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外道のクリア

「今のペースで行ったら、こんな事を五日も続けなくちゃいけないじゃない!」


 その日の夕食。


 クリアのストレスが少しでも解消されるようにという願いも込めて、俺達は食べ放題の焼肉を頬張っていた。

 食べ放題だと思うと損をしないように沢山食べようとしてしまうのは俺の悲しい性なのか。


「金を稼ぐのは大変なんだぞ」


 俺は箸でビシッとクリアを指して言った。


「何かブレイブに言われるとムカツク」

「……」


 不思議とクリアには色々と嫌われているようだ。


「ここは色々頭を使わないと駄目そうね」


 秋留の真似事のようにクリアが頭を使うなどと言い始めた。ウマックを頭突きで倒そうという算段だろうか。気性の荒いクリアならやりかねない。


 その後、俺は限界を超える勢いで肉を食べ続けた。冒険者の基本は、食べれる時に食べれるだけ食べる、だ。俺以外のメンバーもひたすら肉を食べ続ける。秋留はバランス良く野菜も多く食べているようだ。



「うっぷ」

「ブレイブ、食べ過ぎ」


 秋留が俺の膨れた腹を見ながら心配してくれているようだ。

 俺は少し気持ち悪くなりながら宿に戻った。


「……はぁ」


 俺は始終、クリアが静かに食事をしていた事を思い出して、少し不安にかられながら俺は眠りについた。何か起きなければ良いが。




「ふっふっふ」


 翌日、宿を出た俺達の耳に聞こえてきたのは不気味な笑い声……クリアが笑っているようだが、とうとう可笑しくなってしまったか。


「哀れな目で見てるわね」

「とうとう可笑しく……」


 みしっとクリアの蹴りが俺の脇腹に突き刺さった。こいつ、武道家としてもやっていけるんじゃないのか?


「失礼ね! 今日は昨日のようにはいかないわよ! まずは一匹、ウマックを生け捕りにするの!」


 俺は秋留の方に眼をむけた。

 首を横に振っている所を見ると、クリアが何をしようとしているのかは知らないようだ。



 俺達は昨日とは反対側の森へと向かった。今回も徒歩での移動だ。


 クリアは昨日の食事の時の大人しさとは全く違い、目をギラつかせてやる気マンマンと言った感じで辺りを窺っている。


「ウマックちゃん〜どこ〜」


 やはり可笑しくなってしまったようだ。秋留も心配した顔でクリアを見つめている。


「ウマックちゃん〜出ておいで〜」


 ……秘策でも考えていたのだろうか。目の下にクマを作ったクリアの顔は正にバーサーカーだ。

 その危険な罠にはまるかのように、暫くすると前方からモンスターの気配が近づいてきた。


「前方だ……距離は二十メートル位だな」

「ウマックちゃん?」

「……とりあえず四足歩行だが、そこまでは分からない」


「使えない奴」


 クリアの性格の悪さは相変わらずだが、俺に対する態度もそろそろ慣れてきたな。これが秋留に言われた台詞だとしたら、再起不能におちいる所だが。


「カリュー、紅蓮、ウマックなら殺さずに生け捕りにして」


 クリアの台詞にカリューと紅蓮は黙ってうなずくと、左右に分かれ茂みに隠れながら標的に向かって静かに歩き出した。


「フオーン!」


 暫くすると茂みの中から昨日聞いたウマックと同じ鳴き声が聞こえてきた。どうやらクリアの罠にかかってしまったようだ。


 一体、何をされてしまうんだろうか、哀れなウマック……。同情せずにはいられない。


 俺達が声のした方に近づいていくと、カリューの爪を顔の目の前に突き立てられたウマックが大粒の涙を流しながらプルプルと震えていた。更に同情を誘う。


「カリュー! 紅蓮! 離れて!」


 突然、クリアが叫び、ウマックに抱きついた。

 唖然とする俺達。俺達以上に意味不明な顔をしているウマック。


「大丈夫だった? 手荒な事はするなって言っておいたのに」


 生け捕りにしろ! という手荒な命令は聞いた気がするのだが。

 クリアが優しくウマックの頭を撫でる。上辺だけの優しさだが、ウマックは騙されて落ち着いてきたようだ。


「私達はウマック保護協会。ウマックの素晴らしさを理解して、世の中のウマックをもっと大切しようとしているの」


 そんなピンポイントな保護協会があってたまるか! などと突っ込みを入れる気にもなれない。それが一晩考えた末の作戦なのか?


「フォン……」


 さすがにウマックもあまり信じていないようだ。


 するとクリアがシープットを呼んでドデカイ鞄から何やら取り出した。……馬用の高級御飯のようだ。そんなの銀星でも食べた事がないはずだぞ。

 その袋を開けて目の前に差し出す。


「まずは仲直りの印に食べて」


 優しい声を演出している。この辺の声の使い方は秋留にそっくりだ。真似しているに違いない。


「幻想士としてもやっていけそうだね」


 秋留が感心している。


「感心している場合か?」

「あはは……」


 俺の突っ込みに秋留が笑って誤魔化す。いつもと逆だな。


 ウマックは相当腹が減っていたのだろうか。「フォーン」と喜びの鳴き声を上げながら目の前の高級御飯を無心で食べ続けている。


「ウマックちゃん、貴方だけこんな美味しい思いをしてたらバチが当たっちゃうよ? 仲間は近くにいないの?」


『……』


 俺達は一同絶句した。

 まさかそんな酷い作戦を……。

 いやいや、俺たちが思っているような酷い事はしないに違いない。そう思いたい。


 しかしそんな残酷なシナリオが頭に描かないウマックは小さく鳴いた。同族の仲間を呼んだのだろうか。

 暫くすると恐る恐る茂みからウマック達が現れ始めた。警戒して俺達の方にはまだ近づいてきてはいない。


「まぁ……一、二……四……か。ちっ」


 悪魔の舌打ちがクリアから聞こえたようだが、最早止めさせる気になれない。とりあえず、ここに集まったウマックは全部で五匹という事は、昨日のと合わせて七匹か。


「皆、集まって。怖くないよ。皆で仲良く御飯を食べよ?」


 クリアは高級御飯を辺りに広げ始めた。

 エサに連られてウマック達が更に近づいて来る。まるで「大丈夫だぞ」という様に仲間達を呼んだウマックが小さく鳴いた。


 それで安心したのだろうか? 空腹に負けたのだろうか? ウマック達は夢中で御飯を食べ始めた。

 ……そして待っていましたとばかりに、必死に食事をしているウマック達の周りをカリューと紅蓮が取り囲んだ。


「美味しい?」

『フォオオオオン』


 全ウマックが嬉しそうに鳴いた。その鳴き声が悲痛な鳴き声に変わるのは時間の問題だろう。


「……で、お腹も一杯になった事だし、ちょっとお願いがあるんだけど……聞いてくれるよね?」


 聞いてくれるよね、は脅しだ。しかも般若のような顔をして言っている。何てコロコロと変わる表情だろうか。

 一匹、逃げ出そうとしたウマックの後方ではカリューが涎を垂らしながら凄みを利かせていた。ウマック達は観念したようだ。

 ……これは詐欺だな。美味しい話には絶対毒があるものだ。


「角を……保護の一環として欲しいんだけど」

「フ、フォン!」

「嫌? でもまた生えてくるでしょ? 生きていればね……」


『……』


 思わず俺達の肌に鳥肌が立つ。

 こいつは覇王なんていう器じゃない。魔王、そう魔王だ。いや、魔王の方がまだ優しいかもしれない。


「……道を踏み外さなければ良いけど」

「危険ですな」


 秋留とジェットが不安そうに話合っている。


「お嬢様、いっそう力強くなられて……」


 シープットは嬉しそうだ。コイツがこれじゃあクリアも変わらんわな。


「そう、うんうん。やっと理解してくれたのね」


 俺達が唖然としている間にクリアはウマック達を落とし終えたようだ。ウマックの顔が蒼白に見えるのは決して気のせいではないだろう。


「ブレイブ! 角だけ切り落とせる?」

「はいはい……」


 俺は腰から短剣を引き抜くと生きる気力を失ったかのような顔をしているウマック達に近づいていった。


「悪いな」


 俺はモンスターに同情しながら角を切り落としていった。

 ダークサーベルだっけかな、この短剣は……。固そうなウマックの角も草を刈るように軽々と切り落とす事が出来た。


「じゃあ気をつけて帰ってね〜」


 クリアが手を振りながら、大粒の涙を流しながら走り去っていくウマック達を見送る。


「……これで七本だね。あと三本だよ!」


 その笑顔には騙されないぞ、魔王クリアめ。気を許したら俺の負けだ。


 俺は空を見上げた。……まだ昼前だ。短い時間でだいぶ集まったが、午後はこう上手くいくだろうか。簡単に終わってしまったら金の大事さを教えることも出来なくなってしまうが。


 何か魔王としての片鱗を見せ付けられただけの気がしてならない。

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