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雨と恐竜

 翌日。


「寒い!」


 クリアが毛布にくるまって不平を漏らした。

 俺達は早めに馬車を出発させている。急げば本日遅くに花の都に到着出来るかもしれないからだ。

 しかし、今日は天気に恵まれなかった。冷たい雨が今朝から降り続けているのだ。昨日と同様に視界も悪い。


「ちょっと雨は厳しいね」


 秋留も紫のコートを着て寒さに耐えている。


「次の街で防寒具も買い揃えたほうが良さそうだな」


 北側の大陸に来た事がない俺達は厚手の防寒具は持っていないのだ。


「冷えますな」


 ゾンビのジェットも寒さで震えているようだが、ゾンビに体温とかあるのか?


「!」


 森の中を何者かが進んでくる気配がある。俺は銃を構えて馬車から後方をうかがった。

 俺の警戒に気付いて秋留も馬車の後方にやって来る。


「何かいるの?」


 クリアが聞いてくる。俺が辺りを気にしている時は静かにしていてくれ。秋留はそれを分かっているため、クリアに「しぃ〜」という仕草をしている。


「相当デカイぞ……昨日のオバサンではなさそうだけど……」


 後方の木々がバキバキと倒れていっていた。

 そして現れたのは巨大なモンスター、太古に生きていたという恐竜のように見える。

 しかし注目すべきはその右手についている機械だ。


「リモデラー……」


 秋留が呟く。


 モンスターの中でも魔族などに改造されたものをリモデラーと言う。

 普通のモンスターに比べたら段違いのパワーと厄介さを持っている。しかも目の前のリモデラーはやたらとデカい。頭だけで馬車と同じ位があり、アンバランスな感じで頭と同じ位の大きさの身体がくっついている。


「危険ですな……逃げましょう」


 後方を確認したジェットは馬達に鞭を打った。馬車のスピードがグンッと上がる。


「お、おっかけて来ますよ」


 シープットとクリアは怯えきってしまっている。

 俺はネカーをぶっ放した。予想通り硬そうな皮膚を軽く傷付けただけに終わった。


「があああああおおおおお」


 モンスターが叫ぶ。大きな鳴き声に耳が一瞬遠くなりバランスも崩れた。


「水の牢獄により全ての者を包み込み全ての者に残酷なる死を……」


 秋留が呪文を唱え始めた。俺は秋留を援護するようにネカーとネマーでモンスターの両目を狙う。しかし眼まで固いらしく硬貨はあっさりと弾かれてしまった。さすがリモデラー、と感心している場合ではない。


「ウォータープリズン!」


 秋留の手から巨大な水球が飛び出してモンスターの頭を包み込んだ。この魔法は水でモンスターを窒息死させるという恐怖の魔法だ。


「やったか?」


 しかし目の前でモンスターの頭に張り付いていた水球が消えた。魔法を無効化したのか?


「飲まれちゃったみたい」


 秋留の台詞通り、モンスターは美味かった、という風に舌なめずりをしている。

 そして右手の機械、巨大な銃口を馬車の方へと向けた。


「ジェット! 俺が指示したらその方向に、馬車を移動してくれ!」

「まかせるですじゃ!」


 モンスター右手の銃口が赤く光りだした。


「左!」


 俺の合図でジェットが馬車を左に動かす。さっきまで馬車がいた場所にモンスターの銃口から発射されたエネルギー弾のようなものが直撃した。


「きゃあああああ」

「うわあああああ」


 大きく揺れた馬車にクリアとシープットが必死にしがみ付いている。カリューと紅蓮も必死に馬車の床に爪を立てて振り落とされないようにしているようだ。

 それにしても今の攻撃で森全体が振動したぞ……なんて威力なんだ。


「ウンディーネの怒りは全てを飲み込む反流となる……」


 秋留が別の呪文の詠唱を始めた。

 俺はネカーから硬貨を取り出し、コートの内ポケットから特製のコインを取り出した。このコインは間に火薬を挟んだ特別製で着弾と同時に爆発を起こすようになっている。


「食らえ!」


 火薬入り硬貨を装填してトリガを引く。その硬貨が狙い通りにモンスターの口の中へと入り爆発を起こす。

 どうだ?


「ぐ、ぐおおおおおおおん」


 口から血飛沫をあげながらモンスターが走りよって来る。同時に銃口もこちらに向けているようだ。


「流水の力を我が手に宿し怒りを静める剣となれ……」


 秋留の呪文の詠唱はまだ終わらない。


「もう一発爆弾をお見舞いしてやるぜ!」


 俺は背中に背負った鞄から爆弾を取り出しモンスターの口に再び投げつけた。投げる瞬間に手甲に導火線をこすり付けて火をつける事は忘れていない。


 再びモンスターの頭が爆発により後ろに仰け反った。しかし同時にモンスターの右手からエネルギー弾が発射された。


「左!」


 ジェットへの指示が遅れた。このままでは避けきれない!


「フラッドブレード!」


 その時、秋留が呪文を解き放った。水で出来た鋭い刃がモンスターの発射したエネルギー弾と接触して大爆発を起こした。馬車に貼り付けてある板の何枚かが剥がれて吹き飛んだが、かろうじて馬車は倒れる事なく街道を疾走する。


「がううううう」


 大地を揺らしながら諦めの悪いモンスターが俺達の馬車を追いかけてくる。二度の爆発で馬達にもダメージがあったようで先程のようなスピードが出ていない。このままでは追いつかれる!


「うがっ」


 突然、モンスターの動きが止まった。身体が痙攣しているようだ。


「な、何だ?」


「……ツートンとカーニャアがあのモンスターを取り殺そうとしているのよ」

「……」


 秋留の答えに思わずゾッとした。俺はかなり危険な相手に身体を貸していたんだな……。


 俺達の乗る馬車はモンスターから大分離れた場所で様子をうかがっていたが、やがてモンスターの巨体が地面へと沈んだ。


「勝ったのか」


「ピシッ」

「パシッ」


 俺の質問にどこかからか答えが返ってきた。何を言っているのか分からないが想像は付く。


「怖かった……」


 クリアは半分泣いている。


「ううう……」


 シープットは号泣だ。


「危なかったですな」


 ジェットはいつの間にかお茶を飲んでいる。安心し過ぎだ。


「ガウガウ」

「ワウワウ」


 最早何を言っているのか分からない。


「連れて来て良かったでしょ?」


「いや、こうなったのはタマタマだろ?」


「あれ? バレた?」


 とにかく馬達にも無理をさせてしまったので、もう少し進んだ場所で休憩を取る事にした。今日中にファリに到着するのは無理だろう。


「死ぬかと思ったですメ〜」


『……』


 一同沈黙。不思議と俺達の輪の中に見知らぬ顔が一匹。サイズや見た目から言うと妖精だろう。


「え〜っと、やっぱり妖精だよな?」


「はい! 雨降り小僧のアマ吉と申しますメ〜」


『雨降り小僧……』


 俺達全員は声を合わせて上を見上げた。今も冷たい雨が降っている。


「今朝からこの馬車の屋根で寝かせてもらっていましたメ〜、さっき屋根が吹き飛ばされた時は死ぬかと思いましたメ〜」


 秋留やジェットの目線が俺に注がれる。


「いや、気付かなかった」


「アマ吉さんはやっぱり雨を降らす事が得意なの?」


 秋留が優しく問いかける。


「はい! というか僕のいる所は勝手に雨が降りますメ〜!」


 港町コックスを出発してからというもの、妖精に悩まされっぱなしな俺達はその場所から移動するのも嫌になってしまい、そのまま野宿の準備を始めた。


 途中、アマ吉は別の馬車が通りかかった時にコッソリ馬車の屋根に飛び乗って、先に進んでいった。


「晴れたね」


 秋留が頭上を見上げた。

 日もだいぶ傾いてきたが、空は雲ひとつない青空だ。……雨降り小僧がいなくなったためだろう。


「この大陸は、疲れるな……」


 俺はテントの中に倒れこんで愚痴った。


「な、慣れですぞ……」


 さすがにジェットも少し疲れているようだ。


 俺達は簡単に早めの夕食を済ますと、その日は何もせずに寝てしまった。




 港町コックスを出発してから四日目の朝だ。

 今朝は昨日と違い大きな青空が広がっているが、北側の大陸だけあって肌寒い。


「屋根よ〜し!」

「下側よ〜し!」


 俺は馬車のどこかに妖精が忍び込んでいないかチェックをしている最中だ。何だか馬鹿らしい。


「それでは出発しますかな?」


『お〜!』


 全員、多めに休息を取ったせいで体力は万全だ。ペット達の鳴き声やラップ音もいつもより大きく聞こえる。 俺は妖精に出会わない事を祈りつつ馬車からの景色を眺めた。


 相変わらずの幻想的な世界が広がっている。


「良い天気だね〜……何だか眠くなってきちゃ……」


 台詞を最後まで言い終わらないうちにクリアが秋留の膝の上で寝始めた。


「ふわぁ〜あ……私も寝るね」


 秋留が俺に手を振りながら下を向いて眠りに入った。馬車の動きに合わせて頭がカクカクと揺れている。


「昼前には到着しそうですな」


 ジェットが街道沿いの案内版を眺めている。『花の都ファリは直進四十キロメートル』と看板にある。この馬車の今の速さなら後二、三時間で到着する距離だろう。

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