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魔族の鍛冶屋と魔族の剣士

「パチパチパチパチ……」


 小屋の中からドワーフ風の男が出てきた。


「まさかダグが倒されるとはなぁ。見事だ」


 小屋の比較的近くにいたジェットが言った。


「お主がサイバーじゃな?」


「いかにも。私がサイバーだ。大勢で何のようかな?」


 後の茂みから、秋留に回復してもらっていたカリューが出てきた。

 顔には若干脂汗が浮かんでいたが、なんとか大丈夫そうだ。


「魔族討伐組合からお前を倒すように依頼された。おとなしくしろ」


 秋留が遠くでインスペクターを肩に乗せているのを確認する。これで依頼内容の記録はバッチリなはずだ。


 カリューはサイバーを睨み付けると銀星に取りつけてあった布の包みから、予備の剣を一本取り出した。

 エアリードで買った鋼の剣だ。


「随分とチャチな剣を装備しているなぁ。そんなのでよく今まで戦ってこれたもんだ」


 サイバーは右手に持った身長程もある鋼鉄のハンマーを軽々担いで言った。


「お前のペットに破壊されたんだよ。また新しいのを買わないとな」


「はっはっは。なんならお前の剣、俺が作ってやろうか?」


 魔族お抱えの鍛冶屋の作る剣には興味があるが、頼んで作ってもらえる訳がない。


 カリューが言い返そうとした時に小屋の中からもう一人姿を表した。

 俺が小屋の中で初めに気配を感じたのは、こいつらしい。

 全身を真っ赤な鎧で包んでいた。こいつがダイツの言っていた剣士に違いない。


「サイバー、お前は急いで武具を作らないといけないんだ。客人の相手は俺がしよう」


 真っ赤な剣士が言った。剣士が現れた途端に辺りの空気が重くなった気がした。

 サイバーも今までの皮肉を言っていた顔とは変わり、どこか赤い剣士を恐れているようだ。


「じゃあ頼んだぞ、ガゾル。私は武具の製作を続けるとしよう」


 赤い剣士はガゾルという名前らしい。

 サイバーはそう言うと建物の中に入ってしまった。


「さて、まずは自己紹介をさせてもらおう。俺の名前はガゾル。魔族だ」


 ガゾルは名乗ったが、その顔は確認出来ない。ガゾルが身につけている真っ赤な兜は頭全体が隠れるタイプで、見えているのは魔族独特の赤に黒の瞳だけだ。


 その隙間から覗く怪しげな眼は秋留の肩に乗っているインスペクターのカメラを見ているようだ。余裕をかましていられるのも今のうちだぞ。


 盾は装備していないが全身を覆うタイプの鎧なので全身が盾と言ってもいいかもしれない。右手には赤くて異様なオーラを放った剣を装備している。


「わざわざ自己紹介とは律儀だな」


 カリューは続けて言った。


「俺はカリュー。勇者だ。お前らを倒すためにここまで来た」


 ガゾルに対抗して自己紹介をしているのか、自身の律儀さなのか分からないが、カリューも自己紹介をしていた。

 カリューの事を見つめていたガゾルが言った。


「はっはっは。勇者だと? とんだまがい物だな」


「な、なんだと?」


 カリューはガゾルを睨みつけながら言った。


「勇者に選ばれた者は、その瞳が黄金色に輝くと聞いているが、お前の眼の色は黒じゃないか!」


 カリューは自称勇者だった。

 だから瞳の色が黄金に輝いていたり、聖なる魔法が唱えられるわけではなかった。


「偽物勇者のいるパーティなど恐れるに足らん! 全員でかかってこい……相手になってやる」


 ガゾルは剣を構えた。その堂々とした姿に、この魔族の強さが窺えた。こいつは強い。

 俺がネカーとネマーを構えたところでカリューが言った。


「俺一人で十分だ。ここまで馬鹿にされて黙っている訳にはいかない」


 そう言うと、カリューはガゾルの前まで歩いていった。いくらカリューでも戦闘派の魔族と一対一で勝てるのだろうか。


 魔族はモンスターとは比べ物にならない程に力がある。特にガゾルのような剣士を装っているタイプと剣術で勝負しようとするのは危険な事だ。大丈夫だろうか。


 二人は手を伸ばせば届く距離で睨み合った。


「勝負だ、ガゾル!」


 熱血漢のカリューが言った。あいつはこういうシチュエーションが好きに違いない。


「いいだろう。一対一も悪くない」


 そう言うと、ガゾルは真っ赤な剣をカリュー目掛けて振り下ろした。

 一瞬、持っていた剣でその攻撃を受けようとしたカリューだったが、寸前のところで後方に飛んでガゾルの攻撃をかわす。


「ほぅ……その剣では受けきれないと判断して避けたか」


 そう言うとガゾルはカリューに詰め寄り、突きの一撃を放った。

 それを左手に装備したオリハルコンの盾で弾いたカリューは、鋼の剣をガゾルの真っ赤な鎧の、脇の隙間目掛けて突き出した。


「甘い!」


 ガゾルは身体を交わしながらカリューに更に一歩踏み込んだ。そしてそのまま膝蹴りをカリューに食らわす。


「ぐっ」


 カリューは痛みを堪え突き出していた剣を勢いよく引き戻した。再びカリューの剣がガゾルの鎧の隙間を狙う。


「ちぃっ」


 ガゾルは舌打ちし、身体を半分反らしてカリューの攻撃を避ける。


「根性は座っているようだな」


 お互い間合いを開けて再び対峙した。カリューが下段で、ガゾルが上段で剣を構えている。


 地面を蹴って再び攻撃を繰り出す。

 しかし武器をかばいながら戦っているカリューの方が分が悪いようだ。丈夫そうな剣などは荷物になると思ってドル村に置いてきたからなぁ。まさかセイントソードが折られるとはカリューも思っていなかったに違いない。


 その後もカリューもガゾルもお互いに攻撃を繰り出したが、決定的なダメージを与える事は出来なかった。カリューが良い武器を装備しているなら既に勝負はついていたかもしれない。


「ふぅ、ふぅ……中々やるな……」


 ガゾルは肩で息をしながら言った。


「カリューと言ったな? 俺の鎧の肩の部分を見てみろ」


 俺はガゾルの言った通り、真っ赤な鎧の肩当ての部分を確認した。

 塗料が剥げているのか分からないが、一部分だけ白かった。

 その事をカリューも確認したようだ。


「この肩当ての部分が血で染まれば、この鎧の塗装は完了するんだ」


 ガゾルは言った。どうやら奴の装備の色は全て血によるものらしい。

 その事に気付いたカリューは歯を食いしばり、鋼の剣の柄を力強く握り直した。

 ガゾルはカリューの事を挑発したようだが、カリューは冷静だった。


「何の血で染めたんだ? 鶏か? 豚か? そのナマクラ刀じゃあ、大した物は捌けないだろ?」


 カリューは逆にガゾルを挑発した。

 ガゾルの顔色は窺えないが、その肩が少し震え始めている。


「ナ、ナマクラだと! この剣はサイバーに作ってもらった特注品だ!」


 それを聞いたカリューは溜息をついて、ガゾルに言い放った。


「いい加減その特注品の威力を見せて欲しいもんだな」


 カリューの痛恨の一言で逆上したガゾルは、カリュー目掛けて剣を振り上げて来たが、その大きなモーションをカリューは見逃さなかった。


 腕を上に振り上げた事により、鎧の腰の部分に隙間が出来ている。それを見つけたカリューは、鋼の剣をガゾルの腹に突き刺した。


「がぁああ!」


 頭に装備した兜の隙間から魔族独特の青い血が霧のように噴出した。

 しかし後少しの所でカリューの装備している鋼の剣が折れてしまった。魔族の強靭な肉体に剣が勝てなかったらしい。


 苦し紛れのガゾルの拳がカリューを殴りつけた。真っ赤な手甲の付いた拳によりカリューの額から血が飛び散った。カリューの片目が塞がる。


「カリュー!」


 秋留が叫び近づこうとした所をカリューは手を挙げて静止させた。


「まだだ。こいつをぶっ殺すまでもう少し待っててくれ」


 傷だらけのくせして無茶しやがる。

 正義感の強いカリューは途中で諦めたりする事もしない。少しは妥協も必要だと思うのだが。


「貴様、許さんぞ……」


 ガゾルは荒い息をしながら脇腹の傷口に手を持っていった。まさか……。


「ぐおおおおおお」


 ガゾルは傷口に手を突っ込むと折れた剣を引き抜いた。見ているだけで痛い。


「はぁ……はぁ……」


 ガゾルの息も荒いがカリューもだいぶヤバそうだ。額から垂れる血を腕で拭って視界を取り戻そうとしている。


「しかし……武器が無くなってしまっては最早勝つ見込みは無くなったな」


 ガゾルが剣を構えながらカリューに近づく。

 一方のカリューは折れた鋼の剣を見つめながら動こうとしない。


「死ねええ!」


 ガゾルが剣を振り下ろした。それを身体まわしてカリューが交わす。しかし視界が狭まっているせいかカリューは背中を斬られた。

 痛みを我慢しカリューは装備していた盾でガゾルの兜を殴りつけようとする。


「苦し紛れだなぁ!」


 それをガゾルは難なく交わすと剣をカリューの首目掛けて振り上げた。


「きゃああ」


 秋留が叫ぶ。俺は思わずネカーとネマーを構えた。

 再び金属と金属がぶつかり合う音。

 カリューが盾でガゾルの攻撃を防いでいた。その盾に体重をかけてガゾルの剣を押し出す。


「うおっ」


 ガゾルは思わず体勢を崩しそうになるのを踏ん張って耐えた。


「その剣……本当に特注品か? そんなによく斬れるのか?」


 ここへ来てカリューがガゾルの耳元で囁いた。


「貴様! まだ言うかっ」


 ガゾルが激怒したと同時にカリューの持っていた折れた鋼の剣がガゾルの手首を狙った。盾の圧力により押し広げられた手甲の隙間だ。


「ぐあぅっ」


 ガゾルの特注品の赤い剣が手から落ちた。

 その剣が地面に落ちるより早く、カリューがその剣を握り締めた。

 ガゾルが喋るより早く。

 カリューが握った真っ赤な剣がガゾルの胴を下から薙いだ。青い血が辺りに吹き飛んでガゾルの上半身だけが宙を舞った。


「確かによく斬れる……」


 その真っ赤な剣を汚れ物にでも触るようにカリューは地面に突き刺した。


「どんなに立派な装備を身につけようとも、弱者相手にしか振るった事のないような剣じゃあ、俺に勝つ事は出来ない……」


 ガゾルの鎧は最後にその持ち主の青い血で染まった。赤と青のまばらな趣味の悪い鎧が出来上ったようだ。


 最近目立つ活躍をしていなかったため忘れていたが、カリューの剣士としての腕は一流だ。

 だが戦闘が終わると、カリューもその場に倒れこんだ。


「さっきのダメージも回復しきってないのに動き回るからだよ」


 今まで茂みの近くで見守っていた秋留が俺の傍まで来て言った。


「ブレイブとジェットでサイバーを始末してきて」


 そう言うと秋留はカリューの傍で片膝を付き、回復魔法をかけるために集中し始めた。

 秋留から受け取ったインスペクターを肩に乗せネカーとネマーにセットされている硬貨を確認する。

 俺は隣にいるジェットを見て溜息をついた。


「また一緒ですな」


 俺の心の中を見透かしたようにジェットが言った。

 俺は諦めてジェットと仲良くサイバーの小屋の扉に向かって歩き出した。



 カーン、カーン!


 サイバーの小屋の中から鉄を叩いている音が聞こえる。あの巨大な鉄のハンマーで叩いているのだろうか。


「どうしますかな? ブレイブ殿?」


 俺はジェットに答える事なく、そのままドアを開けた。

 ドアを開けると、部屋の中から熱気が飛び出してきた。俺は思わず顔を背けた。


 部屋の中ではサイバーが背中を向け、炉から取り出した真っ赤に燃える鉄を叩いている最中だった。

 部屋の隅には、おそらくドル村の住人の物と思われる骨が積み上げられている。


「ガゾル、もう終わったのか?」


 サイバーは背中を向けながら言った。


「ああ、終わったぞ。奴は外で最後の塗料を塗り終えたところだ」


 俺はサイバーに銃を突きつけながら答えた。


 サイバーは一瞬止まると、身を屈めながら巨大な鉄のハンマーを振り回した。

 反撃する事を予想していた俺は、落ち着いてサイバーの右肩を銃で撃ち抜いた。


「ぎゃああ」


 サイバーは鉄のハンマーを放り投げ、右肩を押さえながら転げまわった。


「う、後からとは卑怯だぞ……」


 顔中から冷や汗を垂らしながらサイバーは言ったが、俺は答えない。


「お前、大炎山の麓の林の中にあるドルの村って知ってるか?」


 俺は聞いた。


「ドル? あ、ああ、あの村か……」


 右肩から流れ出る青い血を必死で押さえながらサイバーが言った。

 どうやら外見はドワーフだが、中身は立派な魔族のようだ。


「あの村の住人の死体には骨がなかったんだが、あんた何か知ってるか?」


 今や恐怖で声も出せなくなっているサイバーは、振り絞るように言った。


「に、人間の骨を燃やして、その火で鉄を打つと、強度が何倍にもなって美しい仕上がりになるんだ……」


「そうか……」


 俺はそう言うと、暫くサイバーの眼を見つめていた。

 サイバーの怯えきった眼を見ていると、こいつを殺そうとする意思がなくなりそうで怖かった。

 奴の激しい呼吸が聞こえてくる。


「これからは人間と関わらないと誓うなら許してやろう」


 俺は言ったが、勿論許すつもりはなかった。

 こいつら魔族の習性は知っている。口では「誓う」と言っても、背中を見せた瞬間に襲ってくるのだ。


「わ、分かった。誓う。許してくれ……」


 予想通りサイバーは言った。俺は奴の台詞を聞くと黙って後ろを振り返り、ジェットに言った。


「行くぞ、ジェット」


 ジェットは困惑していたが、サイバーを一度睨みつけると俺の後をついて外に出ようとした。

 俺とジェットが背中を見せた瞬間、今まで激しかったサイバーの呼吸が、何かを決心したように一気に落ち着いた。


 俺は気配でサイバーの動きを追った。

 今まで真っ赤に燃えていた剣を左手に構え、今にも飛び出そうとしている気配を感じる。

 俺は振り返るとネマーを構え、予想通り剣を振り上げていたサイバーの左腕も吹っ飛ばした。


「ぐおおおお……」


 両腕を撃たれ、身動きの出来なくなったサイバーの頭上には、俺が吹き飛ばした左腕に握られている剣が迫ってきていた。


「人間の骨で打った剣の威力を、一度自分で味わってみるんだな」


 剣はサイバーの眉間に突き刺さった。


 依頼達成だ。サイバーの最期を肩に乗ったインスペクターがしっかりと映像に収めている。


「サイバーは?」


 外に出ると、カリューの傍に腰を下ろしていた秋留が言った。


「退治したぞ。やっぱり魔族は信用出来ないな」


 俺は大抵、自分で魔族にとどめを刺す時は魔族の非道さを再確認していた。そうしないと姿形が人間に似た魔族を殺す時にためらってしまうからだ。


 暫くすると、カリューが胸を押さえながら立ち上がった。

 俺からサイバーを倒した事を聞くと、村に帰る準備をしようと提案してきた。


「その前に、小屋の裏側にあった洞窟に行った方がいいかな。さっきサイバーの小屋へ行ってみたけど、サイバーが製造したと思われる武具が見当たらなかったの」

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