バカンス
広いベッド。全身を包みこむような柔らかさ。
今までは船の中の狭くて硬いベッドで寝かされていたからなぁ。
俺達はこのデズリーアイランドで一番高いホテル、デズリービューホテルに泊まる事にした。一泊20万カリムもする。
あの後、一緒に船に乗ってきた商人達と報奨金を山分けし、俺の手元には800万カリムが転がり込んで来た。金って素晴らしいな〜。
俺は金にならない事はやらない主義だ。
そして金は貯めるものではなくて使うもの。それが俺のモットーだが、今までの数々の冒険で実は銀行には沢山のカリムが貯金されてたりしている。
俺は久しぶりに普段着に着替えた。青いTシャツにジーンズ生地のハーフパンツ、そして黒いサンダル。こんな小さな島では襲われる事もないだろうと思い、腰に黒い短剣一本を装備して二丁の愛銃ネカーとネマーは枕元に置いた。
部屋を出ると、丁度隣の部屋から秋留も準備を終えて出てきたところだった。
ナイスタイミングだ、と自分を褒める。
決して盗賊の五感をフルに活用して秋留が出てくるタイミングを窺っていたわけではない。
「あれ? 奇遇だなぁ」
「わっざとらし〜」
少し嬉しそうな顔をして秋留が言った。
嬉しそう?
そう思ったのは気のせいだろうか?
今の秋留はいつもの無表情に戻っている。
「一緒に飯でも食いにいかないか?」
俺はさりげなく誘った。
「何か誘い方もうまくなったよね」
あはは。変なところを褒められたなぁ。
「いいよ。どうせカリューとジェットは飲み屋でしょ」
確かにカリューとジェットは酒がお互い好きだが、俺と秋留はあまり飲まない。これは幸運と言える。
ちなみに秋留も普段着だ。
秋らしく黄色のカーディガンと茶色のスカートを着こなしている。白い髪飾りで髪をアップにしていて魅惑的な首筋があらわになっていた。
「ブラドー装備してくれば良かったかな」
「いやいや、そんなの必要ないよ。何かあったら俺が守ってやるから」
「いや、ブレイブが一番危険なんだけど!」
俺達は二人して笑った。
幸せだ。
まるで恋人同士のようだ。
と、気付いたら秋留はスタスタとホテルの下り階段へと降りていた。
「うっわ〜。海が真っ赤だよ」
階段の踊り場にあった大きな窓から外の景色が見えた。夕焼けで海が真っ赤に輝いている。
「綺麗だな……」
反射した光が秋留の顔を赤く染める。本当に綺麗だ……。
「ぐ〜」
腹が鳴った。雰囲気ぶち壊しだ。
「あはは。早くご飯食べに行こうよ!」
チェンバー大陸との航路で海賊が出現していたためだろうか。人が若干少なく感じるが、ホテルの外はそれなりに賑わっていた。海賊もいなくなったことだし、これからは客足も伸びるに違いない。
「魚料理以外が食べたいな」
「そうだな」
魚料理は船上で食べ飽きた。
俺達は美味しい匂いに釣られて焼肉屋にやってきた。
さすがに店内は空いていた。
何しろ観光客達は海の幸を食べに来ているようなものだから。
「お〜い! こっちこっち!」
遠くからカリューが呼んでいる。
何てこった!
俺とした事がつい匂いに釣られて、店内の様子を観察するのを忘れていた。
「やっぱり魚は食べ飽きたよね〜」
秋留は嬉しそうにカリューとジェットのいるテーブルに座った。
「俺もまだまだだな」
俺はボソリと言うと同じテーブル席に腰を下ろした。
「ビール一つ」
「お? 珍しいな。ブレイブがビールとは……」
「ま、たまにはな」
カリューが嬉しそうに俺を見つめる。気持ち悪いから止めてくれ。
「じゃあ私もカシスオレンジにしようかな」
俺は店員を呼ぶと飲み物を注文した。
カリューとジェットは既に酒を飲んでいたが、改めて乾杯する事になった。
「リーダー、乾杯の挨拶!」
秋留が言った。
久しぶりの大地と久しぶりの休みに、秋留のテンションも高くなっているようだ。
カリューが黙って立ち上がった。
「え〜、激しい船旅を乗り切ったレッド・ツイスターに……乾杯!」
『かんぱ〜い!』
その後、焼肉食べ放題という事もあり、俺達はたらふく食べた。
会計はリーダーのカリューが払った。これだから金に頓着がない奴は扱い安くて便利だ。
「ふう」
ホテルの自室に帰ってきた俺は、一杯になった腹をさすりながらベットに横になった。
部屋の荷物は無事のようだ。誰かが勝手にいじると罠が作動するようにしておいたが、何の異常もない。
風呂に入って寝るか。
俺は久しぶりの清潔な湯船に身体を沈めた。船の風呂は汚くて最悪だったからな。
風呂を出ると俺は寝巻きに着替えてベットへと身体を沈めた。
部屋のドアを軽快に叩く音で起こされた。壁の時計は十時を指している。
寝ぼけ眼でドアを開けると、秋留が外に立っていた。
「泳ぎに行くよ、ブレイブ!」
「遅いぞ! 早く支度しろ!」
「老人より起きるのが遅いとは何事ですかな?」
男二人はほっといて、秋留の台詞に一気に眼が覚めた。
「すぐ行く」
俺はドアを再び閉めると即行で支度を始めた。
「お待たせ!」
俺は勢い良く外に飛び出した。
秋留達はまだ階段を下りようとしているところだった。
「はやっ! エロパワー全開だね」
秋留が言っているが図星なので反論はできない。
俺は走って秋留達に追いついた。
今日は念願の海だ。そして秋留の水着姿が見れる!
波が軽やかに音楽を奏でている。船上で聞いていた時とは全く違う気がするのは、気持ちの問題か。
更衣室でトランクスタイプの水着に着替えた。さすがにブーメランタイプはヤバイだろう。
カリューも同じくトランクスタイプ。ただし獣人のため、全身毛だらけだ。
ジェットは全身を覆うタイプの水着を着て老人らしさをアピールしている。
「秋留はまだか。んじゃあ先に泳いでくるかな」
カリューはそう言うと、海に向かって四本足で走り出した。
「邪魔しちゃいかんよのぉ。ワシも行きますかな」
ジェットも意味深な台詞を残して海に向かって歩き始める。
これで邪魔者はいなくなった。
いよいよ女神とご対面だ。
「きゃははは」
遠くで若い女の笑い声が聞こえるが、全く興味がない。
秋留はまだか。俺は女性更衣室の出入口を凝視し続けた。
「きゃはははは」
なおも女性のトーンが高めの笑い声が聞こえてくる。
「チャリーン」
俺は思わず海の方に視線を送った。
「お金落としたわよ」
「ああ、スマンスマン」
若い男女が話している。
俺とした事が思わず金の落ちる音に反応してしまった。
「あっれ〜? カリューもジェットも先に行っちゃったんだ〜」
俺は思わず振り向いた。
そこには薄い布を身にまとった天女が…。
「ブレイブも砂浜を歩く女性を眺めていたしねぇ。私の事なんか皆ほったらかしだよね〜」
秋留が口を尖らせる。
秋留は真っ白のビキニを着ていた。
腰には布を巻いている。パレオという奴だろうか? その布邪魔だな〜!
更に観察するとビキニの左胸の所に、同じく白で薔薇の模様が刺繍されていた。
「良かったね〜、ブレイブ。若い女の子の水着姿が沢山見られて」
俺が見たいのは秋留の水着姿だけだ。俺は秋留の水着姿を網膜に焼き付けた。
「さて、私も泳ぎに行こうかな」
「あ! 置いていくなよ!」
俺は秋留の後を追いかける。
引き締まった秋留の後ろ姿……最高だ。ありがとう! って誰に感謝しているんだ、俺は……。
「やっと来やがったか!」
カリューが犬かきをしながら言った。やたらと様になっている。
隣では秋留も犬かきをし始めた。前も犬かきしてたなぁ。何でだろう。得意なのかな?
「ビーチボール借りてきましたぞ」
『ナイス!』
俺達は同時に叫んだ。自然と笑いが漏れた。
「ブレイブシュート!」
思いっきりビーチボールを叩いて、カリューの顔面にぶつける。
「やりやがったなぁ! カリュークラッシュ!」
ぱんっ!
カリューの一撃であっけなくビーチボールが破裂した。確かにクラッシュだ。
「皆さん、スイカ割りの準備が出来ましたぞ」
さっきからジェットは遊びの準備が的確だ。まるで俺達の執事のようだ。
「よしっ! 俺に任せろ!」
カリューが棒切れを持った。その持ち方が達人の雰囲気を漂わせている。
秋留が後ろからカリューの眼を白い布で覆い隠した。
「その場で十回転ですぞ」
ジェットの説明の通り、カリューがその場で十回転する。
『い〜ち、に〜、さ〜ん』
いつの間にかギャラリーが増えている。中には一緒の船に乗っていた商人夫婦の姿まで見える。
『じゅう!』
カリューがピタッと止まった。
その身体からオーラを感じる。
棒切れがまるで鋭い刃物になってしまったかのようだ。その場の観客達も一斉に静かになった。
カリューが棒切れを構えた。
そして勢い良く飛び出した。俺の方に!
「あほ〜! こっちじゃねえ!」
「むう!」
俺は咄嗟に棒切れを両手で押さえた。その棒切れにカリューは更に力を込める。
「しぶといスイカだ」
「あほー! 俺だ! ブレイブだ!」
『あっはっはっはっは……』
周りから笑い声が上がった。
それでもカリューは手に持った棒切れの力を緩めない。
こいつ、俺が砂浜でネカーとネマーをぶっ放した時の仕返しをしてるつもりか?
「そのまま俺を後方に放れ」
カリューが顔を近づけて囁いた。
俺は黙って両手に力を込めた。今のところ俺は何も感じないが、カリューの野生の勘は何かを捉えたのだろう。
俺は思いっきりカリューを後ろに放り投げた。同時にカリューも自分で飛び上がる。後方は海だ。
俺は宙を舞うカリューを眼で追った。
カリューは棒切れを構えて力を貯めている。
その身体が水に達する直前にカリューが棒切れを振った。
棒切れの一撃に海中から現れた何かが宙を舞う。
人間二人分はあるような大きなサメが砂浜に打ち上げられた。サメはそのまま息を引き取ったようだ。
『おおおおおお!』
周囲の人々から歓声が上がった。
さすがカリュー。
目隠ししていても凶悪なオーラを発している奴には気付くようだ。相手がスイカじゃあ気付かないかぁ。
それにしても、この巨大なサメ……。カリューがぶっ倒してなければ危険だったんじゃないのか?
「次は俺がやろう」
俺はカリューから棒切れを受け取った。
「よいしょっと」
秋留が俺の眼を白い布で覆う。
俺はその場で十回転し始めた。
俺の平行感覚と空間の把握能力を舐めるなよ。
俺は十回転して立ち止まった。
周りからは歓声が聞こえる。
匂いだ。
スイカの匂いを感じるんだ。
丸いスイカを想像して……。俺は数歩前に歩いた。俺の歩みには迷いは無い。
大きく棒切れを掲げて勢い良く振り下ろす。
周囲の観光客達から歓声が上がる。
俺は目隠しを取ると、半分になったスイカを掲げて秋留にアピールした。
「さっすが」
秋留はにっこりと微笑んだ。