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邪妖精

「もう疲れた〜」

「まだなのぉ〜?」

「つまんない〜」


 クリアの不満はもう聞き飽きた。

 港町を出発してまだ半日だぞ? しかも俺達がいつも乗っている馬車よりは相当乗り心地が良い。それをわずか半日で疲れたなどと……。高い金出してこの馬車を借りたジェットの事も考えてあげてくれ。


「気分転換に休憩しますかな?」


 ジェットが見かねて街道を少し離れた場所に馬車を止めた。相変わらず木々が多いのだが、この場所は少し開けているようだ。


「う〜ん! やっぱりずっと同じ体勢は疲れるね〜」


 クリアは思いっきり伸びをしている。


「ふふ、そうだね。私も冒険者になりたての頃は移動が辛かったなぁ……」


「お茶にしませんかな?」


 ジェットが芝生の上にシートを敷いてお茶の準備をし始めた。


「いいねぇ」


 秋留ものんびりする事に決めたようだ。お茶の準備を手伝い始めた。クリアも思い出したように秋留の手伝いを始める。


「良いものでございますね、旅というものは」


 俺の隣でシープットがクリアを見て感動している。シープットは基本的に無表情の時が圧倒的に多いのだが、クリアを見る時は凄く幸せそうな表情をしている。まるで父親のようだ。


「シープットさんは旅をした事はあるのか?」


「呼び捨てで構いませんよ。わたくしも若い頃は色々と無茶をしたものです」


 若い頃と言ってもシープットは見た目三十歳くらいに見える。真っ白の髪をしているが地毛のようだ。それともクリアの相手をしていて過労で真っ白になってしまったのだろうか?


「ブレイブ殿」


 俺は軽くジェットの方へ顔を向けた。


「アステカ大陸は精霊の力が充実しているせいで、栄養価の高い果物が沢山あります」


「了解、散歩ついでに探してくるよ」


 俺は荷台から『全世界サバイバル旅行記・第四巻』という分厚い本を取り出した。とある冒険家が全大陸を無銭で制覇した時の日記だが、食べられる野草や果物の情報についてもまとめられている。全十巻の長編だ。ちなみにとある冒険家とはジェットの事ではない。……ナク・ポンターホンという人物が書いた本のようだ。


「シープットも手伝ってくれ」


 俺は幸せそうにクリアを眺めるシープットの背中を引っ張って行った。




「これなんかは美味そうだな」


 俺は真っ赤なヒョロ長い果物を手に取ってシープットに渡す。俺が採取係り、シープットには本を参考に食べられる果物なのかを調べてもらっている。


 俺は辺りを見回した。少し森の中に入ると生息している植物が全く違うものになっているのが分かる。


「……味は旨いのだが猛毒である……」


 後ろでブツブツ言っているシープットは放っておいて俺は目の前の細い木を見上げた。上の方にバナナのような果物が生っているのが見える。


 俺は手頃な石を掴んでバナナ風の果物に投げつけた。


「おお! さすがブレイブ様、見事な命中力でございます!」


 シープットが小さく拍手をしている。俺は落ちてきた果物をシープットに渡した。


 ん? シープット以外にも拍手しているのがいるぞ? 秋留かな?

 俺は嬉しさ一杯で辺りをクルクルを見渡した。


「……」


 少し離れた木の上に緑色をした小さな男が見える。モンスターか!

 俺は両手に銃を構えた。


「わっわっ」


 木の上に腰を下ろしていたモンスターが地面に墜落した。今、普通に喋ったように聞こえたが……。


「ちょっと! ちょっと! ちょっと!」


 凄い勢いで小さな少年が走りよってきた。俺の膝ぐらいまでの身長だ。低すぎないか?


「お兄さん! 何、善良な妖精に銃なんて向けてんの!」


「よ、妖精?」


 俺がオロオロしていると目の前の妖精と名乗った小さすぎる緑色の少年が俺の事をジロジロと見始めた。


「お兄さん、田舎者?」


 また言われた。妖精を見た事がない奴はみんな田舎者扱いなのか。


「お兄さん、気をつけた方が良いよ」


「何がだ?」


 俺はようやく落ち着いて目の前の妖精と会話し始めた。上半身は裸で下半身には草で編んだようなスカートのようなものを穿いている。


「妖精の中にも意地悪いのがいるからね。銃なんかで狙ったら何されるか分かったものじゃないよ」


「そうなのか」


 妖精にも色々いるんだな。こいつは俺が額に攻撃を受けた妖精に比べたらサイズがデカイしな。


「それにこの大陸に来て間もないでしょ?」


 そう言って妖精はシープットの持っていた先程のバナナのような果物を奪い取った。


「これはバンバーン。食べたらドカンッ……だよ」


 妖精が小さな手で爆発の仕草をして見せた。


「そ、そうでしたか。それはご親切にどうも」


 シープットが妖精に深々と頭を下げている。どこまでも腰の低い奴だ。


「しょうがないぁ……」


 そう言うと妖精は辺りを見渡し、一つの果物を取ってきた。


「ジューシルだよ、その名の通り、果汁たっぷりで極旨!」


 見た目は真っ黒で硬そうなのだが……。


「ありがとうございます」


 そう言うとシープットは大事そうに果物を受け取った。


「……じゃあ、僕はそろそろ出発するよ」


「何か用事でもあるのか?」


 妖精が俺の事を睨む。


「そんなに暇そうに見えた? 失礼な田舎者だよ、全く!」


 そう言って妖精はプンプンと怒りながら俺達の目の前から姿を消した。


「……」


「ブレイブ様、放心していないでそろそろ戻りませんか? 果物もそれなりに集まりましたし……」


「あ、ああ、そうだな」


 俺は若干、妖精が苦手になりつつある気持ちを押し込むようにして馬車へと戻っていった。





「やれやれ……やっと元に戻りましたですじゃ」


 ジェットが頭を掻いている。


「悪い……」

「すみません」


 俺とシープットは仲良くジェットに謝っている。


 あの後、馬車に戻って楽しいおやつタイムが始まったのだが、妖精から貰った真っ黒い果物……、あれがバンバーンだったのだ。


 最初に口にしたジェットの頭が見事に吹っ飛んだ。それを見たクリアやシープットは一瞬で気を失い、つい先程復活したばかりだった。


「その緑の妖精の言うとおり、悪戯とかが大好きな邪妖精と呼ばれる種族も多いみたいだからねぇ」


 秋留が困ったように俺とシープットの顔を見ている。


 見事に騙された。

 洞察力が肝なはずの盗賊がこれじゃあ面目まる潰れだ。

 しかも奴が持っていったバナナ型の果物がジューシルで、とても高値で売買されている貴重品だった。この事実が俺の心を百倍にも傷つけている。


「はぁ〜」


 クリアが俺達に聞こえるようにわざとらしく溜息を付いた。『使えない奴ら』と思っているに違いない。


「ま、まぁ、美味しい果物もいくつかあったから上出来でしょう!」


 秋留が俺達の事をフォローしてくれた。ありがとう、秋留。秋留はクリアとは大違いの慈愛に満ちた大天使だよ。ちなみにクリアは生意気な邪妖精だな!


「何よ、ブレイブ!」


 俺の視線に気付いたクリアが食って掛かる。


「な、なんでもございません」


 思わずシープットみたいな喋り方をしてしまった。こりゃあ執事の気持ちが痛い程分かる。


「何はともあれ、最初に食べたのがワシで良かったですな。ぬぁっはっは」


 豪快にジェットは笑っているが、さすがに誰も笑っていない。想像しただけでも怖すぎる。


 邪妖精か……。悪戯好きとかいうレベルではないぞ、これは……。

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