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ご主人様は誰なのか

「がるるるる」


 何か考える前に獣の唸り声に身体が動いた。

 後方に向かってネカーとネマーを発射する。当たらなかったが牽制にはなったようだ。

 飛び掛ろうとしていたカリューが体勢を立て直している。


「危なかった……」


 身体から若干の煙を上げたラムズが言った。


「タトールが俺の身体ごと上空に打ち上げてくれていなかったら、再起不能になっていたところだ」


「ちっ!」


 カリューのすぐ傍にラムズがいる。という事は今のカリューは完璧にラムズに操られているという事になる。


「行け! カリュー!」


 ラムズの号令を合図にカリューが飛び掛っている。下手に避けたりすると秋留やクリアが危ない。

 俺はカリューに向かって飛び出した。

 まずは左手のネカーを一発。そして右手のネマーを少し照準をずらして一発。


「ガウッ」


 カリューが器用に身体を折り曲げて避ける。俺はその間に更に二発の硬貨を発射した。


「ガウガウッ」


 最小限の動きでカリューが硬貨を避ける。そろそろ俺の攻撃に慣れてきたのか! カリューの戦闘能力は厄介な事この上ない。


 手を伸ばせば届く距離になったところで俺は右手を黒い短剣へと持ち替えた。まずは牽制のためにネカーを発射する。

 牽制で放った硬貨はカリューの爪に見事に弾かれた。

 俺は目の前にまで接近してきたカリューに漆黒の短剣を投げる。


「ガウッ」


 カリューの身体の中心を外れた短剣は遥か後方へと飛んでいった。

 そう、俺の予想通り。


「うわあああ! カ、カリュー! 俺を助けろ!」


 俺が狙ったのはラムズだ。もうラムズの目の前まで俺の投げた短剣が迫っている。

 間に合わないよ。しかも……。


 俺は心の中で微笑んだ。

 ラムズの命令に従ってカリューが後ろを振り返った。俺はネカーを後頭部に叩き込んだ。


「ガッ!」


 至近距離からの硬貨がぶち当たったカリューの短い呻き。血が吹き出た。


「ぎゃああ!」


 俺の投げた短剣が肩口に刺ささり、ラムズが悲鳴を上げた。

 ラムズとカリューのペアと戦闘を始めて一瞬。その一瞬でケリがついた。


「ラムズ、お前は操る獣やモンスターを頼りすぎなんだよ」


 痛みに地面を転げまわるラムズに近づきつつ言う。必死に肩口を押さえているようだ。


「ひいいいい! 力が抜ける! 早く助けて!」


 見ると俺が投げつけた短剣がかなり深いところまで突き刺さっている。あの距離から投げてそんなに深いところまで突き刺さったか。


 俺はラムズの右肩に刺さっている短剣を握った。

 そしてワザと短剣をグリグリと回すようにしながら、ラムズの肩から抜く。


 あれ? 静かになったな。

 ラムズを見下ろすと涙を流して気絶していた。その顔がゲッソリとしている。


「さっすが、ブレイブ。よく一瞬で片付けたね」


「まぁね。たまには頼れるブレイブを演出しないと秋留に嫌われるだろ?」


 滅多にない秋留の褒め台詞に照れた俺はわざとオドケて答える。


「まるで今は私に好かれているみたいな言い方だね」


 カリューやラムズの攻撃よりも致命的なダメージを受けたぞ、今の台詞は。


「あはは! ブレイブ、顔が死んでるよ!」


 クリアが俺の顔を指して豪快に笑っている。ことごとく失礼な奴だ。


「さて、ガロンはどうかな」


 見るとさすがに数に圧倒されたのか、ガロンが多数の治安維持協会員の放ったロープにガンジガラメにされている。


 不死身のジェットと死闘を繰り広げたのだろう。

 ガロンは身体中に穴が開いたり手足が取れかかっても平然と立っているジェットを恐怖の眼差しで見つめている。


 死闘……。

 まぁ、今のジェットには縁のない言葉だったか。


 ボックスとかいう奴は力尽きて地面に突っ伏している。あいつはただの荷物持ちっぽかったからな。


「終わったか」


 俺は再び暴れる事がないようにカリューを縛ろうと近づいた。前よりも念入りに縛らないとな。


「え?」


 俺の胸、心臓がある位置にカリューの爪が突き刺さっていた。咄嗟に急所はズラしたつもりだが、この傷の深さは危険だ。


「きゃあああ! ブレイブ!」


 失いそうな意識の中で秋留の悲鳴が聞こえた。

 駄目だ、今、気を失ったら魔力の尽きている秋留も無防備なクリアも危ない。


「だあああ!」


 カリューを縛ろうとしていたために銃も短剣も構えていない。

 俺は右拳に力を入れて目の前にあったカリューの眉間を殴りつけた。


「!」


 俺の全身に鈍い音が反響した。やはり盗賊の俺の腕では直接攻撃には無理があったようだ。右拳の感覚が途端に無くなる。


 しかし、その痛みのお陰で意識がはっきりした。

 カリューも軽い脳震盪を起こしているようで追撃が来ない。追撃とはつまり、喉を噛み切りに来たり、頭を砕きに来たりだ。


「カリュー! ブレイブは仲間だろぉがぁ!」


 クリアが叫んだ。まるでイカつい野郎が叫んだような言い回しだが、突っ込んでいる場合ではない。


 あれ?

 クリアにカリューが仲間である事なんて言ったっけか? まぁ、今までのやり取り等を見ていれば、予想が付くか。

 とにかく、クリアの叫びでカリューがピクリと耳を動かした。


「ジェット!」


 秋留がジェットを呼ぶ声が聞こえた。今では頭を動かす事も出来ない。どうやら俺は地面に倒れているようだ。


 バシンッ!

 視界が大分狭く、そしてボヤけてきたがクリアがカリューの顔を平手打ちしたのが見えた。


「いつまで操られているの! 秋留お姉ちゃんやブレイブはお前の大事なご主人様だろ!」


 う〜ん。

 さすがに全てを理解している訳では無さそうだ。そいつは俺達のペットじゃないぞ……。


「う! これはいけませんな」


 ジェットが俺を見下ろしているようだ。なぜか死神に見えるのは身体中からダークなオーラを発しているせいだろうか。それともジェットの傷口がみるみるうちに修復していっているからだろうか。


「全てを優しく包み込む大いなる力よ、その神をも癒す聖なる泉を我が眼前に出現させたまえ、セクアナの泉!」


 目の前が真っ白になった。

 そして一瞬にして身体に力がみなぎる。俺は内から溢れ出るパワーに押し出されるように勢いよく起き上がった。


「ありがとう! ジェット! 何だか前より大分調子が良くなったよ!」


 腕をブンブンと振り回しながらジェットの方を向いた。

 あれ? さっきまでジェットがいた場所には誰もいない。


「セクアナの泉……神聖魔法の中でも上位に位置する回復魔法だよ」


 秋留が涙を流している。

 ま、まさか。

 ジェット……。命と引き換えに俺の事を助けてくれたのか?


「ジェット、今までありがとう……」


 秋留が俺に背を向けて天を仰いだ。


 駄目だ、俺まで泣きそうになってきた。

 目の前の秋留の背中がプルプルと震えている。俺は何て事をしてしまったのだろう。

 今まで固定的なパーティーなど組んだことが無かった。ここまで気の合うメンバーとパーティーを組めた事を幸せに思っていた。それを……俺は……。


「あ、あ……」


 秋留が嗚咽も漏らす。


「あっは……」


 ん?


「ああ〜っはっは! あはは〜!」


 秋留が笑い出した。

 まさか……。


「ブレイブ、涙目になってる! ジェットは大丈夫だよ! 暫くは原型を保てないけど暫くしたらまた復活するよ。あっはっは〜!」


 騙された。

 俺とした事が今までのジェットの記憶を走馬灯のように映し出してしまっていた。死人ジェットの命と引き換えに復活させて貰った、などと思った自分を呪う。


「酷いじゃんか! 秋留! 俺はジェットが昇天したかと本気で心配したんだぞ!」


 秋留が笑い涙を拭きながら、少し真剣な顔で口を開いた。


「私を本気で心配させた罰だよ」


「! 心配してくれたのか?」


 俺はすっかり気分をよくした。

 何か秋留が俺に対して酷い事を言って弁解しているようだが、俺の耳には聞こえない。都合の良い事だけを脳みそに刻んでおこう。


「それにしても」


 俺は辺りを見渡した。


 傷付いた者や死亡している者も数多く見られる。海賊団には苦労させられた……。いや、ここまで苦労したのはあそこでクリアに調教され始めているカリューのせいだろう。

 凶暴だったカリューもクリアに怒鳴られながら「お手」や「おかわり」を覚えさせられている。獣使いって凄いんだなぁ。


 カリューの眼がクリアの迫力により怯えているよう見えるが、まぁ、俺を殺そうとした罰だな。


「お疲れだったな」


 タイガーウォンが近づいて来た。身体中傷だらけだが致命傷は追っていないようだ。カリューやガロンと戦って五体満足とは、実は結構強い奴なのかもしれない。

 いや、ただ頑丈なだけか。


「助かった。いくらカリューに手助けされたからといって、海賊達を逃がしたのは治安維持局側の落ち度だ」


 傲慢そうな奴に見えたが、それ程、話の分からない奴でも無さそうだ。


「ラムズにカリューが操られるのを予測出来ずに、近くの檻に閉じ込めたのが不味かったな」


 アゴに豪快に生えた真っ黒なヒゲをもてあましてタイガーウォンが笑った。

 いや、笑い事か?


「カリューか……どうするかな……」


 タイガーウォンが悩む。

 我がパーティーの頭脳、秋留が黙っている。何か良い案を考えている最中に違いない。


「ペットは責任を持って飼い主が面倒を見ます」


 秋留がタイガーウォンを見つめる。


「ペット……ペットか! そりゃ良い!」


 タイガーウォンがクリアに叩かれているカリューを見て更に笑う。


「確かにペットだ! がっはっは!」


 とりあえず当初の予定通り、行儀の悪いペットと成り果てたカリューを元に戻してもらうために、アステカ大陸に行くしかない。この大陸に来た時とはカリューの状態が大分変わってしまったが大丈夫だろうか。


 道中で誰がご主人様かはっきりさせてやらないとな。

 ……。

 今はクリアがカリューのご主人様と認めざるを得ないようだが。


「!」


 俺は大気が震えるのを感じて辺りを見回した。

 一瞬、身体ごと海水に流された俺の視界に映ったのは、ラムズとガロンの傍にたたずむ焼け焦げたタトールの姿だった。


「助かったぞ、タトール!」


 ラムズがボロボロのタトールを撫でた。

 そして幹部二人が走り出す。


「炎の精霊イフリートよ、炎の弾丸で敵を撃ち抜け! ファイヤーバレット!」


 秋留が咄嗟に魔法を放つ。

 しかし逃げる海賊達には命中しなかった。


「あの森に誘導して」


 秋留が小声で俺に呟いた。秋留の視線の先には俺達が取り付かれた不気味な森が鎮座している。

 秋留に何か考えがあるのだろう。

 俺はネカーとネマーでラムズとガロンの少し右を狙った。


「うがっ」


 俺の狙い通り、放った硬貨がガロンの右腕をかすった。海賊達は順調に森へと誘導されていく。


「タトール!」


 腹に響く重低音な声。

 タトールを呼んだのはラムズではない。クリアだ。

 クリアの叫び声にタトールの動きが止まった。


「どうした、タトール! ここから逃げて体勢を立て直すぞ!」


 次はラムズの叫び声。

 しかしタトールはその場を動こうとしない。


「タトール……」


 先程の響いた声とは違って優しく訴えかけるようなクリアの声。これがあの有名な飴と鞭か。


「ラムズなんかに付いて行ったら命がいくつあっても足りないよ」


 クリアがタトールをはじめとした海賊達に近づいていく。

 俺はいつ海賊達が反撃してきても良いようにネカーとネマーを構えなおす。


「タトール、構うな!」


 ガロンに追いつくようにラムズも走り出しながら叫ぶ。


「アタシなら! アタシならタトールを危険に合わせる様な事はしない!」


 クリアのこの台詞がトドメを刺したようだ。タトールがクリアへヨロヨロと近づいてくる。


「タトール!」


 森へと消えていくラムズの悲痛な叫び。まるで恋人に裏切られたかのような悲しさを感じる。

 そしてタトールがクリアの胸へと飛び込んだ。


「よしよし」


 クリアがタトールの頭を優しく撫でる。しかしタトールは気付いていない。クリアの顔が新たな下僕を手に入れた邪悪な笑みに包まれているのを。


「カリュー」


 クリアの死角に入って逃げようとしていたカリューが、クリアの静かな声にビクリと身体を震わせて立ち止まった。そして大人しくクリアの傍に近づいていく。


 獣使いクリア。


 既に紅蓮、カリュー、タトールという強力な軍団を引き連れるまでに成長してしまった。


「凄い成長の早さだよね」


 秋留が言った。


「なぁ、ラムズとガロンは追わなくて良いのか?」


 タイガーウォン達治安維持協会のメンバーも、不気味な森に入ることを躊躇しているようだ。


「大丈夫、彼らにお願いしておいたから」


「彼ら?」


 秋留に聞き返したが秋留は不気味に笑っただけだった。


「クリア、凄いわね。もう獣を三匹も仲間にしちゃって」


 秋留がクリアの視線に屈んで話しかける。目線を同じにして話しかけている秋留の心遣いはさすがだと思う。


「うん! 皆、私とずっと一緒にいたいって言ってる!」


 クリアが紅蓮を、カリューを、タトールを順番に撫でた。


 俺の眼には全ての獣が首を横に振っているように見えるのは気のせいだろうか。最初は忠実だった紅蓮も一連のやり取りを見て考え方を変えたようだ。


 その時だった。

 俺の耳に森の奥深くからラムズとガロンの叫び声が聞こえてきたのは。


「聞こえた?」


 森を眺めている俺の隣にやってきて秋留が言った。

 頷く俺に秋留は続ける。


「森にいたカップルの霊に言ってあげたの」


 霊と会話?

 ネクロマンサーはそんな事も出来るのか。便利なもんだなぁ。


「何て言ったんだ?」


 ふふ、と笑って秋留が言った。


「ガロンとラムズはデキてる!」




 それから暫くは海岸の生存者達の介抱を行った。俺達冒険者は簡単な治療の仕方なら知っている。


「こりゃこりゃ、大変そうですね」


 森の方から頭を光らせながら一人の爺さんが近づいて来た。俺と秋留が取り憑かれた時に助けてくれた、ツルッパゲのゲーンとかいう爺さんだったかな。


「わたくし、神聖魔法が少し使えますゆえ、お手伝いしましょうかな」


「お前の助けなどいらん!」


 近づいて来たタイガーウォンがゲーンを指差して怒鳴る。

 ムッとした顔をしてゲーンが言い返す。


「そんなボロボロの身体をして何を言うか!」


 この爺さんズはお互い面識があるようだ。しかも仲が悪そうに見える。

 今にも殴り合いの喧嘩を始めそうな雰囲気だ。


「お前の方こそ何もしていないのに身体がヨボヨボではないか!」


 これはタイガーウォン。

 今までは威厳のあるように見えていたのだが、こうやって口論しているところを見るとタダのジジイだな。


「お主こそ、その顔の恥ずかしい傷はいつ消えるんだ!」


「何だと!」


「そんな凶暴な顔で捨て猫を助けようとするから豪快に引っかかれるんだ!」


 ぷっ。


 思わず噴出してしまった。あの顔で捨て猫を助けるような心を持っているとは。顔を斜めに横断する真っ赤な傷は子猫につけられた傷だったのか。


「まぁまぁ、お二方、仲良くしましょうよ」


 秋留が間に割って入った。相手の心を静めるように優しく話しかけているのが分かる。


「こんな奴と仲良く出来るか!」


 タイガーウォンがゲーンの顔に唾を飛ばしながら反論した。


「汚なっ! 貴様! 唾を飛ばすな、臭い!」


 これはゲーンの台詞だ。まるで子供の口喧嘩だ。


「亡くなったお二人は、貴方達二人が仲良くなる事を望んでいますよ」


 秋留は二人の爺さんの秘密を知っているらしい。

 秋留の台詞を聞いたタイガーウォンとゲーンは、お互いを見つめ合ってソッポを向いた。


「とりあえず口論している場合ではないな。重症者から面倒を見よう」


 ゲーンが白い法衣の袖をまくって負傷者の手当てをし始める。


「よろしく頼むぞ」


 タイガーウォンは、心配そうに成り行きを見守っていた治安維持協会員達の元に戻って、色々と指示し始めた。

 秋留の言葉で全てがまるく収まったようだ。


「どういう事だ?」


 俺は秋留に近づいて聞いた。


「森のカップルの霊ね……両親に反対されて投身自殺しちゃったんだけど」


 秋留が少し怒るような目線を二人の爺さんに送る。


「その仲の悪い両親がタイガーウォンとゲーンなの」


「!」


 そんな事実があったのか。それでゲーンは二人の霊を慰めるために森で暮らしているという訳か。


「そんな情報どこで仕入れたんだ?」


 何となく予想はしていたが、とりあえず秋留に聞いてみた。


「本人達の霊に直接」


 やっぱり。

 悩み相談でもしてあげたのだろうか。それでこうなるかもしれない事を予想してガロンとラムズがデキているという情報を伝えた……。


「やっぱり秋留は天才だよ」


「当たり前でしょ」


 秋留が笑顔で答えた。そういうフザけた態度も俺は大好きだ。

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