レッジャーノ邸へ
それにしても敵が多い。
少し離れた所で秋留も魔法を放ったりしているようだが、若干疲れてきているようだ。ジェットは最小限の動きでモンスター共を三枚におろしている。
いくら雑魚だからと言ってもキリがないぞ。
「こういう集団に襲われる回数が多い気がするのは、気のせいですかな?」
近くで戦っていたジェットの何気ない一言。
確かに。
俺達はモンスターの大群と戦う事が圧倒的に多い気がする。
中でもゴールドウィッシュ大陸でのモンスターの大群との戦闘は一番の規模だったかな。
何しろ俺達がレッド・ツイスターと呼ばれるようなった戦闘でもあるから……。
「うおっ!」
過去の思い出を振り返っている場合ではなかった。
目の前に繰り出されたサーベルをギリギリのタイミングでかわして、モンスターのデカイ腹に硬貨を叩き込んだ。
ラムズを狙おう。
こういう操られたモンスターを大人しくさせるには、その親玉を倒すのが一番手っ取り早い。俺は襲って来るモンスターを倒しつつラムズを探した。
先程いた大木の後ろには既にいないようだ。
そういえば、襲って来るモンスター達の動きに迷いが生じ始めている気がする。操縦者であるラムズが戦線から離脱したか?
「本気じゃない……時間稼ぎ?」
秋留が頭をクルクルと回している。俺には想像も出来ない程に頭をフル活用しているに違いない。
「ジェット! ブレイブ!」
秋留が走り出す。
「街に戻るよ!」
俺達三人はモンスターの包囲網を突破した。包囲網と言っても既にほとんどのモンスターは散開していたようだが。
「ホーク・アイ!」
走りながら秋留は呪文を唱えていたようだ。再び秋留の眼が鋭い鷹の眼のようになる。
秋留が辺りを窺うようにキョロキョロとしているが、実際に秋留が見ているのは遥か上空から見るデズリーアイランドの街並だろう。
でも秋留。
走りながらキョロキョロしてたら危ないんじゃないか? ホーク・アイの召喚魔法を使っている間、秋留は今走っているこの景色は見えているのだろうか。
足元に転がっていたジョン? ボブだっけか? まぁどっちでも良いが、先程、ジェットのゾンビっぷりを目の当たりにして卒倒した治安維持協会員を踏んづけて走り続けているところを見ると、前は見えていないようだ。
俺は危うく木に激突しそうになった秋留の手を引っ張った。
「ありがとう、ブレイブ」
秋留が恥ずかしそうに言った。
あ!
俺は咄嗟の事で気にしてなかったが、秋留の手を普通に握ってしまっていた。慌てて手を離す。秋留の顔を窺うといつの間にか、いつもの可愛い瞳に戻っていた。
「痛っ!」
俺は頭を抑えた。それでも遅れないように足は走り続けているあたりが、冒険者としての根性か、悲しい性か。
「ちゃんと前見てないと木にぶつかるよ」
「そういう時はちゃんと手を引っ張ってくれないと!」
秋留が笑った。しかしすぐに真顔に戻る。
「レッジャーノ邸に海賊達が集まっていたわ」
秋留が言った。
「人質を取る気ですな! 卑劣な!」
ジェットが白い顔を若干赤くして怒鳴る。ジェットは卑怯な事が嫌いらしい。
う〜ん。俺はジェットに好かれているだろうか?
俺達は走るスピードを上げた。どうやらこのメンバーでは俺が一番体力があるようだ。二人との距離が若干開いてきた。
「先に行って!」
俺は秋留に促されて更に速度を上げた。秋留の前だから我慢しているが、既に息が上がってきている。船上暮らしが長かったせいで体力が少し落ちたようだ。
結構森の中までおびき出されてしまったが、ようやく森が開けてきた。
陽動作戦をしている海賊の一人だろうか。少し離れた所からターバンを巻いた海賊が突然短剣を投げようとしてきた。
海賊が短剣を投げるより早く、俺はネカーから発射された石の硬貨を顔面にぶち当てる。こんな雑魚には構っていられない。
と、倒れた海賊の横をすり抜ける時に足首を捕まれた。
「この不死身のボナンザ様にそんな攻撃が通じるものか!」
両鼻から豪快に血を流しているボナンザと名乗った海賊が、俺の足首を掴んだまま見上げて言った。
「不死身は足りてる! 雑魚のくせに名乗るな!」
俺は至近距離から名も無い海賊の脳天に石の硬貨を叩き込む。
めりっ。
石の硬貨が頭に若干めり込んだようだ。まぁ、不死身と名乗ったのだから不死身なのだろう。
海賊は白眼を剥いてその場に倒れこんだ。
俺は何事も無かったかのようにその場を走り去る。
「!」
俺は目の前の光景を見て愕然とした。
この大陸を大きく二つに割っている崖があるのだが、その崖にかけられている数少ない橋が破壊されている。
壊された橋の向こう側、対岸にムカツク笑みを浮かべた海賊がいる。
とりあえず俺は何も解決されない事とは分かりつつ、その海賊の腹に弾丸を撃ち込んだ。声を発する事も出来ずにニヤニヤ顔の海賊がその場に倒れた。
「どうするか……」
辺りを見渡す。
まさかカリューのようにジャンプする訳にもいかない。
秋留の魔法なら何とかなるかもしれないが、さすがに先行していた俺が後方から来る秋留達を待っていたら格好悪過ぎる。
「久しぶりに盗賊らしい事もしておくか」
俺は誰に言うともなしに呟くと鞄からロープを取り出した。タコの身体に巻きつけようとしたあのロープだ。
勿論、あれから手入れをしたためロープがヌメヌメしている事なんてない。何せ俺は綺麗好きだから。
大きく円を描くようにロープを振り回す。目指すは崖の向こう、最短距離の場所にある太い幹のある大木だ。
勢いを付けるためにロープの先は若干重くなっている。そのロープの先端が上手く太い枝に巻きついた。
「よし!」
思いっきり引っ張ってロープが外れたり、枝が折れたりしない事を確認して崖へと飛び出す。
身体が風を切った。俺は何事も無かったかのように対岸へと着地する。
盗賊というものは誰が作ったかも分からないような遺跡や廃墟に潜り込んで、目当ての宝を探したりもする。
トレジャーハントをしていると目の前に口を開けた大穴が待っている事も少なくはない。
そんな時、俺が今やったようなロープアクションというものは重要になってくるのだ。
と、一人で考えながら高価だったロープを木に登って取り外す。
「勿体無いオバケが出てくるからな」
俺は何かを納得させるように大きめの声で言うと、レッジャーノ邸目指して再び走り始めた。
俺は増えてきた海賊達を一人一人撃破しながらひたすら走り続けた。多めに持ってきていた硬貨も心細い量になってきている。
「こいつは怪しそうだな」
俺は今倒したばかりの海賊の靴を見つめた。明らかに靴底が分厚いんじゃないか?
俺は腰から短剣を抜き出すと靴底を両断した。
「うっ!」
目の前で大の字になって倒れている海賊が呻いた。若干足の裏まで切ってしまったようだが気にしない。
やはり。
俺は靴底から出てきた硬貨を銭袋に補充した。しめしめ。金で出来た十万カリム硬貨もあったぞ。
こういう集団で行動する、とくに盗賊や海賊は個人の財産を保持しておく場所がない。そういう奴は普段身に着けている服や装備品に財産を隠しておく事が多い。根性のある奴だと身体の中など様々だ。
俺は心機一転、レッジャーノ邸目指して邁進し始めた。
そろそろだろうか。
俺は海賊達の能力を考えて、気配を消し始めた。雑魚敵と戦うのも危険だ。
相手が人質を取っているのなら尚更、バレないように近づいて人質を奪取したい。
レッジャーノ邸が木に囲まれていて助かった。
どうやらまだ海賊達に俺の接近は気付かれていないようだ。モンスターの姿も見えないところを見ると、ラムズとタトールコンビは別行動をしていらしい。好都合だ。
俺は敢えて正面玄関から近づいていった。逆に建物の裏は警戒しているような気がしたからだ。
「うわあああ!」
男の叫び声が聞こえてきた。
視線をレッジャーノ邸の広い庭に集中する。ちなみに俺は辺りが観察出来るように少し大きめの木に登っている。
数多くいる執事だろう。
ウェイターのような服を着た中年のおっさんが血を流して倒れている。
その周りには武器を持った家政婦や農耕具を持った爺さんなどが群がっている。どう考えても非戦闘員、役に立ちそうもないし、放っておいたら次々と死体が増えてしまいそうだ。
「他の冒険者はいねえのかよ……」
口の中で呟いて辺りを見渡す。
「!」
他の冒険者、そして治安維持協会員だろう。揃いの水色のスーツを着た男達が一匹の青い毛並みの獣人を取り囲んでいる。
場所はレッジャーノ邸の正門の右。丁度街から来る救援が最初に登場してくる場所だ。
俺の見ている目の前で治安維持協会員の一人が首を噛み切られた。
最早、カリューの面影は微塵も残っていない。凶暴な獣人……いや、モンスターと言っても問題ない。
カリューの周りにはレッジャーノ邸の庭とは比べ物にならない程の屍。原型を留めていない亡骸も数多くあるようだ。
その中で唯一頑張っているのがタイガーウォン。
身体中に傷を負いながらも凶暴なカリューと肉弾戦を繰り広げている。
よし。
まずはクリアを探そう。一番人質にされる可能性が高い人物。レッジャーノ家の一人娘であるクリアはどこだ?
「へっ!?」
俺は思わず木からすべり落ちた。
俺が最後に木の上から見た光景は、両手で構えたトンカチを振り回しながら館の中から出てくるクリアの姿だった。