増えていくモンスター襲来
「ぎゃああああ!」
その時、洞窟の入り口から霊獣シープットの叫び声が聞こえた。
俺とジェットは武器を構えて洞窟の方を振り返った。
洞窟の入り口にシープットが血を流して倒れているのが見える。しかしモンスターのような姿は確認する事が出来ない。
「気を付けろ!」
「うむ」
ジェットがマジックレイピアを構える。魔力を帯びたレイピアが薄暗い洞窟付近を照らした。
外は雨が降っていて視界が悪い。しかしこの洞窟は崖に面しているため、あまり足場は無い。鳥系のモンスターだろうか?
「きゃああ!」
突然後方で叫び声が聞こえた。
振り返ると、洞窟の天井から垂れていた水滴が作った水溜りから、何かがニュニュニュとせり上がってきているのが見える。
俺は水溜りに向かってネカーとネマーをぶっ放した。せり上がってきていた水の塊が弾け飛んだが、何もなかったかのように再び形を作り始める。
「ぬおおおおお!」
ジェットがマジックレイピアを水の塊に突き刺した。
破裂音と共に水の塊が四散したが、またしても何かを形成するかのように動き始める。
「女王シヴァの口付けは全てを凍らし、その抱擁は全ての自由を奪う……、アイスバインド!」
秋留が氷系の魔法を唱えた。
しかし秋留の掲げた杖からは何も放出されない。ラーズ魔法は精霊という名のエネルギーを使うから、召喚魔法のように使えない場合はないんじゃないのか?
とりあえず俺は時間を稼ぐためにネカーとネマーを連射して水の形成を止めようとした。
しかし俺の努力空しく、目の前には水溜りから出現した馬のようなモンスターが姿を現していた。肌の色は茶色なのに水のように攻撃を受け付けない。
「逃げるぞ!」
俺とジェットが馬モンスターの様子を窺っている間に、秋留がシープットを抱えてクリアと共に外に逃げ出す。
「ワシが時間を稼ぎます。ブレイブ殿は先に逃げて下され」
死人のジェットがそう言うならお言葉に甘えよう。
俺はもう二、三発モンスターに打ち込むと洞窟の外に向かって走り出した。
しかし目の前には想像もしていなかった光景が広がっていた。
そこら中の水溜りから馬型モンスターが出現していたのだ。俺が見ている間も雨が新たな水溜りを作り、そこから馬モンスター出てくるが見える。
俺は今にも秋留に襲い掛かりそうな馬モンスターの頭を吹き飛ばした。しかしダメージは与えられないようだ。僅かに動きを止める事しか出来ない。
「魔法は?」
「駄目なの! 雨が降っていると炎系のエネルギーが集まり難いし、なぜか水系とか氷系の魔法は効果が発動しないし……」
話している間も馬モンスターが次々と襲い掛かってくる。
こっちは非戦闘員が二人もいる。
守りながらの戦闘になってしまうため、完全に不利だ。こんな時にカリューがいれば……。
「ぐあああぅっ」
洞窟の中からジェットの呻き声が聞こえた。ジェットは死人と言っても痛みを感じる特別製だ。スマン、ジェット……。
「危ない!」
俺は秋留とクリアを突き飛ばした。
背中に痛みが走る。
「水の刃……」
秋留が呟いた。どうやらここに終結したモンスターは水を自在に操る事が出来るようだ。
だから秋留は水系や氷系の魔法を唱える事が出来なくなっているのかもしれない。
ちくしょう!
それより、こいつらにはどうやったらダメージを与えられるんだ?
「きゃあっ!」
秋留の足から血が噴出した。
駄目だ! このままじゃ全滅してしまう!
目の前から馬モンスター三匹が突進してきた。これで俺達も終わりとなってしまうのだろうか……。
「やめてー!」
クリアが叫んだ。
その声はこの雨の中で一際響いた。
馬モンスター達の動きが一斉に止まる。一体何が起きたんだ?
とりあえずこの隙にここから逃げよう!
うん? こいつらタダのモンスターだよな? 何だ、こいつらの動きは? まるで誰かに操られているかのような……。
俺は周囲を見渡した。
五感を研ぎ澄ますんだ。
俺は隣で脚を抑えて辺りをうかがっている秋留を見た。俺は何があっても秋留を守る!
秋留への想いを集中力に変換して俺は辺りを観察した。
一箇所だけ雨粒が地面に落ちていない場所があった。
まるで見えない傘が宙に浮いているような……。
俺はネカーとネマーに硬貨を補充すると、その不思議な空間に硬貨をありったけ叩き込んだ。
「フシャー!」
馬ではない別モンスターの鳴き声。
その鳴き声を残して、不思議な空間は無くなったようだ。
今まで俺達をグルリと囲んでいた馬モンスター達が突然、思考が無くなったかのようにバラバラの行動をし始めた。
何匹かが俺達の存在に気付いて襲い掛かって来ようとしている。
「女王シヴァの口付けは全てを凍らし、その抱擁は全ての自由を奪う! アイスバインド!」
秋留が再び魔法を唱える。
今度は秋留の掲げた杖の先から魔法が放出された。
その魔法は馬モンスター一体を氷付けにした。俺は咄嗟にネカーとぶっ放して氷の塊を打ち砕く。
「今のうちに逃げるぞ!」
俺はシープットを背負い、秋留とクリアは手をつないでその場を逃げ出した。
ここはレッジャーノ邸の病室。
金持ちになると専用の病室まであるらしい。
そこにはシープットが寝かされていた。脇腹をざっくりといかれたようだ。
「全く……」
俺達もレッジャーノ家御用達の魔法医に傷の手当てをしてもらっている最中だ。目の前ではパルメザンが苛立たしげに病室を行ったり来たりしている。
「貴方達に任せすぎましたね!」
自慢する訳ではないが、俺達でなければ全滅していたかもしれない。しかし間違ってもそんな火に油を注ぐような反論はしない。
「申し訳ありません」
秋留が何度目だか分からない謝罪をした。
俺も合わせて頭を下げる。
「そもそもなぜモンスターがそんなに大量に出現したのですか! 貴方達、何者かに狙われているんじゃないんですか?」
冒険者をしていると色々と問題が発生する場合もある。
全く敵がいないと言ったら嘘になるが……。
「すみません」
俺達は謝りまくった末にようやく解放された。
「どうなってるんだ?」
まだ午後になったばかりだが、最近モンスターが出現し易くなったという事で、観光客の姿が疎らになっていた。雨はすっかり止んでいる。
「う〜ん……。とりあえずレッジャーノ家に恩を売る作戦は失敗に終わったかな……」
「昼飯食べて行くか?」
すぐそこにあるレストランを指差して聞いた。自然な流れで誘ったため何の違和感も無く秋留は頷いた。
「良いですな。丁度腹が減っていたんですじゃ」
俺はビックリして後ろを振り返った。いつの間にかジェットが舞い戻っていた。
「何とか復活して追いつく事が出来ました……水の刃で全身をバラバラにされまして……」
食事前には聞きたくない話題だ。
食欲が少し無くなったが、俺達はレストランへと入った。
「おや! とうとう家の店にもレッド・ツイスターがお出ましになったかい!」
選んだレストランとしてはあまり良くなかったようだ。何だかツイてないな。
俺達はなるべく他の客と離れた場所で食事をし始めた。
「この大陸はムォークムォーク大神の加護でモンスターは滅多に襲って来なかったらしい……」
情報を整理するために秋留は声に出して説明し始めた。
「それが私達がこの大陸に来た後からモンスターが次々と出現し始めた」
「ワシらが戦ったモンスターの全てが水系モンスターである点も何かありそうですぞ」
ジェットは熱々の海鮮ドリアを食べながら補足した。
ここに来てまだ海の幸を食べるか……。飽きないのかな?
「統率されたモンスターの動きも気になる。まるで誰かに操られているような……」
俺もジェットに負けじと補足する。ちなみに俺の食べているのはカツ丼だ。
「モンスターを操るのは魔族と……獣使い……」
「獣使いに恨まれるような事した覚えは無いんだけどな〜」
秋留は頬杖を付きながら言った。秋留は注文したスパゲッティミートソースには手を付けていないようだ。
「最近だとラムズか?」
「あ! そっか! そんな奴いたね……」
確かにあいつは凶暴でも無かったし、あまり苦戦もさせられなかったから印象薄いけどな。秋留でも忘れてしまう程の存在だったという事か。
「今からカリューの様子を見るついでにラムズの様子も見てこようか?」
秋留の提案に俺とジェットは頷くと体力を取り戻すために急いで昼食を食べ始めた。秋留も美味しそうにスパゲッティを食べている。
さて。
カリューは元気にしているかな? こんな大変な時に暴走しやがって! 正気に戻ったら文句を言いまくってやるぞ。