ラムズとタトール
「え?」
俺が一瞬硬直したスキに魚モンスターが殴ってきた。俺は額を押さえながら魚モンスターをネマーで木っ端微塵にする。
「いてて……。どういう事だ? ラムズは獣使いじゃないって事か?」
「大地の精霊と風の精霊の宴は地底を走り虚空を舞う!」
秋留は三日月の飾りが付いた魔法の杖を上空に振り上げる。俺はその間に秋留を襲ってこようとしているモンスターを打ち倒してフォローする。どうやら魔力を高めているらしい。溜めが長い。
「アースブロー!」
秋留が力を込めて叫ぶ。
丁度モンスターが固まっていた場所で大地を風が爆裂し、モンスター達を吹き飛ばした。その中にカリューも混じっていたようだが、まぁ無事だろう。
「ふぅ。これで少しは時間が稼げるかな」
俺は魔法の効力とは反対側にいたモンスター数匹をネカーとネマーで倒す。
「ラムズは確かに獣使いよ。でも、襲ってきている水系モンスターを操っているのはタトール……」
「モンスターがモンスターを操るなんて出来るのか?」
俺達は敵が少なくなって来たのをチャンスとみて海へ近づいた。つまりラムズへと。
「う〜ん。もしかしたら、力のあるモンスターの命令を弱いモンスターが聞くとかあるかもしれないけど、タトールはモンスターじゃなかったんだよ」
俺達は尚もラムズへと近づく。
ちなみに少し離れた浜辺ではガロンと治安維持協会員達が戦闘を繰り広げているが、その輪の中にジェットの姿も見える。
いつの間にか戦闘に加わったようだが、身体中に穴やら取れかけそうな腕を振り回して戦っているジェットの姿に、周りの協会員達がビビッている。
「タトールは霊獣だよ」
「召喚魔法で出てくる、あの霊獣?」
怯えていたクリアが聞いてくる。自分が知っている単語が出てきたので、デシャばりたくなったらしい。
「そうだよ、クリア。でも本来、霊獣っていうのは特定の場所でしか生きられないの」
へ〜。
秋留は物知りだなぁ。何でも知らないと気が済まない気質なんだろうな。感心してしまう。
「だから霊獣は召喚士に呼ばれた時だけ別の場所に姿を現すの。長い事その場に留まるのは無理なはずなの」
秋留の講義が続く。
その間にも襲い掛かってくるモンスター達は、ボディーガードである俺がぶち殺す。
「私がよくお世話になっているジャイアントロックは、普段は岩山に住んでいるしね」
俺のイメージではジャイアントロックは普段は体育座りをしていそうだ。
そんな馬鹿な事を考えながらも、俺達はどんどん海に近づいていっている。海に近づいたところでラムズやタトールまでは攻撃が届かないが、どうするつもりだろう。
「で、タトールの話に戻るけど、タトールは私の予想が正しければ……」
ここで秋留がビシッと海の上のタトールを指差す。
「霊獣の中でも有名な『四聖』のうちの一匹『玄武』よ!」
秋留の台詞が聞こえたのか、海の向こうにいるラムズがニヤける。
そしてタトールが反応したかのように、波が一瞬高くなった。
「水を操る力のある玄武だからこそ、水系のモンスターをこんなに沢山操れるんだよ」
なるほど。
タトールはそんなに有名な奴だったか。それを操っているラムズはそれなりに力のある獣使いという事か。
「何で玄武なんていう有名な霊獣が、ラムズなんていうショボい奴にくっついているのかは不思議だけどね」
秋留の考えと俺の考えは大分違うようだ。
「力があるし海の上だから、場所を移動したり、ある程度なら陸地でも生きていられるんだね?」
クリアが言った。
ああ、そういう台詞を言うのは俺の役目じゃないのか〜?
「ふふ。そうだね。クリアは物分りが良いね〜」
秋留がクリアの頭を撫でる。
ああ! 俺がクリアの言った台詞を言っていれば、秋留は俺の頭をナデナデしてくれるはずだったのにぃ!
「ナデナデなんかしないよ」
久しぶりに秋留に心の中を読まれてしまったようだ。
「で? どうするんだ?」
俺の素朴な疑問。
既に俺達は脚に波がかかる場所に立っている。
と、突然、目の前の波間から人魚が現れた。濡れた金髪が色っぽい。人魚の上半身は裸だ。俺は眼のやり場に困った。
「荒れ狂う空を縦横無尽に闊歩する雷帝ヴォルトよ……」
秋留は人っぽいモンスターでも容赦なく攻撃を仕掛ける。
俺は少しでも人っぽいとモンスター相手でも躊躇してしまうのだ。
「待って!」
急にクリアが秋留の前に飛び出してきた。
「この子の心が伝わってきた!」
クリアが人魚に近づいていった。いくら人の形をしていてもモンスターには違いない。その証拠に水で出来たナイフを右手に持っているのが見える。
武器を構えた俺を秋留が制止する。
「ちょっと待ってみようか。いつでも攻撃出来るようにはしといて」
俺は両手に武器を構えて成り行きは見守った。照準は人魚モンスターの心臓……うう、なぜか照れる。
「人魚さん、無理矢理戦わされているんでしょ?」
人魚モンスターが不気味な呻き声を上げた。今にも飛び掛ってきそうだが大丈夫だろうか。
「酷い……心が鎖でがんじがらめにされているみたい」
クリアが悲しそうな顔をした。
「すぅぅぅぅ……」
また大声を出すつもりらしい。
俺は両耳を塞いだ。隣で秋留も同じ仕草をしている。可愛い。
「玄武ぅぅぅぅぅぅぅ〜!」
空気が揺れた。秋留が魔法を放つ時と同じような空気の振動だ。
その叫び声に海の向こうに立っていたラムズとタトールが硬直する。と同時に目の前の人魚が呪縛から解き放たれたかのように海に戻っていった。
俺は静かに両銃をホルスターに戻した。
目の前でクリアが人魚を解放した事でラムズは焦ったようだ。俺達の方に少し近づいて来た。
すると目の前から今度は半魚人がザバッと五匹現れた。タトールが呼んだのだろう。
「あんた達!」
クリアが半魚人達に叫ぶ。
「何であんな亀なんかの下で働いているの! どこが良いの!」
いや、何か理由があるんだろ? 何せ相手は水を操る力のある霊獣だからな。
「アタシの下で働け! きっちり調教して、あ・げ・る・よ!」
クリアの猛烈なアピールで半魚人達が一歩後ろに下がった。
これで鞭でも持たせればクリアはどんなモンスターでも操れるんじゃないだろうか?
「こら! 逃げんな! 半魚人共!」
半魚人達は逃げ出した。
クリアには逃げた理由が分からないらしく、プンプンと湯気を出しながら怒っている。
「クリアは優しく語りかけるよりは、力で押さえつけて操るタイプみたいだね」
秋留が言った。
確かに、明らかにラムズとは獣使いとしてのタイプが違うようだ。
クリアに半魚人達を解放されたラムズとタトールは更に俺達に近づいて来た。このまま行くと攻撃が届く範囲まで来るんじゃないのか?
「ぷしゃあああ」
今度は割と近くの海から水が噴出した。何だ?
「いつまでも調子に乗るなよ」
ギリギリのレベルでラムズの声が聞こえてきた。つまりラムズ達が大分近づいて来たという事だ。
先程、水を噴出した物体が俺達の眼の前から現れた。
クジラ。しかもキャタピラが付いている。
「クジラ戦車!」
秋留が叫んだ。戦車? 確かワグレスク大陸で魔力で動く荷馬車のようなものがあると聞いていたが、その名前が確か戦車だったはず……。
「デカイわね!」
クリアも叫んだ。
それをモンスターに問いかけているのだとしたら、そのまんまだけどな。
確かに大きい。俺の身長の三倍はありそうだ。
その巨大なクジラ戦車の口が大きく開く。口の中に巨大な一本の銃身が見えた。
「危ない!」
俺は秋留とクリアの前に飛び出した。身長程ある銃身から飛び出してくる砲弾を防ぎきれるとは思えないが……。
「口臭いわよ!」
クリアがまた叫ぶ。確かに臭い。秋留とクリアの前に出たせいで、クジラ戦車のデカイ口が目の前にあるから余計に臭う。これは生ゴミの匂いだ。それも何日も放っておいた生ゴミ……。
俺達が同じ事を叫んでもクジラ戦車には伝わらなかっただろう。
しかし意思疎通がある程度可能なクリアの叫びは、クジラ戦車にダイレクトに伝わったようだ。
遥か頭上に見える小さな眼から大粒の涙を流しながら、クジラ戦車は海へと戻っていった。
「ちょっと可哀想かも」
秋留が呟いた。
俺は海上を眺めた。もう目の前にタトールに乗ったラムズがいる。
と、海水が盛り上がり俺達に向かってきた。
俺達は勢いよく流される。
「しょっぱ〜い!」
クリアが叫ぶ。さっきから叫んでばかりだが喉は大丈夫だろうか。
それにしても、とうとうタトールとラムズが直接襲ってきた。
「キーーーー!」
ガラスを爪で擦った時のような不快な音。タトールが声を発しているようだ。亀の鳴き声ってこんなだったのか、と感心している場合ではない。
タトールの周囲に氷の槍が無数に出現した。
「業火の身体を持ち 煉獄の心を抱く者よ……」
秋留が呪文を唱え始めた。
この魔法は広範囲に熱風を飛ばす極大魔法だ。タトールとラムズしかいない海に向かっての攻撃なら問題ないだろう。
俺はネカーとネマーでタトールとラムズを攻撃した。
しかし宙に浮かんだ氷の槍が硬貨を吹き飛ばす。それなりの硬度があるらしい。
「ちょっと止めなさいよ!」
クリアが叫ぶと氷の槍が一気に減った。俺の硬貨より威力があるという事か。さすがにショックだ。
「灼熱の息吹を知らぬ哀れな者達を汝の舞で焼き崩せ!」
秋留が杖を振りかぶる。
それと同時にタトールが氷の槍を全て飛ばしてきた。間に合うか?
「コロナバーニング!」
顔を覆いたくなるような熱風が辺りを包む。
クリアも悲鳴を上げた。
「キーー!」
タトールも悲鳴を上げた。タトールの放った氷の槍は跡形も無く溶けて消えた。
「助けて! タトール!」
まさに熱風がラムズとタトールを襲う瞬間、ラムズがタトールに助けを求める。いや、タトールも自分の命を守るので精一杯じゃないのか?
「キィ!」
タトールがラムズの前へと出た。ちなみにラムズがいる場所は海に入ってはいるが足が届く位置らしい。腰の位置で波間に漂っている。
辺りが水蒸気に包まれた。
タトールが熱風を食らう直前に海水を壁のように打ち上げたのが見えた。しかし、このままではタトールとラムズがどうなったのか分からない。
「防がれちゃったか」
秋留が残念そうに言った。
「コロナバーニングとかの大規模な魔法は結構な魔力を使うから、私は暫く役に立てないよ」
俺の方を見て秋留が言う。
つまり今のでラムズとタトールは片付けたかったという事か。俺は両銃を構えた。
「お姉ちゃんって凄いんだね」
クリアがケホケホと水蒸気に蒸せながら感心している。