発ち、サイバーを倒した報酬を受け取るため、そしてアステカ大陸に渡るためにワンドナを目指す事にした。
「住人の仇を取ってもらい、ありがとうございました」
ダイツは言った。俺の予想していた通り、御礼の品は無さそうだ。
「まずは魔族に殺された住人を弔い、ドルの村を少しずつ復旧させていきます」
「今度からは外の様子を正確に窺える家に住むといいんじゃないかのぉ」
腹に二発のショットガンの弾丸を受けたジェットが言った。
ダイツは汗を拭いながら謝った。
「では、そろそろ出発します。色々ありがとうございました」
秋留が言った。いつもはパーティーのリーダーであるカリューの言う台詞なのだが、魔剣に呪われたカリューは不機嫌だった。
最後に俺たちはダイツに礼を言うと、ワンドナ目指して出発した。
ワンドナへは馬車で五日程の距離にある。街道を進めるためモンスターの出現率もそれ程高くないだろう。
……と思っていたのだが、予想以上にモンスターに襲われる回数が多かった。
「珍しいですな」
ジェットがポツリと呟いた。そのジェットの視線が一瞬、カリューの持つ剣に向けられたのを俺は見逃さなかった。
やっぱりあの黒い不気味な剣のせいなのか。
モンスターに襲われる回数が多かったせいか、ワンドナの町が見えてきたのはドル村を出発してから7日が経過した朝だった。
「もう身体痛いしお風呂に入りたい〜」
秋留が元気良く馬車から飛び降りた。
「じゃあ俺達は宿屋を探してくる。ブレイブは魔族討伐組合に行っといてくれ」
カリューが元気良く言った。7日の馬車旅で落ち込んでいたカリューも若干元気を取り戻したようだ。
魔族討伐組合担当の俺は他のメンバーと別れてこの町にある組合の営業所目指して歩き始めた。
魔族討伐組合でサイバーを倒した報奨金を受け取ると、パーティーのメンバーで山分けした。魔族二匹を倒したのがインスペクターにより報告されたため、報奨金も倍以上になった。お陰で俺の懐はホクホクだ。
俺たちは疲れきった身体をベッドに投げ出すと速攻で眠りに落ちた。
翌日、教会に行き司祭に解呪を頼んだが、カリューの剣の呪いが解かれる事はなかった。そんな単純なものとは思っていなかったが、やはり簡単に解呪出来ないとなると色々心配な事も出てくる。
司祭が言うには「レベルが低くて解呪の効き目が薄かったのかもしれない」という事だ。
仕方なく俺達はダイツの提案通り、ガイア教会の本部を目指す事にした。