盗難事件
俺たちパーティーが護衛する事になったカハクのルン。
カハクとは妖精の種族の一つで、木の妖精らしい。自殺した者達の魂が木に集まってカハクになるという、悲しい生まれをもっているらしいのだが……目の前のカハクのルンにそういう暗い面は見えない。
「私は妖精として生まれ変わったの。生前の事なんて忘れて楽しく生きていこうと思って!」
楽しそうに話しているが、どこか寂しげな感じがするのは気のせいだろうか。
馬車は次の街、ヴィーンへの街道を順調に進んでいる所だ。しかし季節の移り変わりは早いらしく、日増しに寒くなっているように思える。
ちなみに今日で花の都ファリを出発してから五日目になる。
「ルンはそんな格好で寒くないの?」
毛布にくるまりながらクリアが聞いた。
「う〜ん、私は寒くないんだけど、妖精族にも寒がりとかいるから……個人差とかあるんじゃないかなぁ?」
ルンは生まれてからまだ三ヶ月らしい。勿論、妖精として生まれ変わってからだが。生前は一体何歳だったのだろうか。
「信じられませんなぁ。見ているだけで寒くなりますぞ」
御者席から孫達の会話に聞き耳を立てていたジェットが言った。俺は寒さに震える死人の存在の方が何倍も信じられない。
「それにしても、次の街まで八日かぁ」
俺は一人呟いた。八日間も馬車移動が続くと思うと気が遠くなりそうだ。途中に小さな村などはあるのだが、この大人数が泊まれるような場所は無いだろう。という訳でこんな長旅をする事になってしまった。
「長いけど頑張ろうね」
「おう!」
俺の独り言が秋留にも聞こえたようだ。思わぬ励ましに自然と体中にエネルギーがみなぎる。
ルンが一時的にパーティーに加わった事で、秋留がクリアの独占から若干解放されたようだ。こうして俺の隣で仲良く会話をするのも久しぶりな気がする。
「何泣いてるの?」
「え? いや、目にゴミが入ったみたいだな……」
「ふぅ〜ん」
感動し過ぎて少しウルウルとしてしまったようだ。久しぶりに落ち着いているからなぁ……。
「そろそろ休憩しますかな?」
太陽の位置は真上に到達しようとしていた。昼前位だろうか。休憩には丁度良さそうだ。
ジェットは少し開けた広場に馬車を止めた。
早速クリアとルンが仲良く馬車から飛び出し、その後を追うようにカリューと紅蓮が続く。重い荷物を背負ったシープットも馬車を降りる。
……すぐ近くで休憩するだけなんだから、荷物は馬車に置いておけば良いのに……これが執事根性というものだろうか。
「また果物が食べたいな」
クリアがボソリと言った一言が聞こえたのだろうか。執事のシープットの眼が「カッ」と開かれたと思うと森の方へと走っていった。
……キョロキョロと俺に目配せをしながら。
そうだよな、あいつ一人じゃ危険だよな。
俺は装備を確認するとシープットの消えていった方に合わせて走り始めた。
「何だか体が重いなぁ」
「そりゃ、私が背中につかまっているからじゃないかな?」
独り言のつもりが後方から返事が返ってきた。
振り返るとルンが俺の背中にしがみ付いているのが見えた。
……妖精という種族が特別なのだろうか。妖精は俺の五感に引っかからない場合が多い。やたらと神出鬼没過ぎる気もする。
「俺の背中で何をやっているんだ?」
シープットの背中が見えた。俺の姿を確認して少し安心したようだが、俺の背中のルンに気付いて少し唖然とした顔をしている。
「美味しい果物でしょ? この妖精ルン様に任せてよ」
「! それは、それは、ありがとうございます、ルン様」
シープットが礼を言っている。誰に対しても礼儀正しい奴だ。そんなんで疲れないのかな?
素直に御礼を言われたルンは、機嫌を良くしたらしくスキップしながら辺りの茂みなどを漁り始めた。
「この木の果物は美味しかったはず……」
はず?
少し不安な台詞を発したルンだったが、目の前の木に手をかざし始めた。何をする気だ?
「果物を少し分けて?」
ルンがそう言うと、木の葉がザワザワと揺れだして、俺たちの目の前に大きく実った果物が三つ落ちてきた。
「な、何をしたんだ?」
俺とシープットが驚いていると、ルンが得意げに胸を反らして説明し始めた。……お、おい、あまり胸を強調するな。
「知らないの〜? 妖精族の中にも色々な種族がいて、私は木の妖精なの。だから木々とはお話出来るし、こうやって果物を分けてもらう事も出来るの」
『へ〜』
思わずシープットと声がかぶる。妖精族にはそんな能力もあるのか。
それからルンが十個程果物を選んで俺たちは馬車のある広場へと戻っていった。
「お! 早かったですな」
戻ると丁度ジェットがミニテーブルに人数分の紅茶セットを用意している所だった。クリアの影響か、最近ジェットのお茶セットに紅茶が含まれる事が多くなった。
……カップが二つ程多いが、奴らの分はいらないだろう? お供え物か? そういう意味だとジェットが紅茶を飲むのも同じ考え方かもしれない。混乱する。
「ルン様が手伝って下さいましたから」
あくまで腰の低いシープットが言った。
俺たちは簡単にスープで昼食を取ると、先程採ってきた果物を食べ始めた。
「……この果物は以前食べた爆発するものに似てますな……」
そう。
ルンが木に語りかけて採った果物は、以前食べたバンバーンに見た目がそっくりなのだ。だから誰も食べようとしなかったのだが……。
どうやら不死身のジェットが先陣を切るようだ。
「……どれ、ワシが一口……」
思わず全員遠ざかった。果物を採った本人も嫌な予感がして思わず逃げる。
そして、辺りの大気が震えた。
「……ごめんなさい」
食事を終えた俺たちはボロボロになったミニテーブルやら粉々になった食事セットを片付けて馬車へと乗り込んだ。今は次の町へ向かう馬車の中。目の前ではバンバーンをジェットに食べさせたルンが平謝りしている。
「しょうがないですな、ルン殿は妖精になってまだ短いですし……」
まぁ、ジェットに毒味をさせた俺たちも同類かもしれないが、さすがに死にたくないしな。
それからの旅は、小さな戦闘などはあったものの何事もなく進んだ。
そして七日目の朝を迎えた。
「おはよう、ジェット……」
俺は近くの川で顔を洗ってきて、最後の見張り当番で早朝から起き続けているジェットに挨拶をした。森が多いせいか、川の水は綺麗で冷たくて美味い。
「おはようございます、ブレイブ殿。よく眠れましたかな?」
「いや……どうにも寒くて何回も目が覚めたよ」
体温調整が苦手な俺は、寒がりで暑がりだ。他のメンバーもぞくぞくと起きてきたようだ。
『もう馬車疲れた〜』
クリアとルンが声を合わせて不満を口にしている。
「早ければ明日には到着するから。頑張ろうね、クリア、ルン」
まるで妹が増えてしまったかのように秋留が二人の相手をしている。
今日の朝食はジェット特製のおかゆだ。
見張り最後のジェットは時間がある時は朝食を作って待っていてくれる事が多いのだ。……お年寄りが好む料理が多いのが玉にキズだが。
クリアやルンも毎朝の健康食事には若干、飽きつつあるようだ。
朝食を終えた俺たちは再び馬車での移動を開始した。最初の頃は元気に無駄話をしていたクリアとルンもさすがに疲れたらしく、大した会話も無く、ただ外を眺めているだけだ。
果報は寝て待て。
俺は暫く休む事にした。冒険者の基本、休めるときには休む。いくら熟睡していたとしても俺はモンスターや魔族の気配は察知出来るため問題も少ない。
「!」
俺は魔物の気配を察知して飛び起きた。太陽の位置からすると時間はそれ程経っていないようだ。
「ジェット、ストップだ! 前方からモンスター数匹が接近中!」
俺の叫び声でうたた寝していた他のメンバーも目を覚ましたようだ。
俺は馬車を守るように御者席から前方へと飛び出した。ジェットは既に武器を構えて前方を睨みつけている。
「……三匹だな。スピードがありそうだ、油断するなよ」
どうやら相手も馬鹿ではないようだ。こちらが警戒した途端に向こうもあまり行動しなくなった。
「!」
俺は咄嗟にクリアを突き飛ばした。クリアの立っていた場所に矢が突き刺さる。
「あ、ありがとう、ブレイブ!」
押し倒し方が少し乱暴だったかもしれないが、気にしない。
俺はネカーとネマーを構えて、矢が飛んできた方向を観察した。木の陰に隠れているようだが……。
「そこっ!」
俺は葉の擦れる音を察知して、後方の茂みに硬貨を発射した。断末魔の叫び声を挙げて、緑色の体をしたモンスターが倒れてきた。手には弓を握っている所を見ると、知能の高い種類のモンスターのようだ。
「大地を走るノームよ、我に仇名す者を闇へと引きずり落とす軌跡を描け……」
秋留が魔法の詠唱を始める。
「アースクラック!」
呪文と共に地面に亀裂が走り、その亀裂がそのまま茂みの向こうへと走っていった。と思ったのも束の間、亀裂が勢い良く破裂し、茂みから別の緑色の体をしたモンスターがボロボロになって倒れてきた。
「ブレイブにばっかり良い格好させないよ?」
そう言って、杖を格好良く構えなおした。……可愛い!
残りは一匹か。どこにいやがる。
「きゃっ」
叫び声で俺は後ろを振り返った。あの馬鹿妖精! よりによって戦闘から逃れるために茂みに隠れていたのか! 後方からモンスターに襲われたらしく、茂みから慌てて飛び出してきた。
「何やってんだ!」
「うわ〜ん、虹色蜥蜴の粉、盗られた〜!」
ちっ! よりによって重要アイテム盗られやがって! 俺は他のメンバーに待機の合図を送るとルンが出てきた茂みに突っ込んだ。
「……あっちか?」
武器を構えながら茂みを駆け抜ける。細かい枝や草が体を細かく打ち付けてきた。
「!」
咄嗟に飛んできた矢を片手で受け止める。相手モンスターが唖然としている一瞬の隙をついて眉間に硬貨を打ち込んだ。
……ちなみに飛んできた矢を受け止めるなんていう芸当は、そうそう出来るものではない。いや、正直マグレ? 運が良かった? としか言えない。
俺はモンスターの死体の脇に転がっている小さな袋を覗き込んだ。虹色に輝く粉、ルンのものだろう。
……これは高価なものだろうか? モンスターが襲う位だしな。取り返す事が出来なかった、という事にしてしまおうか。誰も見てないしな、へっへっへ……。
い、いや、さすがにそれは不味いだろうな。秋留にバレたら相当嫌われそうだし。秋留の事だから俺の嘘などすぐに暴いてしまいどうだし。
……? モンスターがこんな粉をなぜ狙った?
俺は疑問に思いつつ馬車のあった場所へと戻ろうとした。
「?」
辺りがやたらと濃い霧に包まれている。身動きも出来そうにないくらいに。