乱戦
「うがあああ!」
ノニオーイが叫び、両手に構えた大量のナイフを俺達に投げつけた。
俺、秋留、ジェットはイザベラ達の前に立ちはだかり、それぞれの武器や防具でナイフを弾いた。
取り乱しているノニオーイのナイフは威力も命中力も大分下がっている。
「てめえら、許さねえぞ……」
ノニオーイの趣味の悪いサングラスは床に落ちて潰れていた。先程の女の子の幽霊に翻弄された時に慌てて落としたのだろう。
「誰の命でも奪うような奴こそ許せない!」
秋留が叫ぶ。
その意見には勿論賛成だ。
俺とジェットは武器を構えて秋留の両側に並ぶ。
「初めから余計な策は練るんじゃなかったな……」
ノニオーイが静かに言った。その身体からは黒いオーラが見える気がする。
「お前らも動ける奴は攻撃を仕掛けろ! 動けない奴は俺が殺してやる!」
ノニオーイは倒れている海賊達に向かって容赦ない台詞を吐く。
放心状態だった何十人かの海賊達が俺達の周りを取り囲む。状況はあまり良くなったとは言えないが、人質がいない分思う存分戦う事が出来る。
海賊一団との戦闘が始まった。その数およそ30人。
そういえば本物のリュウはどこにいったのだろうか。
秋留の事だ。安全な場所に隠したに違いないが。
「そうそう……」
ノニオーイが思い出すように言った。
「染次郎……」
「はっ」
ノニオーイの呼びかけにすぐ傍にいた染次郎が返事をする。
「お前は消えろ! 二度も失敗しやがって!」
ノニオーイはそう言うと、染次郎を突き飛ばした。なぜか俺達が後ろめたい気持ちがするのは気のせいだろうか。
染次郎は俺達を一度睨むと、スッと消えた。
暫くの沈黙。
何か後味悪いんですけど。
その沈黙を破るかのように秋留が一歩前へと出て杖をかざした。
秋留が魔法を唱え始めると、俺とジェットは秋留を援護するために近づいてくる海賊を迎撃する。
俺はネカーとネマーで海賊その一の頭を吹っ飛ばす。俺の容赦のない攻撃に海賊の一部が一瞬立ち止まった。
隣ではジェットが「人を殺すのは嫌いなんでは?」という眼で見ている。
この世の中、凶暴なのはモンスターや魔族だけではない。同じ人間でも危険な奴は沢山いる。
だからこそ、そいつらとの殺し合いを考慮した法律がこの世界には存在する。
正当防衛と過剰防衛。詳しい内容は知らないが、殺されそうになっているのをただただ、待つ必要は無い。
仮に襲ってきた相手を殺してしまったとしても、罪に問われるかどうかは、関係者から訴えられた時だ。
悪人は訴えて来ないだろうし、関係者も悪人だろうから、墓穴を掘る事にもなる。
それでも俺は人殺しはしたくない。
似たような姿形をした魔族を倒すのもあまり気が進まない。こんな性格では冒険者に向かないと言われたこともあるが、俺は今もこうして冒険を続けている。
俺が今持っている銃に詰まっている硬貨はいつもの千カリム硬貨ではない。一昔前まで使われていた百カリムの石製の硬貨だ。
今は百カリム以下は紙幣になっているため、俺は今まで人との戦闘では苦労していた。千カリム硬貨は銅製のため威力は抜群なのだ。
しかしこの石硬貨なら相手は運が良ければ死なない。俺は相手の力量までは気にするつもりはないから、この石硬貨なら思う存分ぶっ放す事が出来る。
もちろん、自己満足なのは分かってもいる。
「うがっ」
「うごっ」
俺の的確な射撃で石硬貨が海賊達の脳天に直撃する。
その時、背後で「ガチャン」という音を聞いた。俺は慌てて上空に飛ぶ。
足元で床が破裂した。
上空で身体を捻ると、予想通りガロンが銃を構えてニヤけていた。
「俺の石の散弾銃を真似しやがったな……」
確かにノニオーイ達のパーティーとレベル測定大会が終わった会場で対決した時に、ガロンが石の弾丸を使用していたのをヒントにしている。その後、港町の骨董品屋を回ってこの石の硬貨を発見したのだ。
俺は着地と同時にネカーとネマーでガロンを撃つ。しかし軌道を読んでいたのかガロンは難なくかわしてショットガンをぶっ放してきた。
「くっ!」
俺は慌てて避ける。
貴重な飛竜の羽で作られているコートの端が吹っ飛ぶ。これ高価なんだぞ〜!
近距離ではガロンのショットガンには敵わない。俺は後方に飛んで間合いを空けた。
「ひょ〜!」
俺の真後ろから雑魚海賊が襲いかかってきた。右手のネカーをホルスターに戻し、腰の黒い短剣で雑魚海賊の手首を切る。その動作はまばたきをする時間よりも短い。
「頑張って止血しないと死ぬぞ」
俺は更に後方に飛びながら手首から血を噴出している海賊に向かって言った。
しつこくついて来るガロンが再びショットガンをぶっ放す。近くにいた海賊の陰に隠れて広がる銃弾を避ける。ガロンは俺と違い今日は石の弾など使用していないため、俺が盾にした海賊は叫び声と共に絶命した。
「てめえみたいな甘い考えの奴に、俺を倒す事は出来ないぞ」
ガロンが俺を追いかけながら言った。
確かにこんな戦い方では効率は悪いかもしれないが、ある意味、俺から直接的な攻撃をしない分相手にとっては戦い難いに違いない。
俺はガロンや他の海賊の攻撃を避けながら周りの状況を確認する。
秋留が避けながら呪文の詠唱をして雑魚海賊達を燃やしていく。耐えられなくなった海賊達は海へと飛び込む。秋留も人殺しはあまり好きではない。
一方、チェンバー大陸の英雄と言われていた聖騎士のジェットは紳士的な戦闘をしているが、襲ってくる敵は容赦なく切り倒していた。やはり俺や秋留より戦い慣れしているのは確かだ。
今はあの世とこの世の境界線を彷徨っているかもしれないカリューは、悪人に対しては容赦はない。ジェットとは違いすすんで敵に突っ込んで行く。
「俺も混ぜろや」
突然俺の隣にノニオーイが出現した。その拳が俺の左顔面にクリーンヒットする。
俺は痛みを堪えてネマーをぶっ放したが、そこにノニオーイの姿は既にない。次は俺の反対側にノニオーイが出現した。無意識のうちに右手に持っていた短剣を振った。
「うおっ」
ノニオーイが驚きと共に仰け反る。ノニオーイの着ている真っ白なスーツが横に切れた。
「俺の動きについてくるとはな」
そう言うとノニオーイは間合いを取ってナイフを二本投げてきた。既に気分は落ち着いたらしくナイフが的確に飛んでくる。
それをかわしたところへ、ガロンのショットガンが火を噴いた。
「うああっ」
何とか横回転して避けたが散弾の何発かが俺の左足にヒットした。回転しながらコートの内側から小さなナイフを取り出してガロンに投げつける。しかし大きめの銃身で防がれた。
「足に食らったようだな。この先避けられるかな〜」
ノニオーイがフラッと近づいてきたと思うとサーベルで俺に突きを食らわしてきた。左足にダメージを負ったために体勢を崩して運よくサーベルの突きを避けることが出来た。
その崩した体勢のまま右手の短剣でサーベルを払う。高い金属音と共にノニオーイのサーベルが折れた。
「ほう……」
折れたサーベルを一瞬見た後、ノニオーイは俺の腹を蹴り上げた。海への落下を防いでいる船の鉄柵に背中を強打する。
ノニオーイの更なる蹴りを身体を捻って避けた。ノニオーイの蹴りが鉄柵を揺らす。
「ジ・エンドか?」
身体を捻ったところにガロンがショットガンを構えていた。ヤバイ!
俺の目の前で鈍い音と共にガロンの身体が突然宙を舞った。
「がるるるるる……」
全身をズブ濡れにしたカリューが俺の隣に立っていた。その眼は凶悪そのものだ。睨みつけるだけで弱い奴なら倒せるんじゃないだろうか。
カリューは獣のように四本の手足で床を蹴り、ガロンに追撃を放つ。
ガロンは顔面を押さえながらカリューの攻撃をかわす。海から上がったばかりのカリューの拳はガロンの顔を直撃したようだ。
「んじゃあ、一対一と行くか……」
ノニオーイが近くに転がっていた雑魚海賊が握っていたサーベルを拾った。
左足のダメージが深刻だ。このまま戦闘したら勝てる可能性は低い。俺は素早くネカーとネマーを両手に構えてノニオーイにぶっ放す。先手必勝だ。
しかしノニオーイの姿は見えない。
でも俺は避けられる事を予想していた。ノニオーイのいた空間の方に向かって素早くダッシュし始める。
俺の後方でノニオーイのサーベルが宙を切り裂いた音が聞こえた。
やはり真後ろに移動していたか。後方を確認せずにネカーとネマーをぶっ放す。
「うおっ!」
ノニオーイが驚きの声を上げた。しかしサーベルで硬貨が弾かれた音が聞こえた。仕留められなかったか。
俺は止まる事なく、そのまま走り続けた。
眼の端にはイザベラとリーが雑魚海賊達と戦っている姿が映った。
片手で鞭を操るイザベラと体術が半端ではないリーは、とてもじゃないがタダの商人とは言えない。俺達よりレベルが高いのではないだろうか。
「よそ見してると危ない、ぜっ!」
「ぜっ」でノニオーイがナイフを投げつけてくる。俺は気配を察知して左に避けた。
「ちっ、やりにくいぜ〜」
ノニオーイの声に怒りが大分混じっているのが分かる。
俺は距離を保ちつつ時々機を狙って短剣を投げつけたがあまり効果はない。
……が、そろそろ大丈夫か。
俺は勢いよく振り向くと同時に黒い短剣でノニオーイに襲い掛かる。
黒い短剣の一撃目でノニオーイのショボいサーベルが再び折れた。
この短剣、実は結構な切れ味をしている気がする。
ノニオーイは怯まずに蹴りを繰り出そうとする。俺はそれをノニオーイに突っ込みながら避けて短剣を突き出した。
「ぬうっ!」
ノニオーイが距離を取る。俺は短剣から両手に銃を持ち替えて距離を取ったノニオーイに硬貨を乱射する。
ノニオーイはギリギリのタイミングで硬貨を避けたが、そのうちの三発がそれぞれ左肩、脇腹、右太腿に直撃した。
突然、大量の水と共に俺の身体がノニオーイから更に離れた所に流された。流されながらアチコチに身体をぶつける。
「だ、大丈夫でした?」
ノニオーイの隣にはラムズが寄り添っていた。ラムズの頭の上にはカメのタトールが乗っかっている。
そうか。
さっきから横槍が多いと思ったら、ノニオーイは悪海賊団の船長だったか。
船長を守るためにやたらと手下が俺を攻撃してくる。今も俺の背後から近づいてきた雑魚海賊を裏拳で殴り倒したところだ。非戦闘員である俺としては、あまりボス級とは戦闘したくないのだが……。
「べちゃ、べちゃ……」
その時、海から不気味な音を発して近づいてくる何者かの気配を感じた。
「シーさん、よく来てくれたね」
ラムズが海から上がってきた半魚人に向かって話しかける。
その半魚人は全身水色をしており、身体の至る所に大小様々なヒレがついている。それにしてもシーさんとは……。
「ラムズだったのね……鳥モンスターや魚モンスターを操っていたのは」
向こう側から秋留が現れた。
どうやら雑魚海賊達は大方片付いたようだ。それより秋留が今言った台詞。つまり三隻の海賊船から襲ってきたモンスター達はラムズが操っていたという事か。
「俺はモンスター使いの素質もあるんだ。悪かったね……」
悪かったね、と言いながらラムズは秋留に向かって攻撃を仕掛ける。あいつもやる時はやる奴らしい、と関心している場合ではない。