妖精との遭遇
俺達が泊まっているのは一泊4000カリムの宿だ。
朝食に軽くパンなどが出るが、夕食は各自で取る必要がある。
この安めの宿にはスウィートルームがあり、クリアはそこに泊まっている。一泊26000カリムで朝食と夕食がつく。スウィートルームには部屋がいくかあるのだが、シープットは居間のソファーで寝ているらしかった。
「おやすみ、ブレイブ、ジェット」
秋留が可愛く手を振りながらスウィートルームへの階段に消えていく。
そう。
クリアが金を出して秋留も同じ部屋に呼んでいるのだ。秋留も断っていたのだが、クリアの強引な勧誘により連れ去られてしまった。
という訳で安い部屋に泊まっているのは俺とジェットだけ。その他の動物はクリアの支払いでスウィートに泊まっている。
ちなみに銀星は外の馬屋、ツートンとカーニャアはどこにいるのかサッパリ分からない。
「ブレイブ殿、お休みなさい」
「ああ、お休み、ジェット」
俺とジェットは隣同士の部屋だ。二人部屋もあったのだが、さすがにジェットと二人っきりだと息苦しくなる。最近は慣れたのだがジェットと銀星からは死臭が漂うのだ……。
俺は着ていた服をベッドに放るとシャワーを浴びた。
安宿だが各部屋にシャワー室が付いているのはありがたい。
さて。
そろそろこの港町コックスを出発する時も近づいて来たようだ。今までは色々見て回りたいと駄々をこねていたクリアも今日は少し大人しくなっていた。明後日あたりには出発出来るだろうか。
俺は熱いシャワーを浴びると暫く武器や装備の手入れをしてから眠りについた。
「え〜! もう出発しちゃうのぉ!」
案の定、俺が提案した途端にクリアが全力で否定し始めた。
「のんびりしてもいられないだろ、カリューを早く元に戻してやらないといけないし……」
クリアと出会った時はカリューが元人間だとは言っていなかったのだが、今はクリアにも事実を話している。まぁ、元人間と分かったカリューの扱いが変わった訳ではないのだが。さすがクリア……覇王の器か?
「クリア殿、ここは一年中寒いアステカ大陸なのですじゃ」
「え? そうなの?」
「はい。クリア殿のいたデズリーアイランドは一年中暑い大陸でしたからな」
俺達の暮らすこのルーガル星には大きく分けて三つの種類の大陸がある。
まずはルーガル星の中央にある大陸、以前冒険したチェンバー大陸や秋留の故郷である亜細李亜大陸などには四季がある。
次にルーガル星の南側にある大陸、俺達がレッド・ツイスターと呼ばれるようになったゴールドウィッシュ大陸や俺の故郷であるイクシム大陸などは一年を通して基本的に暖かい。
そして今いるアステカ大陸や魔族の本拠地があるワグレスク大陸は一年を通して常に肌寒いのだ。
「分かりましたかな?」
ジェットの分かり易い説明を聞いてクリアもきちんと理解出来たようだ。
「凄いね、ルーガル星にはそんなに色々な大陸があるんだね」
「そうですじゃ、余談じゃがワシは全ての大陸に行った事があるんじゃ」
「へ〜、ジェットおじいちゃんは凄いんだねぇ」
そこでクリアが俺を見る。
ブレイブとは大違い、と絶対思っているに違いない。
「ふむ。それでのぉ、クリア殿」
「ん?」
「一年中肌寒い大陸でも冬の季節は特に寒くなるんじゃ」
そう。
四季が無いと言っても暦がない訳ではない。この大陸にも十二月が来るし一月も来る。その時期は特に寒いのだ。
「そっか、じゃあ早く移動しないとドンドン寒くなっちゃうんだね」
「そういう事ですじゃ、分かって頂けましたかな?」
「うん!」
俺の視界の端では、クリアお嬢様の知能レベルが上がった事を喜ぶシープットの姿が映っている。
「じゃあ、とっとと出発しよ〜!」
クリアが叫ぶ。
やれやれ。町を移動するのも一苦労だな。この先が思いやられる……。
そして翌日。
昨日のうちに出発の準備を進めていた俺達の目の前には、真新しい馬車が用意されている。
「へ〜、これが馬車かぁ〜」
クリアが眼をキラキラさせながら馬車のあちこちを眺めている。
「パリッ」
「パシンッ」
どうやらツートンとカーニャアも馬車は初めてのようだ。
「あれ? お馬さんが増えてるよ?」
馬車の前に回ったクリアが不思議そうに聞いてきた。荷台の前には銀星の他に二頭の馬がたたずんでいる。
「私達全員を乗せた馬車を銀星だけ引っ張るのはちょっと無理なのよ」
秋留がクリアの目線に合わせて答える。
「ふぅ〜ん、言ってくれればカリューと紅蓮とタトールに馬車を引っ張らせたのに……」
いや、さすがにそれは無理だろ。
馬車、っていっているんだから馬に引っ張ってもらおうよ。
「あれ? タトールがいない……」
クリアが辺りをキョロキョロとしている。
確かにタトールの姿が見えないが……。
「キー……」
遠くから鳴き声が聞こえる。タトールの鳴き声だ。
俺はクリアを呼んで鳴き声のする方に歩いていった。そこには寂しそうにしているタトールの姿が見える。
「どうしたの? タトール……」
クリアが話しかけている。
一緒に付いて来た秋留も心配そうにタトールの方を覗き込んでいる。
「うんうん……」
クリアがタトールと会話中だ。もちろん俺達には何を話しているのかサッパリ分からない。
「え〜! そうなのぉ!」
「どうしたの?」
秋留が心配そうに尋ねた。
「タトールは海の生物だから、これ以上、大陸の中には入れないんだって……」
そうか。
タトールは霊獣だった。霊獣は特定の場所でしか生きる事が出来ないと秋留に聞いた事がある。だから一般的に霊獣は召喚によって少しの間だけ別の場所に出現するのだ。
常にクリアの傍を歩いていたタトールは強力な四聖という理由もあるかもしれないが、港町や島でしか一緒いた事がないからなぁ。
「しょうがないね……タトールとは暫しのお別れね」
そう言った瞬間にタトールの顔が一瞬、安心したように見えた。
クリアと離れられる事が嬉しいのかもしれない。そうだよな、クリアみたいなご主人様は誰だって嫌だよな。
「待っててね、タトール……この港町でちゃんと……」
そう言ってクリアはタトールの身体をガシッと掴んだ。
「ちゃんと待っててね……絶対に迎えに来るから」
そ、それは脅しか? 今やタトールの目の前にクリアの顔が近づいている。
「いなくなったりしたら、許さないからね」
その台詞、可愛く言えば聞こえは良いのだが……はっきり言って怖いぞ。
そしてタトールを離したクリアは手を振りながら馬車の方へ戻っていった。
残されたタトールはガクガクと震えながら海の方へと帰っていく。
「かわいそうだな」
「う、うん……」
クリアの獣使いとしての力を発掘した秋留も責任を感じているようだ。
タトールがクリアから離れた事を聞いたカリューと紅蓮は、あからさまに「あいつ、上手いこと逃げやがって」という顔をしたが、クリアの「すぐに迎えに行くって言っといたけどね」という台詞を聞いた途端に「かわいそうに」という顔に変わった。
「それでは、出発しますぞ」
総勢九名を乗せた馬車が走り始めた。まぁ、うち二名には重さというものはないかもしれないが。
馬車は街道を軽快に走り始めた。
今回はお嬢様のクリアのために馬車も少し高価なものにしている。車輪にはスプリングが使用されていて馬車の揺れを押さえてくれる。
しかも今回の馬車にはベンチも付いている。いつもは床に座り込むような形なのでだいぶ疲れるのだが、このタイプの馬車ならまだマシというものだ。
ちなみにこの高価な馬車、支払いはジェットだ。
なんだかんだ言ってもジェットにとってクリアは孫のように可愛い存在なんだろうな。
「この大陸は何だか独特な雰囲気だよな……幻想的な感じがする」
俺は辺りを見渡しながら呟いた。
馬車から見える景色を眺めると、見慣れない木々や草花が多く目立つ。どれもこれもキラキラと輝いているようにも見えた。
「あれ? ブレイブ知らないの?」
「ん? 何が?」
「あ〜、何か飛んでるよ〜!」
クリアが叫んだ。
確かに馬車と並走するようにキラキラと輝く何かが飛んでいるのが見える。
俺は眼に力を集中させて、その飛んでいる何かを観察した。盗賊は五感に意識を集中させるのが得意な奴が多い。俺もそのうちの一人だ。
「……虫?」
と俺が呟くとそのキラキラ光る物体が俺の額に突っ込んできた。
「痛っ!」
俺は思わずオデコを押さえた。
「失礼ね!」
目の前のキラキラ光る物体が小さな声で怒鳴っているのが聞こえる。
「ごめんなさいね、ブレイブは妖精の事を知らないみたいなの」
秋留が隣からフォローする。
え? 妖精?
「ふぅ〜ん、とんだ田舎者だね!」
そう言うと、目の前の妖精は俺達の馬車から離れていってしまった。
「……あれが、妖精?」
俺は野生の妖精は初めて見た。
冒険者の間では依頼の達成を監視するインスペクターと呼ばれる妖精がいるのだが、あれは人工的に造られたものらしいからな。
「妖精は虫とかモンスターとかと間違われるのが大嫌いなのよ」
『へ〜』
一緒に秋留の説明を聞いていたクリアとシープットが同時に感心する。
「このアステカ大陸は妖精やエルフ、獣人等の多くの種族が共存する大陸なんだよ」