海賊再来
「海賊だ〜!」
考え事をしているうちにいつの間にか寝ていたようだ。突然の声に向かいのベッドで寝ていた秋留も眼を覚ます。
一階で寝ているジェットとカリューも調子の悪そうな呻き声を上げながら起き上がったようだ。
俺達は素早く装備を整えると、船室を出て甲板へと走った。体調の良くないカリューとジェットはフラフラと遅れてやって来る。
「この前のやつらか?」
俺は甲板で望遠鏡を覗いている船長に向かって聞いた。船長は静かに頷く。
「前回と比べると状況が悪すぎる。傷ついた船員も多いが、船へのダメージが大きくてスピードが出ない……」
船長の歯軋りが聞こえてくるようだ。
俺は舵を取っているノニオーイの方を振り向いた。
奴も真剣に舵を握っている。残念ながら船での攻防は奴に任せるしかない。
しかしノニオーイの操船もむなしく、三隻の海賊船は俺達の船を囲うように展開していっている。
秋留の魔法やこちらからの大砲を警戒してか距離をあけながら……。奴らも馬鹿ではないようだ。
「何かないのか? 一時的に爆発的なスピードが出たり空を飛んだり出来るような仕組みとか……」
俺の台詞にノニオーイが俺の方を見もせずに「へっ」と笑った。くやしい。しかし、そんな仕組みはないという事も解っていた。
少し離れた場所から巨大な鳥類の羽ばたきが聞こえてくる。恐らく他の奴らには聞こえていないに違いない。
俺は周りを見渡した。
俺達の船の右後方に展開していた黒船に、人間二人程の高さがある鳥類が羽ばたいているのが見える。
「秋留、見えるか?」
俺の視線を追って、秋留も右後方の船を見つめる。その顔が少し引きつった。
「スペルワイバーン……」
秋留が震えた声で呟く。スペルワイバーンというモンスターは聞いたことも無いが秋留の反応を見ると厄介な相手だということが分かる。
「黒魔法を唱える事が出来る竜型のモンスターじゃな……」
もともと白い顔が風邪で青くなったジェットが死にそうな声で言う。いや死んでるんだけど……。
ジェットは生前は大陸各地を回り魔族やモンスターと戦っていたため、俺達が知らない事を知っていたりする事が多い。
「とりあえず近づいてくるぞ! 魔法で迎撃出来ないのか?」
俺はネカーとネマーを構えながら秋留に言った。
秋留が残念無念そうに首を横に振る。
「あいつに魔法は効かないの……それでいて黒魔法を唱えてくるっていうムカツクモンスターだよ」
秋留の顔色が変わった理由が分かった。
そもそも一般的に魔法の効かないモンスターは魔法を唱えてくる奴はいない。
つまり物理攻撃が有効だったりするのだが……。魔法を唱えてくるとなると物理攻撃を仕掛けるために突っ込む訳にもいかない。
そのスペルワイバーンの口が大きく膨らんだ。何か吐いてくるに違いない。
秋留は船を守るようにワイバーンの前に立ち、防御呪文を唱え始めた。
「精霊達の楽園を守りし風の門は、何人も通さぬ無敵の防壁」
秋留の詠唱と共に回りに風が巻き起こる。
「ヴィントヴァント!」
ワイバーンが炎を吐き出したのと秋留が魔法を唱えたのはほぼ同時だった。
秋留が唱えた魔法により船の後方に大きく風の壁が作られたのが見える。
その風の壁にワイバーンの吐き出した炎の玉が弾き飛ばされた。
「きゃあっ!」
秋留が甲板の中央まで吹き飛んだ。その衝撃を背中の生きたマント、ブラドーが吸収する。
しかし秋留の身に着けていた新緑の鎧が大きく切り裂かれていた。
どうやらワイバーンは炎の玉を吐きながら突っ込んできたらしい。
そのワイバーンが俺達の後ろにあったメインマストを切り裂いて後方へと飛んでいった。
「すぐに修理しろ! 海賊船に追いつかれるぞ!」
船長が船員達に指示する。
しかし、作業を行える船員達の数が圧倒的に少なすぎる。
その時、今度は左後方の海賊船から海の中を凄い勢いで近づいてくる何かの存在に、俺は気付いた。
鞄に手を突っ込んで、頼りになる小型爆弾を着水しない様に調整して相手に投げつける。
派手な爆発が海面すれすれで起こるのと同時に大量の水しぶきが上がった。やったか?
だが海中から人間を丸呑みする事が出来そうな巨大な魚が姿を現した。その右半分位にダメージを負っている。
巨大な魚の眼が俺を睨みつけた。
俺は危険を察知して素早く左回転をして木箱に隠れる。
俺がいた場所の甲板が吹き飛んだ。奴の口から凄い勢いで発射された水の弾丸の威力だ。
船の前方で炎が上がった。どうやらワイバーンが暴れているらしい。カリューとジェットの病人ペアがフラフラしながらも船の先端に向かう。
メインマストの柱の後ろには、秋留がダメージを受けた肩の辺りに手を当てて様子を窺っている。
「奴ら、奇襲には慣れているみたいだね」
秋留が息を整えつつ言う。まぁ奇襲と言えば海賊の十八番と言ってもいいかもしれない。
頭上に不気味な音を聞いた俺は咄嗟にネカーとネマーを連射する。
真ん中の海賊船からぶっ放された大砲が俺達の頭上で派手に爆発した。
「危ねえじゃねえか! 馬鹿野郎!」
舵を握っていたノニオーイが叫ぶ。確かに今の攻撃は当たっていたら致命的なダメージを受けていたかもしれない。しかし叫んでも相手は手を緩めてくれるわけじゃないぞ。
「そろそろ魔法が届くかな……」
秋留は俺に言いながら再び船の後方に立つ。
俺も秋留をサポートするために一緒に後方へと向かう。
左手にはネマー、右手には小型爆弾を持っている。ちなみに今までお世話になった小型爆弾はコレで最後だ。
「業火の身体を持ち 煉獄の心を抱く者よ」
秋留の呪文の詠唱に気づいたのか、海中から魚モンスターが突然現れた。俺は左手のネマーを連射する。
俺達と同じくらいの目線までジャンプした魚モンスターは、発射した硬貨の弾丸を器用に身体をひねってかわした。
魚モンスターの身体が縦になる。そのせいで的が小さくなった。魚モンスターもそれを狙っていたらしく、今にも口から水の弾丸が発射されそうだ。
「残念!」
俺の腕をそこら辺にいる狙撃手と一緒にしないでくれ、という気持ちを込めて言った。
俺は慎重にネマーを連射した。
全弾命中して魚の頭部が木っ端微塵に吹き飛んだ。
「烈火の眼差しを知らぬ哀れな者達を汝の瞳で貫け」
目の前でモンスターの頭部が吹き飛ぶというショッキングなシーンを見ても、秋留は動揺一つしない。そこが一般の女性と秋留という女神の違いかもしれない。
「コロナレーザー!」
秋留が両手で持つ杖から、真っ赤な光線が後方正面の海賊船にぶち当たる。俺の耳には慌てる悪海賊達の心地よい声が聞こえてきた。
あっという間に魔法を食らった船が燃え上がった。まずは一隻撃破か。
その様子を見たはずの他の二隻の海賊船は怯まない。普通仲間の船が一撃で破壊されたら少しくらいビビッても良いはずだが。
「ぎゃおおおん!」
前方で暴れていたはずのワイバーンが俺達の頭上を通り過ぎた。
その勢い良く上空を飛び回るワイバーンの背中には何とカリューがしがみついている。
「あいつ、乗り物に弱いくせに無茶するなぁ」
俺は言ったが、改めてカリューの凄まじさに驚いた。
カリューはワイバーンの背中に剣を突き刺したまま、その手を離さずにワイバーンに乗っているのだ。
怯むことなく両手で持つ剣に力を込めている。
カリューの持つ剣の魔力の影響でワイバーンの身体が燃え始めた。
カリューは雄叫びと共に剣に一層に力を込める。
「ワオオオオン!」
カリューの剣がワイバーンの身体を貫き、ワイバーンは断末魔の叫びと共に海へ墜落した。
背中に乗るカリューと共に……。
海中に消える瞬間、カリューの「しまった!」という顔を見た気がした。
あいつやっぱりアホだな。後のことを何も考えてない。これでまた風邪患者が増える事になりそうだ。
「さて、あと二隻いるけど……」
秋留は何事も無かったかのように話を続けた。
モンスターも倒し終わったジェットが隣に来た。若干焦げている。
「あっちも近づくと私の魔法食らうかもしれないし、こっちは逃げ切りたい……」
秋留は考えながら言った。
「という事は切り札を使う時が来たみたいだね」
切り札? 秋留はこういう状況を予想して切り札を用意していたのだろうか。
「切り札? それは一体何だ?」
真後ろからショットガンを構えたガロンが姿を現した。その銃口が俺達に向けられている気がする。
「え? あんた達が切り札を隠し持ってるんじゃないかなぁ〜と思ってね」
秋留が慌てて言った。
ガロンのタバコをくわえた口がニヤリと笑う。
「ああ、あるぜ……切り札……」
そう言い残すとガロンは船の後方に向かって歩いていった。海賊船二隻を見渡す。
「大砲なんかぶっ放すから沈没するはめになるんだぜ……」
ぷっとタバコを海に吐き出し、ガロンは新しいタバコに火をつけた。
「お前ら結構やるよな」
次はラムズが船の前方から歩いてきた。その肩にはタトールが乗っかっている。
「大砲は浸水が酷くて全部使い物にならなくなっていたぞ」
ラムズは衝撃的な告白をする。
いよいよ海賊船との対決が不利になっていっているようだ。
そういえば後は出現率が低い染次郎が揃うとノニオーイパーティーが集合することになるな。
でも、何だ? この変な雰囲気は……。