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秋留とデート!?

 人が四人も並んで歩いたら一杯になる位の小さな通り。すれ違う人々の半分は恋人同士に見える。道の両脇には花壇が隙間なく並べられている。なんてメルヘンな通りだろうか。


 街灯の案内板には『メルヘン通り』と書かれている。そのままじゃないか……。


「そこの仲の良いお二人さん、ペアの指輪なんてどうだい!」


 この通りにはアクセサリーを売る店や店頭でクレープを売る店、洋服屋や喫茶店も目立つ。恋人達をターゲットとした店がほとんどを占めているようだ。


「ねぇ〜、あれ買って〜」


 通り過ぎた若いカップルが楽しげに会話をしている。


「どれどれ……」


 男がショウウィンドウを覘く。唾を飲み込んだ所を見ると、目玉が飛び出す程の金額だったのかもしれない。


「ねぇ、あのお店、お人形が一杯売っているみたい!」


 俺の隣を歩く女性が嬉しそうに話しかけてきた。


 女性にしては少し高めの身長、俺とほとんど目線が同じなため、会話をしようと顔を向けただけで見つめ合う形になる。ピンク色の長い髪からは甘い香水のような香りが漂ってきた。


「良いね、行ってみよう」


 仲良く手を握り合い、人形で埋め尽くされた店へと向かい、ピンク色のドアを開けた。

 ドアに取り付けられていた鐘が静かに鳴る。

 まるで教会の鐘のように澄んだ音色だ。来店するカップルを祝福しているのだろうか。


「きゃ〜! これ、すっごく可愛い!」


 巨大な一つ目モンスターのぬいぐるみを抱え、女性が満面の笑みを俺に向ける。そのぬいぐるみは可愛いか?


「うん! 凄く良いんじゃないかな! カーニャアにピッタリだよ!」


 ……。


 目の前の女性は俺達冒険者パーティーの『女神』兼『幻想士』兼『参謀』である『秋留』だ。決して『カーニャア』などという名前ではない。


「そう? ツートンにそう言われると欲しくなっちゃうなぁ〜!」


 俺の名前は『ブレイブ』。秋留と同じパーティーで職業は盗賊だ。決して『ツートン』などという名前ではない。



 何がどうなっているのかというと、俺は今、浮かばれない幽霊に乗り移られているのだ。俺は確かにブレイブなのだが、俺の身体を操っているのはツートンいう男の幽霊である。


 そして目の前でまるで洋服の試着をするように一つ目モンスターのぬいぐるみを抱いて鏡越しに自分の姿を見ているのは確かに秋留だ。しかし同じように秋留の身体はカーニャアという女性の幽霊に操られている。



 なぜこんな事になったのかというと……。


 そう、あれはこのアステカ大陸に到着した時の事だった。


 前回冒険した島で怨霊と化していた幽霊カップルを引き取った元ネクロマンサーでもある秋留。その秋留が二人の心の声? を聞いたのだ。


「新しい町! 素敵! ツートンとデートがしたいわ!」


「俺もカーニャアとラブラブしたい!」


 秋留以外には「ピシッ」とか「パシッ」というラップ音にしか聞こえなかったんだけどな。秋留が通訳してくれて、そんなような事を言っているらしかった。


 そして生身の身体じゃないと楽しくデート出来ない! という事で俺と秋留がこういう状態となった訳だが……。


 これがブレイブである俺と秋留本人のデートであれば、どんなに……どんなに! 幸せだったことだろうか。

 確かに俺の手は秋留の手を握っている。

 確かに俺の眼と秋留の眼は幸せそうに見詰め合っている。

 他人から見れば、さぞかし仲の良い、幸せそうなカップルに見える事だろう。


 しかしこの空しさは何なんだろうか。

 秋留の姿で俺ではないブレイブを見つめないでくれ! 凄く複雑だ……。不思議と嫉妬してしまう。


 と俺が一人で錯乱している間にツートンがズボンをゴソゴソし始めた。どうやら財布を捜しているようだ。


 と、ちょっと待て!

 俺の金でその可愛くもないモンスターのぬいぐるみを買うつもりか! 勘弁してくれ!


「13000カリムになります。いやぁ、お兄さん、可愛い彼女を連れてて羨ましいですよ」


 俺の目の前で事情の知らない陽気な店員が話しかけている。


 ツートンは照れながら俺の財布から20000カリムを取り出す。


「でしょ? カーニャアは世界で一番綺麗なんだぁ……」


 見た目は秋留なんだけどな。分かっているのか、ツートンは……。


「んもぅ! ツートンったら!」


 カーニャアが照れてツートンに可愛くパンチを繰り出す。カーニャアも自分が秋留に乗り移っているのを忘れているようだ。


「あはは」

「うふふ」


 あはは……。最早俺も笑うしかないな。早く解放してくれ。


「今日は機嫌が良いからお釣りは取っておいてよ、お兄さん」


 ぬいぐるみショップには似合わないレザー服の上下で固めたオジサンに言う。


 と、またまた待て!

 勝手に釣りまでくれてやるなよぉ……。と俺の意思では身体がいうことを利かないためただ見ているしか出来ない。ツートン、お前、わざとやっているんじゃないだろうな……。


 そして店を出た俺達四人? は昼過ぎの人通りの多いメルヘン通りに戻ってきた。


「次はどこに行きたい?」


「う〜ん、クレープ食べたいな」


 大きなぬいぐるみを両手で抱えてカーニャアが答える。


「よ〜し! また俺が奢ってあげるよ!」


 ツートン! いい加減にしろ! お前の金じゃないだろう!


 い、いや……。でも俺が払わないと秋留に乗り移っているカーニャアが払う事になるのか? それは秋留の金だからな。しょ、しょうがない、我慢する事にしよう。




「今日は楽しかったね」


「うん……」


 ここは恋人峠。

 恋人達が愛を語らうちょっとした丘だ。周りにも綺麗な夕焼けを見るために集まった恋人達が沢山いる。


「カーニャア、愛しているよ」


「私もよ、ツートン……」


 俺も秋留にこれ位ストレートに告白出来れば良いのだが、俺は秋留への気持ちを未だに告白出来ないでいる。


「カーニャア……」


「ツートン……」


 そして見つめあいながら近づく二人の顔。


 え!


 それはさすがにヤバくないか! でもこんな間近で秋留の顔を見れて幸せだ。

 ああ! 綺麗なまつ毛の一本一本まで仔細に観察出来る。こ、これは俺の意思ではないけど結構、嬉しいかも。


 そして俺と秋留の顔が更に近づいたその時!



「しゅう〜りょう〜」


 意識がグルグルと突然回り始める。


 どうやら秋留がツートンとカーニャアへの身体のレンタルを終了させたようだ。


「ちっ、後少しだったのに……」


 思わず本音が漏れる。


「ピシッ」


「パパシッ」


 俺だけではなくツートンとカーニャアの霊もその辺で抗議をしているらしい。


「さすがにキスまでは駄目だよ〜」


 秋留が宙を眺めながら諭す。


「ブレイブも何か『ちっ』とか言ってなかった?」


 秋留が俺の顔を睨む。


「え? 気のせいじゃないか? ツートンが言ったんじゃないのか?」


 適当に誤魔化す。


「ふ〜ん、まぁ、良いけどさ」


 秋留が夕日を眺める。


「綺麗な眺めだな」


「そうだね」


 俺は秋留の手を握り締めた。


「……」


「……」


「! 何ドサクサに紛れて手なんか握ってんの!」


 秋留が凄い勢いで手を振り払った。


「あ……つい成り行きで……」


 ツートンとカーニャアに身体を預けていたせいだろうか。自然と秋留の手を握ってしまった。秋留もすぐに拒否をしなかった所を見ると俺と同じ感覚だったのだろう。


「全く、油断も隙もあったもんじゃないね!」


 秋留が顔を真っ赤にして怒っている。そんなに怒らなくても良いじゃないか……。


「さ、とっとと帰るよ!」


 秋留がスタスタと歩き始めた。


 周りのカップル達が俺達の事を痴話ゲンカを始めたかのような目つきで見ているのが凄く悲しい。

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