リスのような化け物
翌日眼を覚ますと、部屋の中に香ばしい匂いが立ち込めているのに気がついた。
俺は部屋を出て食堂に向かった。食堂にある薄汚れたテーブルの上に、焼いたパンや目玉焼きなどの簡単な朝食が用意されている。
「貴方はブレイブさんでしたかな? おはようございます」
食事を用意していたのは、ダイツだった。
俺が不思議そうに食事の準備をしているダイツを眺めていると、後から秋留が話し掛けてきた。
「私達の事は、さっきダイツさんに言ったよ」
事情を理解した俺に、ダイツは食事の準備の手を休めて言った。
「話は秋留さんから聞きました。あなた方はこの村を襲った奴らを倒すために来てくれたんですね。昨日は大変な失礼をしました」
「昨日は危うく殺されかけたからな」
俺はダイツを睨みながら言った。
「またあいつらが戻ってきたのかと思ったんです……。申し訳ない……」
急に小さくなってしまったダイツを見て、悪い事をしたと思った。
暫くすると、食事の匂いにつられたのか、カリューとジェットも起きてきた。
食事の準備をしているダイツの姿を見て唖然としている二人に対して、秋留は俺にした説明と同じ事を繰り返し言っていた。
「そういえば……」
俺は秋留の姿を見て思った。やけに綺麗になっている気がする。シャンプーの良い匂いもする。
「ふふ。気付いたの? ダイツさんにお風呂を借りたのよ。ちゃんとお湯も出るのよ」
それはグッドニュースだ。
朝起きてから頭が痒くてどうしようもなかったのだ。
「食事を終えましたら皆さんご一緒に入って下さいな。宿屋の風呂なので皆さん一緒に入れますよ」
俺たち男三人は朝食を終えると一目散に風呂へと向かった。
ゴシゴシと頭や身体を洗う俺たち。
今はシャンプーの匂いが浴場に立ち込めているためジェットの死臭も気にならない。
「はぁ〜……良い湯だな」
カリューが湯船に浸かって伸びをした。ベッドも風呂も久しぶりだ。
「これは生き返りますなぁ」
う〜ん……。とりあえずジェットに突っ込むのは止めておこう。
俺たちは久しぶりの風呂を堪能すると、鍛冶屋と謎の剣士に滅ぼされてしまったドル村を出発する事にした。あまりゆっくりはしていられないからだ。
去り際にダイツから聞いた情報では、村を襲った鍛冶屋と赤い剣士は北の林に向かって歩いて行ったという事だ。
俺達はダイツに礼を言うと、大炎山の麓に広がる林の奥に向かって歩き始めた。
ちなみに山を登るのに馬車は使用出来ないためドル村に置いて来ている。アルフレッドの面倒もダイツにお願いしてきている。
銀星はというと、元気にジェットと秋留の間を交互に移動して媚を売っている。死馬でも無ければ山登りなど出来ない。
「街道沿いには住んでないよね、きっと」
「そうだな」
魔族お抱えの鍛冶屋が人通りの多い所にあるとは考えられないと判断した俺達は、林の中の道なき道を歩き続け、太陽が真上に昇る頃に運よく一軒の小屋を見つけた。
小屋と言うには少し大きめの建物だ。壁は全て石を組み合わせて作っていて、屋根からは巨大な煙突が覗いている。
小屋のすぐ後ろは断崖絶壁になっていて、その崖の一部に大きな洞窟が口を開けていた。恐らくあの洞窟から鉱物を運び出しているのだろう。
「どうだ? ブレイブ。何か分かりそうか?」
隣で息を潜めていたカリューが言った。
サイバーがいると思われる小屋に窓はなかったため、中の様子を確認する事は出来なかったが、何者かの気配は察知する事が出来た。
「小屋の中に誰かいるな……気配を感じるのは一人だけだ」
「どうする?」
カリューは作戦担当の秋留に聞いた。
「ダイツさんの話ではサイバーの他にもう一人剣士がいるらしいから、慎重に行った方がいいね。それに、ここがサイバーのいる小屋とは限らないし……」
暫く小屋を観察していると、小屋の後方にある洞窟から何かが歩いてくる足音が聞こえた。
「洞窟から何か出てくる。でかいぞ」
暫くすると、俺達が隠れている茂みの地面が揺れ始めた。
洞窟から顔を出したのは、見た事もないモンスターだった。
体長は三メートル。リスのような身体つきをしているが、その顔は愛くるしくはない。眼は白目の部分がなく真っ黒で、口は大きく裂けていた。全身は気持ちの悪い緑色だ。
その身体には似合わない小さな手には、巨大な鉱石が抱えられていた。
「よし、そこに置いとくれ」
リスの化け物の陰から現れたドワーフ風の男が言った。恐らく奴がサイバーに違いない。
背は子供位で良い体格をしている。服装はいたって普通で、皮で出来た黒いベストと、薄汚れたクリーム色のハーフパンツを穿いていた。いかにも鍛冶屋らしいスタイルだと思った。
その時、リスの化け物の鼻がクンクンと何かを探すように動いた。
「どうした? ダグ?」
ダグと呼ばれたそのモンスターは明らかに俺達の存在に気付いているようだ。
暫くダグの様子を見ていたサイバーは「その鉱石は喰って良いぞ」と言うと、一人で小屋の中に入っていった。
「あのデカイのには、俺達の存在がバレたみたいだな」
俺はそういうと、ベルトの左右に下げたホルスターからネカーとネマーと取り出して構えた。
俺が銃を抜いたのとほぼ同時に、ダグはその大きな口に大きな鉱石を放り込んだ。
そして、口の中でガリガリと鉱石を噛み砕き始めた。
「な、何を考えてるんだ?」
カリューは剣を構え、茂みから半身を出しながら言った。
「食事かなぁ?」
秋留は言った。しかし誰の眼にもダグが食事をしているようには見えない。
ダグは真っ直ぐこちらを向いたかと思うと、膨らませた口から、鉱石を弾丸の様に飛ばしてきた。
一発目は俺達のすぐ横に立っていた木に命中した。木は後方へ「バキバキバキ」と大きな音を立てながら倒れていく。
「は、早いぞ!」
俺は言った。
ダグが口から発射する鉱石の弾丸は、俺の銃から放つ硬貨より、スピードも威力も高そうだ。
間を空けずにダグは口から二発目の鉱石を放った。一発目で障害物となっていた木が倒され、姿があらわになったカリュー目掛けて真っ直ぐと飛んできている。
茂みから半身を出していただけのカリューは体勢が悪く避ける事は出来そうにない。
カリューはセイントソードを目の前に構え、飛んでくる鉱石をその剣で受け止めようとした。
だが、俺の目の前でカリューが吹き飛ばされた。
飛んできた鉱石はカリューの構えていたセイントソードを打ち砕き、そのままカリューの身につけていたブルーアーマーの胸部に鈍い音と共にぶち当たった。
「ぐはぁっ」
カリューが口から血を吐いた。胸を強打したためだろう。
「私がカリューに回復魔法かけるから、ブレイブとジェットはこっちに攻撃されないようにして!」
秋留はカリューに駈け寄り、地面に膝を立てると呪文を唱え始めた。
「俺が援護する! ジェットは奴に向かって攻撃をしかけてくれ!」
俺は比較的動きやすい場所に転がり出て、ダグに向かってネカーとネマーを構えた。
ダグの真っ黒な眼が俺を見つめている。
「頼みましたぞ、ブレイブ殿!」
ジェットはそう言うとカリューの傍に銀星を置いたまま、ダグの左側に回り込むために走り出した。距離はゆうに50メートルはある。
俺はダグに向かって連続でトリガを引き、硬貨を発射した。
しかし硬貨があたる瞬間、ダグの身体の色が銀色に変わり、俺が放った硬貨の弾丸を全て弾いた。
「な、何だ?」
その光景を見ていたジェットもダグに向かって走る足を止めたようだ。
一体何が起こったんだろう。
気付くと、ダグの身体が元の緑色に戻り、口がジェットの方を向いていた。
その眼の近くまで避けた大きな口は、常に不気味に微笑んでいるように見える。
危険を察知したジェットが素早く後方へ飛び去った瞬間に、ダグの口から鉱石が発射され、ジェットがいた場所の地面を爆音と共にえぐった。
その土煙に混じり、ジェットはダグとの距離を一気に詰め、マジックレイピアをダグの腹に突き刺そうとする。
だが、またしてもダグの身体が銀色に変わり、ジェットの攻撃を弾いてしまった。
ダグの身体に弾かれたジェットは体勢を崩し、地面に方膝をついた。その瞬間を待っていたかのようにダグは再び緑色の身体に戻ると、ジェット目掛けて鉱石を放とうとした。
「ちっ、間に合わない!」
俺はジェット目掛けて硬貨を発射した。硬貨はジェットが左手に身につけているシルバーシールドに当たり、ジェットの身体を吹き飛ばした。
ダグが発射した鉱石は、またしてもジェットを外れ、地面をえぐる結果となった。
攻撃を邪魔されたダグは俺の方へ向き、息を荒立て睨みつけてきた。
「気持ち悪い眼で見るな」
俺は奴の眼目掛けて硬貨を発射した。身体の色が変わった時でも眼に当たる攻撃は防げないと判断したからだ。
しかし俺の予想とは裏腹に、銀色に姿を変えたダグは眼に当たった硬貨すら弾いてしまった。
奴が銀色になっている時は、弱点はないのだろうか?
もしかしたら秋留の魔法ならダメージを与えられるかもしれないが、今はカリューの回復をしているし、秋留に戦闘に関して助けを求めるのは少し格好悪い。
再び防御を解いたダグは大きく深呼吸をすると、口から鉱石を放ってきた。
俺は盗賊としての能力を最大限に発揮して、すさまじい勢いで進んでくる鉱石を見つめ、寸前のところで身をかわした。それと同時に俺は硬貨を放った。
何度やっても結果は同じだった。硬貨が当たる瞬間に奴は銀色になり、硬貨を弾き返す。
「あんまり硬貨を無駄にさせるなよな」
俺は愚痴ったが内心では焦っていた。こいつの能力を把握しなくてはならない。
俺は五感全てを研ぎ澄まし、奴を観察した。
ダグは銀色の防御体勢を解くと、同じ事の繰り返しだと言わんばかりに息を吸い込み、鉱石を発射してきた。
俺は同時にネマーで硬貨を発射した。俺とダグとの間で鉱石と硬貨がすれ違い、目の前に鉱石が迫ってきたが落ち着いて上体を屈めて避けた。
一方俺が放った硬貨は、ダグの銀色の身体に弾き返された。
ダグの身体の周りには俺の放った硬貨が虚しく散らばっている。
と、俺はある事に気づいた。
銀色になっている時のダグは呼吸をしていない。緑色の身体で俺を睨みつけている時の奴の呼吸は荒いのに、銀色になっている時はその呼吸が止まるのだ。
「試してみる価値はありそうだな」
俺はダグの身体を正面に捕らえ、ネカーとネマーのトリガを引いた。
いつもの繰り返しで奴は銀色に姿を変え俺の硬貨の弾丸を弾き返したが、銀色になった奴の身体目掛けて俺はそのまま連続でトリガを引いた。
俺の予想が正しければ、あいつは銀色になって防御体勢を取っている間は息を止めているはずだ。
息を止める事で身体を硬質化出来るのではないだろうか。だとすると連続で長い間銀色になる事は出来ないはず。
俺の予想は正しかった。30秒程硬貨を放ち続けたところで、突然ダグの色が元の緑色に戻った。硬貨が大分無駄になったが成果はあった。
俺は目の前で酸欠のためか、真っ黒な眼を白黒させているように見えるモンスター目掛けて、連続でネカーとネマーのトリガを引く。
今度は奴の身体に次々と硬貨が当たり、ダグの上げた奇声と共に辺りに肉片が散らばった。
「ジェット! とどめだ!」
俺は状況を見守りマジックレイピアを構えていたジェットに向かって言った。ジェットは既に魔力を込めているのか、マジックレイピアが淡く光っている。
ジェットは走り出し、倒れかけていたダグの眉間に剣を突き刺した。
断末魔の叫び声と共に頭の無くなったダグはその場に倒れた。
「ふぅ…、ちっ!」
俺は今まで五感を研ぎ澄ませていた事もあり疲労していた。しかし俺達の相手は休ませる暇を与えてはくれないようだ。