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妖精ルン

 俺達は少し歩いて森の別の場所にやってきた。この辺りはまた別の花々が咲き乱れている。


「良い香り……」


 秋留は地面に咲いている花の香りを嗅いでいる。絵になるなぁ。


「この辺にはモンスターは居なさそうですな」


 ジェットが辺りの雰囲気を観察しながら言った。

 確かに少し神聖な感じがするが、この大陸に限ってはあまり常識を信じない方が良いかもしれない。



「助けて〜」

「!」


 近い場所からだが、やたらと小さな叫び声が聞こえてくる。妖精だろうか?


「ジェット付いてきてくれ!」


 俺の反応を見た秋留はクリアを守るように防御体勢を取る。ジェットはマジックレイピアを構えて俺の後方に回った。


「木や枝が邪魔だな」


 文句を言いながら茂みを二つ程駆け抜けると、目の前に小さな獣道が現れた。


「いてっ!」


 俺の膝に何かがぶつかってきた。

 地面を見るとほぼ裸に近い小さな女が目玉をクルクルと回して倒れている。見た目からすると妖精だろう。

 その向こう側からは茶色の石を削って作られたようなモンスターがドスンドスンと飛び跳ねながら近づいてくる。足はない。顔が長く、あごは極端に突き出ている。


「モヤイ……ですな。任せて下され」


 ジェットが石像モンスター、モヤイに突っ込んで行く。


 迎撃するようにモヤイが少し高く舞い上がった。ジェットを押しつぶそうとしているようだが、チェンバー大陸の英雄とも言われているジェットを甘く見てはいけない。


 難なくモヤイの攻撃を交わすと、後方に回ったジェットが両手で構えたマジックレイピアをモヤイに付き立てた。その直後にモンスターが小さな爆発と共に吹き飛ぶ。


「うむ」


 ジェットは辺りに他のモンスターがいない事を確認するとレイピアを鞘に収めた。

 ジェットの装備しているマジックレイピアは魔力をこめることにより威力が上がる珍しい武器だ。


「妖精だな」

「ですな」


 俺の元に近づいて来たジェットと一緒に地面に倒れている妖精を眺めた。今まで散々痛い目を見てきた俺とジェットは妖精と関わるの避けたい所だったが……。


「う、う〜ん……」

「ちっ、気付いたか」

「そうですな。秋留殿に見せて回復をお願いしますかな」


 ジェットが小さな女の子、と言っても見た目が小さいだけで顔の作りや体の作りは子供のようには見えない、を腕に抱きかかえ、俺たちは秋留の元へと一緒に戻って行った。



「! その子は?」

「モンスターに追われていたので助けました」


 心配そうに秋留が妖精の顔を覗き込んでいる。


「妖精さんだね、ナイスバディだわ」


 クリアがほぼ全裸の妖精の体を眺めている。恥ずかしい奴だ。


「う〜ん、ちょっと頭を怪我してるみたいだね」


 秋留が妖精の茶色の髪を掻き分けて怪我を調べている。頭の怪我はさっき俺の膝にぶつかったのが原因かもしれない。


「妖精の回復なんかした事ないしなぁ。私の回復魔法は危険かも……。ジェット?」


 秋留は回復魔法を主とした神聖魔法を唱える事が出来ない。ラーズ魔法やネクロマンシーにある回復魔法なら唱える事が出来るのだが、確かに神聖な感じのする妖精相手には少し危険そうだ。


「む、むぅ。そうですな。ではワシが……」


 ジェットは生前聖騎士だったために回復魔法を唱える事も出来るのだが……。


「我が神……ガイアよ……」


 草の上に横たえられた妖精に向かってジェットが神聖魔法を唱え始めた。その途端にジェットの体から白い湯気が立ち上り始める。


 ジェットは死人である。神聖からは遠い存在であるジェットは神聖魔法を唱えると拒否反応からか、激痛と共に体から湯気が上がる。酷い時では体が灰と化してしまうのだ。


「この者に癒しの力を……癒合の雫!」


 ジェットの魔法が妖精の体を淡い光で包んだ。


「ふ、ふううううう」


 ジェットが大きく息を吐いた。


「お疲れ、ジェット」


 ニッコリと秋留が微笑みかける。俺にも微笑みながら言ってくれ。


「少し休んでおるですじゃ」


 ジェットは少し離れた木の根元に横になった。暫くすると静かな寝息が聞こえ始めた。……昼寝したかっただけじゃないのか? いつもは神聖魔法を唱えたすぐ後に寝るなんて事は無かったからなぁ。


「う、う〜ん」


 妖精が眼を覚ましたようだ。


「きゃ!」


 全員に覗き込まれていたのは、さすがに驚いたようだ。


「大丈夫?」


 秋留が優しく話しかけた。その声に逃げようとした腰を落ち着かせて妖精が秋留の顔を見上げた。


「あなたが助けてくれたの?」

「私達、ね」

「……」


 妖精が俺達の顔を見渡す。俺の耳元で「ピシピシッ」と聞こえるという事はツートンとカーニャアも妖精を覗き込んでいるようだ。


「あ、ありがとう……」


 素直に礼を言っているということは、少しはまともな妖精だという事だろうか。


「どうしてモンスターに追われていたの?」


 秋留が聞く。


「ちょっと楽しようと思ってモンスターの背中に乗ってたんだけど……バレタみたい」


 ま、これ位ならまだまともな妖精と思っていいだろう。妖精にとって何かに便乗するのは常識のようだから……。


「気をつけてね」


 秋留は妖精の肩に乗っかっていた草を払い落として言った。


「……貴方達、冒険者よね?」


 妖精が再び俺達の顔を見渡す。


「そうだよ! レッド・ツイスターっていう有名な冒険者なんだよ!」


 クリアは自慢しているが、お前はレッド・ツイスターではないぞ。正式なパーティーとして登録もしていないしな。


「お願いがあるの!」


 きた!

 厄介な事になる前に断ってしまおう!


「おい……」

「何でも言って! 困ったときはお互い様だよ!」


 俺の台詞を遮ってクリアが元気に答える。


「諦めなよ、ブレイブ」


 秋留に励まされてしまった。どうやら妖精のお願いを聞く事になりそうだ。


「冒険者を雇うお金を使ってしまって自力でミルクタウンまで行かなくちゃいけなくなってしまったの」

「何に使ったんだ?」


 俺はすかさず突っ込む。


「う……ぼ、募金よ!」

「ほう……あんたが纏っている羽衣の、裾についている真新しい値札タグは何だ?」

「え? あ!」


 目の前の妖精がオロオロし始めた。妖精用の服屋でもあるのだろうか。羽衣に三十万カリムと書かれたタグがぶら下がっている。高い買い物しやがったな。


「ブレイブってやりたくない事とかお金の事になると不思議と頭の回転が速くなるよね」

「え? そうか?」

「……褒めてないよ」


 秋留に褒められた気がしたのだが、褒められた訳では無かったようだ。

 俺は目の前の怪しそうな妖精に視線を戻した。

 若干、涙目になってきたように見える。泣き落とし作戦か?


「そうよ! 悪い? 可愛かったんだもん!」


 開き直りやがった。俺が白い眼で見ていると目の前の妖精が大声で泣き出した。


「ふええええん……ふええええん」


 見た目は小さいが作りは大人、しかし中身はクリアと同じ扱い難い子供のようだ。


「あ〜、ブレイブが女の子泣かした〜」


 うう……。泣くとは卑怯だぞ。まるで俺が悪者みたいじゃないか。


「ミルクタウンと言ってましたな……」


 いつのまにか起きてきたジェットがアステカ大陸の地図を広げた。


「ふぅ〜む。少し遠回りですが、サン・プレイヤ教会のあるアームステルへの街道の途中にありそうですぞ」

「……御礼とかあるのか?」


 妖精の願いを聞く事は許すとしても、こればっかりは譲れない。返答次第によっては頑張りっぷりも大分変わってくるのだが……。


「ブレイブ〜」


 秋留も呆れているようだ。


「……御礼ならミルクタウンの長老にお願いすれば貰えるかも」


 そう言って、腰の小さな袋を差し出した。中には虹色に光る粉が入っている。


「綺麗な粉だね」

「うん、虹色蜥蜴の粉だよ。この大陸でしか取れないの。これをミルクタウンの長老に持っていかないといけないの」


 ほう、長老か。それはなかなか良い響きだ。金は持っていないが、珍しいアイテムを持っているような気がする。


「ブレイブも納得した事だし、妖精さんのお願いを聞いてあげる事にするわ」


 ニッコリと秋留が微笑む。その隣でクリアも同じように微笑んでいる。クリアの場合は途中でまた別の街にいけることが嬉しくてしょうがないのだろうな。


「じゃあ、さっそくミルクタウンに出発だ〜!」

「待て!」


 静止した俺を恨めしそうにクリアが睨みつけてくる。


「その怖い眼で睨むなよ……依頼はどうした? 忘れたのか?」

「そんなの放っておいて行こうよ!」


 俺とクリアのやり取りを黙って聞いていたジェットが口を開く。


「クリア殿……物事を途中で投げ出してはいけません。困ったときは逃げるという悪い癖が付いてしまうですじゃ」

「う……」


 俺以外の言う事はクリアも素直に聞くんだよなぁ。


「それに」


 ジェットが続ける。


「冒険者は一度請け負った依頼を投げ出す事は、基本的に許されてはいないのですぞ。困っている人を放っておく事になりますからな」

「は、はぁ〜い。ごめんなさい」


 どれだけ今まで甘やかせて育てられたのか分からないが、コイツを再教育するのは大変そうだ。


「じゃあ、早くウマックの角を後三本見つけないとね」


 クリアが元気を取り戻したようだ。上がり下がりの激しい奴め。


「ウマックの角を探しているの?」


 先程助けた妖精が俺たちの間に割って入ってきた。


「そう。妖精さん、何か知っているの?」


 秋留が聞く。


「ルン……って呼び捨てで良いよ。私はカハクのルン」


 カハクのルン? カハクとは妖精の種類だろうか。話の骨を折るのも気が引けるので後で聞く事にしよう。


「ルン、それでウマックの角について何か知っているの?」


「ふふ、こっち来て」



 そう言ってルンが歩き始めた。俺の膝位までの身長しかないルンだが、意外と歩くのは早い。

 ルンが進む速さに合わせて俺たちも森の奥へと入っていった。

 その途中で、これからしばらく一緒に行動することになったルンの自己紹介が行われた。


「ブレイブは盗賊なの? ……お金にガメツそうだもんね。ぴったり」

「そうなの〜! ルン、よく分かってる〜」


 ルンとクリアが仲良く喋っている。

 何てこった、まるでクリアがもう一人増えてしまったかのように見える。悪夢だ。


「あ、ここだよ」


 そう言ってルンが一本の太い木の前で止まった。目の前の大木に何かが突き刺さっている。


「この種類の木、サグスの木っていうんだけど、ウマックは角が生え変わる時期にこの木に古い角を突き刺して抜いてしまうの」


 俺は近づいていってサグスの木に刺さっている角を引き抜いた。


「少し古いみたいだな、これじゃあ依頼品にそぐわない」

「他にもあるはずだよ、皆で探してみよ」


 秋留が言った。

 俺たちは手分けをして木の周りを回り始めた。このサグスの木は十人程の人間が手をつないでやっと囲める位の太さだ。


「これなら大丈夫そうだ」

「これも良さそうですぞ」

「これも真新しくて良いみたい」


 こうして依頼を受けて二日目にして、見事ウマックの角が十本集まった。


 ……結果から言って、クリアは二日で十万カリム稼げた事をどう思うのだろうか。「楽勝」などと思われてしまったら元も子もない。


「ルン、ありがとう〜。ルンのお願いを聞いて正解だったみたい〜」

「ううん、こっちこそ、ミルクタウンまでの護衛を引き受けて貰えて凄く嬉しい!」



 俺たちは新たなメンバー、ルンを加えて依頼品を渡す為に花の都まで戻ってきた。


「ウマックの角、十本で十万カリムになったぞ」


 ここは宿屋のロビー。

 俺たちはロビーのソファ等に座ってくつろいでいる。俺は依頼人から手渡された十万カリムの入った銭袋をテーブルに置いた。


「あれだけ苦労して十万カリムかぁ。お金を稼ぐのって大変なんだね」


 やっとクリアにも金の大事さが分かったようだ。ジェットをはじめ、クリア以外の全員もほっと胸をなでおろす。


「これで心置きなく次の街に進めるね」


「秋留お姉ちゃん、次の街は何の街?」


 ジェットがテーブルに地図を広げた。


「……ヴィーンと書いてありますな」

「別名、音楽の街って言うんだよ!」


 背伸びをしてテーブルの上を必死に覗いていたルンが言った。


 そうか。ルンは妖精だからこの大陸の事は色々知っていそうだ。

 これはこれからの冒険が楽になりそうだわい。ひっひっひ。

 ……と嬉しさに思わずキャラが変わってしまった。本当に変な妖精と関わるのは勘弁したいからなぁ。


「ルンは行った事があるの?」

「ううん、噂に聞いた事があるだけ。アタシはミルクタウンにも行った事がないの」


 ガクッ。

 あんまり役に立たないかもしれないな。いや、いないより何倍もマシなんだろうな。


「じゃあ、楽しみだね〜」

「うん!」


 クリアとルンが仲良く話している。それを傍で優しい顔をして見守る秋留。何かを思い出しているのだろうか。


 俺たちは明日の出発のために早めにそれぞれの部屋へと戻っていった。

 ちなみにルンはクリアと同じ部屋だ。まぁ、仲が良さそうだったから当たり前だな。

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