害虫駆除
視力の良い俺は度々馬車の幌に付いたビニールで出来た簡易窓から辺りを伺う。霧は相変わらず濃いがモンスターは近づいてきていないようだ。
馬の持久力と安全のため街道を走っているが、この辺りは町もないためモンスターも出現し易い筈だ。油断は出来ない。
上方の霧の間から太陽の光が差し込んできたのを確認して、俺達は大きな木のある丘で昼食を取った。
「今のところ順調だな」
昼食のジャガイモのスープを飲みながらカリューが言った。
ジャガイモはエアリードの名産で、このスープの粉末もジェットと秋留が買ってきたものだ。
この昼食は物足りなかったが、ジャガイモ好きな俺にとっては嬉しい。
「濃い霧に包まれていて、辺りが確認出来ないから少し不安だけどね」
「大丈夫だぞ。俺が常に辺りの気配を窺いながら進んでいるんだから、安心しろ」
俺は秋留を安心させるために言ったつもりだったが、秋留には俺が自慢しているように聞こえたらしい。
「はいはい、さすがブレイブだね」
秋留はこういう事については鈍感だった。いつもは何事も的確に判断して行動しているのだが、俺の秋留に対する気持ちは全然伝わっていないように思える。
俺は黙ってスープを飲み干した。
丁度その時、俺達から少し離れた所で草の揺れる音を聞いた。この草の擦れ方は風のせいではない。何者かが近づいてきている!
「俺の左方20メートル程の距離に気配を感じる……」
俺は円を作って食事をしていたメンバーに向かって言った。
今までリラックスしていたメンバーの顔が一気に強張っていくのが分かる。
咄嗟にカリューとジェットが剣を手に持ち、俺が指摘した方に向かって立ち上がった。
カリューは両手でセイントソードという聖なる力が篭った剣を構えた。
ジェットは秋留からプレゼントされた、魔力を込める事で威力がアップするマジックレイピアという細い剣を構えている。
「敵は一体。足音から判断するとかなりの大型のようだぞ」
俺は辺りの気配を慎重に窺いながら言った。
その何者かの気配は俺達の十メートル程前方で突然、地面を大きく一度踏んだ。
俺はそれがどういう意味か理解していた。
「跳躍したぞ! 上だ!」
俺が叫んだと同時に俺の後ろでロッドを構えていた秋留が叫んだ。
「大地の精霊と風の精霊の宴は地底を走り虚空を舞う、アースブロー!」
呪文と共にかざしたロッドから強風が吹き荒れた。
秋留のロッドから吹き荒れる風は、辺りの霧を一気に吹き飛ばした。
その強風に、秋留のミニスカートが揺れている。まるで俺を誘っているかのようだ。
ついでに秋留のスカートも吹き飛ばしてくれ。
霧が晴れ上がったため、俺は秋留の肢体から眼を逸らして上方を確認した。
俺達の頭上に迫っていたのは大型の昆虫型モンスター、ブラックヘラクレスだった。その姿は巨大なカブト虫そのものだ。
その大きさに、剣を構えていたカリューもジェットもその場を離れ、衝撃から逃れようとした。
ズズゥゥゥゥゥン………。
辺りはモンスターの巻き上げた土煙と霧でほとんど視界がゼロになってしまった。
俺は、はぐれてしまった仲間の位置を耳だけで確認した。
「秋留! 目の前にモンスターが迫っているぞ!」
俺はパーティとモンスターの位置を把握し終わり、判明した事実を急いで叫んだ。
「きゃあああああ〜! 虫ぃぃぃぃ!」
秋留は虫が苦手だった。俺はネカーとネマーに手を伸ばしたが、弾丸となる硬貨をセットしていなかった。硬貨は馬車の中だ!
「ジェ、ジェット! お前の左前方、十歩行った所にブラックヘラクレスが身を潜めている!」
「了解!」
ジェットはそう言うと、大地を蹴り、ブラックヘラクレスに向かって飛び掛った。
視界がほぼゼロの状態では、敵の急所をつく事は難しく、ジェットの剣はブラックヘラクレスの巨大な背中に突き刺さっただけのようだ。
しかし次の瞬間、体長五メートルはある巨大なカブト虫の身体が気持ちの悪い音と共に吹き飛んだ。
少し離れた所にいた俺の所までモンスターの破片が飛んでくる。
俺は辺りに散らばったモンスターの肉片を踏まないように、慎重に歩きながらジェットと秋留の元へ辿り着いた。
秋留はブラドーに全身を覆われていた。どうやら、ブラドーが秋留を守ったようだ。
もし、昆虫モンスターの肉片が秋留に直接降り注いでいたら、悲鳴どころでは済まなかっただろう。
「凄い威力だな」
俺はジェットに近づいて言った。
「秋留殿に貰ったこの剣のお陰じゃ。この剣は魔力を込める事が出来ると聞いていたのでな」
「それにしても凄い威力だったぞ?」
「ふぉふぉふぉ、ありったけの魔力を込めたからのぉ」
ジェットと話していると横でブラドーに守られていた秋留がマントの中から姿を現した。
「ありがとう、ジェット。助かったよ」
「これからは、虫除けスプレーでも身体にかけておいた方が良いんじゃないか?」
俺が秋留をからかうと、秋留は口を膨らませて言った。
「じゃあ、ブレイブも近づけなくなるね」
その後、霧の中ではぐれてあらぬ方向へ行ってしまったカリューと合流して、再び大炎山目指して進み始めた。
ブラックヘラクレスを倒してからは、たいしたモンスターとも出会わずに一日が終わろうとしている。そろそろ野宿出来そうな見晴らしの良い場所を探さないといけない。視界の悪い場所ではモンスターの接近に気付くのが遅くなってしまうためだ。
「今日はあの辺で野宿しよう」
俺は見晴らしの良さそうな小高い丘を指差してカリューを見た。俺たちパーティーのリーダーはカリューだから基本的な決定権はカリューにある。
「ああ、そうするか〜。今日も疲れたな」
カリューが大きく伸びをした。
馬車での移動は座っている時間がほとんどだが、乗り心地はあまり良くないため結構疲れる。金のあるパーティーなら振動の少ない高級馬車等もあるのだが、俺たちはそこまで裕福なパーティーではない。
もっと長距離の移動なら魔動列車という魔力で走る乗り物があるのだが、馬車で四日程の距離なら列車を使うまでもない。そもそも俺たちが向かう偏狭の山に列車の線路は通っていない……。
「へ〜、落ち着けそうな良い場所だね」
秋留が馬車から降りて言った。
近くには泉もあるため簡単に汗ばんだ身体を水で流すことが出来る。
「暗くなる前に野営の準備をするぞ」
カリューに促されて俺達はキャンプの準備を始めた。
俺はテントを建て始めた。器用な俺はテント設置等がキャンプ時の主な仕事だ。野郎共が寝る大きめのテントと秋留専用の少し小さめのテントの二つ。何気なく秋留のテントの方を綺麗に設置していることを秋留は気付いていないんだろうなぁ。
そして秋留は食事担当。
あり合せの材料で作っているとは思えない程に秋留の作る食事は美味い。俺がテントを設置している後ろで秋留は鼻歌を歌いながらジャガイモの皮をむいている。
暫くして食材集め担当のカリューが新鮮な肉を袋に入れて持ってきた。狩った場所で解体してきたのだろう。
「楽勝、楽勝」
秋留の傍に新鮮な肉を下ろした。
暫くすると近くの川に釣りをしに行っていたジェットも銀星に乗って戻ってきた。
「久しぶりでしたが、沢山釣れましたぞ」
久しぶりのレベルが違うんだろうな、と頭に浮かんだが、勿論声に出しては言わない。
「うっわ〜。今日は大量だね。たっぷり食べないとね」
俺たち冒険者はいつどこで危険な目に合うか分からない。食事は取れる時に取る、睡眠は取れる時に取る、が鉄則だ。神経質でベッドじゃないと寝られない、レストランの食事じゃないと食べられない、などの我がままをいつまでも言っているような奴では立派な冒険者にはなれない。
俺たちはボリュームたっぷり、何よりも美味い料理を平らげると二時間ごとに交代しながら見張りを行い、眠りについた。