クリア救出作戦
「てめぇ! 何してやがる!」
情けない理由だが、さすがに木の上から落ちてきたら敵にバレるだろう。
こうなってしまっては仕方がない。
敵を蹴散らしつつクリアの場所までたどり着こう。
俺は近づいてきた海賊の攻撃を難なくかわすと、背中に肘打ちを食らわしてから走り始めた。
「盗賊だ! あの時の盗賊が姿を現したぞ!」
海上で俺達レッド・ツイスターと戦った事を覚えているのだろう。一人の海賊が騒ぎ出した。
袖の中に隠し持っていた指の長さ程のナイフを投げつける。狙い通りにナイフは騒いでいた海賊の腹に刺さった。運が良ければ生き残るだろう。
左から迫ってきていた長髪の海賊がサーベルを振るった。あらかじめ予測していた俺は屈んでそれをかわし、短剣で海賊の太腿を切り裂いた。
「すぐに止血しないと死ぬぞ」
俺は軽く忠告してやると前方を睨みつけた。
ガタイの良い海賊が両手を広げて待ち構えている。全身に飛び道具を装備しているような俺と肉弾戦でもやろうっていうのか?
もう木の硬貨も石の硬貨も使い切ってしまった。千カリムにもなる銅の硬貨を使いたくはなんだが……。
俺は断腸の思いでネカーとネマーに銅の硬貨を装填した。
ちなみに今装填した硬貨は先程の靴底海賊からカッパらった硬貨だ。
両銃に十枚ずつの硬貨が補充された。ちなみにネカーとネマーにはそれぞれ最大で二十枚の硬貨を込める事が出来る。
海賊の足を吹き飛ばして再起不能にしようとした矢先、その巨体が何者かの攻撃により宙を舞った。
「がるるるるる〜」
涎が滝のように流れている。ぼんやりと虹がかかっているように見えるのは現実逃避のせいか、俺が泣きたくなっているせいだろうか。
カリューが俺の目の前に立ちはだかった。
カリューは微動だにしない。
俺も両手に構えた銃を動かせない。最早、思考能力がないはずのカリューが慎重に俺を観察しているようだ。絶好の獲物を見る目つきで。
俺とカリューとの距離は五メートルもないだろう。盗賊には距離感も重要なため間違いはないはず。
その中間に先程カリューに打ち上げられた海賊が落ちてきた。
その眼には最早生気が感じられない。頑丈そうな身体を貫いている爪跡が見えた。
地面に血の花を咲かせた海賊を飛び越えてカリューが仕掛けてきた。
やらなければやられる!
俺は銅の硬貨が込められた銃のトリガを引いた。普通の人間相手なら急所を狙えば確実に絶命させられる銅の硬貨だが、頑丈なモンスターと化したカリューになら致命傷にもならないかもしれない。
そんな俺の心配をよそにカリューは難なく俺の放った硬貨を避けた。
野生の勘とカリューの洞察力が上手くミックスされているようだ。
しかし洞察力では負ける訳にはいかない。
カリューの関節の動きに注意を払い、鋭い攻撃が繰り出される前に避ける。
それでも洞察力について来ない身体の動きのせいで俺は左胸にかすり傷を追った。いざという時の事を考えて鋼の糸が編みこまれた特注のダークスーツを装備してきていたのだが、何なく皮膚まで切り裂かれてしまった。
「このスーツ高いんだぞ!」
俺は素早い手の動きで左手に持っていたネカーを短剣に持ち替えて、すれ違い様にカリューの背中を切りつけた。カリューの背中から人間と同じ赤い血がほとばしる。しかし浅い!
方向転換したカリューが大口を開けて俺の背中を狙う。
俺はカリューとすれ違った事により目の前に見えたレッジャーノ邸目指して、何度目かのダッシュを開始した。
「ちっ」
カリューの鋭い牙が俺の背中をえぐったようだが、気にしている場合ではない。
カリューと戦闘をしつつクリアの元に行くんだ!
先程吹っ飛ばした巨体の海賊が頭に浮かぶ。
今のカリューは制御されていない。
だから仲間のはずの海賊も吹っ飛ばしたんだ。近くにラムズがいないせいだろう。
このままクリアの元に辿り着ければ、とりあえずクリアが人質にされる事はなくなる。邪魔者は片っ端からカリューが倒してくれるだろうから。
俺はそこでクリアを助けて戦線から離脱すれば、後は何とかしてくれるだろう。後から来るであろう秋留が!
あそこでガロンに両手を羽交い絞めにされている、クリアの場所まで辿り着ければ、後は……!?
「ガロンか!」
海賊幹部のガロン。留置所に入れられていたせいか緑色で統一された趣味の悪い帽子とスーツは汚れているが、危険そうな顔付きは変わっていない。
そこら辺にいる雑魚海賊が相手であればクリアを助け出せると思っていたが、ガロンとなると話は別だ。
しかし海上で戦った時とは違って、今は主力としていた散弾銃は持っていない。何とかなるだろうか?
「そろそろか」
獣の足に比べたら俺の走る速さなど役に立たない。それは分かっていた。
俺は後ろを確認するまでもなく急停止して左へと飛んだ。
両手の鋭い爪と大口を開けたカリューが俺の右側を通り過ぎていく。
「お座りだぜ! カリュー!」
後方からカリューの背中に向けてネマーのトリガを引いた。ネマーが硬貨を放つ軽い反動を右手に感じたと同時に、カリューの背中から血が弾け飛びレッジャーノ邸の門に叩きつけられた。
やはり普通のモンスターよりは頑丈な身体をしているようで安心した。
カリューが腹を見せながら痙攣している。
獣が腹を見せるのは服従の証だっただろうか? 俺はそんな下らない事を考えながらレッジャーノ邸の庭に走りこんだ。
ガロンと眼が合う。
そして早すぎると感じる程の時間で意識を取り戻したカリューが、荒い息をして俺の後方からヨタヨタと近づいてくる。
「やはり現れたか。ラムズの時間稼ぎは少し足りなかったようだな」
ガロンは口にタバコを加えながら器用に喋っている。俺が頭をフル回転している間にガロンは更に続けた。
「いや、こうして人質を手に入れたんだ。時間稼ぎは十分だったかな」
俺には到底敵わないが、ある程度のスピードでガロンが銃を構えた。一体どこからそんな武器を調達したんだ?
何の躊躇もなくガロンが発砲してきた。脇腹に激痛が走る。
突然の事で全く反応出来なかった。
人間、何か行動を起こそうとする時は身体が少なからず動くものだ。盗賊の洞察力というものはその辺の反動を観察する事により行動を予測するのだが。
ガロンは身体への反動を起こす事なく、特定の場所を動かせるような訓練をしているに違いない。
「何やってんのよ、ブレイブ! 早くアタシを助けなさい!」
クリアの大声が傷に響く。
「ほう! やはりこの小娘はレッド・ツイスターと面識があったか。ラムズの報告通りだな」
ラムズの報告か。
俺達がモンスターに襲われた時にクリアが一緒にいた事もあった。
でもその時はラムズはまだ牢屋の中だったはず……。
モンスターに襲われた時に姿を見かけた甲羅……タトールが俺達の事を観察して、海賊達がクリアを人質に取る計画を練ったという事か?
「ちっ!」
俺は思わず舌打ちした。
パルメザンの言った通り、狙われていたのは俺達だったか。罪の無い一般市民を巻き込む結果となってしまった。何としてでも名誉を挽回しないと!
俺は傷口を押さえて立ち上がった。あまりの痛さに気を失いそうになる。
「おっと! 怪しい行動を取るんじゃないぞ」
ガロンの銃口が俺の眉間を狙っている。こいつら悪海賊達は人を殺す事に何の躊躇もないようだ。そこが俺との大きな違いか……。
「負けたよ、行け……」
俺の台詞にクリアが考えられる限りの罵倒を俺に浴びせてくる。
「何だと? そんな戯言が通用すると思っているのか!」
ガロンの冷徹な顔に影が落ちる。
「俺達のボスを殺したのはテメェらしいからな!」
もうガロンとの距離はほとんどない。
「死ね!」
瞬間、耳に全神経を注ぐ。トリガを引く、その時に銃の中から発せられる機械的な音を聞き取る。
俺は音に合わせて天を仰いだ。
額を銃弾が掠め、と言っても大分深くえぐられたが、致命傷は受けていない。
それでも血が噴出したため、ガロンは油断したに違いない。俺を倒したと。
「がうっ」
俺の後方で獣の呻き声が聞こえた。
人を平気で殺めるガロンよりも数倍凶暴なモンスター、カリュー。
「な! 俺が狙ったのはお前じゃないぞ!」
ガロンが慌ててカリューに弁解するが、獣使いでもないガロンの言葉が通じる訳もない。
地面に倒れた俺の視界に映ったのは肩口に銃弾を食らって、怒りに燃える瞳を輝かせたカリューだった。
そのカリューの身体が俺を飛び越えてガロンを襲う。
「ぐあっ!」
ガロンが叫んだ。それと同時にクリアの小さい悲鳴が聞こえた。俺は死体のフリをしているため視界は天を向いているが、クリアの声が出た場所とガロンが叫んだ場所がズレているのは分かった。
俺は勢いよく起き上がると、クリアの悲鳴が聞こえた場所まで走った。
顔面に血が流れているため視界はほとんど遮られているが、クリアの目立つ黄色い髪が俺の手の中に飛び込んできたのが確認出来た。
「ブレイブ!」
怒っているのか感謝しているのか分からない口調でクリアが叫ぶ。耳元で怒鳴るな。
狭い視界だが眼を凝らすとガロンがカリューと格闘しているのが見える。
ガロンの被っていた帽子がカリューに切り裂かれた。
ガロンの白く長い髪が地面に散らばる。
「邪魔する奴は死ね!」
まずい!
カリューが殺されては元も子もない。そこまでは考えてなかったぞ!
俺は慌てて銃を構えようとしたが両手が動かない。下を見ると、またしてもクリアが俺の両手ごと身体に抱きついていた。
「ファイヤーバレット!」
頼もしい声と共に炎の弾丸がガロンの上に覆いかぶさっていたカリューを吹き飛ばした。
ガロンの放った弾丸はカリューの身体を外れる。
「相変わらず詰めが甘いよ、ブレイブは」
俺は振り返った。
そこには光り輝く秋留とお付きの老人の姿が見えた。
「秋留おね〜ちゃ〜ん!」
クリアが俺の元を離れ秋留に抱きついた。俺も便乗して抱きついてしまおうか。
「アタシ、怖かったよ〜」
そもそも玄関からクリアがトンカチを持って飛び出してこなければ、こんな事にはならなかったんじゃないのか? 俺はあまり深く考えないように頭を振った。
「がううううううう」
散々ダメージを受けたカリューだが、身体から煙を発しながらも攻撃してきた秋留の方を向いて唸る。カリューを攻撃してガロンから遠ざけてなかったら、今頃はカリューは死体になっていたかもしれないのに。
「秋留お姉ちゃんに何をするつもり!」
クリアが叫ぶ。
その叫びにカリューの唸り声が一瞬止まった。
「ちっ! 分が悪いな……ボックス!」
ガロンが謎の単語を発した。ボックスって箱の事か?
「なんだい」
近くに置いてあった木箱から声が聞こえてきたようだ。確かにボックスだ。中に人でも入っているのだろうか。
え?
俺達の見ている目の前で木箱が形を変えていった。いや、正確には木箱に手足が生えていった。
いやいや。
俺が木箱だと思っていたのは、ただの茶色の服だったようだ。盗賊の眼を誤魔化せる程の限りなく木箱に近い体格。名前はボックスなのだろうか?
「この場所を突破して港に向かう。武器を出せ!」
ガロンに言われてボックスはおもむろに服の中に手を突っ込んだ。
ボックスの懐から出てきたのは血だらけの爆弾だった。信じられん。あいつは身体の中に武器を隠し持っているのか。ガロンが銃を持っていたのも頷ける。
と驚いている場合ではない。奴らは逃げるつもりだ。
俺は銃を構えたが突然の疲労に襲われてその場に片足をついた。血を流しすぎたようだ。
「どけ」
俺は意識を失う直前にボックスが爆弾に火を付けたのが分かった。秋留はクリアを、ジェットが俺を抱えてその場を離れたのはすぐ後だったに違いない……。