エルフとの遭遇
再び馬車に揺られる俺達。
港町コックスを出発して一日目が終わろうとしている。太陽が今にも林の奥へと消えていきそうだ。
「暗くなってきたね」
秋留が心配そうに辺りを見渡している。
「そうですな、そろそろ野宿出来そうな場所があると良いんじゃが……」
「野宿か〜、あたし初めてだなぁ」
嬉しそうにクリアが眼を輝かせている。
お嬢様は野宿をした事が無いから楽しそうにしているが、決して楽しいものではない。
地面で寝るのは寒いし、いつモンスターに襲われるかも分からないため交代で見張りに付く必要もある。出来る事ならどんなに小さな町の汚い宿でも良いから建物の中で寝たいと思う。
「お、少し開けた場所がありましたぞ」
ジェットの声に俺達は馬車から身を乗り出して前方を確認した。
確かに野宿が出来そうな少し開けた場所があるが……。
「先客がいるみたいだな」
少し位暗くなってきても俺の眼なら観察する事が出来る。
俺達の目指す場所には一台の馬車とその近くに群がる二人の人影が見えた。
その二人が警戒するように武器を構えて俺達の方を観察しているのが分かる。
「ご一緒させてもらえますかな?」
ジェットが丁寧に馬車から降りて二人に近づいていった。
それに続いて俺達も馬車を降りる。
「来るな! 邪悪な気を発する奴らめ!」
長髪の剣士風の男がもう一人をかばう様に俺達の前に立ちふさがった。
邪悪な気……。
恐らく死人であるジェットと死馬である銀星、凶暴な獣と化したカリューの事を言っているのだろう。
あ。
後、どこかにツートンとカーニャアもいるに違いない。あいつらは悪霊だからな。もしかしたらクリアからも邪悪な気が発せられているかも。
……驚くべき事にまともなのは数名だ。
「ごめんなさい、ちょっと特殊なメンバーだから……」
優しく秋留が二人に話しかける。
「……貴方は良い気を発している」
そう言うと剣士は武器を納めた。後ろで杖を構えていた女性の冒険者も警戒を解いたようだ。
パッと見は剣士と魔法使いの二人パーティーだろうか。
「ありがとうございます。お二人はエルフの方ですね?」
秋留が礼を言った相手を観察した。
確かに耳が尖がっていて線が細そうだ。これがエルフ族か。間近で見た事はあまり無かったが、さすが夢の大陸アステカといった所だな。
「近くで野宿させて貰っても構わないですかな?」
「お前は近づくな!」
近づいていったジェットに男エルフが武器に手をかけて叫ぶ。
寂しそうにジェットは引き下がった。
「なるべく離れて野宿してくれ」
そう言うと二人のエルフは焚き火の傍に再び座った。
「ありがとうございます」
「ありがとう!」
秋留の後にクリアも元気良くお礼を言っている。野宿が楽しみでしょうがないんだろうな。
ちなみにエルフ族の二人はクリアを若干警戒しているようにも見える。やっぱり邪悪な気を発しているに違いない。
獣人になった後もカリューがいたために野宿の準備も楽だったのだが、今はただの獣となってしまっているため、野宿の準備を手伝う事も出来ない。
俺達は慣れないシープットとクリアと手分けをしながら野宿の準備を始めた。シープットの手際がそれなりに良いのは普段クリアに色々とこき使われているためだろう。
「これ位の大きさで良い?」
クリアが秋留の料理を手伝っている。今は野菜を包丁で切っているようだ。秋留は料理の腕も一流なのだが、クリアが手伝う事によって味が悪くならないか心配でしょうがない。
「バッチリ」
と秋留は言っているが大分デカイぞ、その人参は。
今夜のメニューはカレーだ。
どこで仕入れてきた情報なのか不明だが、クリアはしきりにカレーを食べたがっていた。キャンプの王道はカレーらしい。
俺とジェットとシープットは先程仕留めたモンスターの肉をさばいている所だ。小さな猪のような動きの速いモンスターだったが、俺の銃で一発で仕留めた。
『いっただっきま〜す』
待ちに待った遅めの夕食だ。辺りはすっかり暗くなっている。エルフパーティーは一人ずつ交代で睡眠を取っているようだ。
さすが秋留の作る料理はカレーでさえ旨い。ちょっと人参は大きめだが……。
「美味しい! 具も大きくて食べ応えがあるね!」
どこまでもプラス志向な奴だ。
ちなみに銀星を含めた三匹の馬は草花、カリューと紅蓮はペット専用の御飯を食べている。
カリュー、いよいよ人間では無くなったな。どこまで行ってしまうんだろう。
そして食後。
興奮したクリアが寝付けないために焚き火を囲んでのトランプゲームが開催された。お年寄りのジェットはだいぶ眠そうだが、頑張って我がままな孫に付き合っている。
「秋留お姉ちゃん」
「ん? どうしたの、クリア」
クリアが秋留に近づいて何やら話しかけている。
……。
どうやらクリアはトイレに行きたくなったようだ。俺の盗賊の耳では聞いてはいけないような内容の会話も聞こえてしまう。
冒険者になると長距離の移動が増えてくる。
そうなると困るのがトイレだ。
男ならその辺で用を済ませても良いのだが、女性はそうはいかない事も多い。そりゃ、全く気にしない女性もいる事はいるのだが。
そこで冒険者が愛用するのが、今秋留が馬車から持ってきた袋の中に入っているもの。簡易トイレだ。
簡易トイレと言っても普通の壺のようなものなのだが、浄化の魔力が込められた石が中に敷き詰められている。魔法ってつくづく便利だよなぁ。
ちなみに簡易トイレは浄化屋にお願いして綺麗に浄化してもらう事が出来る。浄化屋は大きな町には大抵いるようだ。下水施設の整った街などもあり、魔力のお陰で俺達の生活はどんどん便利になっていっていると思う。
「さて、そろそろ寝ますかな」
秋留とクリアが戻ってきた所でジェットが待ちに待った台詞を言った。眠そうな目をしている。
「じゃあ俺が最初に見張りに付くよ」
俺は軽く伸びをして装備を確認した。
秋留とクリアは同じテントに入って行く。そのテントの前にはカリューと紅蓮が陣取る。
ジェットも別のテントへとフラフラしながら消えていった。歩きながら寝ているようだ。その傍には馬たちが休んでいる。
静かだ。
時々暗闇に光る虫のようなものはきっと妖精なのだろう。なんて幻想的な景色なんだ……。
「ピシシッ」
「パシシッ」
ツートンとカーニャアが近くで会話をし始めたようだ。幻想的な景色が台無しだな。一気に不気味な雰囲気に包まれた。そういえば時々光る物体はモンスターの眼の光に見えなくも無い。
俺は気を引き締めて辺りの気配を窺った。遠くではエルフの剣士も不気味な音に驚いて辺りをキョロキョロと見回している。うちの者が迷惑かけて悪いな。
「……何匹かのモンスターが近づいてきているな」
俺は他の場所からはモンスターが接近していない事を確認して街道の反対側に移動した。この茂みの向こう側から十匹程のモンスターが近づいて来ているのが分かる。
まだ射程外だ。
「ブレイブぅ、何やってんのぉ?」
その時、秋留のテントから半分寝ぼけたクリアが頭を出して声を出した。
「!」
その声に一瞬驚いた俺は緊張が解けてしまった。それはモンスターも同じだったらしく一気に茂みから飛び出してきた。
「バカッ! テントに入ってろ!」
俺は叫びながらネカーとネマーを乱射した。硬貨の一枚一枚が襲い来るモンスターの脳天や身体に命中していく。しかしそのうちの一匹が俺の脇をすり抜けて唖然としているクリアに向かって飛び掛かった。
「ガウッ」
クリアの目の前でカリューがモンスターの喉仏に噛み付いた。飛び起きた紅蓮もクリアを守るようにモンスター達を威嚇している。
「カリュー、行けー!」
クリアの命令でカリューがモンスターの群れへと飛び込んだ。
「爪で引っかいちゃえ〜!」
俺はカリューの援護をするようにネカーとネマーを構えた。しかし狙いをつけづらい。クリアが変な命令をしているせいでカリューは戦い難いようだ。
「ちっ」
目の前のモンスター達は群れで戦闘する事に慣れているらしい。カリューが翻弄されている。
「一旦カリューを敵の群れから離れさせろ!」
俺は叫んだが興奮したクリアには聞こえていないらしい。
仕方なくカリューに当たらないように硬貨を発射させて一匹ずつモンスターを打ち抜く。
「全く、何をやっているんだ!」
遠くで様子をうかがっていたエルフの剣士が背中から弓矢を取り出して、銀色に光る一本の長い矢を放った。
銀の矢がモンスター三匹をまとめて串刺しにする。その攻撃でばらけたモンスター達を的確にネカーとネマーで打ち抜いた。
怯んだモンスター達は茂みへと逃げ込もうとする。
「そいつらは一匹も逃がすな!」
そう言って、逃げるモンスターをエルフが矢で射抜いた。
俺も腰に装備したナイフで素早くさばく。そして左手のネカーで茂みに半分身体が隠れた別のモンスターも打ち倒した。
「これで全部か……」
「大丈夫だった?」
いつの間にかテントから出てきた秋留が心配そうに声をかけてきた。クリアも秋留に抱きついている。ジェットはテントからは出てきていない。熟睡しているに違いない。
「あんたら新米冒険者か?」
先程のエルフが背中に弓を戻しつつ近づいて来た。少し怒っているのは気のせいではないだろう。
「い、いやぁ……」
俺は苦笑いをして誤魔化した。俺達のレベルや功績を考えると中より上といった所だ。少なくとも新米ではない。
「こいつらは……」
そう言ってエルフは倒れていたモンスターを指差す。
「バウボア。群れで行動する」
俺の顔をジロリと睨む。まるで全ての元凶が俺にあるかのように。
「一匹でも逃がすと更に大量の仲間を引き連れて仕返しに来る。とても仲間意識の強いモンスターだ」
そうか。それでこのエルフは一匹も逃がすなと忠告してきたのか。
「お前らさっきバウボアの肉を食ってたろ? 仕留めた時に仲間を逃がさなかったか?」
「あ」
そんなに食料はいらないと思って逃げていった他のモンスターは放ったらかしだった。……元凶は俺だったのか。
「はぁ」
目の前のエルフが分かり易く溜息をついた。溜息をつかれるのも本日二度目だな。
「もっと修行する事だな」
そう捨て台詞を残しエルフは自分のテントの前へと戻っていった。
「……面目ない」
「ホントにね」
俺の陳謝にすかさずクリアが突っ込む。お前が変な邪魔をしなければ十数匹のバウボア程度あっという間に片付けたさ。
「ふあ〜あ。とりあえずクリア、寝るよ」
秋留もとくに俺のフォローもせずにテントに戻っていってしまった。寂しいな。
それから交代の時間までは何事もなく、俺は秋留と見張りを交代して眠りについた。