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現実逃避の魚釣りを楽しもう

「ぶえっくしょい!」


 優しそうな見た目とは裏腹にジェットが鬼のようなクシャミをする。


 これでまともに戦えるパーティーのメンバーは、俺と秋留だけになってしまったという事か。


 ここは船の医務室だ。

 目の前には海賊と名乗られても違和感が無い、顔中がヒゲで覆われた船医がいる。


「ううう……」


 巨大タコとの戦闘で船が何度か揺れ、再び激しい船酔いに襲われたカリューが顔を青くして唸った。


「風邪と船酔いだな。薬渡すからとりあえず飲んどけ」


 思いやりの欠片も見せない船医が、棚から適当な薬を取り出してジェットとカリューに渡す。


 俺達は医務室を出ると、自分達の寝床に戻ってきた。


「ゾンビも風邪を引くんだな」


 俺はボソッと呟いた。


 俺はジェットと出会うまではゾンビという種族について全く理解していなかった。

 まるで生身の人間のように食事をして睡眠を取る。そしてこうして病気にもかかる……。

 もしかしたら、ジェットが特別なのかもしれない。


 いや、特別なのはジェットを死人として復活させた秋留の力の方なのかもしれない。

 そのジェットは氷枕に頭を乗っけて眠っている。

 っていうか、熱とかあんのか?


「何となく、早く治りそうじゃん?」


 俺の心を読んで秋留が言った。

 そういえば、俺は心が読まれやすいのだろうか。自分では全く自覚はない。


「顔に出やすいんだよね、ブレイブは」


 またしても俺の心を読んだ秋留が言う。最早、言葉がいらなくなりつつある。

 こんなに簡単に顔に出てしまっては、盗賊という職業を少し考え直さないといけないか……。


「また少し荒れだしたかな?」


 秋留が小さな窓から外を眺めながら言った。確かに船の揺れが激しくなってきたようだ。

 ベッドで寝ている船揺れ探知機も苦しんでいる。


「風邪とかうつりそうだし、居心地悪いからまた甲板に出ないか?」


 秋留が周りを見渡して頷く。


「確かにちょっと危険なウィルスとか混ざってるかも」


 秋留がジェットを見てから足早に船室の扉を開けた。



 いい加減、波の音も聞き飽きた。はじめは波の音は落ち着いて良い感じだと思っていた自分が憎い。


「どんな感じですか?」


 近づいてきた船長に秋留が聞く。

 船長がここに歩いてくるという事は、今船を操っているのはノニオーイという事だろう。


「船の損傷が少し激しくてなぁ……直しつつ進んでいるが、なにぶん負傷した船員も多くて……」


 少し疲れ気味に船長が答える。


 巨大タコの襲撃は想像以上に船全体にダメージを与えたようだ。


 今思えば、我らがパーティーの半分は巨大タコの襲撃とは関係のないところで痛手を負っているように思えて情けない。


「何か手伝える事があるなら協力しますよ」


 秋留が余計な事を言う。


 まぁ、今の船の状況を考える限り冒険者の俺達がノンビリしている訳にもいかないだろう。


 そろそろ食料が少なくなってきたという事を聞いて、俺達は二人で釣りをする事になった。俺達に出来るのはそれくらいなのだろう。


「釣れないね」


 釣りを始めて三分後に秋留が言う。さすがにそんなに早くは釣れないんじゃないかな、と言おうとした矢先、秋留の竿が大きくしなる。


「おお! 早速来たああああ!」


 秋留が勢い良く竿を引く。その先には人間の子供程の大きさもある虹色の魚が引っかかっている。


「お! レインボーフィッシュじゃないか。珍しい魚で背びれが特に旨いんだよ」


 近くで作業をしていた船員が網を操り、針に掛かった魚を器用に捕獲しながら言った。


 それを聞いて秋留も自慢そうに連れた魚を見た。

 しかし魚自体には触れないようだ。

 船員が網の中で暴れる魚を近くの生簀に放り込んだ。


「さ〜って、続きだ続きだ」


 嬉しそうに秋留は再び釣りを始める。

 あ〜、何か秋留とデートしてるみたいで幸せだ〜。


 それから暫く釣りを続けていたが俺は全く釣れず。秋留はあの後、16匹もの魚を釣り上げた。


「そろそろ引き上げようか?」


 秋留が伸びをしながら言った。

 その時、今まで沈黙を保っていた俺の釣竿が大きくしなった。今にも折れそうだ。


「うおおおお!」


 俺は思いっきり竿を引く。海面へと流れている糸が左へ右へと大きく振られた。


「ブレイブ! 頑張れ!」


 十分な釣果を上げた秋留が隣で応援してくれる。ここで男を見せる時が来たようだ。


 俺は盗賊の能力を最大限に生かし全身で海中の魚の動きを捉えようとした。

 糸の振動が身体全体に伝わってくる。


 ここだ!


 俺は思いっきり竿を引っ張った。手ごたえは十分だ。



 ざぱぱ〜〜〜……。



 俺の釣糸の先には巨大なタコの口が引っかかっていた。その両目は潰れている。


 俺は先日倒したあの巨大タコの死骸を釣り上げてしまったようだ。

 隣では秋留が大笑いしている……。


『ぷぷっ』


 俺の耳にはノニオーイ達が遠くで笑っている声も聞こえた。


「まぁ食えるんじゃないのか?」


 レインボーフィッシュの事を教えてくれた船員が言った。

 数少ない船員達は巨大タコモンスターの死骸をタコの大きさに負けない程の大きな網で引き上げる。

 夕食はタコづくしになるのだろうか。




「いっただっきま〜す」


 その日の夕食。


 俺達のテーブルの上には今まで以上に海の幸が並んでいる。


 特に秋留が釣り上げたレインボーフィッシュの背びれの煮付けの味は格別だった。口の中でとろける感触がたまらない。


「今日はやたらとタコ料理が多いなぁ」


 カリューがタコ焼きを口に頬張りながら愚痴る。熱そうにハフハフしている。


「身がプリプリしていて美味いですな」


 ジェットがタコのマリネに舌鼓を打つ。

 カリューもジェットも今食べているタコ料理が巨大タコモンスターだという事実は知らない。

 俺もタコ飯を食べた。意外に美味い。


「後どれくらいで島に着くんだろうな」


 カリューの頭に血管がピクピクしているのが見える。そろそろ限界に違いない。


「後二、三日ってところらしいよ」


 俺達の後ろから、久しぶりのイザベラ軍団が登場する。


 さすがに全員、顔色はあまり良くない。

 その中でイザベラが抱いている子供は顔色も良くスヤスヤと寝息を立てていた。


「後少しの辛抱だ。頑張れよ」


 クログローがぶっきらぼうに答える。やはりあまり好きになれない。

 そのクログローは左腕を怪我したらしく白い布で腕を吊っている。


 俺の視線に気付いたのかクログローは恥ずかしそうに言った。


「大きく船が揺れた時に倒れちまってな……情けない……」


 いつもならここぞとばかりに嫌味を言ってやるのだが、情けなさで言ったら俺達のパーティーも負けていないため、つっこまない事にした。


「色々頑張ってもらっているみたいで感謝するわ」


 イザベラ達のテーブルにも料理が運ばれてきた。タコづくしに少し顔が引きつったように見える。


「リュウ君も静かに寝ているみたいですね」


 俺には見せない笑顔で秋留がリュウに語りかけた。思わず嫉妬した眼でリュウを睨んだ自分を戒める。


「何やってんだ?」


 自分の頭をポカポカ殴っているとカリューに止められた。

 目の前では秋留が俺のやっていた事を理解していたかのように白い眼で見つめている。


「はぁ〜……」


 秋留がため息をつく。いや、ため息つかれると少し傷つくぞ……。


 俺達はイザベラ達と適当に話しをすると、一日を終えるため自分達の部屋へと帰った。


「じゃ、俺は寝る……」


 最近めっきり体力の無くなったカリューがベッドに倒れこむ。


「へ〜っくしょい!」


 ジェットも鼻をかみながらベッドに横になった。

 その額に秋留が濡れタオルを乗せる。俺も病気になったら秋留に看病してもらえるのだろうか。


「すまんのぉ……」


 ジェットが秋留に言う。


 この光景を見ていると、昔の物語にあるような「金がないなら娘は貰っていくぜ〜げっへっへ〜」という展開を想像せずにはいられない。


「はぁ〜」


 俺と秋留は暫くお互いのベッドに横になっていたが、秋留のため息がまたしても聞こえた。

 俺、何かしたか?

 「げっへっへ〜」とか考えていたのがバレたか?


「どうした?」


 他の死んでる奴らを起こさないように小声でさりげなく聞いた。


「今、戦闘になったら少し危ないかもね」


 秋留も小声で答える。

 確かに秋留の言う通りだ。

 俺達だけではなく負傷している船員達も多い。唯一無事なのはノニオーイ達のパーティーだけだ。


 次に巨大生物に襲われたらどうなってしまうのだろうか。

 以前襲ってきた海賊もあれで諦めたとは思えない。

 やつらにとってみれば、久しぶりの獲物のはずだから……。

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