怪しげな露天商
「色々な店があるし……どのアイテムも興味深い」
魔族の本拠地があるワグレスク大陸に近いせいか魔力のあるアイテムや装備品が目立つ。
俺はまず眼に付いた防具屋へと入っていった。
「いらっしゃい、あれ? ずいぶん寒そうな格好をしてますね」
「この大陸に来て間もないんだ。何か防寒具になりそうなものはあるか?」
俺は店員にコート売り場へと案内してもらった。どれも暖かそうだが防御力の面では少し心配だ。
店員に礼を言うと俺は他の店を探すために通りに出た。
「あの通りは怪しそうだ」
俺は盗賊独特の雰囲気を察知して一本の細い通りに入っていった。花の都と言ってもこのように怪しげな通りはあるものだ。それはどの街に行っても変わらない。
……暫く進んだが俺の予想したような店は無かった。あった、いや、いたのは地面に風呂敷を広げた一人の露天商だった。手作りらしい看板には『暗黒堂』と書いてある。
「……お、いらっしゃい!」
全身黒づくめ、黒い帽子を目深に被った男が話しかけてきた。
「こんな所で露天商なんてやってて客が来るのか?」
率直な意見を述べてみた。
「来たじゃないですか」
そう言って怪しげな男が俺の方を見上げた。
「……」
俺は胡散臭そうな眼で露天商の広げているアイテムを眺める。後方の壁にも短剣や鞭など簡単な武器も飾られていた。
「あれ? この人形……」
俺は風呂敷に置かれている真っ黒の人形を手に取った。背中には真っ白な羽が生えている。
「お! お客さん、お目が高い!」
「堕天使のお守り……だっけ?」
「……ほぅ……お客さん、通だね?」
「何の通だ!」
思わず突っ込んでしまった。
この人形は秋留が装備している杖に取り付けられている人形と全く同じもののように見える。
「!」
俺は思わず後ずさった。
目の前の男がいつの間にか立ち上がっていたからだ。身長は二メートル以上あるように見える。あまりの威圧感に俺はネカーとネマーを構えそうになった。
「お客さん、その腰に装備している短剣……」
そう言って男が俺の腰にある黒い短剣を指差した。これはチェンバー大陸の町で人間だった頃のカリューが買ってくれた、言わば形見だ。
俺は買った場所や経緯を簡単に説明した。
「それ、僕が作ったものです」
「え! そうなのか!」
「はい。どうです? 使い心地は?」
この胡散臭そうな男が作った短剣……思わず呪われていないか確認したくなってきた。しかし今までの冒険では色々と役に立ってくれたし、デザインも黒という色も良いので気に入っている。
「ま、まぁまぁかな」
気に入っているとは言いたくなかった。
「そうですか、気に入ってくれているようですね」
またしても心の中を読まれたようだ。顔の表情を変えない修行をした方が良さそうだ。
「……えっと……暖かくて防御力の高いコートとかはないよなぁ?」
俺は品揃えを眺めてから念のため聞いてみた。どれもこれも小さいアイテムばかりなので売ってないだろうな。
「お客さん、この品揃えを見てコートを注文しますか」
「あはは」
笑って誤魔化した。
「ありますよ、とっておきのコート」
「あるのかよ!」
こいつの相手をしているとやたらと突っ込みが多くなってしまいそうだ。
男は後ろの荷物をゴソゴソ漁って一着のコートを取り出した。
「これも僕が作ったコート、名づけて『ブラックフードハーフコート』!」
じゃん! と男がコートを広げた。
真っ黒なロングコートでフードが付いている。裏地は毛皮で覆われていて暖かそうだ。デザインは悪くないが……。
「……ネーミングセンス無いなぁ」
「そうですか?」
「見たまんま……しかもハーフって言っても見た目ロングだぞ?」
「甘いですよ、お客さん。このコート、材料が足りなくて裏地が半分無いんですよ」
「おい!」
「安心して下さい。縦半分じゃなくて下半分の裏地が無いだけです」
「そこを心配している訳ではないんだが……」
俺は頭を抱えた。この大陸はこんな奴ばっかりなのか……。
「下半身はアンダーウェアでも購入して暖かくして下さい」
「そこまでして購入する意味はあるのか?」
「ふっふっふ……」
そう言って怪しげな男は持っていたコートを路地の離れた場所に置いた。
「このコート、高い魔法防御力があります」
「ほぅ」
俺は胡散臭そうに返事をした。すると男は両手を構えて何やら集中し始めた。
「火炎の住人よ、全てを貫く炎の矢となれ……ヒートアロー!」
「え?」
驚いている間に男の放った炎の矢がコートにぶち当たった。何てことを……。
「ご心配無用」
男が再びコート持って近づいて来た。……うっすらと煙が上がっているがコート自体は全くの無傷のようだ。
「……これから買うかもしれない商品に魔法をぶっ放すなよ」
「買います?」
「いくらだ?」
「ずばり五百万カリム!」
怪しい男の手が立ち去ろうとする俺の肩をガシッと掴む。
「あはは……お客さん、気が早いね」
「いくらなんだ?」
「お客さん、うちのお得意さんみたいだから……」
そう言うと男の動きが止まった。必死に考えているようだ。
「87万とんで7カリム!」
「その端数は何だ!」
「気持ちです」
「意味が分からない」
俺は黙って財布から100万カリム硬貨を取り出した。
「まいどあり〜」
「着ていくからそのままで良い」
「そうですか? では……」
俺は扱い難い男から魔法防御バッチリなコートを手に入れた。
この手のアイテムは名前ばかりで効果が薄いものが多いのだが、このアイテムは別物のようだ。
正直、500万カリムを払う価値もあるかもしれない。
「ツリはいらない。俺の気持ちだ」
「! さすがお客さん、太っ腹だね」
俺は振り返らずにその場を後にしようとした。
「そうそう、言い忘れました。その黒い短剣は『ダークサーベル』って言うんですよ!」
短剣じゃないのかよ! と最早突っ込む気にはなれずに俺は疲れて大通りへと戻っていった。
「……さて」
俺は気を取り直して通りにある時計を眺めた。待ち合わせの時間まで、まだまだ余裕があるようだ。
暫く他の店屋を眺めて消耗品や手袋、マフラーなどの防寒具も一式揃えた。勿論厚手のアンダーウェアも忘れてはいない。
「おお、ブレイブ殿」
通りを歩いていると後ろからジェットに話しかけられた。ジェットは暖かそうな灰色の帽子と灰色のロングコートを着ている。肩から腕にかけて変わった装飾が付いている。
「暖かそうな格好になったな」
「ブレイブ殿も格好良いコートを見つけたようですな」
買った経緯は忘れたいが確かにデザインは文句ない。背中に大きな黒い十字架の刺繍がしてあるのも気に入っている。裏地は少しおかしいが我慢しよう。
「ブレイブ殿、少し相談があるのですが……」
ジェットの話はこうだ。
浪費癖のあるクリアに金の大事さを教える。そのためにも魔族討伐組合で簡単な依頼を見つけて来て欲しい、という事だった。昼間のレストランの一件でジェットも懲りたのかもしれない。
一通り買い物も済んでいた俺はジェットと別れると魔族討伐組合の建物目指して歩き始めた。
「ここか」
花のつぼみのようなデザインをしたポップな魔族討伐組合の建物が見えてきた。趣味が悪すぎる。
「いらっしゃいませ……あ? レッド・ツイスターのブレイブ様ですね」
カウンターの向こうの組合員が声をかけてきた。
魔族討伐組合で仕事をするスタッフは、ある程度有名な冒険者の事は知っている場合が多い。
「簡単な依頼は無いかな?」
俺は魔族討伐組合に登録している事を示す身分証を提示する。魔族討伐組合から依頼を受けるにはどんなに知名度の高い冒険者でもこの身分証が必要になる。
「身体慣らしですか?」
「ま、まぁな」
組合員は手元のファイルをペラペラとめくって依頼を探し始めた。
「猫のミーちゃんを探して欲しいという依頼があります」
駆け出しの冒険者にはこういう依頼もありなのだが、さすがに軽すぎる。
「もう少し難しいやつで……」
「はい。それでは……」
そう言って組合員の男は再びファイルをめくり始めた。
「ウマックの角を十本集めて欲しい……という依頼がありますが」
ウマック?
聞いた事のないモンスターだ。この大陸独特のモンスターだろうか。
「ウマックの情報をくれ」
魔族討伐組合では要求すれば魔族やモンスターの情報も教えてくれる。ただし一情報につき1000カリムも取られる。
依頼者から仲介料を貰い、冒険者からは依頼達成料の5パーセントを貰っていく。
それ以外にも沢山の小銭を稼いでいる事を考えると……全く良い商売だよな。
「ウマックは生息地が限られていますからね。それでもこの大陸では結構メジャーなモンスターですよ」
そう言って組合員の男は別のファイルを取り出してページをめくり始めた。
「……集団では行動しません。素早さは高いですがレッド・ツイスターの皆さんなら問題ないでしょう」
説明しながら組合員がウマックの写真を見せてきた。
灰色の毛並みをして水色の変わった耳をつけている。頭の上で金色に輝いているのが今回の依頼品であるウマックの角のようだ。
「ウマックの肉はマニアには好評のようですね」
「どれ位で取引されている?」
「ものにもよりますが、引き締まった肉程高値で取引されているようです。一頭でだいたい10000カリムですね」
俺はついでに肉も収穫してこようと心に決めて依頼を受ける事にした。
その後依頼主である怪しい学者に会ってから、俺は待ち合わせ場所の宿屋の前に戻っていった。
時間は十八時前になっている。丁度良い頃合だろう。




