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ドルという村

 翌日、その次の日も特に問題もなく馬車の旅は続いた。


 エアリードを出発して三日目の夕方には遠くに大炎山のシルエットが見え始めた。

 山の向こう側へ消えようとしている太陽が大炎山を揺れる炎のように見せている。

 俺は大炎山の名前の由来が分かった気がした。


「今日はこの辺で野宿しよう」


 カリューに促されて俺達はキャンプの準備を始めた。

 昨日に引き続き近くに川はないため、ジェットは近くの木から薪に出来そうな枝を拾ってきていた。

 俺は早々にテントを設置し終え、秋留の手伝いをしている。


「コショウ取って」


「ほい」


「塩〜」


「はい」


 手伝いと言っても野菜の皮むきもロクに出来ない俺は秋留の傍に立って言われるままに材料などを取ったりするだけだ。それだけだが、俺は秋留の傍にいられて幸せだ。


「今日はこれだけしか取れなかった」


 カリューが小さな肉を持って帰ってきた。まぁ、しょうがない。この辺は獣の気配もほとんど感じないからな。


「じゃあ、干し肉を加えてボリュームを付けよっかね」


 秋留が近くの樽から干し肉を取り出してフライパンに放り込んだ。


 今日はスパイシーな味の炒め物だ。相変わらず美味いな。


「秋留殿は料理が美味いですなぁ」


 ジェットが感嘆して言う。


「あはは。ありがと。うちは家に両親がいないから毎日料理は私が作っていたんだ」


 秋留の境遇は前に少し聞いていた。


 父親は行方不明、母親はどっかの教会に勤めているらしい。秋留には妹が一人いて一緒に暮らしていたという事だ。俺には両親がいたからそういう苦労はした事が無い。


 食事を終えた俺たちは焚き火の灯りで暫くトランプ遊びをした後に眠りに付いた。




 冒険四日目。

 特にモンスターに襲われる事なく、大炎山の麓まで到着した。辺りは薄暗くなり始めている。


「ここら辺に小さな村があるはずなんだけど……」


 マップを見ながら秋留が言った。

 しかし俺の耳には俺達以外の人の気配は近くに感じられない。


「出来ればそろそろベッドで寝たいからなぁ」


 カリューが肩を抑えて言った。

 確かに馬車移動とテント生活が長くて身体のあちこちが痛くなっている。風呂にも入りたい。


「確かにこの辺りに村がありそうじゃな。どれ、ワシがひとっ走りして、辺りを探索して来よう」


 マップを覗いたジェットは言うと、銀星に跨り、薄暗くなった林の中へ走っていった。


「ジェットが戻るまではこの辺で焚き火でもしていようよ」


 秋留の提案に俺達は焚き火を囲み、その場に腰を下ろした。いつの間にか辺りは真っ暗になっている。こうなってしまっては野宿の準備も出来そうにない。


 まぁ、最悪は馬車の中で眠れば良いか……。


「ちょっと用を足しに行ってくる」


 俺はそう言うとその場を立ち去り、林に向かって歩き出した。


 適当な茂みと大き目の木を見つけると俺は木に向かって立ち、ズボンのチャックを下ろす。


「…………ふぅ」


 用を足し終え、少し離れた所に見える焚き火まで戻ろうとした時、俺の真後ろで声が聞こえた。


 こんな林の中に誰かがいるのだろうか。


「……を……して」


 俺は恐る恐る後ろを振り返った。


「骨を返して……」


 目の前にいたのは、透明のビニール袋のような身体をしたゴーストだった。


 ゴーストは魔族に作られたモンスターではなく、魔族により惨殺された人間の魂がなってしまう場合が多い。どうやら、この辺りにもそういう場所がありそうだ。


「ちっ」


 俺は舌打ちと同時にチャックを引き上げ、秋留のいる焚き火まで走ろうとした。秋留の魔法ならこの手の敵も倒す事が出来るが、俺やカリューの攻撃ではゴーストを倒す事は出来ない。


「骨を返せ〜〜!」


 俺の真後ろのゴーストは今やその形相を変え、俺に襲い掛かってきた。


「ま、間に合いそうにないか」


 俺はベルトの後ろ側に取りつけている小さな鞄から、聖水の入ったビンを取り出した。

 聖水には銀で出来ている一万カリム硬貨を漬けている。


「対ゴースト用の硬貨をお見舞いしてやるぜ!」


 俺はビンから貴重な一万カリム硬貨を一枚だけ取り出すと、右手に構えたネマーのマガジンにセットした。


「お前の死体を見つけたら金目の物は預かってやるから、成仏しな!」


 トリガを引いたと同時に発射音が鳴り響き、聖水を含んだ銀硬貨の弾丸は、ゴースト目掛けて飛んで行った。


 硬貨の軌跡には、硬貨から零れ落ちた聖水が月に照らされてキラキラと光っている。


 弾丸は音もなくゴーストの透明の身体を貫いた。物理攻撃ではない銀の弾丸は、敵に命中して破裂する事もなく奥の林の闇に消えていった。


「ぬおぉぉぉん」


 聖水に漬けてあった銀硬貨の聖なる攻撃を受けたゴーストは、指のない手で頭を抱えながら悲痛な叫び声を上げ、やがて霧が晴れるようにその姿を消した。


 俺の愛銃の発射音を聞いた秋留とカリューが駆けつけてきたが、俺は暗闇に消えていった銀の硬貨を諦めきれずに、眼を凝らしていた。


 しかし俺の盗賊の眼を持ってしても、暗闇に消えた硬貨一枚を探す事は無理そうだ。


「ど、どうした? ブレイブ?」


「ゴーストに襲われたんだ。この辺りには魔族に滅ぼされた村があるのかもしれない」


 カリューの問いかけに対して俺は上の空で答えた。諦めきれずに、まだ硬貨を探していたからだ。


「マップでこの辺りに記されていた村が滅ぼされたのかな」


 秋留が言った。


 そういう事はよくある。特に偏狭の地にあるような町では。警備にもそれ程力もいれられないような町は魔族やモンスターのかっこうの餌食となってしまうのだ。


 その後、三人で焚き火の元に戻ると、ジェットが既に戻ってきていた。


「何かあったのですかな?」


「近くに村はあった?」


 秋留はジェットの質問には答えずに聞いた。


「ある事にはあるんだが、滅ぼされていたんじゃよ……」


『やっぱり……』


 俺たち三人は声を合わせてうめいた。



 俺達はジェットが見つけた村の前までやってきた。村には大抵馬車が通れる程の街道があるため馬車も引っ張ってきている。


「うっ」


 俺は思わず鼻を腕で覆った。辺りには悪臭が漂っている。


「ひでぇ……」


 カリューは松明で辺りを照らしつつ、村の入り口にある半ば崩れたアーチを潜りながら言った。


 そこは秋留の持っていたマップにドルと書かれた、小さな村だった。


 木で出来た家屋は崩れ、広場の中央にある井戸はとうに干上がっているようだ。住人のいなくなった村は、雑草が伸び放題となっていた。


「とりあえず、寝泊りが出来そうな場所を探そう。物理攻撃の効かないゴーストが現れる可能性もあるから、二人一組で行動した方が良さそうだな」


 俺はカリューが最良のチーム分けをしてくれる事を祈った。


「魔法が使える秋留と神聖魔法が使えるジェットは別のチームになった方がいいな」


 俺は続きを待った。


「剣の使える俺とジェットも別になった方がいいな……。そうすると……」


 残念ながら、チーム分けはカリューと秋留、ジェットと俺になった。敵に襲われた時の事を考えると納得せざるを得ない。


「銀星はアルフレッドと共にここで待っているんじゃぞ」


 ジェットは念のため銀星とアルフレッドから馬車から解放した。これで何かがあった時は銀星もアルフレッドも逃げる事が出来る。


「ヒヒヒーン」


 銀星がいななく。まるで「モンスターが現れても撃退してやるさ! 安心しろ!」と言っているようだ。


 俺とジェットは村の南側を探索する事になった。この村の至る所で悪臭が漂っている。


「この匂いは死臭じゃな……」


 死臭を放ち続けている死人のジェットが言った。


 俺は辺りを見回した。左前方の屋根が崩れて壁だけになってしまった家に、人の死体らしきものが寄りかかっているのを見つけた。


 俺は傍まで行き、その屍を調べた。

 普通、ある程度日数の経過した死体は、肉が腐り骨が露出するのだが、この屍に骨は見当たらない。身体の中は空洞だったのだ。

 林の中で遭遇したゴーストの言っていた「骨を返せ」とはこの事なのだろうか。


 俺は隅々までその屍を調べたが金目になるような物は何も見つからなかった。


「ブレイブ殿、何か分りましたかな?」


「死体の骨がなくなっている。他にも調べたけど、原因が分かるような物は何もなさそうだな」


 俺達は、その屍がもたれ掛かっていた、壁だけになってしまった家の中に入った。上を見上げると夜空が見える。


 俺は家の中にあるタンスなどを松明で照らしながら、目ぼしい物がないかどうか確認した。

 素早い手の動きでタンスの中で見つけた金や短剣を音もなく拾い、上着の内側へ放り込む。ジェットは勿論気付いていない。


 どうやらこれ以上、この家に金目の物は無さそうだ。


「この家にはもう、手がかりになりそうな物はないな。屋根がないんじゃあ泊まる事も出来ないし」


 俺はジェットに言うと、夜空の見える家を後にして、少し離れた所にある建物へと近づいた。


「この家は割としっかりしてそうじゃな」


 ジェットがレンガで出来た少し頑丈そうな家を見ながら言った。

 確かに他の家に比べると、屋根もあるし、泊まる事は出来そうだ。


 俺はその家のドアに手をかけた。

 しかしドアには鍵が掛けられていて開かない。


「ジェット、このドアをブチ破ってくれ」


 少し時間をかければ、俺の盗賊としてのスキルを駆使して鍵の掛かったドアを開ける事は出来たが、面倒くさかった。


 ジェットは力任せにドアノブを引っ張った。「バキッ」という音と共にドアノブの部分だけが外れ、木で出来たドアが音もなく開いた。


「!」


 静かな町の中に低い銃声の音が響く。


 突然の発砲音と共にジェットが吹き飛ばされた。開きかけた木製のドアの陰からは銃身が覗いている。その銃身は今にも俺の方に向きを変えそうだ。


 俺はホルスターから素早くネマーを取り出すと、目の前の銃身目掛けて硬貨を発射させた。

 「ガキュンッ」という金属同士が当たった音が響き渡り、レンガで出来た建物の中で何者かが床に倒れた音が聞こえた。

 俺は素早く扉を開け放つと建物の中に入り込み、床に倒れている老人の目の前にネマーを突きつけた。


「動いたら殺す」


 俺は脅して目の前の老人が動かないようにした。


 老人は、銃が吹き飛ばされた時に痛めたと思われる右手を押さえながら、俺の顔を睨みつけている。

 70歳位だろうか。頭は禿げ上がり、口から顎にかけて、白くてフサフサな髭が生えている。


 部屋の中を見回すと、それなりに掃除がされており、屋根のない部屋や崩れ落ちた小屋に比べると快適そうだ。

 部屋の反対側には、俺が老人の手から吹っ飛ばしたショットガンが転がっている。


「痛たた……」


 ジェットが腹を擦りながら部屋に入ってきた。腹の穴を通して向こう側の景色を確認する事が出来る程、大きな穴が空いている。


「その御老人はいかがなされた?」


 見ると老人は泡を吹き白目を剥いていた。どうやら、腹に風穴が空いたまま歩くジェットを見て、気絶してしまったらしい。


「お〜い」


 遠くでカリューの声が聞こえた。ジェットの腹の穴から、カリューと秋留がこの建物に走ってくるのが見えた。


 老人のいた建物は元は宿屋だったらしい。ベッドが一階に四つ、二階にも四つあった。

 どの部屋も蜘蛛の巣が張られていたが、寝れない事は無さそうだ。


 俺達は老人を一階のベッドに寝かせると、残りのベッドに腰を下ろして老人が気付くのを待った。

 部屋の中は、宿屋に備えつけてあったオイルランプで明るくなっている。


「俺と秋留の方は何もなかったな」


 カリューが言った。何かあってたまるか。


「骨のない屍を見つけた。やはり、さっき俺が遭遇したゴーストはここの村の出身みたいだな」


「御老人が気がついたようじゃ」


 俺の台詞を遮るようにして、老人を監視していたジェットが隣の部屋から言った。俺達はゾロゾロと隣の部屋へ移動した。


「あ、あんたらは何者だ!」


 老人は先程の光景が頭に残っているのか、ジェットを見て、後ずさっている。


 一方ジェットの腹には先程の傷がなくなっており、一層、老人の気を動転させているようだ。

 死人のジェットはどんな傷でもあっという間に治ってしまう。


「落ち着いて下さい、おじいさん……」


 秋留が老人に近づいていった。始めは「来るな!」と拒んでいた老人も、秋留が近づくにつれて静かになっていった。秋留は老人に対して心が落ち着くような術をかけているのだろう。


「あなたは誰?」


 秋留の優しい問いかけに対して、老人は静かに答えた。


「この村の長です……ダイツと申します……」


 老人は朦朧とした眼で答えた。秋留は何か危険な魔法を唱えたんじゃないだろうかと不安になってきた。


「この村に何が起こったのですか?」


「魔族です……」


 俺達の予想は的中した。という事は、今回の冒険の目的である鍛冶屋のサイバーに襲われたのだろうか。


「その魔族は人の骨を集めていたの?」


 秋留は尚も優しい問いかけでダイツに話し掛けた。


「私達住人を直接殺したのは、全身を真っ赤な鎧で覆っている剣士でした……」


 どうやら、今回の依頼は一筋縄ではいかないようだ。

 金にならない戦闘はしたくないが、その真っ赤な鎧の剣士も倒さなくてはいけなくなりそうだ。


「剣士に殺された住人は、もう一人のドワーフ風の男に骨を抜かれた……」


 ドワーフ族は昔から手先が器用で有名だが、魔族お抱えの鍛冶屋サイバーもドワーフ族なのだろうか。

 ダイツは言い終えると、ベッドに再び倒れこんでしまった。


「これ以上、この老人から情報を聞くのは無理そうだね。明日はもう少し山の中に入り込んでみようよ」


 秋留は俺達の方に振り返って言った。

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