肝試し
「食事にしましょう」
俺達がビニールシートの上でスイカを食べていると、ジェットが焼きそばやらフランクフルトを持ってやってきた。
美味そうな匂いがする。
「気が利くな、ジェット」
カリューが焼きそばの皿を受け取って言った。
そして、あっという間に食べ終えてしまった。最近のカリューはやたらと食欲がある。
「はぁ〜、こんなにゆっくりするのは久しぶりだよね」
秋留がジェットが持って来たかき氷を食べている。
俺もジューシーなフランクフルトを食べているところだ。マスタードが唇について辛い。
「船は、あと四日くらいで修理が完了するそうですぞ」
それじゃあ、それまではこのデズリーアイランドでゆっくり出来るという事か。
毎日秋留の水着姿を見れると幸せなんだけどなぁ。今も目の前の秋留は水着姿だ。肩にかけたタオルが邪魔だが。
「さてっ! 昼飯も食べたし、また遊ぶか!」
「次は何かないの?」
毎回何かを用意して待ってくれているジェットに向かって、秋留が期待を込めて聞いた。
「ふぉっふぉっふぉ」
急に怪しげな老人の様に笑い始めるジェット。いや、元々怪しい老人だった。
「この浜辺の端……」
ジェットが指さした方向に俺達は顔を向ける。
「両方の親に反対された若いカップルが身投げした崖があるらしいのじゃが……」
ジェットの色の悪い顔で言われるとやたらと迫力がある。
「昼間でも出るらしいのですじゃ……」
ごくり。
俺達は唾を飲み込んだ。
「行きますかな?」
まるで地獄の案内人だ。ジェットがやるとリアリティがある。
俺達はジェットの後をついて歩き始めた。
まだまだ日は高いが、こんな時間から幽霊なんて出るのだろうか?
ちなみに戦闘で戦う亡霊や骸骨系の敵と違って、何で人間の幽霊には恐怖してしまうのか不思議でしょうがない。
身体中にジンワリと汗をかき始めた。
「い、いや……やばそうだけど」
普段は落ち着いている秋留の言葉が詰まる。
俺達の前方に見えてきた崖は、周りが鬱蒼とした林に包まれていた。昼間だというのになぜか全体に黒いモヤがかかっている。一気に周りの気温が下がったように感じられた。
「何だ、普通の崖だな」
鈍感カリューが言った。
どこをどう見たら普通なのか。崖を構成する岩の一つ一つが顔のようにも見えるこの景色を、普通と申すとは何事だ……。
「そうだな、どうって事なさそうだな」
誰だ? そんな事いう奴は。
俺はキョロキョロと辺りを見渡そうとしたが、なぜか身体が動かない。
「へ〜、ブレイブ、やけに勇気ある発言じゃん」
秋留が関心したように俺に言った。
うん?
俺、何か言ったっけ?
「さぁ、行こう!」
俺だ。
俺の口から勝手に言葉が出て来る。
俺の身体が崖を囲む林目指して歩き始めた。一体どうなっているんだ。
秋留に目線を送ろうとしたが、全く言う事をきかない。
俺の目線は一直線に崖を見つめている。
足元の草を掻き分けて、俺の脚が勝手に崖を目指して突き進んだ。
「待ってよ〜」
秋留が何とか俺について来る。
俺の隣ではカリューが辺りをキョロキョロしながら歩いていた。
ジェットは俺の視界には入らないが、足音からすると普通について来ているようだ。
「ここから上れるぞ」
俺の身体は勝手に急な上り坂を登り始めた。
「あと少しだね」
秋留が言った。
辺りには濃い霧が立ち込めている。
いつの間にかカリューとジェットの姿が見えないが、どこに行ってしまったのだろうか。
せっかくの二人きりだと言うのに、自分の身体が全く言う事をきかない事が悲しい。
「やっと解放されるのね、私達」
秋留が言った。
どういう事だろう?
気付くと目の前に崖の端が見えていた。その向こう側には何もない。ここが若いカップルが命を落とした場所だろうか。
やばい。
やっと事の重大さに気付いた。
どうやら俺の身体は命を落とした若い男の幽霊に乗っ取られているようだ。
駄目だ。
このままだと秋留を巻き込んで投身自殺しかねない。
俺は必死に抵抗しようとしたが、全く身体が言う事をきかない。
俺の手が秋留の左手を握った。
そして首が勝手に動いて秋留を見つめる。
ああ、これがリアルなら昇天ものの幸せなのに、このままだと本当に昇天しかねない。
「行こう」
秋留が言った。
まさか!
秋留も乗っ取られている?
駄目だ!
このままじゃ本当に俺達は……。
ちくしょう!
ジェット!
お前、自分の仲間を増やすために、俺達をこんな危険な場所に案内しやがったな!
このままじゃ俺達パーティーは三人がゾンビで、一人が獣人という最悪パーティーとなってしまう。
と言うか、秋留が死んでしまったら、ゾンビとして復活する事もなさそうだ。
俺と秋留は崖の寸前まで足を踏み入れた。
「かああああああっつ!」
その時、どこかのオッサンの叫び声と一緒に力強い鈴の音が鳴り響いた。
俺と秋留の身体は同時にビクンッと揺れ、その場に座り込んだ。
無理な抵抗をしていたせいで、身体中が痛い。
「危ないところでしたな」
疲れた眼で声の主に振り向く。
全身を白い法衣に身を包んだツルッパゲの爺さんだ。右手には杖を持っている。
その爺さんに連れられて俺達は危険な崖から引き戻された。
いつの間にか大分日が落ちていた。
ここは崖近くの祠だ。
目の前には先程のツルツル爺さんが座っている。
「すまんですじゃ。はぐれて気付いた時には秋留殿とブレイブ殿が崖の上に仲良く立っているのが見えて……」
「その時、祠からこの爺さんが慌てて走り出て来たんだ」
ジェットとカリューが説明している。
半分放心状態の俺と秋留は黙って話を聞いているしかなかった。
「ゲーンと申します。この祠で浮かばれない霊の世話をしています」
ゲーンと名乗った老人が礼儀正しくお辞儀をした。
「この崖には心中した若いカップルの霊がいるんです。祓っても祓っても舞い戻ってきて二人で住み着くんです」
一呼吸置いて、更に続ける。
「そして、同じ様に愛し合っているカップルを見つけては、取り憑いて崖から身投げをする」
ゲーンは後ろを振り返って、壁際に並ぶ蝋燭を見つめた。
「貴方方が危うく二十組目のカップルになるところでした」
ゲーンが言った。
カップルか。
爺さんも良い事を言う。隣の秋留に目線を送ると、白い眼で見つめ返された。
「私がネクロマンサーだった事もあるから……。多分それで取り憑かれたんだと思う」
秋留が言った。
ちくしょう。そんな事だろうとは思っていたけど、いちいち説明しなくても……。
「ブレイブは運が悪かったんじゃない?」
いや。違うぞ、秋留。
俺は少なくとも秋留の事が大好きだ。愛している。と口に出せれば楽なのに。
「何はともあれ、もうあの崖には近づかん事じゃ」
祠からホテルへと帰る散歩道。俺達は無言で歩き続けていた。
疲れた。モンスターや魔族との戦闘以外で死を覚悟したのは、これが初めての経験だった。
幽霊タイプのモンスターなら、取り憑かれてもすぐに追い出す自信はある。
しかし今日は全く身体が言う事をきかなかった。
それ程に愛という力、そしてその想いは強烈なものなのか。
「詩人だね〜」
秋留が隣で言った。
いや、俺の心の中の哲学まで読まないでくれ。
「ど、どうでしたかな? 聖騎士ジェットのワクワク心霊体験は?」
俺と秋留は同時にジェットの頭を叩いた。
身近な心霊現象はジェットの存在だけで十分だ。
身体が重い。昨日無理をしたせいだろう。
せっかくの休養なのに逆に疲れてしまった。それは他のメンバーも一緒らしく、今日は昼前だと言うのに誰も声をかけてこない。
俺は布団から出ると熱いシャワーを浴びた。幾分か頭がスッキリとした。
今日は黒いシャツに黒いズボンという格好だ。俺は食事を取るためにホテルのレストランへと歩いて行った。
「おはよ」
「遅いですぞ」
「頭腐んぞ」
どうやら俺が一番最後だったようだ。
俺は空き席が丁度秋留の隣だったので機嫌良く腰を下ろした。
「昨日は散々だったな」
「そうだね。昨夜は身体が痛くてなかなか寝れなかったよ」
秋留も大変だったようだ。
隣ではジェットが申し訳無さそうに頭を掻いている。
「皆さん! お詫びと言っては何ですが、このホテルの裏山にある立派な滝でも見に行きませんかな?」
ジェットは昨日から色々と手際が良い。
こういった旅行のような計画を立てるのが好きなのかもしれない。
「幽霊とか亡霊とかゾンビとか出ないだろうな?」
俺は念を押した。
「そんなものこの世にはおりませんぞ。ふぁっふぁっふぁ」
ゾンビのジェットが豪快に笑った。
ホテルの裏山の滝は、歩いて三十分程の場所にあった。
見渡す限りに細い滝が崖の上の方から流れてきている。
「サウザント・ウォーターフォールという名前らしいですぞ」
ジェットが近くの案内板を見て説明している。
ジェットが色々な伝説を喋っているが、俺は聞いていなかった。
周りに変な気配がする。俺は黙って銃を構えようとした。
「あ……」
うっかり銃を装備してくるのを忘れていたようだ。
腰の短剣すら無い。
「おい、皆気をつけろ……」
俺は静かな声で言った。
黙って足元の手頃な大きさの石を数個取り上げる。俺が投げれば、それなりの凶器にする事が出来る。
「あ! 武器持って来てねえ」
カリューが言った。
いや、お前は自慢の牙と爪でどうにでもなるだろう。
「私は簡単な呪文なら唱えられるよ」
秋留も武器となる様な杖を持ってきてはいないようだ。
杖には魔法力を高める効果もあるらしく、杖を構えていないと使えない魔法があるらしい。
「ワシは持ってきてますぞ」
ジェットは秋留のお下がりのマジックレイピアを鞘から抜き出し構えた。
「隠れてろ!」
俺は近くの売店い居たオバちゃんに叫んだ。
俺達の真剣な雰囲気に、オバちゃんは店の扉を全て閉めて奥に引っ込んだ。
べちゃ、べちゃ……。
べちゃ、べちゃ……。
水系モンスターと思われる足音が聞こえてくる。一匹だけではないようだ。
『正面だ!』
俺と同時にカリューも叫んだ。こいつ獣人になった影響でやたらと勘が鋭くなったようだ。
俺は手に持っていた小石を勢い良く投げつけた。
ドゴンッ
小石が人間大はある巨大な水の塊により吹き飛んだ。
巨大水鉄砲を放ったモンスターが滝の裏側の林から出来てきた。全身水色をした半魚人のように見える。
「あれ? 確かラムズが操っていたモンスターと同じタイプだよ」
秋留が言った。
「炎の精霊イフリートよ、炎の弾丸で敵を撃ち抜け! ファイヤーバレット!」
秋留の放った炎の弾丸が半魚人目指して突き進む。
魔法が当たりモンスターが燃え上が……らない!
いつもなら秋留の魔法を食らったモンスターは燃え上がるのだが、目の前の半魚人は何のダメージも受けていないように見える。
「やっぱり! ラムズが操っていた半魚人も身体を覆うヌメヌメした鱗で炎を弾いちゃったんだよ」
「ではワシが……」
ジェットがマジックレイピアを構えた。
マジックレイピアは、魔力を込める事によって威力を増大させる事が出来る貴重な武器だ。
売ったらきっと高いに違いない。ちなみにジェットは聖騎士のため、ある程度の魔力は込める事が出来る。
「はっ!」
ジェットの突きが半魚人モンスターの腹部を突き刺した。と同時にマジックレイピアに込めた魔力が爆発して半魚人モンスターを粉々にした。
俺達の目の前にいた半魚人モンスターの残り二体は、俺と秋留に襲い掛かってきた。
「ガルルー!」
半魚人の叫び声ではない。カリューの野生の雄叫びと共に、俺達に襲い掛かってきた半魚人二匹の首がえぐり取られた。カリューの両手の鋭い爪には半魚人達の肉片が握られている。
「久しぶりに地上での戦闘だったが……やっぱりきちんと踏ん張れて良いなぁ」
カリューが悪人のように微笑んでいる。お前には武器は必要ないよ。
「この辺りにはよく出現するモンスターなのかのぉ?」
「小さい島だからね。海系のモンスターも多く出現するんじゃない?」
ジェットと秋留が話している。
俺は近くに他のモンスターの気配がないか観察したが、どうやらモンスターはコイツらだけのようだ。
それでも何か嫌な予感がする。
俺達の短いバカンスも終わりそうな、そんな嫌な予感が。
そもそも冒険者にとって休息なんて物はないのかもしれない。