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冒険者の職場体験

「おお、お二人とも、暖かそうな格好になりましたな」


 宿屋の前には既に俺以外の全員が集合していた。待ち合わせ時間の前だというのに、遅れてきた俺をクリアが白い眼で見ているような気がする。


 ジェットの言った通り、秋留とついでにクリアも厚手のコートなどの防寒具を探してきたようだ。

 秋留は白を基本に綺麗なピンク色で縁取られたコートを着ている。首周りは赤い羽根のようなもので飾られている。


「このファイヤードードーの羽は、高い防寒力と氷系の魔法を弱める力があるんだってさ」


 俺の目線を珍しい物を見ているものと勘違いしたらしい。俺は新しいコートを着ている秋留の姿全体に心を奪われていたというのに。


「アタシのコートも秋留お姉ちゃんと同じ店で買ったんだよ!」


 クリアが俺達に見せびらかす為にクルクルと回り始めた。

 嫌でも視界に入ってくるため軽く観察してみると、秋留と同じく白を基本にして、肩に暖かそうな灰色の毛玉を着けたコートを着ている。胸の所には真っ赤なリボンが付いている。

 コートとお揃いなのか真っ白の帽子にも赤いリボンが付いていた。


「可愛くなられました……」


 俺の隣に来たシープットがハンカチを眼に当てている。そんなに感動する事か?


「それよりもシープットは防寒着は買ってないのか?」


 買い物に出かける前と同じ格好をしているシープットに聞いた。


「甘いですよ、ブレイブ様。私ならちゃんと防寒着買いました」

「え? 変わっていないように見えるぞ?」


 そう言うとシープットは上着の裏側を見せてきた。


「同じデザインですが裏地が全く違います」

「……同じデザインにこだわる必要があるのか?」

「執事としてのポリシーです」

「……そうか」


 シープットはどこか先程の店員と同じような種族な気がしてきた。

 俺は会話を切り上げ宿屋の方を見る。丁度ギジンの女将が出てきた所だ。手をエプロンで拭きながら近づいてくる。


「皆さん、そろそろ食事の準備が出来ますよ」

「え? この宿って食事出ないんじゃなかったですか?」


 秋留が言った。確かに泊まる時にそんな事を言ってた気がするが……。


「ふふ、皆さんへの特別サービスです。あまり泊まって下さらないスウィートに泊まって頂いてますし」


 俺達は……主にクリアがワイワイとハシャギながら俺達はカラフルな宿屋へと入っていった。


「お疲れ様でした、お食事の準備が整っておりますよ」


 普通の人間種族の店員のようだ。

 最近『普通』と呼べるような人間をあまり相手にしていない気がするのは気のせいだろうか。


「美味そうだな」

「そうですな」


 丸いテーブルの上には様々な料理が並べられている。肉料理から野菜料理まで種類は豊富だが、森の中だけあって海の幸は見当たらない。


 たまたまいた客引きに捕まってこの宿に来たが、店員は気が利くし、特別料理も美味いし、部屋も綺麗だから、ちょっとの趣味の悪さは我慢するか。


「これは美味いですな」

「ちょっと癖があるけどね」


 ジェットとクリアが話している。確かにこの肉は独特の匂いがあるが俺は嫌いではないな。


「それはウマック肉の煮込みです」


 料理長と思われるギジンが姿を現した。

 これがウマックか。確かに一部のマニアには人気がありそうだ。


「あ、言い忘れてた」


 俺は魔族討伐組合で受けたウマックの角に関する依頼を全員に話した。


「へ〜、面白そう!」

「大変ですぞぉ」

「大丈夫だもん! アタシ頑張る!」


 そう言ってクリアがフォークに肉を刺したままガッツポーズをとっている。どこかで見た光景だな。


 ……これでクリアが少しでも金の重要さを分かってくれるといいのだが。



「あ、そうだ!」


 俺は更に思い出した事を報告した。


「秋留の杖についている人形、売ってる奴がいたぞ」

「え? そうなの?」


 秋留が椅子に立てかけていた杖の人形をマジマジと見ている。どこで買ったのか忘れたが、秋留は真っ黒の人形を気に入っているようなのだ。


「で? 買ってきてくれたの?」


 クリアが俺の方を向いて眼をキラキラさせている。


「……? 買ってないぞ。何で俺がその人形を買わないといけないんだ?」


 椅子をガタンと倒して立ち上がったクリアが鬼のような形相で俺を睨み付ける。


「アタシが欲しがってたの知ってるでしょ! 何で買っといてくれないの!」

「うぅ……」


 確かに。

 コイツ、秋留と何でもかんでもお揃いにしたがっているしな。気を利かせて買わなかったのはやばかったか。


「それはブレイブが悪いね」


 秋留もフォローのしようがないようだ。冷たい……。


「あ……明日買ってきてやるよ」

「……信用出来ないからアタシも一緒に行く!」

「私も一緒に行こうかな。あのお店、変わったアイテム多かったし」


 それは幸せだ。秋留と一緒に買い物が出来る。

 クリアのために余計な気を使わなくて正解だったかもしれない。……っと、あまり喜ぶと顔に出るから止めておこう。


 俺達はそれから食事を済ませるとそれぞれの部屋に戻って眠りへとついた。




「……あれ?」


 翌日の午前中。

 総出で俺が昨日買い物をした露天商の場所に来たが、そこには誰もいなかった。

 秋留は少しガッカリしているようだ。隣でクリアが激しく怒っているが気にしない。


「しょうがないですな。露天商は何日も同じ場所には留まらないものですじゃ」


 ジェットが優しくフォローしてくれているようだが、俺にはあまり効果がない。何より秋留をガッカリさせた事が無念だ。


「しょうがないから、依頼を始めよっか」


 俺達はファリの宿屋に荷物を預けたまま街道を歩き始めた。

 街道は比較的モンスターの出現率が低い為、適当な場所で森の中へ入る必要があるだろう。そればっかりは長年の勘が頼りだ。


「ウマックってどういうモンスター?」

「灰色の毛並みで耳が水色、金色の角が生えているんだ。レッド・ツイスター程の力があれば仕留められるらしいぞ」


 秋留に優しく解説する。


「どこにいるの?」

「頑張って探せ!」


 クリアの質問にも俺は平等に対応しているつもりだがクリアは俺の事を睨んでいる。気の小さい奴だ。


「あれではございませんか?」


 シープットが目ざとく何かを見つけたようだ。

 見ると木の陰から怪しげなモンスターが様子を窺っていた。

 灰色の毛並みに水色の耳、金色の角……ウマックに違いない。こんなにアッサリと見つかって良いものだろうか。


「逃がすな! 奴の角を十本だぞ!」


 俺はネカーとネマーを構えようとしたが、ジェットに止められた。

 黙ってジェットが首を振る。

 そうか。この依頼の目的はクリアに金の大事さを教えてやる事だったな。


「クリア! カリューと紅蓮を使ってモンスターを仕留めるのよ!」


 秋留に言われて気付いたクリアはカリューと紅蓮に命令を下す。


「カリュー! 紅蓮! 左右から回り込んで!」


 命令の仕方についても少しは秋留に教わったのかもしれない。

 クリアの命令でカリューと紅蓮がウマックを挟み撃ちにする。


「フオーン」


 ウマックが大きく鳴いて紅蓮に突撃した。紅蓮は交わしざまにウマックの足に噛み付く。そして勢いの無くなったウマックの胴体にカリューが爪を立てた。


 あの二匹、息が合ってきているし、紅蓮に至ってはモンスター相手に遅れを取っていない。


「不思議でしょ?」


 いつの間にか秋留が隣に来ていた。秋留の髪から良い香りが漂ってくる。花のシャンプーでも購入したのだろうか。


「何、鼻をヒクヒクさせてるの?」

「! いや、な、何でもない。それより、何か秘密を知っているのか?」


 秋留が俺の動揺っぷりに怪しげな視線を投げかけているが、そのまま説明を続けてくれた。


「ファリのアイテムショップで連動の腕輪っていう装備品を見つけたのよ」


 名前から想像も付くな。

 獣使い用の装備品だろうか。戦闘中のカリューと紅蓮の足首に輪っかが装備されている。お揃いの装備をクリアもしているようだ。


「ふふ。気付いたようだね。あの装備品で意思の疎通だけじゃなくて、獣同士の力まで分け与えられるらしいの」

「だから紅蓮の動きが良いのか。紅蓮なんて少し凶暴なだけの普通の犬だもんな」

「だね」


 俺と秋留が会話をしているうちにウマックは倒されたようだ。ジェットがウマックに近づいていって金色の角を死体から引き抜いた。


「まずは一本ですな」


 俺はさりげなく近づいていってウマックの死体を掴んだ。


「とりあえず肉も高く売れるかもしれないから確保しておくか」


 この肉が一万カリムする事は他の奴には伝えていない。俺だけのものだぜ……。


「そうだね、一頭分で一万カリムらしいからね」

「え?」


 秋留が俺の後ろから話しかけて来た。


 ……秋留はどうやらウマックの肉の情報を仕入れていたようだ。昨日の夜にもウマックの肉が出たしなぁ。あの女将め、余計な事をしやがって。


「一万カリムもするのか。知らなかったな〜」


 自分で言っといて何だが、大分わざとらしい台詞だ。


 俺は頭を掻きながらウマック肉を街道脇に持っていった。その上に所有物の証であるレッド・ツイスターの名札を置いた。こうしておけば掃除屋などに片付けられてしまう危険性は無い……他のモンスターに食われたりしたら諦めるしかないのだが。


「この調子で行こう〜!」


 クリアが元気良く言っている。



 ……しかしそんなに順調に行くわけもなく、それから半日歩き回ったがウマックは出現しなかった。変わったモンスターには色々出くわしたんだけどな。


「何で全然出ないのよ!」


 クリアが文句を言っている。俺に対しては文句を言わないと気がすまない性格らしい。


「そもそもこの依頼はいくらなのよ?」


 俺が悪いかのようにクリアが睨み付けてくる。


「十万カリムだ」

「安いわね!」


 まるで鬼の形相だ。俺にはうっすらと二本の角が見えるぞ。クリアの角……依頼料は安そうだ。


「これ、クリア殿。冒険者にとっても一般市民にとってもお金を稼ぐというのはそれだけ大変だという事ですぞ」


 ジェットに言われてクリアが大人しくなる。これが言いたかったんだよな、ジェットは。


「もうちょっと頑張って探そうね」


 秋留が優しく語りかける。まるで飴と鞭だな。


「そうだ! さっきのウマックの肉を食べようよ!」

「え!」


 俺は思わず肉のある方向を守るように回り込んで驚く。


「そうだね、外で食べる御飯は格別だからね」

「うぅぅ……」


 俺の嫌そうな顔も秋留の言葉でかき消されてしまった。秋留が同意するなら仕方ないか。


 俺達は先程の肉を切り裂いて、火にかけた。馬車を持ってきている訳ではないので簡単な料理しか出来ないが、相変わらず秋留の料理からは良い匂いが漂ってきた。


 ……俺に対する愛という名のスパイスだろうか。


「!」


 俺は雑念を振り払って両銃を構えた。どうやら肉の匂いにつられて他のモンスターが寄って来たようだ。


 俺の行動を見た他のメンバーも戦闘体勢に入る。

 一丁前にクリアも何やら構えているようだが、様にはなってはいない。

 茂みから顔を出したのは……ウマック! 同属の肉の匂いに引かれるなんて何て間抜けな奴!


「行け! カリューは上! 紅蓮は下! 」


 今度は上下からの挟撃か。まぁ、二匹いるんだから常套手段だよな。クリアにそれ程難しい命令が出来るとは思えないし。


「待て! 他のモンスターも近づいてきているぞ!」


 俺は他の気配を察知して叫んだ。

 俺達の目の前でカリューの身体が何者かの触手に弾かれた。


「ギャウッ」


 空中で器用に回転してカリューが地面に着地する。

 別の茂みから姿を現したのは……何だ? ヒマワリの種の部分に獣の顔が入っている。まるでライオンのように。


「……趣味悪い顔しているわね」


 クリアの呟きが目の前のヒマワリのようなモンスターに聞こえたようだ。大粒の涙を流しながらヒマワリモンスターが茂みの中へと戻っていった。


 そうだ。

 忘れていたがクリアはモンスターと意思の疎通が可能だったんだな。あのモンスターも可愛そうに。もう立ち直る事は出来ないだろう。


 そして邪魔者が消えた途端にウマックは倒された。これで二匹目か。先は長そうだ。


「よ〜し! この調子でぇ!」


 クリアが意気込む。


 それから少し遅くなった昼ごはんを食べ、引き続き捜索を続けたが……ウマックは見つからなかった。

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