ブレイブ 対 ノニオーイ
「貴様の相手は俺だ!」
ノニオーイが真っ白なスーツを脱ぎ捨て叫ぶ。
身体中にナイフがぶら下がっている。あまり動くと自分の身体に刺さりそうなくらいだ。
「お前、逃げながら自分で回復してただろ?」
ノニオーイがシャツのポケットから瓶を取り出して飲み干した。そ
の間に攻撃も出来たが、なぜか身体が動かなかった。とてつもない恐怖を感じる。
「服の内側から水製の回復薬を足の怪我に流したんだ……。お前も今の飲み薬で完全回復か?」
俺は冷静を装って答えた。
しかしノニオーイから漂ってくる恐怖感だけは消えない。
「回復? 俺は回復なんかしない。その傷を見て相手への復讐を常に忘れないようにしている……」
アホか。
とんでもなく危険な奴だったらしい。俺はネカーとネマーを握りなおした。
「今飲んだのはただの酒だ。喉が少し渇いたんでな」
ノニオーイが再び襲い掛かってくる。
俺は両銃で迎え撃ったが全て避けられた。
ノニオーイの動きが先程までとは全然違う。なぜか捕らえられそうに無い。
気づいたらノニオーイの蹴りが顔面に迫ってきていた。上体を反らしつつ再び銃をぶっ放したが、今度は後方から背中に蹴りを食らった。
そのまま踏ん張らずに俺は前転をしつつ後方に銃を構えた。
「はあっ」
真横からのノニオーイの蹴りが俺のネカーとネマーを上空に弾き飛ばした。そのノニオーイの蹴りがそのまま俺の顔面を捉える。ちょっと仲間に助けを求めたい気持ちになってきた。
俺は腰から黒い短剣を取り出し、ノニオーイに攻撃を仕掛ける。その途端にノニオーイは距離を開けてナイフを投げてくる。
無意識のうちに持っていた短剣で全てのナイフを弾き落とす。そのうちの一本がノニオーイの肩に刺さった。
「短剣の腕は結構なもののようだな。銃はまだまだだ。」
ノニオーイが失礼な評価をする。
俺は短剣などほとんど使うことは出来ない。今のはたまたまだ。しかし間違っても口には出さない。
ノニオーイは肩に刺さったナイフを捨てて、腿に下げていた大きめの銃を構える。
「銃の腕は俺の方が上かな?」
ノニオーイは何のモーションも無く銃をぶっ放した。
一瞬避けるのが遅かったら脳みそをぶちまけていたところだ。
俺はノニオーイとの距離を開け、短剣を腰に戻す。
「何だ? 何かまだ武器があるのか?」
俺は黙って空中に手をかざす。その手に見事にネカーとネマーが戻ってきた。そしてこっちも負けじと素早さに全神経を注いで銃を乱射した。
その硬貨の弾の一発一発にノニオーイが銃をぶっ放した。石の硬貨はノニオーイの銃から発射された鋼鉄の弾で簡単に弾け飛ぶ。
俺とノニオーイとの距離は十メートル程。その真ん中付近でお互いの銃が発射した弾が攻防を繰り広げている。
「まぁまぁやるじゃないか」
ノニオーイは言ったが、俺は敗北感を味わっていた。
なぜならノニオーイの銃は弾が五発しか装填出来ないのだ。一方俺の銃はうまく詰めれば硬貨が二十個は入る。つまり俺との乱撃の間、ノニオーイの方が弾を装填している回数は圧倒的に多いのだ。
それなのにノニオーイとの銃撃に競り勝てない。
動揺のせいかノニオーイのぶっ放した弾が一発、俺の右肩を貫いた。右手に持っていたネカーを落とさないようにホルスターに戻して追撃を転がって避ける。
右肩に激痛が走った。
「ボロボロになってきたね〜。ブレイブ〜」
ノニオーイが意地悪く言った。俺は右肩を抑えながらノニオーイとの間合いを取る。ちなみに両手袋には傷薬が塗りつけてあるため、こうして肩に当てておけば少しは良くなったりする。
「選手交代と行きますかな?」
俺の後ろから我らがヒーロー、ジェットが登場した。助かった。
「ふっ。お前では俺に触れる事も出来んわっ!」
ノニオーイが素早く動く。
ジェットはその動きを眼で追い、マジックレイピアを振った。
「ざしゅっ」
上空にノニオーイの片腕が飛んだ……いや、あの色白い腕はジェットの腕だ。
「ぬおおおおお!」
ゾンビになっても痛さはある。それが中途半端に人間に近い死人としてのジェットの弱点だ。ここまで実際の人間に近いのは秋留の魔力の影響だと思う。
そしてノニオーイがサーベルでジェットの首を叩き落した。こいつ容赦がない。明日は我が身か……。
だが驚いたのはノニオーイだった。
首の無くなったジェットが残った左腕でレイピアを突き出したのだ。
しかしノニオーイは驚きながらもレイピアを寸前の場所で避ける。
さすがとしか言いようがない。ちなみに首が無くなって声が聞こえないが、ジェットは断末魔の叫び声を挙げていたに違いない。
とうとう制御出来なくなったのか、ジェットの身体がその場に倒れた。
「こ、コイツは何なんだ?」
ノニオーイが乱れた髪を直しながら言った。先程の女の子の幽霊やジェットのスプラッターっぷりにビビっているところを見ると、ノニオーイは怖い事は苦手に違いない。
まぁ俺も苦手だから、怖い事をしてスキを作るのは難しい。
「ジェット!」
全身ズブ濡れになった秋留が近づいてきた。
ジェットの悲惨な死にっぷりを見て驚いている。
とりあえずジェットは放っておけば自然に首とか繋がったり生えたりするのだが、秋留がネクロマンシーで回復させるのが一番手っ取り早い。
「次はお前か?」
目の前でノニオーイが消える。
「秋留!」
俺は叫んだが遅かった。身体にダメージを受けているため助けることも出来なかった。
ノニオーイに首を蹴られて、吹っ飛びながら秋留が気を失った。
「てめえええええええ」
俺は怒りと共に叫んだ。
ノニオーイに向かって短剣を繰り出す。身体中痛んだがもう気にする気も無い。
目の前でノニオーイが消えた。消えたと同時に俺は頭にノニオーイの肘打ちを食らった。意識が一瞬遠くなるのを秋留が傷つけられた怒りにより堪える。
そのまま拳を振り上げたが、ノニオーイを捕らえる事は出来ない。
俺はそのままフラフラと甲板に倒れた。
「へっ。とうとう終いか?」
気を失ってたまるか。
どうやら咄嗟に回避行動を取って致命傷は避けたようだ。何とか意識は保っておける。
すぐ後にカリューが戦闘を終えてノニオーイの場所までやって来た。
「あ〜あ、俺様の仲間は全滅しちまったのか〜」
しかしカリューも無事ではすまなかったようだ。
身体中には散弾銃で食らったと思われる細かな傷を受けている。動くだけでも辛いに違いない。
何とかしないと。
あいつの動きについていけるのは俺だけかもしれない。このままでは俺達は全滅だ。何より秋留を足蹴にしたのは許せない。
俺はノニオーイがカリューと戦闘し始めたのを見計らって、隠し持っていた最後の傷薬を飲み干す。
僅かだが身体が動く。
だが、このままでは勝てない。
観察するんだ。盗賊としての罠を見破る洞察力でノニオーイの弱点を探すんだ。
カリューと戦っている今がチャンスだ。カリューはスタミナだけは半端ではない。カリューのスタミナが尽きる前にノニオーイの弱点を……。
ない。
暫く見ていたが奴の動きには無駄がない。
予測が出来ない。
第三者として見ているとよく解る。ノニオーイは攻撃をする時にタメが全くないのだ。
誰でも攻撃を仕掛ける前には一度「これから攻撃をするぞ」というタメが入る。筋肉が動き出そうとする反動が現れるはず。
それがノニオーイには全く無い。
海賊として磨いた技なのだろうが、なぜ正しい事に使えなかったのだろうか。
普通に冒険者として仕事をしていれば……いや、悪海賊の方が儲かるに違いない。俺も悪盗賊に……。
などと、クダラナイ事を考えているうちにカリューの身体が吹っ飛んでピクリとも動かなくなった。
ゴメン、カリュー。あんまり観察出来なかったや。
「あ〜あ、また海賊団、ゼロから作らないとな〜」
ノニオーイが呟いた。その身体が俺を背にして近くにあったベンチに腰を下ろした。
今だ!
今のお前はスキだらけだぞ!
俺は最期の力を振り絞ってネカーとネマーをぶっ放した。
木製のベンチが派手に吹っ飛ぶ。
ノニオーイは……いない!
「てめえのケチな作戦には引っかからんよ」
ノニオーイが俺の頭目掛けて足を振り下ろす。頭を潰す気か。
俺は転がりながら起き上がった。
「はっはっは。必死だな、ブレイブ」
俺は近くの鉄柵に手を突きながら立っている有様だ。しかしあのまま寝ている訳にはいかない。
ちくしょう!
何かないのか、あいつの弱点。
何か心を揺さぶる物でも良い。さっきの女の子の幽霊出てきてくれないかな。
「!」
ノニオーイのモーションのない蹴りが俺のコメカミをかすって鉄柵を揺らした。他力本願な事を考えている場合ではない。
と、近くに脳天に穴の開いた海賊が横たわっているのが眼に入った。
俺の銃でつけた傷ではない。
そういえば……。
俺は考えながらノニオーイとの距離を取る。
その間、短剣や投げナイフで牽制しているが、ノニオーイには全く当たらない。
「くっ!」
突然、ノニオーイの銃が火を噴いた。俺はたまたま足元に転がっていた死体に足を取られて転んだ。すぐ頭上を弾丸が走る。
上半身裸の悪海賊らしい出で立ち。手首が切れているところを見ると俺が倒した海賊らしい。ちゃんと止血しないからそうなるんだぞ。
「何見てんだ? そういう趣味だったのか?」
ノニオーイがフザけて言った。
完璧に舐められている。今までコケにされた分、俺をいたぶりながら殺すつもりらしい。
しかし俺は気になって、先程の脳天直撃海賊を再び見た。
脳天を打ったのはノニオーイだ。
あの時はあまり気にしなかったが、あの海賊は何と言ったか?
目の前の上半身裸の男のヘソが出ているのに気づいた。
「へそ……」
ぼそっと言った一言でノニオーイの身体がびくっと動く。
そうだ。
脳天を打たれた海賊は「ヘソ万歳」と連呼していた。
どういう意味だ?
こんな時、頭脳明晰な秋留なら何かヒントをくれるはずなのだが。
俺が考えを巡らしている間にノニオーイは銃を乱射してきた。
しかし先程よりは軌道が読める。
俺は身体のあちこちに傷を負いながら何とか避けた。攻撃が当たらないノニオーイは少し焦りつつあるようだ。
「へそ!」
俺はとりあえず意味も分からず叫んでみた。再びノニオーイの身体がびくっとしたかと思うと、顔が悪魔のように豹変した。
「その口、すぐに利けなくしてやる!」
ノニオーイが蹴りを繰り出す。身体を捻って避けるとノニオーイの銃が火を噴いた。そのまま床に倒れこみ弾丸を避けた。
俺はそのままノニオーイに脚払いを仕掛ける。
「どらあっ!」
ノニオーイの怒りの蹴りが俺の脚払いを迎え撃つ。鈍い音がした。
どうやら負けたのは俺の脚のようだ。痛みに頭がフラフラとする。
このままでは駄目だ。頭を使え。冷静になれ。
「ヘソ」とは何だ。ノニオーイが「ヘソ」を気にするのはなぜなんだ。
どうしてだ
ヘソを気にする
ノニオーイ
くだらない俳句を作っている場合ではない。痛みで頭もロクに働かなくなってきた。
その時ノニオーイが投げた短剣が俺の脇腹に刺さった。
「ぐふっ」
思わず声が漏れる。しかし以前のようなナイフのキレはない。ノニオーイがヘソを気にして集中力が出なくなったからに違いない。
ナイフの痛みのお陰で頭が少しスッキリとした。
ん?
さっき考えた俳句……「ヘソを気にするノニオーイ」。ヘソ……ノニオーイ……。何か変な響きだな。
あ!
ああ!
あああ!
俺は思わずニヤリと笑った。その反動が脇腹に来て傷が痛んだ。俺は必死に笑いをこらえようとしたが、それが余計に脇腹を刺激する。
「分かったぞ」
俺は言った。ノニオーイの攻撃が止まる。
「何か臭わないか?」
俺はワザとらしく鼻をクンクンとさせた。ノニオーイの身体がプルプルと震え始める。
「ヘソか? 臭いのはヘソか?」
俺は声を大きくして言った。今やノニオーイの顔が先程暴れまわった悪霊のような顔になっているが気にしない。
「へその臭い……ヘソ・ノニオーイ……」
「あっはっはっはっは!」
気を失っていたと思っていた秋留が突然大笑いし始めた。その眼からは涙まで流している。
「今のミニコント最高だったよ〜! あはは……」
秋留が「ぐ〜」の指をしながら言った。
そう。
ノニオーイのフルネームは「ヘソ・ノニオーイ」。
訳すと「ヘソの臭い」。まさかそんな名前だったとは。
それじゃあ、あの海賊は撃たれても文句は言えないわな。
俺が一人納得していると、ヘソの臭いが悪霊顔で銃を乱射してきたが、一発一発の弾道が手に取るように読める。
俺は落ち着いて弾丸を避けた。というか全然、当たるような軌道で撃ってきていない。
「殺す! 俺の名前を知った奴は絶対に生かしてはおかない! 海賊団でも俺の名前を口走った奴はぶっ殺しているんだああああああ」
ヘソの臭いが両手に短剣を構えて突っ込んできた。
全てが見える。
俺は最期の力で、近づいてきたヘソの臭いのシャツの襟を掴んで上空に投げ飛ばした。相手の突進する力を別の方向に変えてやれば造作もない事。
特に動きの予測がつく、目の前のヘソの臭いにたいしては。
「俺からのプレゼントだ。あんまり殺しはしないんだが……秋留を傷つける奴には容赦はしない!」
ヘソの臭いを上空に投げ飛ばした時に、襟の中に最期の小型爆弾を入れておいたのだ。
それに気づいたヘソの臭いは叫び声をあげようと口を大きく開き……。
俺達の頭上で大爆発が起こった。
今までの小型爆弾の中で最高の威力だ。なかなか強敵だったぞ、ヘソ・ノニオーイ。
そして今までありがとう、小型爆弾を作ってくれた道具屋のオヤジ。
こうして俺達はとうとう「ヘソ海賊団」を壊滅させたのだった。




